新型コロナウイルスの感染拡大により、これまで以上にニュースに注目し、さまざまなメディアの情報に触れたという人が多いのではないでしょうか。そのためにマスメディアへの不信感を募らせ、その思いを個人のメディアで発信する人もいて、多様化し簡易化したがゆえに複雑なメディアの現状が見えてきます。マスメディアが倫理を語れなくなったいま、メディア倫理の再構築の必要性を訴える引地達也さんは、自身のメルマガ『ジャーナリスティックなやさしい未来』で、哲学者和辻哲郎の思想にヒントを求め、調査への協力を求めています。
メディア倫理の普遍的な価値を問う機会と思いながら
社会を、糸という相互行為を縫い合わせた「織物」だとしたのが社会学者のジンメルだが、新型コロナウイルスが生み出した新しい社会と言う織物は美しいだろうか─。
危機を乗り越えるために、一本の糸を相互作用、糸と糸の結び目を個人としたジンメルの前提は、この織物を成すために必要とされる「行動」こそが織物の質を変えていく構図が浮かび上がってくる。その「行動」は「社会」の要求との循環によって正常な社会が保たれ、普遍的な価値観を基盤とした「最も多くが納得のいく行動」という規範が求められる。
しかしながら、この規範を確立すべきコミュニケーション行為が不安定なために、政治のプロセスの不透明さを許し、結果として政治決定や指示があいまいで、市民社会を不安に陥れてしまう。コミュニケーション行為を安定化させるためにもメディア倫理がその砦になるべきなのだが、この砦も新しい社会の中で再構築する必要性を感じている。
新型コロナウイルスをめぐるメディア情報はあちらこちらという様相でめまぐるしい。国内外の感染者の数字に関する情報やその分析、見方、病院の状況、経済活動している企業や個人商店、各地域の自治体や市民の動き、薬の開発や市場の動向、そして世界の感染者とその為政者に関する言動など─。
24時間のニュース放送が確立していない日本のメディアが報道プログラムや情報番組で取り上げる新型コロナに関する話題は、全世界の多種多様なコロナ情報から選択し、それをまとめ、抽出したものとなり、「継続した情報の提供」ではなく、「トレンドに応じた耳目を集めそうな情報」の提供になりがちである。それはマスメディアの大上段からの情報提供の姿勢と相まって、「不信」の常態化の原因でもある。
やらせや過剰な演出等はこの延長線上にあるもので、ジンメルが示す「多くの諸個人が相互作用に入るとき、そこに社会は存在する」との社会の定義を考えると、マスメディア依存型のコミュニケーション行為は相互作用の成立に疑義が生じ、社会はあるのか、とも思ってしまう。
社会を成り立たせるためのコミュニケーション行為に必須なのがメディア倫理であるが、この倫理がやっかいで、その定義を哲学者、和辻哲郎の倫理思想に基づきたい。それは「人倫」と呼ばれ、「人と人との間柄」が日本式の倫理という和辻倫理学である。西洋型倫理学が神と人との関係の構図を基礎フォーマットにしている考えへの対抗でもある。さらに言えば、この和辻倫理学はケア倫理学ともつながってくる。それは、今や大きな考え方につながるものではないかと私自身も可能性を見出す倫理観である。
立教大の河野哲也教授は、「和辻哲郎とケア倫理学:両者は協働できるだろうか」(Chisokudō Publications)の中で、「間柄を、和辻のように社会的な役割としてではなく、個々人の人間同士の共感的・情動的な繋がりとして捉えるケア倫理学は、個人をあくまで人間として扱う点においてコスモポリタニズムに近づくはずである。コスモポリタニズムは、法による強制力をいまだ持てていない。ケア倫理学は、コスモポリタニズムと合流し、国内政治よりも国際関係に間柄のモデルを見出すべきではないだろうか」と説く。
この和辻の倫理学に日本文化との融合を見出しながら、文化背景や宗教的価値観によってその倫理は生活とともに成り立っているから普遍ではない。メディア倫理と言っても文化と社会的な状況によって変わってくるのだ。マスメディア企業からソーシャルメディアを利用する個人まで、メディアでの発信が多様化・無差別化・簡易化する中で、私たちのメディア倫理はどうあるべきだろうか、という問いは絶えず自問し続けなければいけないのである。
マスメディアの倫理がこれまで多くの失敗を積み重ね、今でも倫理に反する行動が目に余る状況は続き、マスメディアが倫理を語れる存在にはなっていない。そんな混沌な状況を整理するために、メディア倫理の普遍的な価値を探ろうと現在、国際的にメディア倫理に関する意識調査を行っている。
対象国は日本、韓国、中国、フィリピン、インド、ベトナム、インドネシア、スリランカ、オーストラリア、東ティモールでこの国以外でも受け付け可能である。是非多くの方に調査協力をしていただき、メディア倫理の新しい形を示す研究を進めたいと考えている。
きっと、今だから気づくことも少なくないと思う。調査用紙は「みんなの大学校」のページからダウンロード可能です。
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