古代史探求レポート

  • ¥0

    無料

古代史に関わる最新ニュースを、歴史探求社の解説つきでお送りいたします。

著者サイト
 

メールマガジンを登録(無料)

もしくは

※ 各サービスのリンクをクリックすると認証画面に移動します。
※ 各サービスで登録しているメールアドレス宛に届きます。

メールマガジンを解除

もしくは

※ 各サービスのリンクをクリックすると認証画面に移動します。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
 
 
 
メルマガ名
古代史探求レポート
発行周期
ほぼ 週刊
最終発行日
2017年07月18日
 
発行部数
547部
メルマガID
0001587982
形式
PC・携帯向け/テキスト形式
カテゴリ
ニュース・情報源 > 一般ニュース > 文化・芸能

まぐまぐ!メールマガジンの用語集です。
下記の用語以外の不明な点はこちらをご覧ください。

 
発行周期
週1回、月1回などの発行頻度です。
部数
メルマガの配信数を記しています。
カテゴリ
まぐまぐ!に登録されているカテゴリです。
形式
メルマガには以下の配信形式があります。下部「メルマガ形式」をご参照下さい。
 
最終発行日
最後にメルマガが配信された日付です。
メルマガID
メルマガを特定するIDです。
RSSフィード
RSSを登録すると、更新情報を受け取ることができます。

― メルマガ形式 ―

  • PC向け
    パソコンでの閲覧に最適化したメルマガ
  • 携帯向け
    スマートフォンやフィーチャーフォンでの
  • PC・携帯向け
    PC・携帯どちらでも快適にご購読いただけます。
  • テキスト形式
    文書だけで構成された、一般的なメールです。
  • HTML形式
    ホームページのように文字や画像が装飾されたメールです。
  • テキスト・HTML形式
    号によって形式が変更する場合があります。

