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台湾選挙は中国の惨敗、元統合幕僚長の岩崎氏「中国の過激な行動は考え難いがただ静観することもできない」

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2018年11月に行われた台北市、台南市、高雄市等での統一地方選挙は、国民党の大勝利、民進党の大敗に終わった。この選挙結果を受けて蔡英文総統は窮地に立たされ、同年11月24日に民進党の党主席を辞任し、韓国瑜を先頭とした国民党の支持が向上。これに呼応するかのように、翌2019年1月2日、中国の習近平国家主席は台湾に対して「徹底的な民主協議」を呼びかけるとともに、「祖国統一は必須であり必然」として、「一国二制度」の具体化に向けた政治対話を呼び掛けた。この時点で蔡英文総統政権は弱体化こそしていたものの、これを明確に拒否。その時点では、その後も国民党の躍進が続いていた。

しかし、昨年の7月1日の香港返還22周年記念式典挙行中に立法会近くでデモが勃発した。当初はこのデモは数日で終息するだろうとの予測であったが、日に日に拡大していった。香港は紛れもなく中国の「一国二制度」隷下にある。多くの台湾国民は、香港のデモを見守った。このデモを機に、台湾情勢に徐々に変化が出始めた。

そして、今回の選挙では蔡英文総統が817万票(得票率57.13%)を獲得する圧倒的勝利に終わった。この817万票は歴代総統選で過去最多である。因みに、これまでの最多得票数は2008年3月における馬英九氏の766万票。過去の選挙投票率よりも高いわけでないものの、74%を超える高い投票率であった。

また、台湾では総統選とともに立法委員選挙も行われた。選挙直前まで議会での民進党による過半数確保は困難と予測されていたが、定員113名に対し民進党が61議席(改選前−7議席)、国民党が38議席(改選前+3議席)と過半数を維持することとなった。

今回の勝因はなんであったろうか?多分勝利の要因を挙げれば切がなくなるだろうが、私は敢えて以下の3点を指摘したい。

まず要因の第1は習近平の台湾に対する「一国二制度」の強要発言及び「香港市民の戦い」に対する台湾国民の恐怖心であろう。このことは多くのメディアも指摘しており、説明が必要でないと考える。

そして、第2は「台湾国民としての誇り」である。私は、偶然にも選挙後に台湾を訪問する機会があった。私の大親友である台湾国軍の沈一鳴 参謀総長が1月2日、UH-60で部隊視察に向かう途中、大変残念なことに不幸にも不慮の事故で殉職された。このヘリには13名搭乗されていたようであるが沈参謀総長を含む8名の軍人がお亡くなりになられた。葬儀は1月14日に台北市内の松山空軍基地で執り行われ、私は妻とともに参列させて頂いた。この際、私はいろいろな方々と懇談させた頂き、今回の事故の件も含め、選挙のこともお聞きする機会を得た。ある方の言葉が脳裏に鮮明に残っている。「今回の選挙では、我々は台湾人である、台湾国民である、という自覚や誇りが蔡英文総統を勝利に導いた。」との言葉である。

最後に第3の要因は、昨年12月に成立した「反浸透法」である。これは他国からの台湾への浸透(メディア、政治工作等)を規制する法律である。この法律によりメディアや他国からの選挙妨害が極端にやりにくくなった。最近の米国の大統領選をはじめ各国での選挙で度々、選挙妨害やサイバー攻撃が話題になっている。この法律によって、かなり某国からの妨害がやり難くなっている。この法律の成立が選挙間際であったことも、功を奏しているのかもしれない。

さて、それでは、この台湾での選挙を中国は、また習近平はどう見ていたのであろうか?また、選挙結果をどう見ているのだろうか?

一部では、選挙期間前から、中国からの資金が国民党へ提供されているのではとの報道がなされていた。やはり中国としては、親中国的な国民党を支援したくなるのは理解できる。しかし、残念ながら今回の選挙結果は歴史的な蔡英文側の勝利であり、中国の惨敗である。前回の2016年1月の選挙で蔡英文が朱立倫(国民党)を破り、総統に就任した直後から、中国は台湾に対する経済的な嫌がらせを露骨に行った。例えば、中国人の台湾訪問客数は2015年までかなり急速に増加していたが、2016年以降に減少へ転じ、過去最高数を記録した2015年から半分程度になっている。また、中国は台湾産の農産物を購入しない等の経済的圧力を急激に加えるという事例もあった。軍事的には空母遼寧や中国軍艦及び偵察機や戦闘機が定期的に台湾海峡を通峡したり、時にはバシー海峡を抜け西太平洋に出て訓練を行ったり、台湾を周回して沖縄・宮古間を通り、東シナ海を遊弋する行動を行ったりしている。昨年の3月には初めて中台中間線を中国の戦闘機が越えて飛行するなど徐々に軍事的圧力も強めつつあるのが実情である。このような中での蔡英文圧勝であり、今後も中国は台湾に対する経済的・軍事的圧力を強めていくことが考えられる。米中の経済摩擦等を考慮来れば、中国が近い将来において過激な行動に出ることは考え難いが、習近平としても台湾情勢をただ静観することはできない。習近平の体制はそれほど強固なものではないからである。これまでどおり、彼らは力の空白を見つければ必ず出てくる。

今後、台湾は蔡英文総統と頼清徳(前行政院長)の二人三脚で運営していくことになろう。今回の沈大将の殉職は台湾にとっては大きな損失であったが、誇りを取り戻した国民は強い。また、米国は昨年、台湾関係法を大きく見直した。M1A2戦車やF-16Vの売却が報道されている。今回の沈参謀総長の葬儀には台北に所在する米国代表部(AIT)から20名を越える米国の職員が参加していた。この中には、現役の米国空軍准将であるMatthew Isler氏も参加していた。米国と台湾の安全保障上の関係は更に深まっていくことが予測できる。

さて、我が国も米国と同じく「一つの中国(One China)」政策を取っているが、価値観を共有できる台湾、そして東アジアの戦略的要衝である台湾に関して、これまでどおりの関係を続けていっていいものだろうか?(2020.01.16)

岩崎茂(いわさき・しげる)
1953年、岩手県生まれ。防衛大学校卒業後、航空自衛隊に入隊。2010年に第31代航空幕僚長就任。2012年に第4代統合幕僚長に就任。2014年に退官後、ANAホールディングスの顧問(現職)に。

写真:ZUMA Press/アフロ
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