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国防費の評価基準としてのGDP

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2019年12月20日、日本の令和2年度予算政府案が閣議決定され、総額102兆6580億円と昨年度に引き続き100兆円の大台を突破した(2020年3月27日成立)。増大する社会保障費が大きく報じられる一方、防衛費は特に大きな問題点として議論されることなく5兆3133億円が計上された。一般会計歳出の34.9%を占める社会保障費と比較して、防衛費は5.2%と少ないがこれは適正なのであろうか。

防衛費に関する議論でよく引き合いに出されるのがGDPである。内閣府の統計によれば、2019年の日本のGDPは554兆円であり、これを基準とすれば2020年度の防衛費は0.96%となる。これは世界的に見て比較的低いほう(2018年のSIPRIの統計によれば、世界の国防費総額はGDPの2.1%)だが、国防費ランキングでは9位(2018年)と上位に位置する。防衛費(国防費)を論じる際に、GDPはどのような役割を果たすのだろうか。

国防費とGDPとの関連で近年話題になったのが、NATOである。2018年7月の首脳会談においてトランプ大統領は、ロシアにエネルギーで依存しつつ国防費はGDP比1.24%にとどまるドイツを名指しして批判、全加盟国に対してGDP比4%に引き上げることを要求した。従来からNATOには加盟国の国防費をGDP比2%とするガイドラインが存在する。しかし、冷戦終結後、国防費は削減傾向にあり、加盟国の中で2018年にGDP比2%を達成したのは、米国を除いてエストニア、ギリシャ、ラトビア、ポーランド、イギリスの5か国しかない。NATO加盟国もこの状況はよく認識しており、4%はともかくガイドラインである2%を達成するために国防費引き上げの必要性を再確認してコミュニケを発表した。

しかし、加盟国の取り組みはさまざまである。フランスが2019年の国防費を507憶ドル(NATOの推計でGDP比1.84%)とし、2025年までにGDP比2%を達成する計画を策定する一方、ドイツは2019年にGDP比1.38%となる547億ドルを計上したものの、予算は年ごとに協議され2023年には対GDP比率が低下することが予想されている。

本来国防費は、それぞれの国家が国防のために必要とする軍事的能力を基本として、その獲得・維持のために計上されるべき国家予算である。そして、必要とする軍事的能力は、国家が置かれた地政学的特性や国内の地理的要因によって算定される。例えば、強力な同盟国との集団防衛体制に組込まれれば国防費を削減することが可能な反面、隣国に強力な敵対国が存在すれば相対的に国防費は多く計上することになる。また、国土面積が広く陸上の国境線が長ければ相対的に必要とする陸上戦力や航空戦力は増大する傾向にあり、海岸線が長ければ海上戦力が相対的に多く必要となる反面、内陸国家は海上戦力を基本的にさほど必要としない。また、現時点で保有する軍事能力の質にも国防費は左右される。十分に高い質を持っている軍事力は新たな整備費を必要としないが維持費は相対的に高くなる傾向にある。逆に戦力の質が十分でなければ、新たな戦力を獲得するための費用が多く必要となる。

その一方で、必要とする軍事的能力の獲得に可能性を与えるのが国家の経済状態である。必要な軍事力が定まったとしても、その獲得に必要な予算が十分でなければ国防体制は維持できない。つまり、国防費はこの必要性と可能性のバランスの上に成立するものなのである。

こうした観点において、GDPはやはり一つの尺度として有効なのではないだろうか。NATOのように防衛コストや責務負担の公平性が求められる集団防衛では、GDPのような共通の基準が公平性を明確にすることに役立つ。しかし、基準が明確であればあるほど数値目標の達成が絶対視され、本来考慮するべき必要性と可能性のバランスが崩れる可能性が生じる。ガイドラインを達成しているポーランドや達成を目指しているフランスでは国防費が国家予算の4%を超え、GDP規模で欧州加盟国の上位8か国中では国家予算に対するシェアでポーランドがイタリアの1.7倍にもなっている。

本稿ではポーランドの国家予算の内容には踏み込んでいないが、GDPや国家予算の観点からはポーランドにより負担がかかっているとみることもできる。また、国家予算に対するシェアの観点からは、日本はNATO加盟国に比較して多いということもできるだろう。しかし、国防は国際関係の環境要因や国家内部の要因が複雑に絡み合う分野である。必要な軍事力をはじき出すための戦略が欠落すると、より多くの経費を必要とする装備の獲得や兵員の処遇といった目に見えるものが軍事力を評価する指標になりやすい。GDPや国家予算規模を軍事力算定の尺度としつつも、適正なバランスを図るための戦略を優先することが重要である。


サンタフェ総研上席研究員 米内 修
防衛大学校卒業後、陸上自衛官として勤務。在職間、防衛大学校総合安全保障研究科後期課程を卒業し、独立行政法人大学評価・学位授与機構から博士号(安全保障学)を取得。2020年から現職。主な関心は、国際政治学、国際関係論、国際制度論。
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