瀬戸内海に浮かぶ最大の島といえば、兵庫県の「淡路島」。そんな淡路島の南部に位置する「南あわじ市」がいま「玉ねぎ」で島おこしをはかっています。玉ねぎのイケメン王子様によるエスコートや「玉ねぎになれる」コスプレまで。いったいなぜ? 玉ねぎ王国と化した島の様子を探りに行ってきました。
食材が豊富な「南あわじ市」
「南あわじ市」。兵庫県の最南端に位置する、自然の恵みに溢れた街。播磨灘、鳴門海峡、紀伊水道と名だたる大海原に面し、天然の鯛やハモなど高級魚が獲れるほか、うず潮にもまれて身が締まったトラフグの養殖も盛ん。さらに近畿では珍しくウニの素潜り漁が行われ、「うにしゃぶ」が新たな名物となっています。
三方を海で囲まれた「南あわじ市」
また野里に目を転じれば、肉質等級A・B3〜4以上など厳しい条件を満たしたブランド牛「淡路ビーフ」を育てる牧場をいだいています。南あわじ市は絶品な海鮮や優良肉のふるさと。言わばグルメ天国なのです。
そんな南あわじ市にいま、あるひとつの食材で島おこしをしようと努める人たちがいるのです。その食材とは「玉ねぎ」。
甘くてやわらかいと評判の南あわじ産玉ねぎ
確かに南あわじ市は玉ねぎが多く栽培されています。兵庫県は玉ねぎの収穫量が日本で第3位(農林水産省統計2015より)。南あわじ市はそんな兵庫県産玉ねぎの、およそ15%を占めるほどの生産高を誇るのです。
とはいえ高級魚やブランド牛ではなく、あえて地味なイメージがぬぐえない玉ねぎで大々的なアピールを始めたのはなぜなのか? その理由を解き明かすべく、本拠地となる「うずの丘 大鳴門橋記念館」を訪ねました。
玉ねぎで島おこしをはかる発信地「うずの丘 大鳴門橋記念館」
玉ねぎの王子様が登場!
「うずの丘 大鳴門橋記念館」を運営するのは株式会社「うずのくに南あわじ」。観光施設の営業やみやげ物を販売する、南あわじ市出資の第3セクターです。
足を踏み入れれば……噂にたがわず、本当にオニオンパラダイス! 玉ねぎを使ったファストフードの数々、小高い丘に鎮座する高さ2.8メートル、直径2.5メートルにも及ぶ巨大な玉ねぎオブジェ「#おっ玉葱」、すっぽり身体がおさまる「おっ玉チェア」、玉ねぎがつかめるクレーンゲーム「たまねぎキャッチャー」、レンタル無料の「たまねぎカツラ」、果ては書家としても名高い地元の住職が揮ごうしたおごそかな玉ねぎの文字になれる顔出しパネルなどなど、見渡すかぎり玉ねぎ玉ねぎ玉ねぎ。まるで玉ねぎのテーマパーク。開店と同時に館内は来訪者で溢れ、玉ねぎのウイッグをかぶりスマホで撮りあうなど、とても楽しそう。
巨大な玉ねぎのオブジェ「#おっ玉葱」
格好の撮影スポットとなっている
傷つけると「たまねぎ10年分」を買わなければならない
館内には「おっ玉チェア」がふた玉並ぶ
玉ねぎのクレーンゲーム「たまねぎキャッチャー」
玉ねぎの文字になれる顔出しパネル「玉ねぎになりたい」
さらに驚いたのが、玉ねぎの王子様の登場。玉ねぎの国からやってきた王子様「玉 王子(たまおうじ)」に扮するのは、ショップ「うずの丘 味市場」担当の倉田祐貴さん(23歳)。長身で、笑顔が素敵なイケメンです。王子様のような高貴さとほがらかさを併せもつふるまいで、おすすめ商品の説明をしたり、玉ねぎがつかめる「たまねぎキャッチャー」でコツを伝授したりと大活躍。
玉ねぎの国から来た王子様「玉 王子(たまおうじ)」
倉田 「僕はもともとは奈良県の出身なんです。ひとり旅が好きで、大学時代にやってきた淡路島がとても気に入って、2年前に移住しました。誰から命令されたわけではなく、自ら『王子をやらせてほしい』と名乗り出ました」
