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パプアニューギニアをめぐるオーストラリアの対中政策

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オーストラリアの北、南太平洋に浮かぶニューギニア島の東側と周辺の島嶼からなるパプアニューギニア(PNG)は、鉱物、石油、木材等の天然資源や豊かな水産資源を抱える島嶼国である。文化や慣習の異なる多数の少人数部族で構成されており、使用されている言語は800以上といわれるように多様性に富んでいる。天然資源を活かした鉱業、林業や、パーム油等の農業が産業の主体であり、鉱物資源を中心とする輸出が多く、総輸出額は85億ドル。中でも金の輸出は多く、2018年の産出量67tのうち91%の61tが輸出され、輸出額は22億ドル、輸出総額の25.9%を占める。

今年の5月、経済活動の多くを金の輸出に依存しているPNGで、バリック・ニューギニア(BNL)がポルゲラ金鉱山に持つ採掘権の延長申請を、政府が却下したことが報じられた。BNLはカナダに本拠地を持つバリック・ゴールドと中国の紫金鉱業(Zijin Mining)との合弁会社で、双方が47.5%ずつの権益を所有している。残りの権益は地元エンガ州政府と土地所有者とで等分されているが、海外からの直接投資によって得られる政府の歳入は大きく、財政再建に苦しむPNGにとっては失うことのできない貴重な収入源でもあった。

他の太平洋島嶼国と同様に、PNGの財政も厳しい状況が続いており、1975年の独立以来、最大の危機に直面している。「2020年度予算戦略書」(2020BSP)で明らかにされた2019年度の財政収支は10億ドルの赤字で、2020年度も13億ドルを超える赤字が見込まれていた。累積債務がGDPに占める割合も41%に達し、法的制限の35%を超過していた。新たな長期低金利の融資への借り換えを必要としていたPNG政府は、昨年11月、オーストラリア政府から4億4千万ドルの緊急融資を受けることで合意した。

放漫な財政政策が強く非難されて政権を追われたオニール前首相に代わって、2019年5月に就任したマラぺ新首相は、「PNGを取り戻す」ことを主眼に資源関連法を改正して資源を最大限に活用するとともに、住民と開発パートナーとの連携を強化して、住民の利益を増大する強固で持続可能な経済を建設することを明言し、ポルゲラ鉱山の国有化にも言及している。長期低金利の融資に借り換えることで対外債務の影響を軽減する一方で、ポルゲラ鉱山の国有化によって歳入増加を図っていると判断される。

さらに、ポルゲラ鉱山では、以前から人権侵害や環境への悪影響、補償をめぐっての係争など多くの問題が指摘されてきた。アムネスティ・インターナショナルが2009年に発表した内容によれば、2009年4月、バリック・ゴールド社とPNGの警察は、ポルゲラ鉱山の鉱区内や周辺の家屋の住民が違法採掘などの犯罪に関わっているとして、不法占拠者の強制立ち退きのために350軒を焼き払った。1,000人以上の住人が住居を失ったとされ、国際法違反と指摘されている。国有化は、このような問題への対策の一環でもある。

こうした中で採掘権の延長申請が却下されたわけであるが、BNLはこれに強く反発し、PNG政府や土地所有者との話し合いを要求する一方で、PNG政府を相手に法的手続きを進めている。BNLの共同出資者である紫金鉱業は中国政府との関係も近いとされており、陳景河代表はPNG政府に対して、今回の誤った決定がこれからの中国のPNGに対する投資に深刻な影響を及ぼすと警告している。

かねてから、中国の対外投資は「債務トラップ外交」との批判も強い。2017年7月に、スリランカのハンバントタ港の管理会社の株式が、リースの形で中国国有企業である招商局港口に譲渡された事案は記憶に新しい。ハンバントタ港は約15億ドルを投じて建設されたが、その大半は6.3%という金利での中国からの融資であった。返済に窮したスリランカ政府は、港湾管理会社の株式の70%を11億2千万ドルで99年間譲渡することに合意した。

中国が南太平洋島嶼国への投資を通じて影響力を強化していることを懸念したオーストラリアは、2016年から対外政策の1つである「太平洋ステップアップ」(Pacific Step-up)を開始して、太平洋の友好国に幅広い分野で資金協力を行ってきている。2019年7月には、「太平洋島嶼地域のためのオーストラリア・インフラ融資ファシリティ」(AIFFP)を設立し、エネルギー、水道、通信、輸送の4分野のインフラ整備に20億オーストラリアドル(13.8億米ドル)を提供することになっている。

今回PNG政府に提供される融資も「太平洋ステップアップ」の枠組みであり、これによってPNG政府は中国からの融資を受ける必要がなくなったとされている。オーストラリアの研究機関も、「太平洋ステップアップ」政策が太平洋島嶼地域での中国の影響力を抑制するうえで有効であることを評価し、ポルゲラ鉱山の国有化が達成されれば政策の適正さが明らかになるとしている。しかし、オーストラリア政府の財政にも限りがある。政策を持続性あるものにするために、隣国ニュージーランドをはじめ、米国、日本、韓国との協力が必要だとの指摘もある。

中国の脅威を東シナ海に受けている日本として、これへの直接的な対策を立案し必要な態勢を整えることへの優先度はもちろん高い。その一方で、東シナ海を取り巻く関係国の状況を踏まえて、長期的に中国の影響力を抑制することも有効である可能性がある。一見、南太平洋の島嶼国で起こった小さな出来事のように見えるが、実は幅広い政策立案の必要性について考えさせられる事案ではないだろうか。

サンタフェ総研上席研究員 米内 修 防衛大学校卒業後、陸上自衛官として勤務。在職間、防衛大学校総合安全保障研究科後期課程を卒業し、独立行政法人大学評価・学位授与機構から博士号(安全保障学)を取得。2020年から現職。主な関心は、国際政治学、国際関係論、国際制度論。
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