MAG2 NEWS MENU

戦火の朝鮮半島で、自衛隊による「日本人救出」は可能なのか?

緊張感が高まる一方の朝鮮半島情勢。関係各国がギリギリの「攻防」を展開していますが、万が一軍事的な衝突が起きてしまったとしたら、韓国滞在中の邦人をどう救出すればいいのでしょうか。米国在住の作家で以前から「在韓邦人救出問題」について言及されている冷泉彰彦さんが、自身のメルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』の中でその具体的な方法と懸念ポイント、さらに4つの留意点を記しています。

朝鮮半島「有事」における邦人救出問題を考える

今回の危機にあたって、韓国からの「邦人救出問題」が改めて話題になっています。この問題ですが、かなり以前から色々な形で議論になっている問題で、例えば、東日本大震災で政権が混乱する前の2010年の12月に当時の総理大臣菅直人氏が「自衛隊派遣を念頭に朝鮮半島有事の際の日本人救出計画を策定する意向」を示したようです。

この意向に関する報道を受けた韓国側は李明博政権でしたが、当時の金星煥外交通商相は「どのような文脈で話されたのか分からないが、韓国側と事前の協議はなかった」というコメントを出しています。また、社民党の福島党首(当時)は「これはひどい。自衛隊を派遣すれば、戦争に突入するかもしれないと批判したそうです。

この時点での論議ですが、現在から見ても意味があったように思います。まず「福島みずほ氏の言動は、あながちポジショントークではない」ということです。福島氏の言う「戦争になる」というのは、この時点では昔から言われている「日本の自衛隊が朝鮮半島に侵入したら南北が力を合わせて撃退するだろう」という曖昧模糊とした言説を心配している、あるいは枢軸国日本のあらゆる軍事行動を批判すればいいというイデオロギーまみれの言説に聞こえたのです。

ですが、その後の日韓関係の不幸な歴史は、残念ながらそうではないことを証明してしまいました。北朝鮮だけでなく、韓国の世論として日本の自衛隊が韓国領内で活動することへの抵抗感は、明確にあると思います。今回2017年バージョンの「邦人保護」論に対する韓国側の姿勢には2010年以上に冷淡なものを感じるからです。

では、具体的に半島有事における邦人保護というのは、どのような流れになるのでしょうか。仮にソウルが大規模な攻撃を受けた場合は、北朝鮮側は金浦・仁川の両国際空港の滑走路も破壊した上で攻撃を行うとか、高速道路や海上輸送路なども寸断してくることが予想されます。その場合は、1945年や50年の状況などを参考にするのであれば、人里を避けた山道を南へ向かう等の厳しい策が考えられますが、非常なリスクを伴います。

ですから、まずはシェルターに避難し、民間ではなく武装した装備を持った艦艇もしくは航空機で、戦地からの脱出を図るということになるのは不可避でしょう。できうる限り米軍の庇護を受けつつ、米国民間人や軍属の避難のルートに乗せてもらうか、仮に自衛隊を出すにしても可能な限り米軍の艦艇や航空機に掩護してもらうということになると思います。

その場合ですが、2つ懸念ポイントがあります。

1つは、韓国側にどうやって理解を求めるのかということです。ソウルが火の海になりつつある中、日本人だけが自衛隊や米軍の艦艇や航空機で避難するということはそもそも可能なのでしょうか? 韓国の国民感情だけでなく、具体的には韓国が朝鮮戦争の教訓に基づいて独自に策定しているであろう、有事の際の民間人の避難保護体制に従わずに、日本人だけは自衛隊もしくは米軍による救出を可能にするよう韓国側の危機管理体制を変更してもらうことがテクニカルに可能なのか、という点です。

2つ目は、日本人がまとまることが果たして安全なのかという問題です。戦後72年が経過し、韓国を植民地化していた世代からは丸々2世代が入れ替わり、植民地経営者や管理者などの当事者は全く存命していない中で、日本人は韓国ないし、北朝鮮から敵視される直接的な理由はありません。ですが、過去の名誉の問題から舌戦に参加することで、現在形の対立を好む傾向は近年その臨界点を越えています。