閉じる

メールマガジン最新号

>>>>>>>>>>>>>>>>>>>
古代史探求レポート 2017年7月19日号
>>>>>>>>>>>>>>>>>>>

安倍政権が「働き方改革」なる目標をを掲げて久しいが、ようやく一つの合意がなされたようです。「高度プロヘッショナル制度」と呼ばれる成果型労働制です。簡単に言えば、一定の決められた成果さへ達成していれば、どのような働き方をしようと構わないという制度です。例えば、家にこもって働いてもいいし、集中力が続いているときは寝ずに働いても全く構わないというものです。
人口は減少し、労働力はどんどん減って行きます。以前のように、替えはいくらでもいるのだからという買い手市場ではありません。一方で、ロボット化が進み、コンピュータの人工知能もより高度に発達しますから、必要とされる労働力は原始的肉体労働と、高度な頭脳労働だけという両極端にシフトしていきます。労働政策はますます難しくなっていくものと思われます。
連合が労働基準法改正案の修正を安倍晋三首相に要請し、成果型労働制と言われる「高度プロフェッショナル制度」(高プロ)の導入を事実上容認したというニュースが報道されました。企業活動の中心は、どんどん一部の専門家に集約されていくことは明らかですから、私は当然の成り行きだと考えます。
同じ場所で、同じように机に向かい、同じような課題を全員でこなすという働き方はもう存在しません。それは同じ仕事をする人がいなくなるためです。数字を集計するのに、データを整理する人がいて、算盤や電卓を入れる人がいて、検算する人がいて、初めて考える人にデータが渡るというのではなく、コンピュータによりあらかじめ整理されたデータが自動的に集まり、いきなりデータの分析から仕事が始まるわけですから、必要とされるのは高度なプロフェッショナルだけになります。
成果型労働制になると、過労死が増えることになると反対する人がいます。確かに、過度期にはそのようなことも起こるかもしれません。働いても成果を上げられなければ、成果が出るまで残業代ゼロで働かなければならなくなるからと考えられているようです。しかし、残念ながら今後はそういう人は、最初からいらないということになるのだと思います。一定時間で成果の出せない人は、早めに見切りをつけましょうという社会です。そう考えると、私達の労働環境は、今、劇的に大変革をしようとする時期に直面しているのです。
この社会が、人々にとって幸せなのかどうかはわかりません。一定の成果を上げるために、どのくらい働かなければならないか見えてこないためです。本来、人間はどの位働くのが適しているのでしょうか。そして、日本人はどのくらいはたらいていたのでしょうか。
古代の人々が、どのくらい働いていたのかを見てみたいと思います。良民と賎民のお話をさせていただきましたが、賎民に自由は全くありませんでしたから、良民との比較をしてみたいと思います。
一番、資料が多くわかりやすい役人を例に現代の役人と比較してみたいと思います。
日本に律令制が引かれると、八つの省が設置されました。国の基本の決め事を担当したのが中務省、今の文部科学省にあたるのが式部省、族姓を管理し仏事や雅楽それに外交を担当した治部省、現在の税務署に当たる民部省、防衛庁に当たる兵部省、法務省に当たる刑部省、財務省に当たる大蔵省、宮内庁に当たる宮内省の八つです。
この中務省の中に、陰陽寮と呼ばれる占い、天文、時や暦を管理する部署が存在していました。都において、時間をどのように知らせたかということになりますが、この陰陽寮が鐘や鼓を叩いて時間を知らせていました。従って、平安時代には社会の中に既に時間の認識があったのです。
古代では、「日の出」が1日の始まりでした。日の出を知らせるのに、陰陽寮によって12回太鼓が叩かれたようです。最初は小さく、後になるほど強く叩かれました。この太鼓が二度繰り返されたようですが、合計24回の太鼓が叩かれると、宮廷の門が開きました。
これとともに、一斉に官吏は宮廷に入り職場に着いたようです。つまり、官吏は夜明け前に家を出て、夜明けと同時に仕事を開始できるように、宮廷の前で待っていたようです。通勤と言っても、現代の日本のように1時間近く電車に乗って、職場に通ってくるわけではありません。移動手段が徒歩しか存在しなかったわけですから、宮廷の近くに住み、歩いて通ったのです。
この門は、出勤時間が終わると閉められてしまったようです。いつ出勤しても良いというわけではなく、やはりかなり厳しい規律の下で皆働いていたようです。
日の出の時間が変わりますから、出勤時間は季節とともに変わります。例えば、夏至の日、出勤時間はもっとも早くなるわけですが、日の出は午前4時半頃になります。労働時間は、一日5時間程度であったようです。ですから、午前4時半に出勤して、9時半に終わるということになるようです。冬至になると、出勤時間は、6時半頃ということでしょうか。退勤時間は11時半頃であったことになります。
正午前には、太鼓を叩いて大門を閉めたと記録されています。そうすると、夏至の時で、残業をしたとしても、最大で2時間半が限度です。もちろん、宿直などもあったのでしょうが、通常は、午前中のみ働いていたということになります。夜が白んできた頃起き出して身支度をし、夜明けとともに働き出す。電気のない生活だと考えると、非常に効率の良い生活を送っていたようです。
古代の人々には電気がありませんから、太陽の出る日中のみが労働可能な時間となり、公務をこなすのが半日、その後家で農業などの家業をできるのが午後の半日ということになります。
一方、現代の私達は、人事院が決めている国家公務員の勤務時間制度によりますと、基本は一日7時間45分、週38時間45分と決められています。時差通勤なども認められているのですが、通常であれば、朝8時半に始まり、夕方5時に終わります。その間に昼休みが45分間設定されています。
約1200年の間に、1日の勤務時間は、2時間45分伸びているのです。最初の頃から見ると、1.5倍になったと言っても良いのかもしれません。
それでは、休暇はどうなのでしょうか。令義解(養老令の注釈書)の中に、假寧令(けにょうりょう)という休暇に関する法律が定められています。休暇のことを「假(か)」と言いました。現代でも、「おいとまさせていただきます」とか「いとまを取らせていただきます」という言い方が残っていますが、假を訓読みすると「いとま」になります。現代の漢字は、「暇」です。
「いと」で休みを示しますから、それに間がついて、休みの期間ということかと思います。ただ、いとまには2つの意味合いがあり、休暇の意味と、辞職・解雇・離縁など永遠に辞する意味があります。用例によって異なりますので、使われる時には注意してください。
假寧令の規定によると、6日毎に1日の休暇が取れると決められています。もしくは、1ヶ月に5日です。
