こうじ神父今週の説教

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メルマガ名
こうじ神父今週の説教
発行周期
週刊
最終発行日
2018年06月23日
 
発行部数
221部
メルマガID
0000104641
形式
PC・携帯向け/テキスト形式
カテゴリ
生活情報 > こころ > 宗教

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‥‥‥†‥‥‥‥
こうじ神父
「今週の説教」
2018/6/24(No.950)
‥‥‥†‥‥‥‥
洗礼者聖ヨハネの誕生
(ルカ1:57-66,80)
見えないものが見えるとき
‥‥‥†‥‥‥‥

今年は洗礼者聖ヨハネの誕生の祭日6月24日が日曜日と重なりました。祝日が日
曜日と重なるとその年は暦から消える中で、イエスの先駆者となった洗礼者聖ヨ
ハネの誕生は特別です。ほかにも聖ペトロ聖パウロの祝日が日曜日と重なったと
きも特別扱いです。洗礼者聖ヨハネに焦点を当てて、今週の学びを見つけること
にしましょう。

今週の朗読で目につくのは、ヨハネの誕生を喜ぶ周囲の人々と、両親の喜びとで
は見ているものが違うということです。人々は、子どもに恵まれない夫婦を神が
大いに慈しまれたと喜びました。両親は、我が子を前に、「主の前に道を整える
預言者」が生まれたと見ていたのです。

誕生したことに目を向ける周囲の人々は、当時のしきたりに従って子どもに名前
をつけようとします。彼らの目には、子どもに恵まれたということ以外は見えて
いなかったからです。ところが両親は、神の計画に沿った出来事だから、神の計
画に沿った名前をつけなければならないと理解していました。「名はヨハネとし
なければなりません」「この子の名はヨハネ」眼の前の子どもを、単に赤ん坊と
見ている周囲の人々と、預言者と見ている両親とでは、見えているものが違って
いたのです。

何が違っていたのでしょうか。両親には、見えないものが見えていたのです。人
々が「あなたの親類には、そういう名の付いた人はだれもいない」(1・61)と
言ったとき、周囲の人々には見えていないものを見せてもらっている。そんな静
かな喜びに満たされていたことでしょう。

見えないものを見る力を「信仰」と言い換えても良いでしょう。主の天使から我
が子の誕生を予告されたとき、受け入れることができませんでした。主の天使が
見ているものを、ザカリアはその時点で見ることができなかったからです。見え
ないものを見る力、「信仰」が足りなかったのです。そのためザカリアは神によ
って口がきけなくなりました。

今ようやく、ザカリアはエリサベトとともに主の天使が予告した世界が見えるよ
うになったのです。単に我が子が与えられたというだけではなく、イスラエルの
民に「主に先立つ預言者」「主の道を整える者」が与えられたことを見て取った
のです。

見えないものが見えるとき、信仰はより一層深まります。ザカリアは主の天使の
言葉を疑い、口が聞けなくりましたが、今ようやく見えないものが見えるように
なり、信仰が深まり準備が整ったので、神を賛美し始めます。

ここで見逃してはいけないことがあります。父ザカリアは「口が開き、舌がほど
け、神を賛美し始めた」(1・64)となっていますが、これは日本語の翻訳がそ
うなっているのであって、見えないものを見るためには、もう一歩踏み込む必要
があります。この部分を元の言葉であるギリシャ語に近い訳をすると「口は開か
れ、舌がほどかれ、神を賛美して言った」となるそうです。この違いにお気づき
でしょうか。

違いは「口が開き」と「口が開かれ」です。「口が開いた」これだけですと、今
まで内面の問題などで言葉を失っていた状態から回復して語りだしたように感じ
ます。当時周囲の人々にはそのように見えていたかもしれません。

しかし「口が開かれた」という意味であれば、その向こうに「口が開けないよう
に仕向けた方」がおられて、その方がザカリアを赦し、赦された証しに口が開か
れたことになります。その御方とは「神」であって、ザカリアはかつての疑いの
罪がようやく赦されて、神を賛美し始めたということです。

ザカリアにとってこの賛美は、見えないものが見えるようになった賛美、信仰を
深めてもらったことへの賛美でした。私たちも説教の結びは、見えないものを見
せてもらったことへの賛美で終わりたいのです。

