前立腺がん治療の最前線

◆◆患者Ａさん　その１◆◆

元来健康で体格も良く、７０代の男性。
数ヶ月前から２０ｋｇ以上の体重減少、食欲不振、倦怠感があった。
今回、胸腰部痛がひどくなり内科を受診された。

おかしいということで、初めて診た内科の先生、緊急でＣＴを撮ると、
『胸腹部ＣＴ』
前立腺の腫大（大きくなっている）と変形、前立腺がんの精嚢腺や直腸への浸潤の疑い
多発骨転移
多発リンパ節転移
病的骨折疑い（骨に問題があって折れやすい状態からの骨折）

『骨シンチ』
脊椎（胸椎、腰椎）ろっ骨に多発転移
腰骨、下肢の骨にも転移あり。

『血液検査』
ＰＳＡ　５０００　（正常値　４．０以下）
ＡＬＰ　４３０（正常値１１０～３６０）

この結果をみて、内科から泌尿器科に紹介されました。

前立腺直腸診（指で肛門から前立腺を触診します）　
　正常の前立腺と違い、左側が大きく、全体的に石のように硬い。

諸検査から『前立腺がん』と診断しました。

◇◇経過◇◇
泌尿器科に同日緊急入院
同日よりＭＡＢ療法開始（『内分泌療法の光と影』参照；後で説明します）。
　ゴナックス皮下注とカソデックスの内服開始。
１週間後に経直腸的前立腺生検施行。　　


＜コメント＞
このように、症状が出て、受診し、ＰＳＡを測定すると異常高値。
胸腹部ＣＴと骨シンチで、骨折、多発骨転移と、多発腹部リンパ節転移、そして前立腺は腫大し、変形し周囲に浸潤している疑いが強い。
前立腺触診でも、石のように硬い変形した前立腺を触れます。
この時点で明らかに前立腺がんと診断していいでしょう。

症状の強い、進行前立腺がんと言っていいでしょう。
ついでにいうと、局所進行前立腺がんと転移性前立腺がんとも言えます。
大至急、ゴナックスとカソデックスを開始し、いわゆる内分泌療法、ＭＡＢ療法を開始しました。
骨転移が多発しており、骨の問題も大きく、著しく生活の質が落ちています。
２０ｋｇ以上の体重減少も前立腺がんの全身症状と言っていいでしょう。

このように深刻な症状があるときは、内分泌療法をためらうことなく開始すべきです。
また、普通の抗アンドロゲン薬のLH-RHアゴニスト（リュープリンやゾラデックス）はフレアアップがあって、テストステロンが一時的に上がり、病状が悪化しますので、LH-RHアゴニストは用いずに、この患者Ａさんには、LH-RHアンタゴニストであるゴナックスを選択しました（『内分泌療法の光と影』参照；後で説明します）。

この患者さんは、特定の個人ではありませんし、実在しません。

◇◇　第１号に続く　◇◇

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前立腺がんで困っている人の大半は、進行がんの方だと思います。
５年ほど前に、私の病院とその周辺の病院がまとめた論文があります。
『治療前のＰＳＡが１００ng/ml以上の方の統計』
さすがにＰＳＡが１００以上だと、前立腺がんが前立腺周囲に広がっていたり、
遠隔転移したものが多い。

ＰＳＡが１００以上の前立腺がん患者さんが合わせて７７人の方がいて
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不明　　　　１１例

ステージＢ　（前立腺内に限局）　　　　　　　　　　　　２例

ステージＣ　（前立腺の外に広がっているが転移がない）　８例

ステージＤ　（リンパ節転移または遠隔転移がある）　　　５６例

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治療前のＰＳＡが１００ng/ml以上の６４／７７、８３．１％は、局所進行癌（ステージＣ）または転移がん（ステージＤ）でした。

治療前のＰＳＡが１００ng/ml以上、この値は厳しい。


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『前立腺がん治療の最前線』

このタイトルからわかるように、現在前立腺がんの治療中の方、戦っていらっしゃる方を対象といたしました。

このメルマガにたどり着いた方は、前立腺がんの診断を受けた方、治療中の方がほとんどだと思います。
心配された家族の方かもしれませんね。

　いま、世界中で前立腺がんの患者さんが増えています。日本でも、２００５年～２００８年の最新の統計において、
悪性疾患（がん）の部位別の総患者数で、男性では『前立腺がん』が最も多くなり、第1位となっています。
今後もトップの座を長期間守ることが予想されます（あまり褒められたことではありませんね）。
前立腺がんの患者さんが増えるにつれて、前立腺がんで亡くなる方も残念ながら増加しています。

　一方、前立腺がんによる死亡が日本より多い米国では、前立腺がんの死亡率自体は、近年徐々に下がってきています。
これは、早期発見、早期治療が浸透してきているからといわれています。
『前立腺がんが見つかったからもうおしまい』ではありません。
前立腺がんを根治・克服された方が増えています。また、進行していても前立腺がんと共存しながら、長生きしている方がたくさんいます。
　前立腺がんの中には、進行の遅いタイプや治療が良く効くタイプも多く含まれています。
そのため前立腺がんの患者さんの数が日本で男性のトップの座についたのです。
つまり、患者さんは増加しているが、あっという間に亡くなる方が少ないため、結果として患者さんの数が増えているというわけです。もちろん、急速に進行して、死に至らしめるような悪性度の高い前立腺がんが存在しているのも事実です。

