以前掲載の記事「日本のITはなぜ弱いのか? 日米でこんなに違うプログラマーの扱い」で、日米のプログラマーの立ち位置の違いについてある意味衝撃的な「事実」を紹介してくださった、世界的エンジニアの中島聡さん。そんな中島さんが今回は、自身のメルマガ『週刊 Life is beautiful』でシリコンバレーのエンジニアたちについて書かれた記事を引きつつ、ソフトウェア・エンジニアという職そのものについて考察。さらにGoogleやFacebookと対抗するために必要不可欠である優秀なエンジニアが日本に不足している理由についても記しています。
※ 本記事は有料メルマガ『週刊 Life is beautiful』2018年8月7日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会にバックナンバー含め初月無料のお試し購読をどうぞ。
プロフィール:中島聡(なかじま・さとし)
ブロガー/起業家/ソフトウェア・エンジニア、工学修士(早稲田大学)/MBA(ワシントン大学)。NTT通信研究所/マイクロソフト日本法人/マイクロソフト本社勤務後、ソフトウェアベンチャーUIEvolution Inc.を米国シアトルで起業。現在は neu.Pen LLCでiPhone/iPadアプリの開発。
ソフトウェア・エンジニアという職
先週、渡辺千賀さんが「エンジニアという『特殊能力者』、今後どう扱うべきか?:全産業で問われる難しい問題」という記事をDIGIDAYに寄稿しました。
渡辺千賀さんとは何度かお会いしたことがありますが、シリコンバレーのエンジニアたちがどんな生活を送っているかについて、もっとも躊躇なく書ける・話せる立場にある日本人と言っても良いと思います。
多分、彼女がとても近いところで観察できる立場にいながらも、自分自身が当事者ではないので、全くの躊躇なく、こんなことが書けるのだと思います。
彼女以外にも、シリコンバレーで働く日本人はたくさんいますが、駐在として来ている人たちには必ずしも実情は見えていないし、逆に、GoogleやFacebookで高給をもらっているエンジニアたちは、自分の待遇を語っても自慢にしか聞こえないし、ネット上で正直な金額など書いたら、嫉妬の嵐で炎上することは目に見えています(私が自分自身の給料やストックオプションの話をしないのは同じ理由です)。
本文中に、
さらに電気自動車用の充電器がある社員用駐車場の一角にはテスラ(Tesla)の高級モデルが並ぶ。
「ここはエグゼクティブ専用ですか」と聞く、日本の方もいたが、別にそんなことはない。
ソフトウェアエンジニアというのは、(日本の感覚では)それほど長くない就業時間で、仕事中にぶらぶらと自転車に乗ったりして、しかも、たくさん給料をもらっている人たちなのだ。
という記述がありますが、これが米国のテック業界の現状です。
シアトルもそれは同じで、MicrosoftやAmazon の駐車場に行けば、テスラ、BMA、ベンツなどの高級車が並び、たまにフェラーリで会社に来る連中がいるぐらいです。
彼らがどのくらいの給料をもらっているかは、ネットで調べれば分かりますが、ソフトウェア・エンジニアの給料の平均が、Googleで $133,672、Facebookで$152,209です(ただし、これは給料で、ストックオプションは含みません)。そのまま、日本円にすれば、1,400~1,600万円です。
では、これが日本のソフトウェア・エンジニアと比べてどうなのかを知りたい人も多いと思いますが、それが簡単ではないのです。
まず第一に物価が違います。シリコンバレーの異常な物価を考慮すれば、(東京で言えば)1,000万から1,200万円ぐらいと考えた方が良いと思います。
しかし、その違いよりももっと大きな違いは、産業構造です。日本のソフトウェアは、ゲームやネット企業を除けば、ゼネコン方式で作られており、(米国であったらGoogleやFacebookでソフトウェアを書いていたような)理系の大学や大学院を出た人は、マネージメントだけをして、実際のプログラミングは、下請けの(理系の大学を出ていない)派遣エンジニアがしているのです。
そんな派遣エンジニアたちは、高々月100万円ぐらいの人月工数で派遣されるため、50%を派遣業者にピンハネされると計算すれば、年収は良くて600万円だし、労働環境は過酷なのです。
「30代前半(30~35歳)・ソフト系の平均年収は525万円」という記事がありますが、平均を押し下げているのは、そんな派遣エンジニアたちなのです。
つまり、あえてステレオタイプ化して書けば、同じ30才のエンジニアでも
● シリコンバレーのエンジニア
- 学歴:Stanford大学、コンピュータ・サイエンスの修士号
- 年収:$140,000
- 住宅:$1.3millionの持ち家
- 資産:ストックオプションの含み益$2million
- 通勤:Tシャツに短パンで自動車通勤(Tesla Model 3)
- 労働時間:普段は7~8時間、気分が乗れば14時間
- プログラミング:三度の飯よりも好き
● 日本の派遣エンジニア
- 学歴:プログラミングの専門学校
- 年収:450万円
- 住宅:親と同居
- 資産:特になし
- 通勤着:背広で電車通勤
- 労働時間:月の平均残業時間が100時間
- プログラミング:好きではないが、仕事なので仕方なくしている
ぐらいの違いはあるのです。
随分大きな差ですが、これだけ大きな産業構造の違いがある中で、彼らを比べてもあまり意味がないのです。
あえて比べるのであれば、プログラムは書きませんが、プライムベンダーと呼ばれるITゼネコンの頂点に立つ企業の係長クラスと比べるべきです。
● ITゼネコンの係長
- 学歴:早稲田大学理工学部修士
- 年収:950万円
- 住宅:社宅
- 資産:1,200万円の貯金と株
- 通勤着:背広で電車通勤
- 労働時間:月の平均残業時間は60時間(ただしサービス残業あり)
- プログラミング:新人の頃少し書いたけど、もうすっかりやらなくなった
物価を考慮すれば、それほどの差はありません。ただし、シリコンバレーのエンジニアには、ストックオプションという一攫千金のチャンスがあり、ITゼネコンの正社員には引退するまで首にならないという終身雇用が保証されている上に、引退後に関係会社の役員のポジションを天下り先としてもらえるというメリットもあります。
渡辺千賀さんは、全ての業界がソフトウェアに飲み込まれようとしている今、対抗するためには、普通の企業もソフトウェア・エンジニアを雇って対抗する必要があるけれども、彼らにこれだけの給料を払うのは難しいと指摘していますが、その通りです。
さらに優秀なエンジニアたちは、給料が良いだけではなく、「面白い仕事」のオファーもたくさんもらうので、「アマゾンに対抗して、うちもネットでものを売りたい」みたいな企業が、優秀なエンジニアを雇うのは、ほぼ不可能と考えた方が良いと思います。
しかし、それは米国の話で、もっと悲惨なのは、そもそも理系の学生をソフトウェア・エンジニアとして育成せずに、使い回しが効くゼネラリスト・管理職として育成している日本です。
結果として、GoogleやFacebookと対抗するために必要不可欠な、「理系の修士号や博士号を持ち、プログラミングが三度の飯よりも好きで、猛烈に働く優秀なエンジニア」の数が日本には圧倒的に不足しているというのが現状です。
それでも最近は、日本でも本当に優秀な理系のエンジニアが、ベンチャー企業や外資系の企業に勤めたり、いきなりベンチャー企業を自分で立ち上げたりする傾向が強まっており、とても良いことだと思います。
image by: Shutterstock.com
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