聖地学講座

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聖地学講座

　　　　　　　　　　　　　　　 vol.300
2024年12月19日号

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◆今回の内容

○300回を迎えて？聖地学の今までとこれから？
・聖地の定義と性質
・自然環境と聖地
・聖地の歴史
・意識と霊性
・聖地の科学
・記憶と聖地
・現代社会と聖地

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300回を迎えて？聖地学の今までとこれから？

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　この「聖地学講座」をスタートさせたのは、2012年の7月でした。それから12年6ヶ月、月2回の配信を続けて、今回で300回目となりました。

　私が聖地に興味を持って、フィールドワークをはじめたのは1990年代後半のこと。その成果を逐次発表するサイトとして『レイラインハンティング(現在は)』を2000年にスタートさせました。その頃から、雑誌の取材の依頼が入るようになったり、地方自治体からの聖地調査と聖地を軸にした観光施策立案の依頼が来るようになりました。

　さらに、サイトの内容の一部をまとめた『レイラインハンター』(アールズ出版)を2010年に上梓すると、講演やセミナーの依頼が入るようになり、この年の暮から朝日カルチャーセンター湘南教室でレギュラーの講座を持つことになりました。

　「聖地学講座」は、そうした流れから、フィールドワークに加えて学術的に聖地とは何かということを探求しながら、その成果を少しずつでもみなさんとダイレクトに共有できればという意図ではじめたものでした。

　当初は、フィールドワークでの出来事を振り返りながら、聖地という「現象」を取り巻く学術的な見解をエッセイ的に紹介できれば楽しいだろうと気軽に考えていたのですが、回を重ねていくうちに、自分で設定した聖地学という分野が、多岐にわたる学問領域に関わっていて、本気で「聖地とは何か」「人間にとってどのような意味を持つのか」といったテーマを探求していくためには、学際的で深い学習が必要なのだと気づかされました。
　そして、「これはたいへんなことをはじめてしまった」と、後悔と同時に恐ろしく感じました。しかし、はじめた以上は続けていくという意地もありますし、何より、この講座を進めていくのに必要な探求が、私自身にとって大きな糧になると感じて、それをモチベーションにしてやってきました。

　100回目くらいまでは、いかに自分が知識不足かを痛感させられ、必死に様々な分野の専門書に取り組みました。それも、一つの分野に手をつけると、関連分野が次々に出てきて、調べなければならないことがどんどん増えていきます。これは、ある意味苦行でした。

　200回を過ぎる頃に、ようやく聖地を取り巻く様々な要素が明確になってきて、フィールドワークやセミナー、それに聖地に関わる調査やコンサルティングなどで、体系的な知識を活かすことができるようになったことを実感しました。逆をいえば、それまで、自分がいかに浅い知識しか持たずにそうした活動をしていたのかに気づいて恥ずかしくなりました。

　そして、自分の聖地に関する知識と体系がようやく確立できて、本腰を入れて仕事に取り組もうとしていた矢先、世界がコロナ禍に見舞われ、活動の場がほとんど失われてしまいました。10年間続いた朝日カルチャー湘南教室も教室自体が閉鎖となり、片道2時間半の藤沢通いも終わりました。思わぬ逼塞生活がはじまったわけですが、それできた時間を聖地に関わるあるいは関わりそうなより広い分野への学習へと広げました。

　今回、300回を迎えて振り返えると、渉猟してきた分野は、歴史、宗教、神話、民俗学、考古学、建築学、地理学、地球物理学、心理学、社会学、哲学、芸術、文学と節操がないほど広範にまたがっています。聖地は、人間の歴史、文化、そして精神性と深く結びついています。聖地を探求する上で考慮しなければならない側面は、信仰、神話、宗教、シャーマニズム、意識、歴史、文化、科学、芸術、観光、等々ですから、それだけ広範な学問分野に及ぶのは当然です。

　そして、聖地学が扱うテーマでは、それぞれの学問分野が複雑に関係しあっていますから、まさに学際的で、既成の学問分野の枠に各回のテーマを振り分けるのは不可能です。そこで、私独自に「聖地学」を体系づけるために、今までの講座のテーマを振り分けるためのカテゴリーを考えてみました。それが以下のようなものです。

