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日本製の車両に問題は無かったか?台湾脱線事故を識者が徹底検証

10月21日に台湾で起きた特急脱線事故。日本でも連日大きく報道されていますが、なぜこのような大惨事が発生してしまったのでしょうか。今回のメルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』では、米国在住の作家で世界の鉄道事情に詳しい冷泉彰彦さんが、さまざまな角度から今回の事故を分析し、その「一因」を推測しています。(※編集部注:本記事は10月23日早朝に配信されたメルマガから転載しています)

台湾東部特急脱線事故、原因の一つは線路設計ミス

台湾北東部の宜蘭県にある新馬駅構内で10月21日に特急列車の脱線事故が発生、現在までに判明しているところでは、18人が死亡し180人以上が負傷するという惨事となっています。

現時点で報道されているビデオなどからは、電車が異常な速度でカーブに進入していたようです。一部には、制限速度75キロのところを、100キロ以上のスピードで突っ込んだという報道もあります。

その原因については、まだ十分に調査が進んでいませんから詳しいことは調査結果を待ちたいと思いますが、今回は、とりあえず仮説として以下の点を指摘しておきたいと思います。

まず事故車両は日車日本車輌製造製のTEMU2000型電車というものです。これは2012年に導入が始まったもので、日本国内のJR各社の在来線特急などと似た仕様のものです。車体傾斜装置(俗に言う振り子車両の一種)というのを備えており、カーブに差し掛かると車体を傾斜させてスムーズに通過するようになっています。

ただ、この車体傾斜装置というのは「仮に故障していたら脱線してしまう」ような危険な箇所を高速で通過するための設計にはなっていません。ですから、この傾斜装置の故障が事故原因という可能性は少ないと思います。

次に報道によれば、事故の前に運転士からは「ブレーキの気圧が足りない」という報告があったと報じられています。これも私の推測ですが、故障ではなく、何度か急停止を行ってブレーキ力を使用した場合、この種の電車の場合は、圧縮空気を使い切ってしまいブレーキが弱くなります。そうした現象が起きていた可能性が濃厚です。

その場合は、空気が所定の圧力まで溜まるまでポンプを稼働する必要があります。どうしてこの種の電車では、そんな不便なことになっているのかというと、ブレーキ力の全てを空気ブレーキに頼ってはいないからです。この電車もそうですが、VVVFインバータ制御という設計になっている電車の場合は、モーターに電気を通すとパワーが出ますが、反対にパワーを入れないとモーターが発電機になる代わりに、モーターが抵抗を発する、つまり回転するのを嫌がってブレーキ力を発生するようになっています。

しかもこの発電した電気を、VVVFインバータというのを使って架線に戻してやるようになっています。省エネというより、創エネとでもいうべき技術です。最新の東海道・山陽新幹線に使われているN700A型などの電車は、最後に停車位置にピタッと止める直前までは全てこの回生ブレーキ力を使うという、究極の省エネをやっています。

今回事故を起こしたTEMU2000というのも同じで、回生ブレーキに頼っている分、空気ブレーキの率は少ないので、圧縮空気タンクは小さめになっているはずです。ですから、急ブレーキを繰り返すと、簡単に空気圧は下がってしまいますし、それはそうした仕様のはずです。

報道によれば、事故直前に、運転士がブレーキの異常を訴えていたようですが、もしかしたらこのVVVFインバータ制御車の設計を理解しておらず、ブレーキが効かないので、何度も停車して余計に空気圧を下げてしまったのかもしれません。その一方で、このままでは安全装置がウルサイので切ってしまったという可能性があるように思います。

台湾・脱線事故 運転士「ATP切った」と証言(産経新聞)

この点に関していえば、車両が日本製であるにも関わらず、保安装置が欧州方式であることで何か問題が起きた可能性もゼロではありません。

そうではあるのですが、回生ブレーキが効くのであればこんな事故は起きません。ところで、回生ブレーキというのは架線に電気を戻してやるのですが、その電気に行き場がないとブレーキは効かないとう問題があります。電気の行き場というのは、例えば、近くに電車がいてパワーオンになっているとか、変電所経由で近くの都市に電力を戻しているという場合です。