そうして現在は玉ねぎをPRする生きたキャラクターとして笑顔をふりまいています。ただし玉 王子は神出鬼没。素の倉田さんの状態で業務していることもあるので、そこはご海容のほどを。ちなみに以前は玉ねぎのお姫様「玉こねぎ」ちゃんもいたのだそう。
ショップ「うずの丘 味市場」を担当する玉 王子。商品の説明もしてくれる
「たまねぎキャッチャー」のコツも王子様に伝授してもらえる
観光客の減少で「どん底」に
これら玉ねぎによる島おこしの総称が、平野ノラさながらに勢いづく「おっタマげ!淡路島」。2015年5月に発起したプロジェクトなのです。ではいったいなぜここまで「玉ねぎ推し」になったのか? 統轄店長・広報企画課長の宮地勇次さん(33歳)にお話をうかがいました。
株式会社うずのくに南あわじの広報企画課長・宮地勇次さん
宮地「現在はこうしてたくさんお客さんがお越しいただいていますが、実は10~8年ほど前は悲惨でした。駐車場に停まる車が1日に10台にも満たない。ゼロの日さえあったんです。お客さんに来てもらいたいあまり、レストランでは淡路島と何のゆかりもない食材を使ったメニューをお出ししたり。どん底でした。『このままでは南あわじへの観光が滅びる』と危機感をおぼえた若手の職員たちが起死回生に挑んだのが、玉ねぎを使った『ご当地バーガー』だったんです」
10~8年前というと、ちょうどリーマンショックのあとで、世界不況に陥った時期。もっとも手痛い影響を受けたのは観光業だといわれ、淡路島も例外ではありませんでした。そこで若手職員たちは2011年、すがる想いで日本最大規模のハンバーガー祭「とっとりバーガーフェスタ 全国ご当地バーガーグランプリ」にチャレンジしたのです。
玉ねぎバーガーで希望の光が
出品したのは「あわじ島オニオンビーフバーガー」。およそ8ミリの厚さに切った玉ねぎのカツと甘辛く煮た島育ちの牛肉をはさんだ、淡路島ならではのハンバーガーです。
宮地「玉ねぎをカツ、オニオンスライス、カリカリのオニオンチップ、酸味の効いたオニオンフォンデュ、淡路島産トマトのソースと煮込むなど5種類の調理法で味わってもらえるハンバーガーに仕上げました。これが初出場で第3位を記録。年々改良を重ね、翌2012年は第2位、そして2013年に遂に1位になりました。そうすると、まずお客さんが倍になり、さらに倍になりと、来店が目に見えて増えていったんです。1日平均400個、ゴールデンウイークには1日2000個も売れました。その状況に私たちは希望の光が差したように思え、『地元の玉ねぎのおいしさで、全国に勝負できるんだ!』と自信がついたんです」
牛肉ではなく、あえて玉ねぎをメインにおいたハンバーガーでご当地バーガーの日本一に輝いたうずのくに南あわじ。翌2014年には、淡路鶏と地元の牛乳でソースを仕込んだ「あわじ島オニオングラタンバーガー」でいきなり2位につけ、その名を全国に轟かせるようになったのです。
ご当地バーガー日本一の栄冠に輝いた「あわじ島オニオンビーフバーガー」(手前) と初出品で2位を獲得した「あわじ島オニオングラタンバーガー」(奥)。ともに税込み648円
オニオンビーフバーガーは玉ねぎの「さくり」とした歯ごたえと、熱を通すことでいっそう増した甘みがたまりません。またオニオングラタンバーガーは玉ねぎとミルクの相性のよさを再確認できる、やさしいまろやかさがありました。
「たまねぎキャッチャー」がSNSで話題に
そうして誕生した玉ねぎのハンバーガーが、彼らにさらなる攻めの姿勢をもたらしたのです。
