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メルマガ名
カソリング
発行周期
月刊
最終発行日
2018年10月01日
 
発行部数
825部
メルマガID
0000037317
形式
PC・携帯向け/テキスト形式
カテゴリ
クルマ・バイク > ドライブ・ツーリング > 旅行記

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ー 目次 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
■連載/賀曽利隆の六大陸周遊記
    インドシナ一周(13) 決死の覚悟で走り抜ける
■カソリの近況/70代編日本一周 テーマ編(9)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

賀│曽│利│隆│の│六│大│陸│周│遊│記│ 第│173│回│
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インドシナ一周(13) 決死の覚悟で走り抜ける

[前号までのあらすじ]
1992年12月15日、タイの首都バンコクでRMX250Sを引き取り、
列車編に続き、バイク編インドシナ一周がスタートした。タイ、ラオスを縦
断し、ベトナムを目指した。しかし、陸路でのベトナム入国は叶わず、いっ
たん日本へ帰国。ベトナム航空で空路でのベトナム入国の手続きを整えて、
インドシナ一周を再開した。空路でベトナムのハノイに入ると、中国国境の
ラオカイ、ラオス国境に近いディエンビエンフーと北部ベトナムを巡り、ハ
ノイに戻る。そして、再び海沿いに中国国境の町まで走り、ベトナムを南に
縦断、かつての南北ベトナムの国境、北緯17度線を越え、サイゴンに到着
した。

インドシナ一周マップ
https://drive.google.com/open?id=17D2PSVgwwP9TW37B7nfMxRr1UDE&usp=sharing
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動乱のカンボジア横断

 2000キロのベトナム縦断を終え、サイゴン(ホーチミン市)に着いた
時、ぼくの心は重かった。カンボジアの重圧が、息苦しくなるほどに、重く
のしかかってくる。
 5月下旬の総選挙を目前にして、カンボジア各地では、プノンペン政府軍
と、ポルポト派軍との間でひんぱんに戦闘が起き、多数の死傷者が出ている
と、ベトナムの英字新聞は伝えていた。
「遅かったなあ…」
 ほんとうはもっと早くカンボジアに入るつもりでいたが、日本を出発する
のが予定よりも遅れ、ベトナムのおもしろさもあって、日程が予定よりも遅
れ遅れになっていた。
 サイゴンに戻ると、まずはカンボジアの領事館に行った。ビザ(入国査証)
を申請するためだ。
「バイクでカンボジアを横断したいのですが」
 というと、担当の職員は領事を呼びにいく。
 まずいことになった…。
「アナタは一体、何を考えているんですか。我が国は戦争をしているのも同
然の国。そこをバイクで行くだなんて」
 ぐらいのことを言われ、ビザの発行を拒否されるのではないかと思ったの
だ。
 ところが紳士然とした領事はやってくるなり言った。
「オー、ウエルカム! バイクでインドシナをまわるなんて、キミは勇敢だ。
我が国は自由な国。どこへでも、あなたの好きな所へ行けますよ」
 領事の言葉は信じられないほどだった。もう、「ノーテンキ・カソリ」も
ビックリ。カソリ以上にノーテンキな領事のお言葉だった。おまけにわずか
30分でビザを発給してくれたのだ。
 それを持ってすぐさま、ベトナムのイミグレーションに行く。
 陸路入国でさんざん苦労したベトナムだったが、プノンペンへの陸路出国
を申請すると、なんとその日のうちに陸路出国許可証がおりた。この陸路出
国許可証がおりるかどうか、さんざん頭を痛めたのがウソのようだ。
 こうしてカンボジアに向けての準備OK!
 1993年4月29日、1週間滞在したサイゴン(ホーチミン市)に、「
グッバイ」をいって、1泊5ドル(ハノイやサイゴンでは米ドル紙幣がその
まま使える)の安宿「ルスオンホテル」を8時に出発した。
 カンボジア国境の町ゴダウに通じる国道22号線を走り出す。サイゴンの
雑踏を走り抜け、郊外へ。町並みが途切れると、水田地帯が広がった。
 サイゴンもハノイ同様に、なんとも心に残る町となった。
 サイゴンから西へ64キロ、国境の町ゴダウに到着。そこからさらに10
キロ走ったところが、ベトナムとカンボジアの国境だ。
 まずはベトナム側の出国手続き。出国手続きはスムーズに終わった。国境
の役人たちは、手を振ってぼくを見送ってくれた。こうして最初の壁を乗り
越えた。
 カンボジア側に入る。
「さあ、どうなることやら…」
 カンボジアへの入国は不安だらけだった。
 だが、イミグレーションではパスポートにポンと入国印のスタンプが押さ
れ、RMXの持ち込みに関しては、税関の申告用紙に「Motor Cycle」と書き
込むだけですんだ。
「インドシナ一周」では、どの国でもバイクの持ち込みでは苦労に苦労を重
ねたが、唯一、カンボジアだけはフリーパス同然だった。
 RMXともども、国境を越えてカンボジアに入り、首都プノンペンに通じ
る国道1号を走り始めた。
 ところどころで路面はかなり荒れていた。国道1号沿線の風景は荒涼とし
たもの。水田は荒れ果て、まるで砂漠のような荒野が広がっている。ベトナ
ムの豊かな緑を見続けてきた目には、なんとも異様な光景に映った。
 暑い。
 強烈な暑さだ。
 緑の乏しい荒野が、暑さをよけい厳しいものにしていた。
 長年に渡る戦乱が、国土を徹底的に荒廃させてしまった。街道沿いに食堂
をみつけ、RMXを止める。のどの渇きがひどく、抹茶色に濁った水をガブ
飲みした。ホッと一息ついたところで、飯と豚肉と汁の昼食を食べるのだっ
た。
 国境から104キロ地点でメコン川を渡った。
「メコン」は「インドシナ一周」のキーワード。何度、このアジアの大河を
目にしたことか。
 メコン川をフェリーで渡ると、プノンペンは近い。交通量も増えてくる。
 ベトナム国境から160キロ、14時30分にプノンペンに到着した。

