松風(先生)の遊びの中に哲学を探そう

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自身の好きな、将棋、チェスなどのボードゲームや、映画、ゲーム娯楽全般について触れながら、哲学と関連することを気軽に書いていきます。

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メルマガ名
松風(先生)の遊びの中に哲学を探そう
発行周期
月1回
最終発行日
2017年11月01日
 
発行部数
60部
メルマガID
0000137082
形式
PC・携帯向け/テキスト形式
カテゴリ
アート・文芸 > 文芸 > エッセイ

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「松風(先生)の遊びの中に哲学を探そう」2017年10月号
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目次(ごあいさつ)
  (1)娯楽
  (2)哲学
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(ごあいさつ)
この国の総選挙も終わりまして、11月はトランプ氏が大統領選挙に勝利した1周
年であります。世界中の田舎っぺメディアは、この現象を消化できず、一部大メ
ディアやごろつき芸能人のヒステリーに怯えて、トランプ批判をしています。金
がもっとも流れているその場所で生まれている惰性的なナラティブに対して、ま
ったく抵抗力がない。嘆かわしい限りです! そのナラティブは、カネがそこで
流れているからというその理由によって、多くの人を従えているのです。ナラテ
ィブと金の動きを引き離し、しかしてそれを放り投げて捨て去る。人々を惰性的
に支配するナラティブも、自分自身をしっかり持てばそれに流されることはなく
なります。
ハリウッド・メディア・民主党という中間搾取複合体が敗れて実に良かったと私
は思います! (2017年10月31日高山)

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(1) 娯楽
・ボクシング村田選手-金メダリストがミドル級世界チャンピオンに
初挑戦の時は、ジャッジ2人が資格停止処分を受けるという異例の判定で敗退(資
格停止相当のジャッジによる判定結果は無効でしょうから、無効試合が妥当だと
思いますが、それはひとまず脇に置いておきましょう)。その直接のリマッチと
なったエンダム戦は、村田選手の7ラウンド終了TKO勝ちとなりました。日本人選
手としては史上2人目のミドル級世界王者、史上初の金メダル獲得選手としての
世界王者となりました。実に意義深い勝利と言えるでしょう!
 たった2人しかいない日本人ボクシング金メダリストのうち1人は叶わなかった
世界王者になったということは、いかにアマチュアボクシングで金メダルを取る
のが大変だったかを物語るものです。もともと日本では、高校の有望選手がすぐ
にプロになることが多く、世界王者自体はかなり輩出しているものの、アマチュ
アで頂点を取る選手は少なかったのです。アマチュアの大会は、参加選手がトー
ナメント形式で頂点を目指す分かりやすい競技になっています。他方プロフェッ
ショナルの世界は、挑戦資格を付与する機能を持つランキングという仕組みがあ
り、このランキングを巡って戦いがあり、挑戦権を獲得すると王者に挑戦できる。
試合の決まり方はアマチュアと違って、興行の一環としての交渉ごとになり、例
えば10位と9位が戦わなければならないといったルールはありません。によって
は、世界ランカーに勝ってランク入りしてすぐに挑戦して王者になることもあり
ます。このランキング制度は、相対的に弱い相手だけを選んで王者になれるほど
抜け道があるわけではありませんが、アマチュアの一斉トーナメントに比べると、
若干分かりにくさもあります。10位と3位はどう違うのか? あるとき突然ランク
インする選手がいるのはなぜか? 8位の選手が挑戦できるのはどうしてか? 
 そうしてみますと、アマチュアのトップというのは分かりやすくすべての参加
者のトップなわけですが、プロの世界の世界チャンピオンの権威と価値は、一種
信頼というものが付加されて維持されていると言えます。評議会が認めた強い人
ランキングの中から王者が決まり、その王者に勝ったものはやはり王者に相応し
いのであると。強さを測定するための仮想の母集団がアマチュアの世界よりは均
質でないという印象を抱かされます。
 競技としてみると、プロとアマの違いは、アマが「拳を相手に当ててポイント
を競う競技」であり、プロは「相手を倒すことが勝利につながる」ことであると
いうことができると思います。アマチュアの名選手も必ずしもプロの世界でチャ
ンピオンになれる保証はありません。きれいでなくてもアマではポイントと数え
られないような打撃でも、力強い一撃によって倒されてしまえば負けてしまいま
す。
 村田選手は日本選手として初めて、ポイントを競うアマチュアの世界と、強さ
を要求されるプロの世界で頂点に立ちました。これは日本のボクシング界にとっ
て、自らの存在証明となるような快挙だったと思います。(2017年10月31日高山)
 



