高野孟のTHE JOURNAL - まぐスぺインタビュー
①政治経済・国際関係ニュースの真相を知ることができる
②大マスコミにミスリードされない判断力がつく
③直接メールでメッセージや質問を送れる
高野さんといえば「インサイダー」編集長を長く務められていますが、いつごろ始められたのですか?
1975年の秋ですね。月2回発行のニュースレターとしてスタートしました。当然紙媒体ですよ。その時は私の先輩が編集長だったんですが、1980年に私が編集長になりまして、同時に発行主体を株式会社にしました。
政治経済・国際関係といったお堅いテーマを扱う本格派のニュースレター媒体としては日本では先駆的たっだのかもしれないですね。時代の潮流を斬るという文字通りジャーナリスティックなニュースレターということで。
ニュースレターという形式のものは、当時はいろいろあったんですか?
例えば銀行なんかが出しているちょっとした金融情報誌とか、総会屋が出してる裏情報満載、みたいなちょっと怪しいようなものも含めていろいろあったんですけど、真正面から政治だ経済だ国際だっていうのを扱っているものは僕らくらいだったと思いますね。きちんと分析して、独自の視点を繰り出していたので、「おお、こんな見方もあるのか」「新聞は同じように横並びに書いてるけど、インサイダーは違うな」っていう評価をいただいてましたよ。そのへんを売りにしていましたしね。
そもそもどうして雑誌ではなくニュースレターという形式を選んだのですか?
当時、アメリカではニュースレター産業っていうのが一大産業ジャンルだったんです。デザインも洒落ていましたし、総合的なものから専門的なものまで揃っている。「日本ではバラバラにはいろんなものを出しているけれども、ニュースレターっていうものはないね」なんて話していて、だったら自分たちがそういう本格的なものをやろうよっていうのが始まりでしたね。
最初は本当に頑張ってしこしことやってたんですが、けっこう評判になって、それこそ国会議員、大手新聞社の部長さんクラス、外国大使館とか、おもしろい読者がついてくれたんです、部数はそんなに多くなかったですけど(笑)。
だから当然儲かりはしないんですけど、読者の中にプロの情報通がたくさんいて、そういう方々と仲良くなって、読者が逆に情報源にもなってくれるという、紙の時代なのに“双方向型の情報のやり取り”が成り立っていましたね。問題意識のある読者の方が「こういうレベルの情報分析が欲しかったんだよ」ということで接近してきてくれたし、逆にこっちが聞きに行っても教えてもらえたりして、どんどん輪が広がっていくっていう状況でした。
その後、ネット上でもサービスを展開されます。
80年代半ばにパソコン通信っていうのが始まったんです。その先駆がアスキーネットだったんですけど、以前から知っていたアスキーの西和彦社長といろいろ話していた時に、「これからはパソコンの時代だから、インサイダーの内容をアスキーネットに載せたらどうですか」と言われ、すぐにOKしました。
ところが初期のパソコン通信っていうのは、パソコン好きのマニアックな世界で、国際政治がどうした、日本経済がどうなる、なんてことにはまったく関心がないんだよね(笑)。インサイダーのネット版は有料で始めたんですけど、読者数はなかなか伸びずに苦戦しました。まあ、お堅いニュース分析をネットに載せたのは最初だったかもしれないですね。
①政治経済・国際関係ニュースの真相を知ることができる
②大マスコミにミスリードされない判断力がつく
③直接メールでメッセージや質問を送れる
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