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メルマガ名
カソリング
発行周期
月刊
最終発行日
2017年11月01日
 
発行部数
845部
メルマガID
0000037317
形式
PC・携帯向け/テキスト形式
カテゴリ
クルマ・バイク > ドライブ・ツーリング > 旅行記

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ー 目次 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
■連載/賀曽利隆の六大陸周遊記 インドシナ一周(2)
■カソリの近況/「峠越え」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

賀│曽│利│隆│の│六│大│陸│周│遊│記│ 第│162│回│
─┘─┘─┘─┘─┘─┘─┘─┘─┘─┘─┘ ─┘───┘─┘

インドシナ一周(2) シンガポール

[前号までのあらすじ]
賀曽利隆の六大陸周遊計画は、第2回目の拡大計画「インドシナ一周」に突
入した。まずは、1992年9月4日タイ・バンコクを出発し、列車でマレー
半島を縦断。半島の南端の都市国家、シンガポールに到着した。

インドシナ一周マップ
https://drive.google.com/open?id=17D2PSVgwwP9TW37B7nfMxRr1UDE&usp=sh
aring
--------------------------------------------------------------------

シンガポールの町歩き

 シンガポール駅に到着すると、駅構内のレストランで朝食を食べ、駅前か
らはロンドン風の2階建てバスに乗った。2階から流れゆくシンガポールの
町並みを見下ろした。終点まで行くと、そこからはシンガポールの中心街を
プラプラ歩いた。「ガーデンシティー」と形容されるとおりのきれいな町並
み。熱帯の花々が咲き乱れ、目にしみるような濃い緑が町全体を覆いつくし
ている。
 近代的な高層ビルが建ち並ぶ中心街を歩いたあとは、ラッフルズ・プレイ
ス駅からシンガポール自慢の地下鉄(MRT)に乗ってみる。東京でいえば
大手町駅のような駅で、ここで北線、南線、東線、西線の4本の路線が交差
している。そのうちの西線に乗ってオートラム・パーク駅まで行った。
 中国文化とインド文化、マレー文化、それにイギリス風ヨーロッパ文化の
混ざり合っているシンガポールでは、それぞれの文化圏を代表する寺院めぐ
りがおもしろい。
 シンガポール最古の中国寺院のシアン福建寺院、シンガポール最古のヒン
ズー寺院のスリ・アリアマン寺院、シンガポール最大のイスラム教寺院のス
ルタン・モスク、それと市庁舎近くにある聖アンドリュース教会と見てまわっ
た。

シンガポールの市場歩き

 寺院めぐりのあとは市場歩き。どこに行っても、その町の市場を歩くとい
うのが「カソリ流」の旅の仕方だが、ここではチャイナタウンの市場を歩い
た。魚売り場の威勢のよさには圧倒される。豚肉を忌み嫌うイスラム教徒の
多いシンガポールにもかかわらず、ここでは豚肉が大きな顔して売られてい
る。チャイナタウンの市場だから、まあそれは当然のことだが。豚肉抜きの
中国料理など考えられない。果物売り場では柿を売っていた。熟柿もある。
グチョッとつぶれかかった熟柿はぼくの大好物なので、ひとつ買って食べて
みたが、若干、渋味が残っていた。シンガポールで柿は「カキ」だった。チ
リやニュージーランド産のまっ赤なリンゴが山積みにされて売られていたが、
その光景は「金満国シンガポール」を象徴していた。
 市場近くの食堂で昼食。麺を食べた。米粉、中華麺、太麺と3種の麺があっ
たが、そのうちの太麺にした。エビやモヤシ、青菜などの具がどっさりと入っ
た麺だった。タイの麺に比べると、かなりの薄味。店の壁に貼られていたツ
ケお断りの「現銀交易」がおもしろい。日本と違い、現金ではなく現銀なの
だ。
 最後にシンガポール随一の、というよりもアジアの目抜き通りといった方
がいいオーチャード通りを歩いた。通りの両側には洒落た店々。外国人旅行
者の姿も多く見かける。あきらかに日本人とわかる若いカップルも目につい
た。汗をタラタラ流しながら炎天下を歩きつづけたので、もうバテバテ状態。
ヒーヒーハーハーいってしまう。歩き疲れて入ったショッピングセンター内
の、エアコンのきいた冷気がなんとも気持ちよかった。
 日が暮れたところで、市内バスでチャンギ国際空港へ。18時10分発の
ビマーン・バングラデッシュ航空バンコク行きの飛行機に乗った。