その空疎な対立が、果たして有事という多くの人命を左右する極限の状況で、当事者の判断を左右するかは私には予測はつきません。ですが、2010年に福島氏(言っておきますが、政治家として全く支持はしていませんが)が指摘したような危険性はあると想定して行動した方が良いと思います。

つまり邦人保護目的であっても、朝鮮半島に自衛隊が踏み込むことで、それを勝手に「侵略だ」などというデッチ上げを行って、攻撃対象にするという可能性は全くゼロではないと考えるべきと思います。仮に北の中央政府の統率が崩壊した場合や、紛争の出口として「なし崩し的な統一」が見えていた場合には、余計にこれを警戒しなくてはなりません。

そこまで深刻なケースでなくても、仮に「韓国人の人命よりも、日本人の人命を優先した」というエピソードが発生して、それこそ動画でもバラまかれたら大変な問題になる可能性はあります。また、日本人が固まっているシェルターの所在が露見した場合に、攻撃目標になりやすいという危険は計算しておかねばならないでしょう。

私は、2010年には以下のように述べています。

こうした問題に対しては、韓国人と日本人、あるいは北朝鮮の住民の生命を公平に扱う、つまり日本人だけを独善的に救出するのではない、日韓があるいは日米韓が連携して民間での被害を最小限に食い止める「防衛計画」を立てていくことでしか、解決はないように思うのです。そのために法改正なり憲法解釈論議が必要なのであれば、毅然として理屈を詰めていくべきでしょう。いずれにしても、朝鮮半島有事に関しては「動乱が沈静化した後の韓国において国家再建への求心力に反日カードを使わせない」ということを日本の国家目標として、そこから全てを逆算することでしか道筋は見えてこないと考えます。そうした議論が対外的な説得力を持てば、広義の抑止力ともなるのです。

原則論としては、この立場を変えるつもりはありません。ですが、同時に本当に半島有事ということを、想定するのであれば、安倍首相の言う自衛隊を使用するという選択肢を全面否定はできないのも事実です。というのは、仮に相当程度を米軍に頼るのであれば、自衛隊を出さない理由をアメリカに納得させるのは難しいからです。

その場合ですが、少なくとも以下の4点は留意しておく必要があると思います。

  1. 仮に集団でシェルター収容などをする場合は、その場所等は厳秘とする。少なくとも、韓国側に情報漏えいを防止するだけの同盟国として最低限の協力は要請しなくてはならない。
  2. シェルター収容から脱出作戦を、出来得る限り隠密行動とするために、避難民当事者に関しても数日から数週間は所在不明になることを、日本にいる家族ともども理解してもらわなくてはならない。
  3. 対象者は日本国籍者に限定すべきではないし、できない。韓国籍の配偶者、子などで希望する人間も対象にすることは不可避。米国基準に合致させるという点でも必要。
  4. 反対に希望しない人間を強制的に避難させることもできない。韓国社会における管理責任や、家族としての責任を全うするために、韓国政府の危機管理体制の傘下に入る者はその判断を尊重することになる。

いずれにしても、この問題については、実務レベルでの韓国側との協議が何としても必要と思います。

 

冷泉彰彦この著者の記事一覧

東京都生まれ。東京大学文学部卒業、コロンビア大学大学院卒。1993年より米国在住。メールマガジンJMM(村上龍編集長)に「FROM911、USAレポート」を寄稿。米国と日本を行き来する冷泉さんだからこその鋭い記事が人気のメルマガは第1~第4火曜日配信。

有料メルマガ好評配信中

  初月無料で読んでみる  

この記事が気に入ったら登録!しよう 『 冷泉彰彦のプリンストン通信 』

【著者】 冷泉彰彦 【月額】 初月無料!月額880円(税込) 【発行周期】 第1~第4火曜日発行予定

print

シェアランキング

この記事が気に入ったら
いいね!しよう
MAG2 NEWSの最新情報をお届け