仮に、この種の電車が走行している区間が「電車の運行密度が低く」かつ「近くに市街地がない」ので、ブレーキが生み出した電力の行き場がない場合は、対策を講じておかねばなりません。対策というのは、そうした場合に備えて「回生電力吸収装置」というのがあるのですが、これを設置しておかなくてはなりません。

この装置は大きな箱で、その中には抵抗器が詰まっており、余分な電力を熱に変えて吸収するようになっています。つまり、VVVFインバータ制御車の登場する前の、昔の電車の床下についていた「電力を熱に変えて吸収する」機構が、動かない箱になったようなものです。

もしもその装置が設置されていなくて、近くの電車や市街地が電力を必要としていなければ、回生ブレーキは効きません。もしかしたら、不幸なことにそうした現象が重なったのかもしれません。乗客の話としては、急に加速したという証言がありますが、セクションが変わった途端に回生制動が消える(失効)して急にブレーキが抜けたのが急加速のように感じられた可能性もあります。

ところで、日本の類似車両の中でも、JR東日本の「スーパーあずさ」に使われている最新のE353系とか、「あずさ」のE257系などは、電力の行き場のない場合は、自車内で電力吸収ができるような設計になっています。閑散線区で、周囲に市街地などのない区間を走る場合、万が一にも必要なブレーキ力が「足りない」という現象を防止するもので、「改正・発電併用式」というものです。私の調べた範囲では、今回事故を起こしたTEMU2000型の場合は、この「併用式にはなっていなかったようです。

ちなみに、このVVVFインバータとか、回生ブレーキというのは、現在の日本の新幹線や在来線、私鉄、地下鉄などの電車ではほぼ100%実用化されていて、特に難しい技術ではありません。日本だけの専売ではなく、欧米の鉄道車両メーカーでは全て採用されている技術です。ただ、使用条件が揃っていないと危険だということです。

この線区(宜蘭線)というのは全通したのは1924年ですが、電化は2003年と比較的新しい中で、十分に考慮した設計になっていたのか、多少疑いが残るのです。事故現場についていえば、宜蘭市の郊外にあたる場所ですから、「近くに電力需要はある」はずです。ですが、変電所がキチンと設置されていないと、セクションによっては、ブレーキが作った余分な電力の行き場がなくなってブレーキが効かなくなる可能性があります。

後は、事故現場となった新馬駅ですが、ここは複線の本線の間に島型ホームのある駅ですが、特急通過駅なので通過線が別に作ってあります。その通過線は全体の外側に設置されていてホームから離してある、それはそれで安全対策ということなのだと思います。ですが、全体がカーブしているために南行きの通過線は構内に全部で4本ある線の中で一番カーブが急な設計になっています。

本来であれば高速で通過する本線は真ん中に作り、副本線はその両側に作ってホームは外側というのが正しい設計です。理由は簡単に推測がつきます。島型ホームがまずあって、予算の関係で通過線はその外側に追加したということなのでしょう。

勿論、制限速度を守ればいいというだけの話ですが、特急が高速で通過する通過線のカーブが、駅構内で一番急というのは、駅の構内配線の設計ミスです。と言いますか、本来であれば、この駅周辺の設計は全体を見直して、通過線は隣の駅である蘇澳新駅から新城溪と言う河川のあたりまでトンネルを掘るなりして直線化すべきでしょう。

image by: 蔡英文 - Home | Facebook

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東京都生まれ。東京大学文学部卒業、コロンビア大学大学院卒。1993年より米国在住。メールマガジンJMM(村上龍編集長)に「FROM911、USAレポート」を寄稿。米国と日本を行き来する冷泉さんだからこその鋭い記事が人気のメルマガは第1~第4火曜日配信。

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