ある病院で前立腺がんの診断を受けて、今から治療を選ぶとき、主治医の先生の説明を受けたと思います。
ある程度納得して治療を開始されたところかもしれません。

実は、前立腺がんの診断や治療は非常に高度化、専門化しています。

高度化し特殊化した多岐にわたる治療を、一つの病院ですべて行うというのは、大きな病院でも不可能な時代になっています。
医療機器が非常に高価ですし、特殊な技術に習熟した人間、医者の数も限られているからです。

例えば、すべての病院に、重粒子線療法やロボット手術を行える施設や部門は併設されていません（というより、ほとんどの施設にありません）。
すべての医療施設において、それぞれできる医療は限られています。はっきり言うと、得手不得手があるのです。
小線源治療をたくさん行っているところもあれば、手術療法や外照射放射線療法をメインに行っている施設もあります。
地域のクリニックでは、内分泌療法のみを行っているかもしれません。

前立腺がんが見つかれば、患者さんにお勧めの治療を、主治医が説明するわけですが、前立腺がんの病期、患者さんの状態により、
ある程度のガイドラインや常識に沿ったものとなります。
しかし、実際自分がやっていない治療については、
医者といえども表面的な知識・説明となります。逆に自分が行っている治療、得意な分野はきちんと説明できるのは当然です。
自然医者の得意な治療を推奨する傾向が出てくるのではないでしょうか。

患者さん側も、治療選択は、一生の一大事です。最善でかつできるだけ安全な（合併症の少ない）治療、自分の希望に沿った（これが大事ではないでしょうか？）治療法を選びたいのは人情です。

昨今、セカンドオピニオン外来を受診して、ほかの病院の医者に、自分の病状からのお勧めの治療を相談する患者さんが増えてきました。
多様化した治療の中から、自分に合った治療を見つけることは、重大な選択です。いろんな意見を調べるのは当然といえば当然です。
ぜひ、そういう機会を利用されることお勧めします。
主治医に悪い、と思われるかもしれませんが、セカンドオピニオン外来を受診することイコール医者をかえるわけではないのです。
まともな医者であれば、喜んで紹介状を書いて、受診を勧めてくれるでしょう。そのためにも、ある程度の情報は必要です。

主治医に聞きたいことがあるかもしれません。

私の治療に、『放射線療法』はどうでしょうか？
『放射線療法』は、『手術』、『小線源療法』、『重粒子線治療』、『ロボット手術』、『ドセタキソル化学療法』、『ＨＩＦＵ』、
『免疫療法』に置き換えてもいいかもしれません。

こういう質問をするためには、ある程度の予備知識は必要です。
効果がほとんど期待できない民間療法を主治医に問えば、いい顔はしてくれないでしょう。
自分の治療ですから、ある程度の勉強は必要です。

私のメルマガでは、どのような治療が、どういう患者さんに行われていて、どんな効果・成績なのか、高率に起こる副作用には
どんなものがあるかを、まず説明したいと思います。
副作用や合併症の対処・対策も説明したいと思います。根治手術がすべての前立腺がん患者さんにできるとは限りません。
ケースバイケースです。ガイドラインに沿った治療というのは平均点の高い治療です。

個人の価値観は個人個人で当然違います。単にＰＳＡが下がって、寿命が延びればいいとは限りません。

一般的には、元気に長生きしたいものです。
自分のやりたいことをやりながら、生活を楽しみながら、寿命がのびればと思う人もいるでしょう。
性生活を失ってまで、生きていくのはいやという人もいるはずです。
命を削ってでも、いま従事している活動、仕事を続けたい、続けながら入院はせずに治療もできたらいい、と思っている方も
いるかもしれません。

個々の治療にはそれぞれに特徴、リスク、合併症があります。
寿命を延ばすということを目指した根治治療もあれば、性機能温存を重視した治療もあります。
　
寿命を延ばせばいいという考え方もありますが、生存率、合併症、生活の質すべてを勘案した平均点の高い治療を
目指しているのが最近の傾向です。

『前立腺がん治療の最前線』というタイトルから分かるかと思いますが、以下の方々を対象にしています。

１．前立腺がんの治療を始める方
２．治療後で経過をみている方。
３．さまざまな治療を継続して行っている方
４．治療後の再発で、治療を行っている方
５．治療の副作用や対処法を知りたい方
６．ガイドラインに沿ってはいない実験的な治療の情報を知りたい方
７．日本ではまだ承認されていないが、海外で受けることが可能な治療を知りたい方

前立腺がんの治療といっても、簡単ではありません。
前立腺がんの悪性度、病期、進行の速さなどの前立腺がん側の問題
患者さんの年齢、全身状態、いままでの病気の既往などの患者さん側の問題。
さらに治療に伴う副作用や合併症の対処の対策や問題点

さまざまな因子が複雑に絡み合うで、最善と思われる治療を選択しなければなりません。

医学は、前立腺がん診療も日進月歩です。

一緒に勉強していきましょう。