日本に七曜日が伝わったのは平安時代のことだとされています。6日働いて1日安息日を取るのはキリスト教の考えのようでもありますが、実は紀元前587年にユダヤ人がバビロニアに連れて行かれた時(いわゆるバビロン捕囚)、ユダヤ人が覚えそれを広めたと言われています。世界で最も古い文明の中で作られた、6勤1休の習慣を、遠く離れた東の国でも同じ規則を生み出し採用していたというのは、非常に面白いことだと思います。
人間にとって最も適した勤務体制なのかもしれません。現代の日本人は、6勤を5勤にして、週休二日を定着させてしまいました。但し、これは毎日の勤務がとても定時では終われないものだから生まれてきたのだと思います。慣れてしまえば、非常に良い体制だと思いますが、かえって平日は10時、11時迄は当たり前という考え方も蔓延してしまったように思います。仕事量を変えずに、勤務日数を変えるとこうなってしまいます。
定省假条という親元への帰省のための休暇は、三年に一度30日間と決められています。現代の私達は、盆と正月に帰省をしますが、年間4、5日というところでしょうか。3年に一度、丸々一月もらえるのと比較すると、どちらが良いでしょうか。これも交通機関の発達がなせる技ということでしょうか。徒歩で規制を余儀なくされた古代人では、親元に帰るにも10日程の日数がかかったからかもしれません。
これ以外に、農繁期休暇として、5月と8月に田假として15日づつもらえました。田植えと稲刈りのためであったと考えられます。官吏と言えども、兼業農家がほとんどだったということなのでしょうね。そう考えると、午前中だけの勤務と言っても、午後は草取りなどをこなしていたことになります。日本人は古代からよく働いていたということなのだと思います。
ただ、私の子供の頃には、地方公務員には似たような休暇があったように記憶しています。ほとんどが、兼業農家でしたから、当たり前のように田植えと稲刈りのシーズンは休んでいたように思います。最近は、こういう休みが取れる役場は、無くなってしまったのかもしれません。
古代人と現代との一番の違いは、今で言うところの忌引です。古代では、親族や恩師、また、遠方であるかどうかによって細かく規定されています。死ということが、非常に大きな出来事であったのです。続柄によって、喪中の期間(服喪期間)は異なりました。父や夫の時は喪中期間が1年に及びます。祖父母で5ヶ月。天皇が亡くなると、国民は1年間喪中となりました。
この喪中の長さは、現代でもほとんど変わりません。年賀状の喪中ハガキが良い例です。つまり、死の家族に与える大きさは、現代でも何ら違いはないのです。
しかし、休暇の長さは変わりました。古代では、夫や祖父母の場合は30日の休暇を取ることができました。1ヶ月の喪中を場合には10日の休暇など、喪中の長さにより休暇を取れる期間が決まっていたのです。ここには、穢れを落とすための期間という意味合いも入っていたと考えられます。
現代の日本の国家公務員の場合も、続柄によって忌引の休暇は決められています。父母の場合で7日以内となっています。死に対する行事が大幅に軽減されていることが大きいのかもしれません。通夜も葬儀も習慣は残りますが、通常1日で終わってしまいます。確かに、相続の問題や遺品整理の問題がありますので、7日であっても決して余裕のある休暇ではありませんが、7日で整理できない事はないという事なのでしょうか。
現代人はこれ以外にも、病気の場合には90日を最大とする病欠は認められていますし、介護休暇も認められるようになりました。国家公務員の場合、一年で20日の有給休暇を取れます。これは民間の企業の人達から見ても、非常に優遇されている制度なのかもしれません。
概して言えるのは、現代の労働者は与えられている権利は非常に手厚いのです。その分、健康な時には頑張って働いて欲しいということなのでしょうが、権利が当たり前になってしまっているがためにそのようなモチベーションにはならなくなってしまっているかもしれません。
古代において、父母が亡くなることは現代と同じ割合であったでしょうが、家族が多かった分、兄弟姉妹などの亡くなる可能性がもっと高かったかもしれません。そうであったとしても、毎年、親族の喪中があったということは存在しないでしょうから、年間20日の有給休暇というのは非常に大きいものと考えることもできます。
今回、話題になっている「高度プロフェッショナル制度」においては、年間104日以上の休日確保を義務化するように要請がなされています。6勤1休であった古代の官吏の休暇は年間54日、それに農繁期休暇で30日、帰省のためのものが3年で30日ですから、1年で10日。従って忌引がなかった場合で、年間124日の休暇を取得することができます。
現代の通常の公務員は、週休2日ですから、108日、それに、20日の有給で、年間128日になります。加えて、国民の祝日では休みになりますので、あと、10数日多くなりますので、古代人よりは20日程休暇が多くなっているのです。
1日の公務への労働時間は確かに長いのかもしれませんが、休暇は古代人より現代人の方が多かったわけです。農業を兼業していた事を考えると、日が昇っている間は働き続けていたわけです。平均寿命も大幅に少なかったわけですから、古代人は働いて働いて死んでいったと言えるのかもしれません。人間という生き物が何のために生まれてきたのかと考えるとき、秩序ある社会を営むことが前提にある以上、労働するために生まれてくるのだと言えるのかもしれません。
求められる成果を上げるための労働の形態は、益々自由になっていくのでしょうが、古代より働くことに適したように作られた日本人が幸福に生きるためには、強制的な休暇取得より、制限なく働ける環境が求められるのかもしれません。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
<<編集後記>>
休日が多いから、生産性が上がらないという論理は成り立たないようです。フランスでは、7週間分の休暇を取ることが義務付けられていますが、フランスの企業が皆、赤字を出しているわけではありません。EUは確か、4週間を最低として義務付けていたと思います。従って、ヨーロッパの国々はそれよりも多くを休んでいるものと思われます。
中国では10年勤務して10日、韓国で10日、シンガポールで7日、アジアはヨーロッパに比較して休日が少ないのです。アジア人は、皆、よく働きます。元が農耕民族だからなのでしょうか。現代の日本は、ヨーロッパ並み。アジア人の中では例外です。
休暇を取って、何をするかが一番の問題なのかもしれません。

<発行者> 株式会社歴史探求社
<公式サイト> www.rekitan.co.jp
<問い合わせ> web@rekitan.co.jp
<登録・解除> http://www.mag2.com/m/0001587982.html
メルマガ全文を読む
 

▲ページトップへ

▲ページトップへ