【中島聡×古田貴之 特別対談Vo.2】「やれる方法を考える」のがイノベーション。AIロボット実現のための社会革命!

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マイクロソフトでWindows95やインターネットエクスプローラーの開発を指揮した伝説のプログラマーにして昨今は投資家としても知られるメルマガ「週刊 Life is beautiful」の著者・中島聡さんと、千葉工業大学にて未来ロボット技術研究センター所長として日本のロボット開発の最前線で活躍している古田貴之さんの特別対談の第二弾をお届けいたします。本対談では、AIとロボットをつなぐための課題、そして「人型ロボットは開発されるのか?」など、10年、さらに20年先までを見通す内容となっています。お二人から見える「未来の日本と世界のビジョン」とは? 前回に続き、全ての日本人が注目すべき対談です。
※本記事は、実際の対談から一部抜粋して編集したものです。この対談は近日公開のVol.3に続きます。

古田貴之(ふるた たかゆき)さんプロフィール
千葉工業大学・未来ロボット技術研究センター(fuRo)所長。独立行政法人科学技術振興機構でロボット開発グループリーダーとしてヒューマノイドロボットの開発に従事。2003年6月にfuRoの設立とともに所長に就任。福島第一原発に投入された国産ロボットの開発など、多くの国家プロジェクトを手掛ける

【対談第一回はコチラ→】【中島聡×古田貴之 特別対談Vo.1】夢の「人型ロボット」実現は目前?実は海外よりスゴい日本のAIロボット技術力!

【中島聡 × 古田貴之】AIロボット製作の秘密!

中島聡(以下、中島):今回、『メタトレンド』という言葉で本を出すんですけど、要はその時代の大きな変わり目みたいなものを見て、そこにいる会社に投資しましょうとか、そこの会社で働きましょうみたいな話で、やっぱ一歩先って何年ぐらいかな、10年から20年ぐらい先を見て考える。

今まで僕はずっと仕事していたんですけど、今はみんな「AI!AI!」って大騒ぎしているけど、AIってまだちょっと漠然としているんですよ。ChatGPTはいいけど、じゃあ世の中で実際にAIが仕事をし始めることがどういう影響を及ぼすのか?まずは事務職で起こる、ホワイトカラーから仕事を奪うことは起こるけど、でも本格的にすごいことが起こるのは、やっぱり肉体労働とか機械がやっていることがロボットに置き換わることが、これから10年、20年で思いっきり来るはずです。

古田貴之(以下、古田):ちょっと秘密の話をしましょうか…いくつかお話したいことがあるんですけど「人はビットを食べては生きていけない」っていう言葉があるんです。

中島:はいはい。

古田:つまり、この世の中はリアルなんですよ。今のこのAIの技術体系で一番問題なのはAIが所詮ソフトウェアなんです。この世の中で生産性を上げたりするには、物理的なインタラクションがないとダメなんです。じゃあ、AI屋さんがAIにボディを与えようなんて言ってますけど、あの人たちはAIにボディを与えることはできません。全く技術体系も考えも違うので。

だから皆さんが「じゃあ、AIをロボットに乗っけよう」と言うと、しょぼい人間型ロボットが、おもちゃみたいな動きをして終わりなんです。AI屋さんがロボットをやってるうちは絶対無理! そしてロボット屋さんがAIっていうのも無理。

僕はよく分かってるんだけど、我々の研究所には、AIもセンシングも、メカも、制御も、それぞれ研究者がいるんです。5人1チームでF1を作るみたいにダーッとアジャイル的に作るんです。例えば、中島さんがご覧になった技術、四脚のロボットの技術がありますよね。読者の方は、もしかしたらご存じないかもしれませんが、例えばこんな技術。このムービーですよね。

中島:はい、仮想空間で。

古田:実はこれはレッグトジム、シム2リアル。これは一般的な強化学習の仮想空間のシミュレーターなんですよ。仮想空間に4096台、たまたま四脚ロボットをトレーニングしたかったので、四脚ロボットを仮想空間に4096台ぶち込みます。これを2万世代進化させる。でも、こういう仮想空間でトレーニングをしようという話は、もうウン十年前からあるんです。はっきり言って、全然珍しいことじゃない。ただ我々技術者や研究者の間では常識ですが、仮想空間とリアルワールドは別空間なんです。