宮地「淡路島の人たちはみんな、やわらかくて甘い地産の玉ねぎを誇りに思っています。けれども、たとえば全国の大学生たちがレジャーで淡路島へやってきて、果たしておみやげに玉ねぎを買って帰るか? というと、それはなかったんです。重いですしね。ところがハンバーガーという形にすることで玉ねぎに親しんでもらえた。それが新たな発見でした。ならば『もっと玉ねぎでいけるんじゃないか?』と考えたんです」
そこで起ち上げたプロジェクトが「おっタマげ!淡路島」。「たまねぎキャッチャー」「玉ねぎのかつら」、たまねぎのソフトクリーム「おっタマげ!ソフト(ハード?)」がその皮切りとなりました。「たまねぎキャッチャー」はひと玉を掴むことができれば、景品として玉ねぎ約1.5キロ(およそ税別500円分)がプレゼントされます。
「たまねぎキャッチャー」で玉ねぎをつかみ取ると、およそ1.5キロ(500円分相当)の玉ねぎがもらえる
宮地「クレーンゲームにしたのは『玉ねぎは、おみやげにもなる』ことを広く知ってもらいたかったからなんです。あくまで淡路島の玉ねぎのおいしさを知ってほしくて始めたもので、決して射幸心をあおってこれで儲けようという企画ではありません。つかみやすいようにクレーンを改良し、玉ねぎの位置もスタッフが取りやすい場所に適時変えています」
野菜をみやげとして購入する。確かに自分が旅先でそれをするかと自問すれば、ぶっちゃけ「しないだろうな」と思います。しかしゲーム性が加わることで試してみたい気持ちが湧きあがりました。事実、設置以降なんと21万回以上もの稼働があり、およそ2万5000個の玉ねぎが景品として全国へ運ばれていったのです。
宮地「今だから言えますが、当初は話題になる自信はありませんでした。『こんなもの成功するはずがない』という声もあったんです。社長が『失敗してもいい。よくわからんけど、まずやってみい』と背中を押してくれなかったら、実現しませんでした。ところが意外と早く火がついたんです。Twitterでの投稿がたちまち1万リツイートされ、それをご覧になった方がまた来店してくださる。SNSによっていい循環が生まれました」
クリスマスには、同社が営む「道の駅うずしお」に、およそ1000個の玉ねぎを使ったクリスマスツリーが飾られる
2017年の年始には餅撒きならぬ「たまねぎまき」も開催された
観光客はその街のストーリーを求めている
TwitterやInstagramで拡散してゆく玉ねぎエンタメ情報。まだ「インスタ映え」という言葉がなかった頃にその効果を目の当たりにした若き職員たちは、時代を読む嗅覚を発揮し、ハッシュタグを作成してさらにその波に乗ってゆきました。あまたの町おこしのなかでも、ここまでSNSが功を奏した例は珍しいでしょう。
宮地「確かにSNSのおかげで南あわじへ訪れる人が増えました。でも小手先だけインスタジェニックにするだけだったら、見破られていたんじゃないかな。『なぜ自分たちは淡路島の食材にこだわるのか。なぜ玉ねぎなのか』。そこのコンテンツがちゃんと作れないと、きっと観光客は増えなかった。お客さんは単なる物珍しさではなく、その街に来ないと体験できない、偽りのないストーリーに惹かれて、ここにいらしてくださるんだと思うんです」
涙するようなどん底時代を経験し、地元の宝である玉ねぎを再評価することで復興を遂げたうずのくに南あわじ。それはまさに玉ねぎのようにひと皮むけた、観光への新たな視点でした。
おっタマげ!淡路島
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ジモトのココロ