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林田直樹の「よく聴く、よく観る、よく読む」

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林田直樹の「よく聴く、よく観る、よく読む」

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音楽ジャーナリスト・評論家の林田直樹が、クラシック音楽の膨大な公演やCDや書籍の中から「本当に面白い」ものや「お得」なものを、選択的にお伝えします。
25年余の取材経験やエピソードも公開。音楽談義にも気さくに応じます。

月2回の発行となっておりますが、それ以外に臨時増刊号の形で、コンサートやオペラ等についての記事を、随時お送りします。

著者プロフィール

音楽ジャーナリスト・評論家。1963年埼玉県生まれ。慶應義塾大学文学部卒業。音楽之友社「音楽の友」「レコード芸術」編集部を経て、2000年に独立。 インターネットラジオOTTAVAのプレゼンター、カフェフィガロのパーソナリティ、月刊「サライ」の「今月の3枚」連載などを担当。

オペラやバレエ、オーケストラや室内楽やピアノやギター、古楽や現代音楽、クロスオーバーも周辺ジャンルも、クラシック音楽を足場に見つけ出した面白い音楽を、文学や美術などとの接点も含め、皆さんと一緒に分かち合いたいと願っています。

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林田直樹メールマガジン よく聴く、よく観る、よく読む ※サンプル号
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2015年8月 Vol.000-5

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目次
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01 このディスクが面白い モーツァルト「コジ・ファン・トゥッテ」クルレンツィス指揮ムジカ・エテルナ ※第138号より再掲
02 おすすめコンサート情報
03 音楽随想 ベルリン・フィル次期芸術監督キリル・ペトレンコ「選出」の意味するもの ※第161号より再掲
04 近況報告

【今週の音楽のことば】 ※第146号より再掲
「コンサートのホールは、辱められた者、傷ついた者で溢れている。彼らは目を閉じ、蒼白い顔を受信アンテナに変えようと努めている。とらえた音が、優しく滋養豊かに自分たちの内部に流れこみ、若きウェルテルの苦悩のように、自分たちの苦悩が音楽になるだろうと想像しているのだ。美が彼らに同情すると思っているのだ。間抜けな奴らめ」
(ジャン=ポール・サルトル、哲学者 1905-80)

出典:「嘔吐」(ジャン=ポール・サルトル著、鈴木道彦訳 人文書院)
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4409130315?ie=UTF8&camp=1207&creative=8411&creativeASIN=4409130315&linkCode=shr&tag=linden0d-22&qid=1424876860&sr=8-1&keywords=%E3%82%B5%E3%83%AB%E3%83%88%E3%83%AB%E3%80%80%E5%98%94%E5%90%90%E3%80%80

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01 このディスクが面白い モーツァルト「コジ・ファン・トゥッテ」クルレンツィス指揮ムジカエテルナ ※第138号より再掲
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●モーツァルト「コジ・ファン・トゥッテ」テオドール・クルレンツィス指揮ムジカエテルナ
ソニークラシカル SICC-30183~5
http://www.amazon.co.jp/gp/product/B00N23REYM?ie=UTF8&camp=1207&creative=8411&creativeASIN=B00N23REYM&linkCode=shr&tag=linden0d-22&refRID=097P707YHZCBM3MQV05Q

20 世紀のモーツァルト演奏史における最大の事件はおそらく、「コジ・ファン・トゥッテ」の復権だろう。かつて不道徳で他愛もなく、音楽はいいが台本は愚劣と されたこのオペラの真価が、リヒャルト・シュトラウスやカール・ベームらによって見出され、世界中のオペラハウスで不動の地位を得た、それは20世紀の出来事なのである。