例えばゲームや仮想空間で、アバターがジャンプしたりホームランを打ったりするのは「そりゃ仮想空間だからできるよ」ってことで。これが人間型ロボットで同じプログラムで動くかというと、動かない。物理法則も違うし、まさにアナザーワールド、仮想空間は仮想空間だよねという話です。

だから最近ちょっと前までサイバー・フィジカルだなんて言ったり、バーチャル・ナイキとかバーチャル渋谷を作ったものの、どうリアルワールドに応用しようかって言っているけど、応用できない。僕らはこの仮想空間で2万世代、4096台進化したものを、リアルワールドにその脳みそだけを持ってきてインストールするという技術を作った。ハードウェアとソフトウェアの狭間の技術なんです。

ちょっと変わっているのが、たまたま四脚だから四脚でぶち込む。4096台、2万世代進化させます。そして何もせずに出来上がったAI、ニューラルネットワークをリアルなロボットにぶち込んじゃうんです。その結果がこれですね。

例えばこれは、ご存知ユニツリー社の50万円ぐらいのロボットです。ポイントは、足先のタッチセンサーを使わずに、オフにしていることです。さらにカメラやレーザーセンサーなど、外が見えるセンサーもない。つまり人間で言うと、目隠しで足の触覚もない状態。このロボットは自分自身でなんとなく関節の角度と体の姿勢しか分かんない。

ここには4096台・2万世代進化させた知能をポンと入れる。例えば中島さんも皆さんも、階段を登ろうという時に、階段の高さをイチイチ物差しで測らないですよね。階段までのXYZの距離はメジャーで測らない。YouTubeやなんかで出ている四脚や二脚のものを見ると、いかにもロボットみたいな動きじゃないですか。あれは、周りの地図を確認して、何メートル先に何センチの階段があるから足を何センチ上げましょう。サインコサインで角度を何度上げましょうとやっている。

そんなことは人間はしませんよね。人間はサルの時代から何千万年も脳みそが進化してるから、目隠しでも反射的に登れるんです。このリアルワールドは、いちいちそんなに測れるわけないじゃないですか。ぬかるみだって足をつけた瞬間にぐぐっと沈むし、そもそも足元一個一個測るなんて無意味。だから我々は、ゼロから脳みそを進化させて、外界センサーなしで動くようにしてる。

だからこのロボットをジョイスティックで無茶振りして「あっち行け」「こっち行け」ってやってるだけで、段差とかはこのロボットは知らないんです。で、この辺りはわざとワックスが塗ってあって滑りやすいんだけど、こんな動きする。ちなみにこの全部の動きを誰も作っていないんです。我々も知りません。だから、この映像なんかはもう階段があるのを知らないんですよ。こうやって登ってきます。ほら段差あるのを知らないでしょ。普通に行けって命令したら、転んで受け身を取ります。

中島:いいですね。

工程表が壊すイノベーション

古田:これね。動きが早すぎて我々は作っていないんですよ。例えばこれ、不定期で実験してました。やっぱり目隠しです。で、さすがに最初のトレーニングなんで、コケるんです。こんな風に研究者もどんな動きするんだか「ようわからん」っていうことをするんです。

実はね、これにはいくつかまたまた秘密があるんですけど、人間も例えば足を怪我してると、足引きずって歩くじゃないですか、教えられてなくても。このロボットも一本、足を壊してみます。三本足で歩くのは難しいんですよ。

中島:面白い動きはしますね。

古田:ちょっとだけ話すと、仮想空間で育てるとき、一世代目って自分の姿・形も知らないんです。なんとなく12個関節があることしか知らなくて、動かしているうちに何世代目かで「あれ繋がってんじゃね?」「足じゃね?」って思うんです。我々は初期値、ロボットの形も足の長さも何にも教えてないんです。これでどんどん世代交代をしていくうちに何かを覚える。そして体の動かし方を覚えるから、どんな段差、どんなぬかるみ、着地すら自分で学ぶんですね。