1.聖地の定義と性質: 聖地とは何か、その普遍的な本質と個別的な特性。
2.自然環境と聖地: 地形、水、大地など、自然と聖地との関係。
3.聖地の歴史: 古代の聖地の成立から、神話や宗教儀礼と結びついた聖地の起源と発展。
4.意識と霊性: 聖地が人間の精神や意識に及ぼす影響。
5.聖地の科学: 現代科学が明らかにする聖地の側面。
6.記憶と聖地: 人の記憶に刻まれた出来事と聖地との関係。
7.現代社会と聖地: 観光資源としての聖地や新しい形の聖地。

　個々の回のテーマは、その時々の私の関心やフィールドワークとの関係で取り上げたものだったので、カテゴライズに基づいた連続性はありませんでしたが、300回分を見渡してみると、こうしたカテゴリーの中にバランスよく収まっていました。

　「継続は力」という言葉がありますが、100回分ではまだこうしたカテゴリーに区分けできるほど多彩なものではなく、200回分でも、カテゴリーごとにかなりばらつきがあったでしょう。300回続けたからこそ、集まったモザイクが各部分を構成するカテゴリーを埋め、「聖地学」という一つの絵画を浮かび上がらせ、私自身、これで全体像をはっきり掴むことができました。

　いずれ、こうしたカテゴリーごとに整理したインデックスをつけて、各回を組み直してみようと思っていますが、今回は300回という節目にあたって、私自身の振り返りと今後の展開を考える参考として、また、読んでくださっているみなさんがバックナンバーを参照する際や、これから展開していくテーマがどれに当てはまるのかをイメージする一助として、各カテゴリーの概要を整理してみようと思います。


●聖地の定義と性質

　聖地とは、端的にいえば、「その土地が持つ何らかの力が人間の心身に影響を与え、神秘的な感覚や安らぎの感覚をもたらす場」といえます。土地が持つ何らかの力というのは、ほとんどの場合、単一なものではなく、様々な要素が絡み合ったものです。

　それは、水や岩、樹木のような自然物、それら自然物の複合である「景観」が醸し出す印象、太古の太陽信仰の遺跡、意図的に設けられたレイラインや結界、建築と組み合わされたシンボリズム、さらに磁気異常や重力異常、放射性物質の埋蔵といった地球物理的な現象などで、こうした多様な要素が組み合わさって、「聖なる場」としての性格が形成されています。

　水は、生命の源であり、清浄や再生の象徴として、多くの聖地で重要な役割を担っています。神社の境内にある手水舎、寺院の池、聖なる泉などは水と不可分の関係にあります。水に触れることで、人は心身を清め、新たな気持ちで聖なる空間へと入っていくことができます。また、水の音や流れは、心を落ち着かせ、瞑想的な状態へと導く効果を生み出します。

　太陽信仰やレイライン、結界は、方位を聖地の重要な構成要素としています。ストーンヘンジのようなストーンサークルは、二至二分を正確に知るためのカレンダーとしての機能とともに、それが特殊な地質の場所や巨大な花崗岩と組み合わされ、物理的な効果を生み出すことで、自然のエネルギーを取り込み、聖性を高めるとの考えに基づいて設計されています。

　風水では、四神相応という基本方位と大地の気の流れを表す「龍脈」が組み合わされています。多くの神社仏閣も、日の出没の方向や山々の稜線、水の流れなどを考慮して配置されているのも同様の思想に基づいています。

　私は、アンセル・アダムズという20世紀の中盤に活躍した写真家の作品のファンですが、彼は、ヨセミテなどの壮大な景色を被写界深度の深い緻密なモノクロ写真で捉え、そこに神聖な荘厳さを表出させています。彼が景観の中に見出した神聖さに特徴的なように、壮大な風景や圧倒的な存在感を持つ自然物が形作る景観も聖地の重要な要素です。宗教的な意図を持った建築物や庭園などは、そうした景観を人工的に表現しようとする試みです。

　曼荼羅や神像、宗教的な図像といったシンボリズムも聖地を理解する上で欠かせない要素です。シンボルは、目に見えない世界や概念、あるいは深層心理を、目に見える記号として、表現する手段です。聖地におけるシンボルは、人々の信仰心や精神性を喚起し、聖なるものへの畏敬の念を高める役割を果たすもので、そのシンボルに込められた意味を理解することで、聖地への没入感は高まっていきます。

　エルサレムのような聖地には、宗教的象徴性が溢れかえっています。ユダヤ教、キリスト教、イスラム教という三大宗教の交差点であるこの街には、古代神殿や嘆きの壁、聖墳墓教会、さらには岩のドームといった象徴的建造物がありますが、これらはそれぞれの宗教の真髄を表すシンボルそのものです。同時に、そうした宗教的象徴性を超えて、政治的・社会的な意義をも持つ点が複雑でもあります。