そしてまた新しい瞠目すべき「コジ・ファン・トゥッテ」がここに誕生した。

冒頭の序曲の響きから全然違う。まるでベートーヴェンの「フィデリオ」が始まったのかと思うほど、挑戦的な演奏である。
ここにはいわゆる「ロココの戯れ」は全くない。
すべてのシーンに一触即発の不穏な空気があり、それが意味するものはおそらく「秩序の転覆」である。
優雅でおしゃれなモーツァルトを好む向きにはおそらく耐え難い演奏かもしれないが、私はむしろこちらの方が、ある意味本質を突いていると思える。
モーツァルトの音楽とは根底において、貴族への従属や制度の肯定ではなく、平等で自然な人間どうしとして、愛し愛されることへの讃歌であるからだ。
一言で言うなら、「生きよう」という勇気をもらえる演奏である。
そして力強いだけでなく、野性的な優雅さを兼ね備えた演奏でもある。

もうひとつ驚いたのは、冒頭、男たちが女の貞節について論じる威勢の良さに比べて、打って変わって女たちが登場したときの、朦朧とした虚ろな声の表情である。
この娘たちは、本当に恋をしているのか? それとも夢を見ているだけなのか?

恋人たちを連れ去っていく軍隊行進曲が脅迫的に恐ろしく響くのも印象的である。
別れの場面でも、女たちは、眠っているのではないかと思うほどソフトな、ささやくような声で歌い続ける。これはレコーディングでしか歌えない歌い方だろう。

男とは不思議なものだ。
一度手に入れたと思い込んだ女に対しては、専制君主のように振る舞おうとし、貞節を容赦なく求めるくせに、新しい女を手に入れようとする(それはこのオペラでは賭け事のためにニセの求愛に過ぎないのだが)ときは、この上なく優しく誠実になる。

女たちはどうか。
最初彼女たちは、かごの中の鳥のように、大人しく、夢を見ている。新しい男たちがやってきて口説きはじめると、今度はまた浮遊感の中で、別の刹那的な夢を見ているようだ。歌い上げるようなオペラ的な歌い方は決してしない。だがそこには、即興の遊びと危険な逸脱がある。少し寂しげで孤独に見える。謎めいて見える。

ギリシャ出身、西シベリアのノヴォシビルク歌劇場で名をあげ、仲間たちとともに西ウラルのペルミ歌劇場に移籍、いまや世界の指揮界の 風雲児テオドール・クルレンツィスが指揮するモーツァルトは、前回の「フィガロの結婚」同様、フォルテピアノの幻想的な音色を生かしつつ、鮮やかで、はちきれんばかりのエネルギーに満ちている。
突出したスター歌手もなく、劇団一座のようなロシア人たちの、求心力あるアンサンブルも魅力的だ。

クルレンツィスはこう語る。
「作曲家が求めているのは、聴き手が席に座っておとなしく聴きながら、『ああ、なんて素敵な音楽! 少しも傷つかない!』などということではありません。
そうではなく、作曲家はあなたを彼の世界に連れて行って、こう言いたいんです――『この王国で自分の居場所を見つけなさい。自分の愛を見つけなさい。あなたを小さくしているものを壊すのだ。私がついているから』と。それが作曲家の求めていることです」

「愛の魅力がどこにあるかというと、ほかの人とつながりが出来た時に、何か奇跡のようなことが起こるかもしれないという可能性です。何か素晴らしいことが起こるだろうという希望、そして何か恐ろしいことが起こるかもしれないという危うさです。それが愛を貴重なものにしている。
もしコンサートホールに行って、そういう希望も恐れも感じないとしたら、行く意味はありません。コンサートに行く手間暇やお金を考えたら、テレビのほうがまだましです」

「愛は、過ちの美しさと関係があります。精神の背骨の湾曲した部分と、不協和音と、私たちの最も複雑な感情と関係があり、そして想像力と、芸術と関係があります。だからモーツァルトはダ・ポンテの台本を使う、というよりもダ・ポンテと一緒に作っていく。
そして彼らが取り組んだオペラの中で最も取るに足らないこの作品のために、モーツァルトは彼の最も重要な音楽を書く」