これなんかも面白いですよ。こんな風に着地するんです。着地も人間は予想して着地していますよね。真っ暗闇で「階段ないな」と思って降りると、階段があって、段差がある。そうすると「うっ」と衝撃がくるじゃないですか。こういう予測をしているんですよ。このロボットくんも、なんとなく予測してる。

全部、我々は一個もプログラムを書いてない。レンジでチンしているようなものです。仮想空間に例えば二脚だったら二脚、ボーンと1万台入れて、何万世代か進化させる。「レンジでチン、終わり」全てのものがそうです。クルマも飛行機も二足も四足も。

僕も元々は制御工学の専門家です。一生懸命数式を解いて、ロボットの制御をしてきた男です。でもね、これって絶対限界があるんですよ、間違いなく。スライディングモード制御、適応制御、Hインフィニティ制御、いろんな制御系があるけど、そんな数学を乗っけるのはやめましょう。何万台ものロボットを作って、何万世代も進化させるこの技術には制御工学ではかなわない。どんなに数学を解いても生物の動きに敵わないように、ならば生物の進化をコンピューターの中でやってしまったほうがいい。

本当に今、コンピューティングの世界は計算が早いから、何万時間もの計算が5時間でできる。僕は現代、数多くある制御をしている人から、制御の技術を諦めさせようと思った。多分どんな数学者が、制御工学者が、挑んでも、多分この技術には敵わんですよ。だからこれは「絶望ロボット技術」って言われてる。

何で我々がこれを作れたかというと、メカやハード、ロボティクスだけでなく、AIも両方知ってるからなんです。例えばね、今、アメリカはボーイングがやばいじゃないですか。ご存知の通り、全部モノづくりをアウトソーシングして、モノづくりを止めてしまったんですよね。

アメリカはとってもソフトウェアの文化は進んでいるんです。でも、このハードとかモノづくりのところは、お世辞にも素晴らしいとは言えない。どんどん外に投げ打っちゃった。それはモノづくりって時間もかかりますわ、技術屋さんも大変いりますわ、在庫も抱えなきゃいけない。

一方、日本は、モノはできるけどソフトはできない。どっちかではダメなんです。今は、AIが流行っていて、ソフトウェアはそこそこパッケージング化されてできるようになってます。Azureでもいいし、AWSでもいいし、そうじゃなくてもYOLOとかいろんなディープラーニングのエンジンもあるし、ジャガイモのようにLLMなんて転がってます。でもどの人も、AIにボディを入れて、この世の中で何か仕事をさせようかと言うと、途端に破綻するんです。なぜなら狭間の技術がわからないから。

だから、僕は常に狭間の技術を含めた全部をやることにしている。そして世の中でできてないことをやる。さらにこれをいろんなソフトウェア、ハードウェア、さらには中間の部分まで全てをパッケージ化して、モジュール化してるんです。

そして僕にはポリシーがあるんです。イノベーションって、アホらしいんだけど、アメリカのDARPA(国防高等研究計画局)でさえ、ハイルマイヤーの質問をもとにプロジェクトを組んでるんですよ。ハイルマイヤーの質問は、めちゃめちゃ有名な質問事項で、そのプロジェクトを評価するんだけど「このプロジェクトをするのに、どれだけの年月かかりますか」「どれだけの予算がかかりますか」「どれだけのリスクがありますか」って問うんです。でも、もう僕に言わせりゃ、ちゃんちゃらおかしい。工程表ができる時点でイノベーションじゃないんです。

そこにどれだけのリスクがこの先あるか分かっている時点で、イノベーションじゃない。

工程表があるということは、道筋が分かっているということですよね。道筋が分かっている時点でイノベーションじゃない。だから、世の中のイノベーションの作り方も間違っていて、やれることしかみんなやらないんです。だから、全くない学問体系をみんな作ることができない。イノベーションっていう意味で言うと、僕は「日本も海外もどこにそんなすごい技術があるのか、見せてくれよ」って言いたくなるんです。偉そうなことを言っていますけど。