　このカテゴリーに含まれるテーマでは、そうした聖地の性質を分析して、聖地を定義することを主眼としています。


●自然環境と聖地

　前段の話とも重複しますが、地形や水、大地といった自然要素がどのように聖地の形成に影響を与えてきたのかに焦点を当てることによって、巨石や巨木信仰、壮大な自然景観を神聖視する心理、さらには太陽信仰やレイライン、風水の思想の意味があきらかになります。

　日本に古来からある山岳信仰は、人が亡くなると、その魂は遠くに見える山へとかい、その山中にある他界に落ち着いて、それが祖霊となって子孫を守るという信仰で、神道や修験道の源流となりました。日本の多くの山岳は修験者や密教僧によって開かれていますが、それはこうした山岳信仰の担い手が彼らだからでした。

　また、日本は火山が多く、火山噴火を山の神の怒りととらえて、これを鎮撫するための神社なども火山周辺に置かれました。平安時代に定められた延喜式神名帳では、格式の高い神社が記されていますが、伊豆半島や伊豆諸島には、このいわゆる「式内社」が異常に多く、伊豆国だけで92座を数えます。浅間信仰も典型的な火山信仰で、富士浅間神社を筆頭とする浅間神社も各地の火山を仰ぐ場所に設置されています。

　神の依代としての磐座信仰なども、自然環境と聖地との関係を物語る典型的なものです。熊野の花の窟は日本神話と結びついてイザナミの墓所とされ、湯殿山信仰では中央部から温泉が湧き出す巨岩とともに温泉そのものが御神体とされ、ここで見聞きしたことは「語るなかれ、聞くなかれ」と禁忌とされます。

　こうしたことから、自然環境が単なる背景ではなく、人間の精神性や宗教観に深く影響を与える要素であることがわかります。自然環境がどのようにして人々の精神的世界と交差し、「聖地」を形成してきたのか、それは聖地学の核心となるカテゴリーといえます。


●聖地の歴史

　ラスコーやアルタミラといった旧石器時代の洞窟壁画は、まぎれもなく太古の人類が神性のようなものを感じ、シャーマンのような人物が狩猟を成功に導くようなマジカルな儀式を行っていたことを示しています。それ以前にもたとえばネアンデルタール人たちが素朴ではありながらも葬送儀礼を行っていたことがわかっていて、これを人類の神性の萌芽と考えてもいいかもしれません。

　新石器時代になると、人類は突如として巨石を並べ、これをカレンダーとして使うと同時に、ここで太陽祭祀を行うようになります。この時代に、聖地ははっきりとした形を現し、その意図も明確にします。この巨石文化はほぼ同時期に世界中で見られ、日本の縄文時代にもストーンサークルがたくさん作られました。

　さらに、それがピラミッドへと発展していきます。前回は、日本の古墳文化についてとりあげましたが、規模の大きな墳墓であり祭祀の場でもあった古墳も、その用途はピラミッドに類似しています。

　そして、聖地は、神話とそれに準ずる宗教儀礼の時代に入っていきました。ギリシャ神話に登場するデルフォイの神託所は、アポロン神が宿る場所として神聖視され、古代ギリシャ全土から巡礼者が訪れました。デルフォイでは、専属の巫女たちが神殿の奥に湧き上がる蒸気を吸ってトランス状態になり、神託を受けます。それが、個人の決断や国家の意思決定を正当化する役割を果たしました。

　巫女が信託をくだすという形態は、日本の宇佐神宮などでも見られ、これが朝廷の政治判断に大きな影響を及ぼし、ときに、道鏡事件のような神託偽装事件などにもつながっていきました。十一面観音を祀る奈良の長谷寺もまた、神託を得る聖地として知られ、かつては貴族の子女がここに籠もって、夢による託宣を得ていました。

　日本では、縄文時代の太陽信仰と自然信仰に根ざしたシャーマニズムを含めたアニミズムがあったところに仏教が入り、さらに道教や仙術が入って、修験道、陰陽道、神道、そして独自の密教などの仏教が相互に混じり合いながら、モザイク模様ともいえる信仰形態が形作られました。その中で、聖地も神仏習合だけでなく、様々な信仰が混じりあった複雑な性質をもった聖地ができあがってきました。

