緒方貞子さん死去=元国連難民弁務官、92歳-「人間の安全保障」訴え

2019.10.29
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by 時事通信

元国連難民高等弁務官の緒方貞子さん=2013年12月、東京都千代田区

元国連難民高等弁務官の緒方貞子さん=2013年12月、東京都千代田区

 国際協力機構(JICA)は29日、日本人として初めて国連難民高等弁務官を務め、JICA理事長などを歴任した緒方貞子(おがた・さだこ)さんが22日に死去したと発表した。92歳だった。葬儀は29日に近親者で行われた。しのぶ会が後日予定され、日時は追って公表される。
 1927年東京生まれ。外交官の父を持ち、幼少期を米国や中国などで過ごした。犬養毅元首相は曽祖父。聖心女子大卒業後、米ジョージタウン大で修士課程、米カリフォルニア大バークレー校で政治学の博士課程修了。国際基督教大准教授や上智大教授を歴任した。日本での模擬国連活動の創始者でもある。
 市川房枝参院議員(当時)の誘いで、国連総会の日本政府代表団に参加したのを機に国連での仕事に関わるようになり、76年、日本人女性として初めて国連日本代表部公使に就いた。国連人権委員会(2006年人権理事会に改組)日本代表なども務めた。
 91年、女性また学者出身者として初となる国連難民高等弁務官に就任。冷戦終了直後で宗教や民族間の対立が激化する局面で、難民支援機関トップとなった。
 湾岸戦争に伴うクルド人難民の対処では、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の保護対象ではなかった国内避難民の支援を決断。ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争やルワンダ虐殺で発生した難民の支援にも当たった。従来の「国家安全保障」に代わり、貧困や紛争などから人々を守る「人間の安全保障」の重要性を訴えた。
 00年に高等弁務官退任後は、アフガニスタン支援首相特別代表などを歴任し、03年、外務省OB以外として初めてJICA理事長に就いた。高等弁務官時代に感じた人道支援と復興支援とのギャップを踏まえ、復興支援の迅速化に力を注いだ。12年に理事長を退任した後はJICA特別顧問を務めた。03年に国際貢献が評価され、文化勲章を受章した。(2019/10/29-17:17)

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