中島:AIの世界でいうと、最初に画像認識でやっぱりニューラルネットワークのほうが、人間が作ったアルゴリズムよりも優秀だということが分かっちゃった。やっぱりあそこがきっかけだと思うんですけど、

例えば「タイヤが4つあるから自動車だ」みたいなことを昔はやってたのに、逆にやらない方が良くて、フィーチャーの割り出しも全部ニューラルネットに任せる。人間がアルゴリズムで作るよりも、そっちのほうが優秀なものができちゃうことが分かりましたっていうのが画像認識であって、今度は言語側でもわかったと。今はそっちにみんな走ってますけど、先生がやられてるのは、それと全く同じことが、実はロボットの制御においてもできますよっていうことですよね。人間がこちこちアルゴリズムを書いて物理の法則でサインコサインでやるっていう時代は、もう終わりました……という話ですよね。

中島聡氏

中島聡氏

古田:そうです。

中島:でも、本当にすごいことが起こっていると思いますね。やっぱりそこの技術は極めなきゃいけないし。僕は本当にAIとロボットだったり、ドローンだったり、自動運転車の組み合わせで、べらぼうなイノベーションが起こると思っているんです。で、今回カリフォルニアで大火事が起こったじゃないですか。

それで今、大問題になってるのが、あれの建て直しをどうするんだっていう話なんです。とにかくアメリカは今、コロナ禍で人件費が上がっちゃって、建材費も上がって、とにかく建物を建てるお金がものすごく上がっちゃっているんです。時間もかかるし人も足りない状態で、どうしようもないわけですよね。多分、まともに復旧するのに10年じゃ無理じゃないかって言われてるぐらいなんですけど。

古田:あれ、やばいですね。街1個が丸々なくなってますしね。

中島:でも、考えてみたら10年は無理かもしれないけど、15年、20年ぐらいの単位で考えて、ロボットがいる世界なら、根本的に違う家の建て方が可能なんじゃないかと思うんです。

ひょっとしたら設計から変えた方がいいかもしれないけど、別に人型である必要もないし、とにかくロボットが作ります。これだけで人件費がべらぼうに減るわけだし、24時間働くことができて、夜中でもやってくれるし。音立てずにやれって言ったら、ロボットが音立てないでやる方法も、見つけてくれるわけじゃないですか。

古田:私のやっている仕事の中に、シャトレーゼのお菓子の工場があるんです。いま日本はどんどん人件費が上がってるし、そもそも労働者が集まらない。だからこんな風に、自動搬送用のロボットを20台全部連携させ、材料の輸送と製品の輸送を完全自動化するというのをやっているんです。シャトレーゼのメイン工場は、4億円ぐらいですが、自動ドアとエレベーター、垂直搬送機全部をコンピューター制御、群制御などをして省人化したりということをたくさんやってます。あと某大手の半導体の機械メーカーさんの倉庫も、100億円ぐらいで私がやってます。今は人間型ロボットではないですが。

これからすごく人件費も増えてくるし、こういう自動化・省人化に対しても、ロボティクス工場のような環境が変わらないあらかじめわかっている場所では従来技術でもいい。でも、ここから先は屋外のロボットが重要になるんです。例えば原発ロボットもそうです。福島の原発の中で映像を撮っていたロボットは、100%我々のロボットなんです。ああいう未知の環境やロスの火事の現場は、今は人しかできない技術です。でも、全部これから人間型ロボットや、いろいろな自動化機械に置き換わる。ただ、今の技術では多分皆さんにはできない。リアルワールドで動くロボットの技術を、皆さんが知らないから。

例えばAIの世界でミンスキーの時代なんかは論理記号でAI解いてますよね。古典的なエキスパートシステムなんかそうで、全部記号処理でした。それに対局するのは、サブサンプションアーキテクチャや、最近ではLLMを使ったディープラーニング系ですよね。「もう、記号で全部をルールを書くの無理じゃん」「むしろ原因と結果ぶち込んで、中の構造は学習させちゃえ」っていうのが最近のやり方ですよね。