まさにクルレンツィスの指揮する「コジ・ファン・トゥッテ」とはそのようなものである。それはすなわち、道徳や規範に対して揶揄するように挑発的で自由で、美しい過ちや愚かな無垢の側に立ち、あなたを生き生きとさせてくれる愛の側に立って、擁護するということだ。

それにしても、新しい恋をささやくときのモーツァルトの音楽の、何と危険で美しいことだろう。私がこのオペラで好きなのは、第2幕で、婚約者の愛を失って破 れかぶれになった青年フェランドが、死に物狂いになって親友の彼女であるフィオルディリージを口説いて「落とす」二重唱である。
ここでモーツァルトは、焦燥感に始まりながらも、優しさの上に優しさを重ね、さらに優しさを積み上げるような音楽を書いている。どんな強固な理性も崩れ落ちていくほどの甘い言葉と音楽。ある意味めちゃくちゃで不謹慎なストーリーであるにもかかわらず、それは「コジ・ファン・トゥッテ」だけが持つ、最高の瞬間に違いない。

クルレンツィスの言葉を再度引用しよう。
「思うに、本物のモーツァルト=チョコレートがあるとしたら、一種の幻覚誘発性のチョコレートではないでしょうか。モーツァルト=チョコをちょっとかじる――いつも最高においしい!――ところが突然、新しいものが見え始める。今まで隠されていたものが見えるようになる…」

レコード業界が瀕死のこの時代、オペラの映像ではなく、音楽に徹底的にこだわり抜いた長時間のセッション全曲録音盤が秀逸な邦訳インタヴューと解説と台本付でリリースされることは、奇跡に近い。
興 味深いのは、クルレンツィスが、かつてレコード史に名を刻んEMIの名プロデューサー、ウォルター・レッグ(カラヤンやクレンペラーやシュヴァルツコップ の録音の多くを手掛けた。1906-79)について、インタヴューの中で「垢抜けて」「平板で」「なめらかな」「メインストリーム・サウンド」の美学とし て、痛烈に批判していることである。
これは確かに、旧来のハイ・クオリティで安定した贅沢なレコード美学とは正反対の何物かともいえる。

本メルマガ第121号で取り上げた「フィガロの結婚」に続く今回の「コジ・ファン・トゥッテ」、期待をはるかに上回る面白さである。いよいよ次にリリースされる「ドン・ジョヴァンニ」が待ち遠しくてならない。

※参考動画
ペルミの雪景色とモーツァルト「コジ・ファン・トゥッテ」より三重唱「風は穏やかに」、レコーディングの模様とインタヴュー。オーケストラの弦楽奏者たちが立っていること、管楽器が古楽器であることにも注意。
テオドール・クルレンツィス指揮ムジカエテルナ
https://www.youtube.com/watch?v=wrMNE_ZATPo

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02 おすすめコンサート情報
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厳選したおススメのコンサートや舞台を、ご紹介しています。主催者にもなるべく券売状況を問い合わせてから掲載するようにしています。
選択基準は、「内容」プラス「割安感」。

誰もが知っている有名演奏家の高額な公演よりも、
目立たないけれど重要な人物の割安な公演をなるべくフォローするようにしています。
人気がありそうに見えて、意外に売れていないものも「まだ大丈夫ですよ」とお伝えすることもしています。

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03 音楽随想 ベルリン・フィル次期芸術監督キリル・ペトレンコ「選出」の意味するもの ※第161号より再掲
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「6月21日、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団は、オーケストラ総会において、キリル・ペトレンコ(現バイエルン国立歌劇場音楽総監督)を大 多数の支持のもと、次期首席指揮者および芸術監督に選出しました。彼は、2018年に退任が予定されているサー・サイモン・ラトルの後を継ぐことになりま す」
(ベルリン・フィルの公式プレスリリースより)

