息子が日本語ネイティブになったと感動した言葉「せっかく」の話

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日本語には、他の言語に訳しにくい表現がいくつかあり、そういった表現を使いこなせるかどうかが、日本語ネイティブスピーカーか否かの判断基準になるのかもしれません。メルマガ『8人ばなし』の著者・山崎勝義さんは、ご子息の日本語力に不安を感じていた米国在住の日本人夫婦が、「せっかく」という日本語独特の陳述副詞を使う息子に感動したという話を紹介しています。「せっかく」ですから、ご一読いただき、日本語表現について考えてみてはいかがでしょうか?

日本語ネイティブスピーカーのこと

私の知り合いに米国LA在住の夫婦がある。夫も妻も日本人で、大学を卒業してからはずっと米国にいる。子供は男の子が一人、アメリカ生まれの日本人ということになる。

当然、日々の生活においては英語が主言語である。それでも一度家庭に入れば、そこは純日本人家族ということもあってか、専ら日本語で話すのだそうである。そういう訳で、英語のテレビ番組を見ては日本語で感想を言い合うといった、ちょっと風変わりな家庭内の言語環境であった。

ところが、子供が3、4歳の頃、言語習得に関して、ある心配事が持ち上がって来た。英語に比べて日本語の熟達度がどう考えても低いように思えたのである。やはり、会話の相手が父親と母親だけでは一つの言語の習得には無理があるのか、などと考えたりして一時は日本の祖父母のところに数年だけでも預けようか、とさえ思ったという。

それが5歳の時、夏休みを利用して家族で日本に帰って来た際に日本語でこんなことを言ったと言う。
せっかく東京にいるのに…
文脈はディズニーランドに行くか行かないかの話である。子供にしてみれば何としても行きたい。親にしてみればスケジュール的に難しい。そのせめぎ合いの中で、子供らしく見事に駄々をこねて見せたという訳である。

その子は自らの主張の正当性を「せっかく」という陳述副詞を話頭に置くことで示そうとしたのである。母親はこの時、大いに感動したと言う。それには昔見慣れた東京の風景や周囲に溢れる聞き慣れた日本語への懐かしさも手伝っていたのかもしれない。

とにかく母親にしてみれば、子供が自分のわがままを通すという極めてエモーショナルな瞬間に、英語に翻訳不可能な日本語独特の表現を使ったことが何よりうれしかったのである。その日は上機嫌で子供のわがままを呑むことにしたそうである。

これも母親からの話であるが、この「せっかく」以来、子供の日本語はどんどん上達したと言う。晴れて日本語ネイティブスピーカーになったということであろう。

数ある言語の中でも、「わたしが」「あなたに」「今ここで」といったことを非常に豊かに伝える日本語は、今やその家庭における大事なコミュニケーション・ツールとなった訳である。

ついこの間もゲームで遊ぶ時間に関して、こんな話をしたそうである。
母親「せめて30分くらいにしておきなさい」
子供「せめて1時間くらいは…」
同じ「せめて」でも、母親は「at most(=多くても)」の意で、子供は「at least(=少なくても)」の意で使っているのである。「せめて」は交渉において相手から譲歩を引き出したい時に、今現在のこちらの切なる気持ちや事情を相手に分かってもらうための陳述副詞である。

こんなふうに、毎日が陳述副詞でいっぱいだそうである。
「この前観た映画『けっこう』面白かった」
「今日のテスト『あんまり』出来なかった」
「この料理『なかなか』おいしい」

勿論、我々も日々、日本語ネイティブスピーカーとして陳述副詞を当たり前のように使っている。それでも、たまには伝達の言語としての日本語の豊かさを改めて認識するくらいのことはしてもいいのではないだろうか。

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ここにあるエッセイが『8人ばなし』である以上、時にその内容は、右にも寄れば、左にも寄る、またその表現は、上に昇ることもあれば、下に折れることもある。そんな覚束ない足下での危うい歩みの中に、何かしらの面白味を見つけて頂けたらと思う。

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