1968年のシンガポール

 チャンギ国際空港を飛び立つと、1968年のシンガポールが思い出され
てならなかった。
 今回のシンガポールはぼくにとっては2度目のことになる。
 初めてのシンガポールは1968年〜1969年の「アフリカ一周」の時
のことで、横浜港を出港したオランダ船の「ルイス号」が5日間、停泊した。
 当時のシンガポールは治安が悪く、盗難などの恐れがきわめて大きいとい
うことで、ぼくたち乗客は当番を決め、乗船口と船室を24時間体制で見張っ
た。ぼくは真夜中の寝ずの番に当たったが、他の旅行者から借りた『青年は
荒野をめざす』(五木寛之著)を読んだ。物語の登場人物たちと、これから
アフリカを目指す自分の姿がダブッて見え、胸が熱くなるような思いで一晩
で読み終えた。『青年は荒野を目指す』は、ぼくにとっては忘れられないシ
ンガポールの思い出なのだ。
 それはさておき、「ルイス号」を降りて歩きまわったシンガポールだが、
町中のいたるところにスラム街があった。足の踏み場もないような雑然とし
た感じで、町全体が巨大なスラム街といったほうがぴったりする。
 夕暮れ時になると、どこからこれだけの人が集まってくるのだろうと不思
議になるくらいの人出。人をかきわけ、かきわけして歩いた。熱帯の暑さと
人々の熱気がミックスされて、シンガポールの空気はより熱くなった。屋台
がいたるところにあり、そこで食事をした。さまざまな物を売る露店が道を
埋めつくし、そんなシンガポールの町をぼくは我を忘れて歩きまわった。お
もしろい町だった。
「マネーチェンジ」、「マネーチェンジ」と、町を歩いていると闇のマネー
チェンジャーたちにやたらと声をかけられた。そのうちの一人、真面目そう
な顔をした中国人青年に見事にひっかかり、20ドルを持ち逃げされた。あ
まりの悔しさに警察にかけ込んだが、持ち逃げされた20ドルは戻らなかっ
た。その時に担当してくれた警察官はじつに親切な人で、20ドル持ち逃げ
された悔しさはあったが、彼とシンガポールの町をまわり、初めて英語でか
わした会話はぼくに大きな自信を与えてくれた。
 シンガポールの町を歩いていて、声をかけてきたのは闇のマネーチェンジャー
たちばかりではない。ポン引きのオッチャンたちも次から次へと声をかけて
きた。
 当時のシンガポールには売春街のみならず、町のあちこちに売春宿があっ
た。
「中国人もインド人もマレー人も、いい娘、たくさんいるヨ」
 とか、
「大きい、大きい、安いネー。小さい、小さい、高いヨ」
 とか…。
 ポン引きのオッチャンたちは執拗につきまとい、カタコトの日本語で話し
かけてくるのだった。
 シンガポールの中心街からバスに乗り、マレーシアのジョホールバールま
で行ったこともある。車窓から眺める毒々しいくらの濃い緑の熱帯雨林と、
気味が悪くなるほどに赤い熱帯土壌のラテライト。シンガポール島とマレー
半島にかかる橋を渡るとマレーシアのジョホールバール。ちょうどクアラル
ンプールから来た列車がその橋を渡ってシンガポールに向かっていくところ
だった。
 1968年のシンガポールを思い浮かべながら、今、見てきた1992年
のシンガポールを比べると、あまりの変化のすごさに驚かされた。それはわ
ずか20余年でこれだけ変わるものなのか…という驚きだった。まさに浦島
太郎の心境だった。


◇バックナンバー
「30年目の六大陸周遊記」
  アジア編・・・・・・・・・・・・・・・・・vol.33 - vol.39
  オーストラリア編・・・・・・・・・・・・・vol.40 - vol.47
  アフリカ編・・・・・・・・・・・・・・・・vol.49 - vol.114
  ヨーロッパ編・・・・・・・・・・・・・・・vol.115 - vol.124
  北アメリカ編・・・・・・・・・・・・・・・vol.125 - vol.132
  南アメリカ編・・・・・・・・・・・・・・・vol.133 - vol.134
「賀曽利隆の六大陸周遊記」
  南米一周 果たせなかった夢をついに完結・・vol.137 - vol.156
  50ccバイク世界一周 拡大版六大陸周遊記・・vol.157 - vol.205
    アメリカ編・・・・・・・・・・・・・・vol.158 - vol.165
    ヨーロッパ編・・・・・・・・・・・・・vol.166 - vol.186
    アジア編・・・・・・・・・・・・・・・vol.187 - vol.205