古田貴之氏

古田貴之氏

これからすごく人件費も増えてくるし、こういう自動化・省人化に対しても、ロボティクス工場のような環境が変わらないあらかじめわかっている場所では従来技術でもいい。でも、ここから先は屋外のロボットが重要になるんです。例えば原発ロボットもそうです。福島の原発の中で映像を撮っていたロボットは、100%我々のロボットなんです。ああいう未知の環境やロスの火事の現場は、今は人しかできない技術です。でも、全部これから人間型ロボットや、いろいろな自動化機械に置き換わる。ただ、今の技術では多分皆さんにはできない。リアルワールドで動くロボットの技術を、皆さんが知らないから。

例えばAIの世界でミンスキーの時代なんかは論理記号でAI解いてますよね。古典的なエキスパートシステムなんかそうで、全部記号処理でした。それに対局するのは、サブサンプションアーキテクチャや、最近ではLLMを使ったディープラーニング系ですよね。「もう、記号で全部をルールを書くの無理じゃん」「むしろ原因と結果ぶち込んで、中の構造は学習させちゃえ」っていうのが最近のやり方ですよね。

中島:はい。

古田:昔は理想的に世の中の人間の脳みその動きを、全部記号化してフローチャートを書いてやろうとして破綻したんですよ。「そんなのできるわけねえじゃん」ってなって。ウィンドウ問題、フレーム問題、情報の爆発とか、この世の中の全ての事象をルール化できますか?無理なんです。

ロボットも今まではその方式を取り入れてきた。世の中の全ての環境をセンシングしておくって……でも無理じゃん。だから私は今、世の中で本当にリアルアウトに動く技術をちゃんと開発しているんです。それもだいたいほとんど技術的には出来上がっています。ロスの火事もそうだし、工場以上の全ての人間の現場で動いているものは、自動化できるんです。もう技術的には。ただ、技術的にできるということと、世の中でできるって違うんです。

例えば日本では今、EVバイクを走れるように車線の横に青いレーンがあったりと、道路交通法も変わりました。十数年前に経産省で私もプロジェクトに参加していて、安全規格の基準作ったり、安全センター作ったり、道路交通法をどう変えようかという議論をしていた。こういう法規を変えなきゃいけないとか、技術以外の本当に生々しいことをやらなければいけない。

原発ロボットも、皆さん誤解してるんです。確かに我々は技術的には誰にも負けない自信がある。ただ、技術屋はバカだから、技術をやれば全てが解決できると思ってしまうんですが、これが大間違い。これは原発の中の映像ですけれど、当時、福島の原発の中のニュースに出てきた映像は、全部100%我々が撮ったんです。なんでできたかというと、秘密があるんです。一つは技術があった。二つ目は現地のオペレーターと徹底的に改良を重ねた。

三つ目は……。じつは福島の原発の建屋の設計図って国家機密なんです。テロの対象になるから。大きさも階段の場所も国家機密なんです。その原発の建屋の設計図を内閣府からもらってきて、海側の50メートルぐらいの場所にその復元作って、操縦者や教育するための教官、操縦マニュアル、シミュレーター、メンテナンスマニュアルまで全部作った。機械を運用できる方法や操縦者の訓練といった、周辺の部分がとても重要なんですよ。

技術を作る、パッケージング化する、ちゃんとそれを普及できるようにする。そのためには、それなりのベンダーやサービスプロバイダーなどを全部まとめなければいけないし、そもそも機械が工場や現場で動くための安全基準も必要。工場の中や現場での運用プロセスや安全プロセスを変えるのはとても大変なんです。でも、ここまで踏み込まないとダメなんです。

技術者はアホだから「こんな技術ができた」「いつか誰かがこれ応用してくれて、こんな明るい未来がある」とファンタジーを語る。僕はあのファンタジーが大嫌いなんです。だから僕が作るものは、今は全て紐づきで、大手のいくつかの企業とガッチリとしたプロジェクトです。ちゃんとそれが製品化される。あるいはB to Bだったら、ちゃんとそれがビジネスとして運用できるところまでやるということを、私はやってる。本当に難しいんですよ。

