こうじ神父今週の説教

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メルマガ名
こうじ神父今週の説教
発行周期
週刊
最終発行日
2017年08月12日
 
発行部数
227部
メルマガID
0000104641
形式
PC・携帯向け/テキスト形式
カテゴリ
生活情報 > こころ > 宗教

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‥‥‥†‥‥‥‥
こうじ神父
「今週の説教」
2017/8/15(No.899)
‥‥‥†‥‥‥‥
聖母の被昇天
(ルカ1:39-56)
憐れみを忘れない神の働き
‥‥‥†‥‥‥‥

聖母の被昇天の祝日を迎えました。マリアを祝い、マリアのもとにとどまるとい
うことは、どんな意味合いがあるのでしょうか。与えられた朗読を通して考えて
みましょう。

朗読の後半、46節から56節にかけては「マリアの賛歌」と呼ばれる個所です。マ
リアが言葉に表した世界が、わたしたちにどのようにつながるのかが分かれば、
わたしたちがここにとどまる意味も理解できるようになり、8月15日にミサに集
う意義と価値を人々に語って聞かせることもできるでしょう。

「マリアの賛歌」はマリアの個人的な体験から始まります。「身分の低い、この
主のはしためにも目を留めてくださった」(1・48)。それはマリアの個人的な
体験でしたが、そこから神の働き方を見たのです。旧約時代、人々が神の声に耳
を傾けない中、神に忠実なノアとその家族に目を留め、洪水が地上を覆って、ノ
アの家族だけが救われました。

アブラハムはカルデアのウルから出た小さな部族でした。エジプトという大国に
あって虐げられていたイスラエルの民を救い出し、エッサイの子供たちの中で末
の弟に目を留め、イスラエルの王となさいました。人々が目を留めるものには目
もくれず、人々から低く見られていた部分に目を留めるお方だと理解したのです。

マリアは、自分の個人的な過去の体験から神のなさり方を知ります。過去から現
在に至るまで、神は思い上がる人、権力をふるう人、富める人ではなく、身分の
低い人、飢えた人に近づいてくださるのです。そしてこの小さな人々に寄り添う
態度は、未来にも変わらない。これがマリアの理解した神の働き方でした。

わたしたちも、今こうしてマリアの賛歌を聞きながら、神のなさり方は過去現在
未来、変わらないということを知りました。わたしたちはなぜここに集まってい
るのでしょうか。それは、マリアが声を上げた神のなさり方を、わたしたちもい
っしょになって讃えるためなのです。

わたしたちは見物人でしょうか。マリアの賛歌を聞きながら、なるほど神のなさ
り方はそうなのかと理解し、それでもなおマリアのそばを通り過ぎるのでしょう
か。そうであってはいけません。わたしたちがマリアを祝い、マリアのそばにと
どまるのは、マリアが体験し、理解したことを現代に向かって証言するためです。

神のなさり方は今も変わらない。世の人々がほめたたえ、あこがれる人々の脇を
神は通り過ぎ、低いとされている者、取るに足らないとされている存在のもとへ
やってくる。わたしたちは神のこのような働き方を讃えますと、ミサの中で表明
するのです。

これをひとことで言うなら、「憐れみを忘れない神の働き」と言えるでしょう。
わたしたちはこの世がほめたたえる生き方に立たず、「憐れみを忘れない神の働
き」を讃える「新しい神の民」なのです。

‥‥‥†‥‥‥‥
‥次の説教は‥‥
年間第20主日
(マタイ15:21-28)
‥‥‥†‥‥‥‥


‥‥‥†‥‥‥‥
ちょっとひとやすみ
‥‥‥†‥‥‥‥

▼ここ長崎では、あちこちで「平和学習」が行われる。修学旅行生が「平和学習」
を積んで帰っていく。8月6日の広島原爆、8月9日の長崎原爆の歴史を学んで
いく。あえて、もう一つ加えるなら、終戦記念日と重なる「聖母被昇天」の祭日
を通して、平和について考えてもらえたらと思う。
▼説教にも触れたが、マリアは神のなさり方を「世の人々があこがれる者」を通
り過ぎて、「取るに足らない者」のもとにおいでになる方ととらえた。平和を求
める人々も、実は「世のあこがれる者」ではなく、「取るに足らない者」の立場
に立つ人々ではないだろうか。
▼脚光を浴びている人々は、競争に打ち勝ち、多くの人や物の犠牲の上に立ち、
今がある人々だと思う。そうした人々がいくら「平和な世界」と声を上げても、
何か違うように感じる。平和は政治が作り出すものではないと思うし、力で築き
上げるものでもないと思う。危うい緊張関係の上に成り立っている平和は、果た
して安らぎと憩いを与えてくれるだろうか。
▼12日(土)朝ミサの前に、「病者の塗油を授けてほしい」と願いに来たおじい
ちゃんがいた。あとで聞くと、単に重い病気で不安を感じているだけではないそ
うだが、わたしはこのおじいちゃんを見ていて「神は低いとされている者、取る
に足らない者のところへおいでになるのだ」とあらためて思った。
▼低くされている人を高く上げる神がわたしたちの信じる神であれば、わたした
ちは何度も自分の姿勢を見つめなおし、謙虚さを忘れてはいけないと思う。責任
とか、権限とかを預けられているうちに、知らず知らず「思い上がる者」「権力
ある者」の立場に立ってしまう。そうなると神はわたしたちの脇を通り過ぎる。
声をかけようとした人が自分の脇を通り過ぎていった経験のあるわたしにとって、
それはあまりにもつらい場面である。

‥‥‥†‥‥‥
今週の1枚
‥‥‥†‥‥‥
第506回目。聖母マリアのもとに「取るに足らない」人々が集まり、平和を願う
http://hanashi-no-mori.news-site.net/170815.jpg

過去の掲載写真は、ブログをご覧ください。
http://blog.goo.ne.jp/knkouji

ホームページ:
http://hanashi-no-mori.news-site.net/

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