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(2) 哲学
・哲学における自己意識
 デカルト的な自己意識の発見は、フッサールのような現象学者によると、発見
した後の実践が不徹底であったといわれている。彼らによると、デカルトは自己
意識を見つけて、自らがよって立つ場所を見つけるや、もうそのことは忘れたか
のように数学や自然科学の研究に没頭した。
 この観点を最近改めて考察した。人が長い労苦と懐疑の果てに、考える自己を
見つけたとして、デカルト的考察は極端にいうと次のように語る「私は、考える
私だけは疑いようがないと分かった。私が疑っていた世界は、これからは疑う必
要はない」と。考える私というものは、「世界の存在を疑う理由がないこと」を
述べるために援用されるが、それ自身がどのようなものであるか、そしてまた、
「考える私が眺める世界とはいかなるものであるか、それは私が考える私である
と気づく以前と全く同じものであるのか」こうした点が十分に考察されていない
のではないかという疑問が生じる。
 もっともそうした論点を、デカルトが方法序説を書いたそのときに提起したと
しても、読み手の側にそれを論点として受け入れるだけの土壌はなかったかもし
れない。デカルトよりおよそ200年以上たって、自然科学が大きな発展を遂げた
時に、これらの論点が浮上したことは理解できるものである。そのころには、多
くの人々の眼前に自然科学の達成した成果が現れているのだが、「考える自己」
のほうは時々人々が迷ったときに援用されるだけであって、添え物のようでしか
ない。 人造物の増大に対して、自己意識の探究が釣り合っていなかった。
 現代においてもこの種の不均衡は残っているが、自然科学の分野では意識や心
理についての研究が相当に進んだ。また医療の世界でも、結局のところ心を病ん
だ人間があまりにたくさん押し寄せるものだから、研究も対処法も発達した。
 フッサールやハイデガーを読んでいると、考える私がこれをするということ、
考える私がこれをみるということ、考える私がこれを考えることについての探究
の足跡を辿ることができる。そしてまた彼らの重要な論点として「考える私が考
えるあなたとどのような関係を築くのか」ということである。
 考える私から始めておよそ数百年、「考えるあなた」と「考える私」が哲学的
問として浮上したということだろうか。
 しかし、私は時々思うのは、こうした哲学的探究が、人間関係に関する庶民的
な格言以上のものになりうるのか、宗教的助言以上のものになりうるのかという
ことである。
 もしも、思考する自己と他者といったテーマを真剣に考察したいのであれば、
一切の政治的・文化的言説は排除しなくてはならない。その覚悟がなければ、ど
のみち役に立たないのだから、口にもするべきではない。庶民的集合知や宗教的
集合知の足元にも及ばないような笑うべきがらくたを残すだけに終わるのだから、
おやめなさいというわけである。それらはいってみれば有史以来の生存の知恵の
集積である。軽薄な論者に論文をいくつか貼り合わせてもらって教わることなど
何もないのだ。(2017年10月29日高山) 



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(編集後記)
・私はそれほどボクシングを見るわけではないですが、この分野の熱心なファン
はワイン通に似て、厳格な価値基準を持っている方が多いと思います。一般のフ
ァンとうまく共存できるとよいのだがと思います。一方で熱心なファンがいない
と、競技のレベルを保つのは難しいと思います。これは文学や言葉自体について
まで言えることではないかと思います。関心のない分野というのは私もそうです
が、他人の評価を援用してそれでいいやということも多いものですから。見方を
変えれば、競技レベルを高めたければマニア的なファンのこともしっかり認知・
評価したほうがよいということになるのでしょう。マニアは頼もしいモニターに
なってくれます。目的に適ったモニターを確保することは現代ではかなり重要な
ことではないでしょうか。(2017年10月31日高山)

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