「30年目の六大陸周遊記」は、2002年、賀曽利家の大掃除で発見された未
完の原稿「六大陸周遊記」を30年ぶりに著者が完成稿へと仕上げた紀行文で
す。「賀曽利隆の六大陸周遊記」は、その続編です。

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[カソリの近況] 東京→青森・林道走破行2017

8月22日〜23日は奥武蔵と秩父の「峠越え」だ。出発点は西武池袋線の
飯能駅前。いや〜、なつかしい。ぼくが「峠越え」を始めたのは1975年
3月28日のこと。それ以来、1700近い峠を越えているが、その原点が
「奥武蔵の峠」で、飯能駅前から国道299号で越えた高麗峠が第1番目の
峠になっている。今回も国道299号で高麗峠を越え、旧道で正丸峠を越え、
秩父へと下った。秩父から定峰峠に登り、山上道の奥武蔵グリーンラインで
顔振峠まで走り、国道299号で再度、正丸峠を越えると、秩父の丸山温泉
「丸山鉱泉旅館」に泊まった。翌日は国道299号で志賀坂峠を越えて群馬
県に入り、土坂峠を越えて秩父に戻ってきた。
1975年3月28日というのは、ぼくにとっては特別な日で、3月28日
は我が峠記念日になっている。その日に越えた「奥武蔵の峠」から『月刊オー
トバイ』誌での「賀曽利隆の峠越え」の連載が始まった。その連載というの
は次のようなものだ。