「やれる方法を考える」のがイノベーション

中島:手間がかかる話ですよね。

古田:普通のやり方をしたら普通の結果しか生まれない。大変だからやらなきゃいけないんですよ。それがイノベーションの一部だと僕は信じてます。現に私は実績を持ってやってきましたよ。例えばパナソニックさんとは、100万台以上売れている掃除機ロボットを開発して、ちゃんと世の中に出した。最終的な金型の製品の部分まで含めてあれは100%私が開発しました。

中島:研究所の研究も進めなきゃいけないし、ちゃんとした売り上げを上げるプロジェクトもやらなきゃいけないし。

古田:でも、僕は簡単なんですよ。非常にシンプル。できるかどうかは興味ない。どうしたらできるかにしか興味がない。やれる方法を考えるんです。それが多分イノベーションだと思ってる。

例えば日本ではとっても話題になってる、こんな乗り物があったりします。

ラプターというんですが。これなんかも今はもう公道でナンバーを取って走ってますけどね。これなんかは日本で売るのがバカらしいから、もう外国で製品化して売ろうとしています。やっぱり日本は道路交通法、その他もろもろがめんどくさいんで、海外でまず事業展開しようとしていて、さっきの乗り物は今は日本にないですけど、そんなことまでやってる。

中島:いいですね。

古田:だって、日本で乗り物を1台50万円で1万台売ったって、つまらないじゃないですか。このラプターという乗り物は、左右にスラロームができるんですが、上と下がレバー1個で、伝送系も機械系も分離して、いろんな形に変わるんです。

今は乗り物ってみんなクルマメーカーさんが、こんなユーザー層にと考えて作っています。だけど、かつてのインターネットもホームページやウェブ作るのもエンジニアが作っていましたが、今はサービスプロバイダーが「こんなウェブ作りましょう」と、みんなが自由に作ってますよね。こうやって、技術者から技術を開放してプラットフォーム化しないと、その技術は普及しないんですよ。

乗り物屋さんに「乗り物を諦めさせよう」と思って作ったのがラプターなんです。下のプラットフォームはしっかり安全規格を作り、上は自由に規格に沿って作れば、例えば宅配業者、ロジスティックの人、あるいは乗り物メーカー、乗り物を作りたいなというデザイナーとか、それぞれが自由に作れるようにって考えたんですね。

技術者の使命は、今は存在しない10年後や20年後の技術を作って、未来をググッと手繰り寄せて、みんなが使えるようにしてあげることだと僕は思ってやまない。

例えばアーリーアダプターの人たちや先進的な技術者は、いち早くそれを作るっていう文化になるかもしれない。Linuxはそれで育ちましたよね。あるいは昔のマイコンやパソコンなんかもそうでした。そういうこともやりつつ、一方では「大手の企業から」も出して、ボトムアップとトップダウンの両方から攻めていかないといけない。

世の中の文化のでき方は、一通りじゃないと思うんですよ。僕は世の中の黒子でね、あんまり世の中に出ないようにしてやってるんです。多くの技術は実は大手の企業と契約してライセンシングして生まれているんです。ただ、僕らがやっていることが表に出ないことがすごく多い。別に表に出るのが僕は目的じゃないし、世の中を変えることしか興味ないからそれでいいんです。

だって悔しいじゃないですか。ガウディは死んでしまったのにサグラダファミリアはまだニョキニョキと伸びてますよ。やはり技術者ができることは僕は2つしかないと思う。1つは技術者を残すこと。2つ目はその技術を継いでくれる人を残すこと。だって僕が死んじゃったら、やる人いなくなっちゃうから、後継を育てなきゃいけない。いっぽう技術もちゃんと世の中にインストールして残さなければいけない。

多分この2つをガウディは達成しているから、サグラダファミリアはニョキニョキと伸びているんです。でもこれをやるには何かを捨てないと得られない部分もあるから、有名になったりという部分は、とうの昔に捨てました。

「凡人が100人かかってもかなわない」人間しか集めない

中島:今後はどのようにしていくんですか?今は何人ぐらいでやられてるんですか?

