鎮魂の花火夜空に=中越地震15年で追悼式-新潟

2019.10.23
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by 時事通信

新潟県中越地震から15年を迎え、旧山古志村(現長岡市)で催された追悼式で打ち上げられた犠牲者を悼む花火=23日夜、新潟県長岡市(長岡市提供)

新潟県中越地震から15年を迎え、旧山古志村(現長岡市)で催された追悼式で打ち上げられた犠牲者を悼む花火=23日夜、新潟県長岡市(長岡市提供)

 最大震度7を観測し、68人が死亡した2004年10月の新潟県中越地震から15年を迎えた23日、被災した各地で追悼行事が営まれた。旧山古志村(現長岡市)で行われた追悼式には約300人が集まり、犠牲者の冥福と被災地の復興を願う花火が夜空に打ち上げられた。
 式典では地震が発生した午後5時56分に合わせ、当時村長だった長島忠美さん(故人)の孫で、山古志小6年の忠育さん(11)らが「希望の鐘」を打ち鳴らし、参加者は黙とうをささげた。花角英世知事は「得られた教訓を伝えていくのがわれわれの使命だ」とあいさつした。


新潟県中越地震15年の追悼式で、会場外にともされたキャンドル=23日午後、新潟県長岡市

新潟県中越地震15年の追悼式で、会場外にともされたキャンドル=23日午後、新潟県長岡市

 長岡市によると、10月1日現在で山古志地域の人口は921人。地震前に比べ約6割減少した。式典後、会場の外では当時に思いをはせ、被災時の人口と同じ数の2167個の白い風船が空に放たれた。
 当時自宅が全壊したという畔上多作さん(76)は「たくさん支援してもらいありがたかった」と全国から寄せられた支援に感謝し、「今は若い人に任せてのんびり暮らしている」と静かに語った。農業を営む男性(68)は「町に出た人に帰ってきてほしい。一緒に農作業でもできれば」と進む過疎化を残念がった。(2019/10/23-20:19)

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