001、奥武蔵の峠
002、伊豆半島の峠
003、奥多摩の峠
004、奥秩父の峠
005、箱根の峠
006、甲信国境の峠
007、南アルプスと御坂山地の峠
008、丹沢の峠
009、上信国境南部の峠
010、上信国境中部の峠
011、上信国境北部の峠
012、八ヶ岳の峠
013、筑摩山地の峠
014、立山連峰の峠
015、上伊那の峠
016、中央アルプスの峠
017、奥羽山脈南部の峠(パート1)
018、魚沼丘陵の峠
019、北アルプスの峠
020、奥飛騨の峠
021、北会津の峠
022、奥羽山脈南部の峠(パート2)
023、「群馬→栃木」の峠
024、帝釈山脈の峠
025、南会津の峠
026、奥三河の峠
027、下伊那の峠
028、「奥多摩→丹沢」の峠
029、「松本→福井」の峠
030、「福井→松本」の峠
031、尾瀬の峠
032、上越国境の峠
033、奥大井の峠
034、「岐阜→富山」の峠
035、「富山→名古屋」の峠
036、志摩の峠
037、鈴鹿山脈の峠
038、800キロ走破の峠越え
039、房総半島の峠
040、大井川流域の峠
041、天竜川流域の峠
042、伊豆半島の峠
043、丹沢の峠
044、筑波山の峠
045、八溝山地の峠
046、箱根の峠
047、奥日光の峠
048、那須の峠
049、帝釈山脈の峠
050、奥志賀の峠
051、富士山の峠
052、奥武蔵の峠
053、京都の峠
054、東伊豆の峠
055、南紀の峠
056、熊野の峠
057、十津川の峠
058、山形盆地の峠
059、米沢盆地の峠
060、庄内の峠
061、伊吹山地の峠
062、越美国境の峠(パート1)
063、生駒山地の峠
064、金剛山地の峠
065、甲州街道の峠
066、東海道の峠
067、中山道の峠(パート1)
068、中山道の峠(パート2)
069、檜原の峠
070、飛鳥の峠
071、奥吉野の峠
072、高野山の峠
073、上州西部の峠
074、「榛名山→赤城山」の峠
075、和泉山脈の峠(パート1)
076、和泉山脈の峠(パート2)
077、布引山地の峠
078、高見山地の峠
079、飯田街道の峠
080、御岳の峠
081、東濃の峠
082、中濃の峠
083、越美国境の峠(パート2)
084、濃飛国境の峠
085、下北半島の峠
086、津軽半島の峠
087、八甲田の峠
088、京都北山の峠(パート1)
089、京都北山の峠(パート2)
090、三重南部の峠(パート1)
091、三重南部の峠(パート2)
092、信越国境の峠(パート1)
093、信越国境の峠(パート2)
094、信州の峠(パート1)
095、信州の峠(パート2)
096、富山の峠(パート1)
097、富山の峠(パート2)
098、丹波の峠(パート1)
099、丹波の峠(パート2)
100、丹波の峠(パート3)
101、摂丹国境の峠
102、東播の峠
103、西播の峠
104、越前の峠
105、丹後の峠
106、東但の峠
107、西但の峠
108、奥羽山脈北部の峠(パート1)
109、奥羽山脈北部の峠(パート2)
110、奥羽山脈北部の峠(パート3)
111、青森・秋田県境の峠
112、秋田北部の峠
113、秋田南部の峠
114、「東京→青森」の峠
115、北海道渡島の峠
116、北海道後志の峠
117、北海道胆振の峠
118、北海道石狩の峠
119、伊豆半島林道の峠
120、東丹沢林道の峠
121、西丹沢林道の峠
122、「東京→青森」の峠
123、知床の峠
124、阿寒の峠
125、大雪の峠
126、奥羽山脈南部の峠(パート1)
127、奥羽山脈南部の峠(パート2)
128、奥羽山脈南部の峠(パート3)
129、道南の峠
130、道央の峠
131、道東の峠
132、道北の峠
133、北上山地の峠
134、江川の峠(パート1)
135、江川の峠(パート2)
136、江川の峠(パート3)
137、関東の峠
138、東北横断の峠
139、吾妻山の峠
140、南アルプスの峠
141、上信国境南部の峠
142、上信国境北部の峠
143、本州横断の峠
144、因幡の峠(パート1)
145、因幡の峠(パート2)
146、因幡の峠(パート3)
147、「相模→甲斐」の峠
148、武信・甲信国境の峠
149、伯耆の峠(パート1)
150、「東京→富山」の峠
151、伯耆の峠(パート2)
152、伯耆の峠(パート3)
153、信州・中央分水嶺の峠(パート1)
154、信州・中央分水嶺の峠(パート2)
155、上信国境の峠
156、御坂山地の峠
157、山陰道の峠
158、鳥取の峠
159、鳥取・島根県境の峠
160、広島西部の峠(パート1)
161、広島西部の峠(パート2)
162、山口・島根県境の峠
163、八ヶ岳の峠
164、高知・徳島県境の峠
165、徳島の峠
166、讃岐山地の峠
167、祖谷の峠
168、高知・愛媛県境の峠
169、四万十川の峠
170、信州中央部の峠(パート1)
171、信州中央部の峠(パート2)
172、「信州→飛騨」の峠
173、「信州→遠州」の峠
174、遠野の峠
175、山口の峠(パート1)
176、山口の峠(パート2)
177、山口の峠(パート3)
178、北九州の峠
179、背振山地の峠
180、筑肥山地の峠
181、阿蘇の峠
182、大分・宮崎県境の峠
183、大分の峠
184、五木の峠
185、熊本・宮崎県境の峠(パート1)
186、熊本・宮崎県境の峠(パート2)
187、熊本・鹿児島県境の峠
188、鹿児島の峠

「峠越え」の第1回目は1975年6月号、第188回目は1998年6月
号で、24年間(その間に休載が何度かある)にも及ぶ長期連載。まさに我
が人生をかけた「峠越え」なのである。


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[編集部からのお知らせ]

賀曽利隆の70代編日本一周は、無事東日本編を終え、10月30日に西日本編の
スタートを切りました。引き続きtwitterにて情報発信中です。また、70代編
のスタートから1週間ほどの様子は70代編のホームページ「カソリング70」
にアップしています。新しいホームページもよろしくお願いします。

次回「カソリング」は2017年12月中旬発行の予定です。

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[賀曽利隆の連載が読める雑誌、WEB&メルマガ]

アンダー400(クレタパブリッシング)
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 ● MAIL MAGAZINE『カソリング』207号  2017年11月1日発行
   編集・発行 カソリング編集委員会
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●『カソリング』バックナンバーを読むには:
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