誰もが注目していたベルリン・フィルの「ラトルの次」の後継者は、前評判に名 前の挙がっていたティーレマンでもヤンソンスでもネルソンスでもドゥダメルでもなく、日本のほとんどの音楽ファンが名前すら知らなかったキリル・ペトレンコ(1972年生まれ、ロシア出身)の選出という結果となった。

海外、特にドイツのオペラに詳しい音楽通の間では、キリル・ペトレンコの 名は以前からかなりの評判であった。ロイヤル・リヴァプール・フィルとナクソスにショスタコーヴィチを録音している指揮者ヴァシリー・ペトレンコと、ロシアのバス歌手ミハイル・ペトレンコと合わせて、「3ペトレンコ」という呼び方もあるほどだ。

今回一躍時の人となったキリル・ペトレンコについては、私もまだ実演を聞いたことがないのだが、ある人から聞いた話では、バイエルン国立歌劇場での彼の指揮するオペラは、「始まったとたんにウワッと 驚いて思わず腰が浮くほど」凄いものらしい。また別の人の話によると、「あのカルロス・クライバーの全盛期に匹敵する」とも。

バイロイト音楽祭で「指環」を委ねられ、バイエルンの音楽総監督を務め、ついにはベルリン・フィルの次期後継者に指名され、そして音楽通の間ではあのカルロス・クライバー級と噂されるほどの指揮者が、これまで世界最大の音楽消費マーケットである日本のファンの大多数にとって、なぜノーマークだったのだろう?

それはひとえに、レコーディングがあまりに少ないことに起因する。
キリル・ペトレンコの演奏を聴こうにも、ごくわずかな、しかもレアな曲目のものしか録音が存在しない。

このことは、逆に、いまのレコード業界、特にメジャー・レーベル(ユニバーサル・ミュージック、ソニー・ミュージック、ワーナーミュージック)が、本当に力のある、いま注目すべきクラシック音楽家を、実はなかなかキャッチアップできていないということの表れでもある。それと同じことは、日本の招聘元・音楽事務所についても言える。

短期的に売れるアーティストや企画ばかりを追いかけた結果、ベルリン・フィルが指名するほどの中堅実力派指揮者を誰もレコーディングしていなかったという状況を招いたのだ。

そもそもベルリン・フィルの首席指揮者・芸術監督といったら、かつてはレコード業界・音楽界の帝王カラヤンの座っていた椅子である。その条件とは、人気・実力だけでなくメディアを制するということではなかったろうか?

ベルリン・フィルが、レコード業界とほとんど何の縁もない指揮者をラトルの次期後継者に選んだという事実は、ベルリン・フィルがもはやレコード会社をそれほど必要としていないことをも意味する。そしてこれは、音楽的にも純粋な選択でもあり、慶賀すべき結論をベルリン・フィルが出したということでもあるだろ う。

これから遅まきながらのキリル・ペトレンコ争奪戦がレコード会社の間で繰り広げられるかもしれないが、定額制ネット音楽配信「ベルリン・フィル・デジタル・コンサートホール」に加え、自主制作レーベルもスタートさせているベルリン・フィルにとっては、かつてほどレコード会社への録音は、大きな収益源たりえないだろう。

重要なのは、ネット音楽配信の権利を自らのものとし、レコード会社のような媒介的存在から中間マージンを取られずに、音楽ファンが投じたお金を、なるべく直接丸ごと手にすることだ(これは多くのアーティストについても言える)。
ベルリン・フィルにとって、レコード会社は、将来的にはますます無用の長物となっていくだろう。

今回のキリル・ペトレンコ指名が意味すること、それは、かつてカラヤンやベームのようなビッグネームを擁したメジャーレーベルを中心とする、旧来型のレコード業界の落日の象徴なのである。

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04 近況報告
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ここでは雑誌や新聞への執筆、ラジオやコンサート等への出演、取材予定、さらには「こんなことして過ごしました」みたいなことまで、メルマガ読者の皆さん向けに、最新の情報をまっ先にご報告します。

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