【熊本地震】善意のつもりが迷惑に。最大の支援は「邪魔しないこと」

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甚大な被害をもたらした「平成28年熊本地震」。避難した方々も物資の不足等で不便な生活を強いられています。これらの報道を見て「自分にも何かできないか?」と思われた方もいらっしゃるのではないでしょうか。無料メルマガ『ビジネス発想源』の著者・弘中勝さんは、「あくまで私見」として、まずは「邪魔をしないこと」が何より大切と述べています。

支援の形

これについては各人の想いや信念がそれぞれあると思うので、誰が正しくて誰が正しくないということではなくて、あくまでも私個人の意見として書きます。

私には常に、これこそが最大の支援ではないか、これ以上の支援はないのではないか、と思っていることがあります。

それはお金なのか、物資なのか、マンパワーなのか、といったいろんな意見の中から、私が最も心がけたいと思っている支援は、「邪魔をしないこと」です。もうこれに尽きるのではないかと思います。

例えば、一刻を争う怪我人や病人を運ぶ救急車が街中を疾走しているとします。この怪我人や病人に対しての、一般人の一番の支援は、「道を空けること」だと思うんですね。つまり、救急車が通る邪魔をしない、ということです。

「何かあったらこのお金を使ってください! 足りなければどんどん言ってください!」
「必要な救急用具とか持って来ましょうか? こういうものも足りないんじゃないですか?」

と救急隊を呼び止めて話しかけるよりもまず、救急車の通り道を作ってあげる。これに尽きると思うのです。

これは、ただ救急車が来たら道を空ける、ということだけではありません。日頃から路上での違法駐車はしないようにする、いざという時のために避難経路には物を置かないようにする、といった日頃のことも該当します。日頃からそういう意識でいるそういう行動をすることがいざという時の支援にもなるのです。

だから、例えば災害や事故などが起きた時に、「自分に何かできないだろうか」と思うのもいいですが、何より大事なのは「自分は誰かの邪魔になっていないだろうかというのが第一だ、と私は考えます。それが第一にないと、自分のやったことが現地の邪魔になっている、自分が送った物が現地の混乱を招いている、ということになると、本末転倒になると思うのです。

例えば、「被災した人たちに元気を持ってほしい。励ましたい!」という気持ちは素晴らしいかもしれませんが、それで千羽鶴を大量に作って送ったとしたら、それはどんな結果を招くでしょうか。その大量の千羽鶴を輸送するそのスペースは、食料や物資など本当に必要な物を運ぶために利用できたかもしれないのです。

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