　明治政府はそうした複雑化した信仰の様相を整理して、皇国史観に基づいた一神教的な国家神道に統一しようと図りました。その中で、多くのプリミティヴな聖地が解体され、無理やり統合されていきましたが、廃仏毀釈や神社合祀、そして修験道や陰陽道の禁止令、各地の独自の信仰を淫祠邪教として廃滅させたような強引な宗教政策は、宗教だけにとどまらず、それに根ざしていた文化までも破壊し、大きな傷跡を残しました。

　世界宗教のほとんども、はじめはプリミティヴな自然信仰に発していますが、独自の神話に基づいて個別に発展していくと、政治的なイデオロギーと結びつき、聖地が紛争の源になったりします。聖地エルサレムを巡る十字軍とイスラムの攻防、先にもあげたように、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の共通の聖地でありながらも、微妙なバランスで均衡している現在のエルサレムは神話による差別化とその対立の象徴でもあります。

　聖地の歴史を辿ることは、その場所の宗教的・精神的意味だけでなく、社会的、政治的、経済的、文化的交差点としての多層的な性格を浮き彫りにすることでもあります。そこから、人間集団がいかに世界観を編み直し、価値を再創造し、環境や外部勢力との相互作用を経て独自の伝統を育んできたか、そして、逆に、育まれてきた伝統をどう破壊したのかが見えてきます。


●意識と霊性

　人が聖地を訪れたとき、その聖地が持つ神秘的雰囲気や長い歴史、そこにまつわる伝承から、畏敬や崇高感を感じ取ります。それは、日常から切り離された特異な空間体験ともいえるもので、人間の心に「大いなるもの」への感謝・畏怖・尊敬といった感情を生起させます。そうした聖地がもたらす意識の変容や霊性の感覚を掘り下げることで、人がなぜ聖地に惹かれるのかという心理が明らかになってきます。

　鈴木大拙は『日本的霊性』で、日本独自の精神文化・宗教的感性を「霊性」という概念で包括的に表現しましたが、聖地や信仰が人にもたらす崇高な感覚は、日常生活にまで溶け込んで、独特の美意識も作り出しました。

　こうした聖地にまつわる意識や霊性の感覚は抽象的なもので、思想・哲学そして心理学の深い領域が潜んでいますから、これに取り組むことは容易ではありません。しかし、人が聖地に抱く霊性や神性、聖地と人間の意識とのダイナミックな関わり合いを掘り下げていくことは、聖地の性質とともに、人間の精神そのものに光を当てる有力な糸口になるでしょう。

　このカテゴリーの中では、聖地が人間の精神や意識に与える影響について、脳科学や精神医学の観点からも掘り下げています。聖地における祈りや聖地への巡礼を通じて生じる内的な浄化作用や変性意識状態を生み出すシステムから、個人の精神的成長や癒しに貢献するメカニズムが解き明かされるはずです。


●聖地の科学

このカテゴリーでは、現代科学が明らかにする聖地の新たな側面に焦点を当てます。地球物理学や気象学が解明する自然現象と聖地の関係、AIやビッグデータ分析を活用することで、新たな聖地のパターンが明らかになって来ることなどです。

　私がそもそも聖地に興味を持ったのは、聖地がある法則性に基づいて配置されているといわれていたレイラインという現象を科学的に検証してみたのがきっかけでした。もともと使い慣れていたGPSやデジタルマップなどのツールを使ってレイラインを実際に辿ってみたところ、それが非常に正確なアライメントを示していることに魅了され、どのようにしてそうした正確性を獲得したのか、そして、どんな目的でレイラインを作ったのかが知りたくなったのです。

　そのように、スピリチュアルや神秘主義的な興味からではなく、純粋に科学的な興味と手法から入ったわけで、その延長上にあるテクノロジーによる探求は、私の基本的なスタンスです。

　近年は、精密な衛星写真やそれと紐づけられた位置データ、衛星探査による地質データや3D地形データ、気象データ、重力異常データ(ブーゲー異常データ)、など様々なデータが手軽に利用できるようになり、聖地探査でも非常に大きな効果を発揮しています。

　たとえば、イギリスのストーンヘンジでは、列石の配置が季節の変化を示すカレンダーになっているだけでなく、夏至や冬至の日の朝日を受けることで、ストーンヘンジ内部で電磁力学的な場の変化が起きることが明らかになったり、また、この遺跡の下にもっと大規模な先行する遺跡があることが地震探査やレーダー探査によって明らかになりました。同様に、ペルーのマチュ・ピチュも、高い地磁気異常を持つエリアに立地していることが明らかになっています。