戦乱の地に突入!

 カンボジアの首都プノンペンに着いた時はうれしかった。カンボジア横断
の最初のハードルをクリアーしたような気分だ。「インドシナ一周」は、い
くつものハードルを越えていかなくてはならない障害物競走のようなものだ。
 プノンペンでは1泊6ドルの安宿「キャピトルホテル」に泊まり、ブラブ
ラ歩きながら、カンボジア西部の情報を集めた。
 カンボジア情勢は、悪化の一途をたどっていた。
 伝わってくる情報は、どれも悪いものばかり。これから国道5号で向かう
バッタバン県では、プノンペン政府軍とポルポト派軍の戦闘が続いていた。
治安は乱れ、大量の武器を持った盗賊集団が横行し、バスやトラックなどを
たびたび襲撃しているという。
 だが、どんなに情勢が悪くなろうとも、行くしかないのだ。
「今までだって、アフリカでも、中東でも、南米でも、命を張って紛争地帯
を突破してきたではないか」
 まる一日、大汗をかいてプノンペンの町を歩いた。
 プノンペン駅が忘れられない。ちょうど、バッタバンからの2日に1本の
列車が到着するところで、超満員の乗客。客車も屋根も連結している貨車も、
あふれんばかりの乗客だった。長くつづいた内戦で、線路には赤錆が浮き、
線路を覆い隠すように雑草が生い茂っていた。それでも列車は動いていた。
 1993年5月1日、バッタバンに向け、夜明けとともにプノンペンを出
発した。
 国道5号を西へ、西へと走る。
「どうぞ無事にバッタバンに着けますように」
 RMXのハンドルを握りながら、もう、祈るような気持ちだ。
 トンレサップ川に沿って走る。
 川の向こうに朝日が昇る。
 プノンペンから30キロの地点で国道6号が分岐する。6号は5号の北を
通り、コンポントム、シェムレアップを経由し、シソポンで5号に合流し、
タイ国境へと通じている。
 分岐点を過ぎると交通量はガクッと減る。
 さらに国道5号を走り、プノンペンから60キロの地点でダートに突入。
それ以降、ダート→舗装→ダートのくり返し。舗装といっても痛みが激しく、
大穴があいている。これがけっこうきつい。きついというよりも、ダートよ
りも危険なのだ。高速でこの穴に落ちた時はかなりの衝撃を受ける。
 プノンペンから190キロのプサットを過ぎると、荒野に入っていく。交
通量はさらに減る。
 バッタバン県との境には、プノンペン政府軍の陣地があった。高射砲が西
の空に向いている。恐怖感を振り払うように、速度を上げて突っ走る。RM
Xを止めたら、それこそねらい射ちをされるような気がしたのだ。
 プノンペンから300キロのバッタバンに到着。
 これでカンボジア横断の2番目のハードルを越えた!