古田:私のところは技術者が10人ちょっとですね。

中島:すごい量の仕事をしてますよね。

古田:まぁ、でも1人で50人分ぐらい働きますから。例えば僕は体重50キロもないけれど、僕に100億円を費やして100年教育したって、大谷翔平になれない。

中島:(笑)

古田:つまりどういうことかというと、できるやつには凡人が100人かかってもかなわないんです。ウチにはそういう人間しか集めていない。100人集まってコーディングするよりも、そいつが3時間コーディングした方が早い。そんなやつばっかりを集めています。

中島:素晴らしいですね。

古田:ちょっと特殊部隊なんですよ、うちは。そしてボーイングやいろんな日本の企業と違って、外注はほとんどしません。モノの加工は加工屋さんに頼むし、バッテリーは買ってきています。CPUボードは昔は作っていたけど、最近買ってきていますが、それ以外の機械設計や、コーディング回路・設計に至るまで全部内製しています。

中島:機械工学、電子工学、情報全部やっているんですね。

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古田:もちろんです。やってない技術はないです。だから縦割りではないんです。普通の会社はウォーターフローよろしく「あれやって」「これやって」なんです。さっきも言ったように、あれやってこれやっても工程設計ができるものは、イノベーションじゃない。

例えば森がある、ジャングルがある。どうなってるかわからないジャングルの奥地に行くのに、どういうルートでどう行くか、わかるわけないじゃないですか。ジャングルの中の道がわかっていたら、もうそのジャングルは未知の冒険じゃないんです。ジャングルの中に入りながら道を考えるんです。

だから我々は、メカも、電気も、コンピューター、AI、制御やセンシングの理論でも、みんなが寄ってたかって解決方法を考える。仕様書の有効期間は2~3時間です。ホワイトボード10枚ぐらいを用意して、今の問題をダーッと書いて「俺、これやるよ」「これメカでやるだろう」ってガチャガチャやりながら組み上げています。例えば、さっきの乗り物なんかも開発期間1か月でソフトもハードも含めて、プロトタイプ2台を作りました。

中島:素晴らしいですね。

古田:イノベーションを起こすための日本の大企業の考え方は間違っているんです。僕は、ふたつ大きな間違いがあると思うんです。1つはさっき言ったように工程計画や工程表を作ってしまうこと。未知の世界はわからないものなんです。工程計画を作っている時点でイノベーションじゃないんですよ。

2つ目は、私の研究所にある鉄の掟です。「全ての失敗は古田のせいにする」。これは何かというと、「ジャングルの奥には宝の山がある」「ワクワクする」と言って未知へのジャングルを冒険する時に、死ぬかもしれないと思うと怖くて行けない。どんな技術者も「お前に1億円与えるからやれ」と言われても、失敗したときには「どうしよう」「責任取らされるんだったらやらない」という恐怖心があるんです。イノベーションや冒険をするときは。

だから「恐怖からの解放」をするために、僕の研究所では全部の失敗は古田のせいにして、どんどん失敗しろと言っている。もう怖いことは、たくさんありますよ。納期に間に合わないなんてザラだし、何億円もスっちまったなんてこともザラ。その度に「よくやった」って、僕は褒めてあげる。だから、全ての技術の裏には「屍の山の技術」がたくさんあるんです。

大手の企業の研究所はみんな失敗するからとやらないんです。今の経営者もそうですよね。みんながやらないとやらない。失敗するから怖い。昔の日本は「10年後の我が社は……」と、松下幸之介みたいな人は言っていたけど、今は社長の任期が3~4年だし、任期の間は失敗したくないと思ってしまう。さらに個人投資家が出てきてるから、株価で一喜一憂するし、ますます失敗したくなくなる。みんな恐怖に駆られて未知の技術にトライしないんです。この特別対談は、近日公開のVol.3につづきます。ご期待ください)


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