　地磁気、電磁波、放射線、微生物、音響などの環境計測データと、近年の脳科学で明らかになってきた人間の感情や意識に関するデータを照合することでは、先にあげた、人間が聖地で感じる霊性や聖性のメカニズムも明らかになってきます。また、AIによる画像解析や自然言語処理技術によって古文書や伝承、神話などを分析することで、聖地の歴史や文化、そしてそこに込められた人々の思いの新たな側面が見えてくることも期待できます。


●記憶と聖地

　2011年の東日本大震災では、東北の三陸沿岸の津波到達地点に沿って、古来の神社が並んでいたことが明らかになり、「津波が来たら神社に逃げろ」という言い伝えを覚えていてそれに従った人と従わなかった人で明暗が別れたといったことがありました。

　熊本地震で倒壊した阿蘇神社は、過去の記録を辿ると、同じように何度も倒壊していて、それがここで定期的に大地震を引き起こす断層を跨いで建てられていたためであることがわかりました。そのことから、ここが危険な断層が走る場所の目印になっていること、そして、倒壊した神社の材木を住宅再建の用材として活用して、地域復興のきっかけとなるように計算されて建てられていたことがわかりました。

　こうした例からは、聖地は、祈りや精神的な浄化の場としてだけでなく、災害や歴史的出来事を記憶し、未来の世代に伝える重要な役割を果たしてきた場所であったこともわかります。災害の記憶を共有する聖地は、人々が過去から学び、未来に備えるための重要な役割を果たしています。それは単なる記録の場ではなく、訪れる人々が共感と連帯感を持つことで、集団的な癒しと再生の場としても機能します。

　宗教学者の畑中章宏は、早くからそうした聖地の性質に気づき、『災害と日本人 ？地震・洪水・噴火の民俗学』や『災害と妖怪 ？柳田国男と歩く日本の天変地異』などの著作で、聖地に刻まれた記憶の重要性を説いています。災害大国であり、1000年に一度の災害頻発の時代に突入した今の日本では、こうした視点から聖地を考えることが、今後一層重要になってきます。


●現代社会と聖地

　現代社会は効率性や合理性、消費社会的な価値観が支配的な傾向が強く、だからこそ、人々は自己の内面や深層的な意味、超越的な価値と結びつく機会を求めるようになっています。そこで再び目を向けられているのが聖地です。聖地は静謐や内省、精神的な回復を得られる「再接続」の場として現代人を引きつけています。

　聖地は、長い歴史と文化的伝統を背負っていて、地域や民族、国家にとっての「記憶の集積点」としても機能しています。急速なグローバル化やアイデンティティの流動化が進む中、聖地は「我々はどこから来たのか」「自分たちの文化的根源は何か」といった問いに対するひとつの手がかりを与える場にもなっています。しかし、これは歪なナショナリズムとも結びつきやすく、諸刃の刃的な側面を持っているともいえます。

　また、聖地は宗教的意義だけでなく、観光地としての吸引力も持っています。「世界遺産」が強力な観光ブランドとなり、巡礼や参拝のみならず、一般観光客をも引きつけることで、地域の活性化や経済的利益に貢献しながらも、オーバーツーリズムという深刻な問題にもつながっています。

　さらに、ヒーリングや瞑想、ヨーガ、エコスピリチュアリティといったことに興味を持つ個人や集団が、従来の聖地の歴史的文化的価値とは異なる独自の価値観でと聖地をらえ、個人探求や霊性探求の場として訪れるというケースも多くなっています。

　こうしたことから、現代の聖地には、多様で雑多な人々が集うようになり、それがマナーや軋轢の問題を引き起こしてもいます。こうした波に揉まれることで、従来の聖地がどのように変質していくのか、そこに普遍的なものは残されるのか、そうしたテーマも、今後の聖地学では取り上げていきたいと思っています。


●300回の終わりに

　以上、300回にわたる聖地学講座の内容を大まかなカテゴリーに分けて、概要を振り返ってみましたが、みなさんはどのように感じられたでしょうか。

　コロナ禍でリアルなセミナーなどは途絶えてしまい、その後は自分自身の学習と探求に時間を振り向けて集中してきましたが、今回のようなカテゴライズを踏まえて、またリアルなセミナーなどもバージョンアップして再開したいと考えています。

　そして、次回301回からは、また個別のテーマに戻って続けていきたいと思います。今後、400回まで続けられるのか、500回まで行けるのか、先のことは予測がつきませんが、ここまで来たからには、これをライフワークとして、私の灰色の脳みそが悲鳴をあげてギブアップするまで続けていきたい思います。

　今後ともおつきあいいただければ幸いです。


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