砲声をかいくぐり、タイ国境を目指して突っ走る

 バッタバンの町を夜明けとともに出発。国道5号でシソポンへ。トンレサッ
プ湖周辺の大平原が広がっている。赤土のダート。Tシャツは巻き上げる土
ボコリであっという間に赤くなる。つい最近までは地雷が点々と埋められて
いた国道5号だが、国道上からは完全に撤去されていると、プノンペンで聞
いた。
 バッタバンから90キロのシソポンに到着。ここで国道6号と合流する。
このままタイ国境に向かえば、わずか50キロでしかない。だが、どうして
もアンコールワット遺跡を見たいので、シンポンから100キロのシェムレ
アップに向かった。
 路面の状態は激しく悪くなり、ガタガタ道がつづく。
 暑さが厳しい。もともとは豊かな農地であったこのあたり一帯も今は荒れ
果て、荒野が暑さをよけいに厳しいものにしていた。
 シェムレアップ県の県都、シェムレアップに無事、到着した。
 バッタバン→シソポン→シェムレアップのこの一帯は、動乱のカンボジア
の中でも一番の危険地帯だ。
 プノンペンを出発する前に、そこをバイクで走るというと、信じられない
といった顔つきで「気をつけなさいよ」と何人もの人たちにいわれた。それ
だけに、こうしてシェムレアップに着くことができて、カンボジア横断の3
番目のハードルを越えたような思いだ。
 さっそく、シェムレアップ郊外のアンコールワット遺跡に行く。炎天下、
汗を流し暑さにヒーヒー言いながら、アンコールワットとその北のアンコー
ルトムの遺跡を見てまわった。情勢がきわめて悪いということもあって、こ
のアジア最大級の仏教遺跡には、観光客の姿はまったくなく、ガラーンとし
て静まりかえっていた。
 シェムレアップでは、町の中心にある「グランドホテル」に泊まった。
 夜中の3時ごろから砲声が聞こえてきた。
 最初のうちは「ドーン、ドーン」と花火を打ち上げるような音。それが4
時過ぎになると、砲声は俄然、激しさを増してくる。
「ドドドドドーン、ドドドドドーン!」
 と、地面を揺らし、窓ガラスを震わせる砲声が連続して聞こえてくる。
 すぐ近くの街路では、「パンパンパン」と乾いた音の銃声。市街戦もはじ
まった。
 カンボジア横断の最後になって、ついに懸念していた戦闘に巻き込まれて
しまった。
 それが1991年11月のパリ和平協定以降、最大という1993年5月
3日のシェムレアップの戦闘だ。
 ぼくはタイ国境に向けて突っ走る決心をした。このままシェムレアップに
いたら、どうなるかわからないという恐怖感に襲われたほどの戦闘の激しさ
だった。
 ホテルのフロントの青年は、「ここに来て1年半になるけど、これだけの
戦闘は初めての経験だ」といって青ざめた顔をしている。
 早朝6時、相変わらず激しい砲声が続く中、RMXのエンジンをかけ、国
道6号をシソポンへと走りだす。
 砲声が聞こえてくるのは北と東の2方向からで、西からは砲声が聞こえて
こないというなかで下した決断だ。
 とにかくアクセルを戻さないゾ!と、全速で120キロ以上で突っ走るこ
とにした。
「このくらいの速度ならば、ねらい射ちをされても、当たらないだろう」
 と考えたのだ。
 死にもの狂いで赤土のダートを走り続け、ついにシソポンに到着。町が平
穏なのを見てホッとした。そうしてタイ国境へ。命を落とすこともなくタイ
国境に到着し、ついにカンボジアを横断した。


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[カソリの近況] 70代編日本一周 テーマ編(9)

「70代編日本一周」の第2部、8月1日以降の一覧です。
8月3日〜8月7日 「東北周遊」(青春18きっぷを使っての鉄道旅)
8月17日〜8月23日 「東京→青森・林道走破行」
8月27日〜8月28日 「信州・霧ヶ峰」(レンタカーでまわる)

※テーマ編は、Twitter(@kasotaka70)にてリアルタイム発信中です。


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[編集部からのお知らせ]

次回「カソリング」は2018年11月1日発行の予定です。

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[賀曽利隆の連載が読める雑誌、WEB&メルマガ]

アンダー400(クレタパブリッシング)
風まかせ   (クレタパブリッシング)
  http://www.crete.co.jp/magazine/

Webikeニュース(リバークレイン)
賀曽利隆コラム
  https://news.webike.net/author/kasori_takashi/

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 ● MAIL MAGAZINE『カソリング』218号  2018年10月1日発行
   編集・発行 カソリング編集委員会
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      │\/│<kasoring@kasoring.com>
      └──┘
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●『カソリング』バックナンバーを読むには:
<http://archive.mag2.com/0000037317/index.html>
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