では、洗礼者聖ヨハネの誕生は私たちにとってどんな意味があるのでしょうか。
主の道を整える預言者が私たちにも与えられたということです。人々に主の道を
整える、その日がやってきたということです。当時そのような機会に恵まれただ
けではなく、今も私たちを通して、主の道を整える、その日が来ているというこ
となのです。

これを、私たち誰もが知っている言葉で何と言えばよいでしょうか。私が言わず
とも、ここにいる皆さんが声に出してくれたなら、説教を閉じても構いません。
どんな言葉が当てはまるでしょうか。口は開いたままで、思い浮かばないでしょ
うか。おそらくこの言葉にたどり着くと思います。ミサ中の言葉です。「主の死
を思い、復活をたたえよう。主が来られるまで。」

ヨハネの誕生を通して、主の道を整える時代がやってきたと言いました。今の時
代、誰が主の道を整える人なのでしょうか。主任司祭でしょうか。修道院のシス
ターたちでしょうか。そうかも知れませんが、もっと身近な場所では、ここに集
まっている皆さんお一人おひとりが、「主の道を整える預言者」なのではないで
しょうか。

たとえば家庭で、日に三度の食事を頂いています。時には来客も交えて、楽しい
食事かもしれません。その食事を、主の道にかなったものに整えるために、「食
前の祈り」をします。誰が「食前の祈り」を唱えるのでしょうか。主任司祭が呼
ばれて唱えるのでしょうか。

日々の生活。朝が来て、夜で一日が終わります。一日の始まりを主の道にかなっ
たものにするために「朝の祈り」を唱えます。誰が「朝の祈り」を唱えるのでし
ょうか。まさか、修道院のシスターが呼び出されて唱えるのでしょうか。

十分、答えはわかっていると思います。世に対して、そして世の終わりまで、
「主の道を整える預言者」となるのは私たち一人ひとりなのです。今週洗礼者聖
ヨハネの誕生に選ばれた朗読から、ぜひ見えないものを見抜いて、生活に活かし
てください。見えないものが見える信仰の目を常に磨いてくださるよう、主に願
い求めることにしましょう。


‥‥‥†‥‥‥‥
‥次の説教は‥‥
年間第13主日
(マルコ5:21-43)
‥‥‥†‥‥‥‥

‥‥‥†‥‥‥‥
ちょっとひとやすみ
‥‥‥†‥‥‥‥

▼あと50回メルマガを配信すれば1000号かぁ。予想はしていたが、実際にこんな
日が来るとは。毎号の積み重ねとは言え大したものだ。私が取り組んだことで
1000回続きそうなのはこのメルマガしかない。大抵の習い事は1年も続かなかっ
たから、このメルマガ1000回はその日には自分で自分を褒めてあげよう。
▼実はこの文章を書くための日本語変換はGoogle日本語という変換ソフトを使用
している。先週のメルマガの直後に、「こんな日本語変換ソフトもあります」と
声をかけていただいた。昨日今日のことで評価はできないが、これからしばらく
使い続けてみたい。
▼面白いと感じるかどうかわからないが、ミサの式文の中には「主よ、あわれみ
たまえ」とか、「感謝したてまつる」とか、通常の会話では使わないような用語
がけっこう頻繁に出てくる。現代であれば、「主よ、どうかあわれみを」そして
「感謝します」となるところだが、典礼の中では古い言葉が残っている。
▼ただ今韓国語のミサ儀式書を韓国人の神父様の手ほどきで勉強し始めているが、
韓国語のミサの中にも、日本語で言うところの「~たまえ」のような「古典的な
表現」が多数あるそうだ。言葉を勉強するときは直接先生に習うのがベストだが、
それができなければ辞書に頼ることとなる。ただ辞書は古典的な表現にまで気を
配って教えてくれないと思う。そこまで辞書に期待するのは酷である。
▼だが面白いところでこの溝を埋めてくれた。朝鮮王朝ドラマだ。「国王」に対
する言葉は特別な言い回しが多くなる。それが、案外韓国語のミサを理解するの
に役に立っている。「チュニムケソ(本当はハングルで表記したいのだが)」に
繋がる「チョナケソ」とか、「~ソソ」のような表現は、ドラマから先に学ぶこ
とになった。

‥‥‥†‥‥‥
今週の1枚
‥‥‥†‥‥‥
第557回目。「あわれみの賛歌」が曲がりなりにも読めている。驚くべき進歩。
http://hanashi-no-mori.news-site.net/180624.jpg

過去の掲載写真は、ブログをご覧ください。
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