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学術会議問題で判明。菅政権が瀕死のアカデミズムを殺したい本音

10月1日に発覚した、日本学術会議6名任命拒否問題。菅首相からは未だその明確な理由の説明がなされていないままですが、「語ることができない理由」が存在するのでしょうか。今回、この問題を考察しているのはジャーナリストの高野孟さん。高野さんはメルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』で、安倍政権下だった今年6月に成立し、来年4月に施行されるとある新法と任命拒否問題の関係を論ずるとともに、「任命拒否」自体が菅首相による違法行為である可能性を指摘しています。

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※本記事は有料メルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』2020年10月19日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会に初月無料のお試し購読をどうぞ。

プロフィール高野孟たかのはじめ
1944年東京生まれ。1968年早稲田大学文学部西洋哲学科卒。通信社、広告会社勤務の後、1975年からフリー・ジャーナリストに。同時に内外政経ニュースレター『インサイダー』の創刊に参加。80年に(株)インサイダーを設立し、代表取締役兼編集長に就任。2002年に早稲田大学客員教授に就任。08年に《THE JOURNAL》に改名し、論説主幹に就任。現在は千葉県鴨川市に在住しながら、半農半ジャーナリストとしてとして活動中。

木を見て森を見ない菅義偉政権の先行きの危うさ――学術会議人事介入の裏にあるもの

菅義偉政権が発足して1カ月で、最大の話題が日本学術会議の新委員105人のうち6人の任命を拒否し、同会議のみならず野党、マスコミ、世論の大反発を招いたことだったという事実に、この政権の本質と、従って先行きの危うさが表れている。

ただし、この問題を積極的に取り上げているのは、新聞では東京、毎日、朝日。テレビではTBSと朝日の一部報道番組くらいで、これが菅政権滑り出し期の最大の話題となったという認識は必ずしも普遍的でないのかもしれない。

安倍政権の時代にすでにそうであったけれども、菅政権になってますます、主要メディアの二極化は甚だしいものがあり、この日本学術会議の問題にしても、東京と毎日が先導し朝日が従うのに対して、日経と読売は端的に言えば「ベタ記事」扱いで、そんな重大なことが政府と学術界との間で起きているということ自体を、余り国民には認識させないでおこうという、まさに忖度的な編集方針を採っているように見える。フジ=産経グループに至っては、学術会議についてのデマ情報を流して同会議を貶めようとさえしている有様である。

しかし26日からようやく始まる臨時国会では、野党が手ぐすね引いて待ち構え、真っ先にこの問題を追及するに決まっているので、菅首相がたちまち答弁に詰まり窮地に陥る場面も出てくるだろう。

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「総合的、俯瞰的」視点に欠ける菅義偉政権

菅義偉首相や加藤勝信官房長官は6人の任命を拒否した理由として「総合的、俯瞰的」な判断を強調したが、天に唾するとはこのことで、何事によらず「部分的、近視眼的」な判断しかできないのがむしろこの内閣の特徴である。

例えば、いきなり目玉政策として打ち出された「不妊治療への保険適用」は、やらないよりやったほうがいいだろうとは思うけれども、そもそもそれで悩んでいる人がどのくらい存在し、その人たちをすべて救済したとして保険会計上、どの程度の国民的負担となり、その結果として昨年にはついに1.36まで下落した合計特殊出生率をいつまでにどれだけ2.08にまで近づけられるのかを、順序よく説明しなければ当事者以外には何ら心に響くものがない。実際、最新の社会保障に関する世論調査で、少子化対策の予算配分を増やせという人は74%に達するが、それでどのような対策を打つべきかを2つまで回答させたところ、不妊治療への負担軽減策を支持する人は14%に過ぎなかった(18日付東京新聞)。

少子化の主要な問題は、不妊治療を必要としない圧倒的多数の若い人たちが、この国の将来に希望を持てず、経済的にも追い詰められていて、そもそも結婚しないし、しても子供を設けることを躊躇わざるを得ないことにあるのであって、それは上記調査で「必要な少子化対策」への答えとして、

  1. 非正規労働者の待遇改善=44%
  2. 子育て中の人が働きやすい労働環境の整備=37%
  3. 保育所などの施設整備や人材確保=26%
  4. 児童手当などの現金給付増=24%
  5. 大学も含めた教育の完全無償化=22%

……などが上位を占めていることに表れている。

つまり「不妊治療への保険適用」は、総合的、俯瞰的な少子化対策の全体像の中でどう位置付けられるかの説明を欠いたまま、闇雲に持ち出されたもので、菅首相としては「人気取り政策」のつもりなのだろうが、まるでピントが外れているのである。

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日本の学術界を巡る戦略課題は何か

学術会議の一件も同じで、本来語られなければならないのは、すでに深刻な危機に直面している日本のアカデミズムをどう立て直すのかという大戦略でなければならない。そういう国家的一大事をさておいて、同会議の人事に手を突っ込んで権力者ぶりを楽しむという、まさに「総合的、俯瞰的」な視点の欠如が問題なのである。

『ニューズウィーク』日本版10月20日号の特集は「日本からノーベル賞受賞者が消える日」で、その巻頭論文は『科学者が消える/ノーベル賞が取れなくなる日本』(東洋経済新報社、19年刊)の著書もある岩本宣明が担当している。それによると「ひとことで言うと、日本の研究現場は瀕死の状態にある。その原因は一にも二にも、資金不足である。日本の政府は借金まみれで、未来への投資である科学技術の研究に回すカネがないのである」。

そのため、研究者は「競争的資金」の獲得競争に時間を奪われ、データの捏造や改竄などの不正行為に手を染める者も出てくる。米『サイエンス』や英『ネイチャー』など国際的に権威ある科学誌で、近年特に日本人の研究者に不正・撤回論文が多いことが指摘されるという国辱的な事態となっている。大学や研究機関は人員削減に苦しみ、若手研究者は慢性的な就職難なので大学院博士過程が空洞化、そのため日本の大学の世界的評価は下がり続けるという悪循環に嵌っている。「このままでは、ノーベル賞はおろか、科学者自体が日本から消えてしまいそうな状況」だと岩本は指摘する。

その致命的な要因は、小泉内閣の下で04年に断行された国立大学の法人化である。それ以降、政府から出される「大学運営費交付金」が年々減額され続けて大学は経営難に追い込まれ、その代わりに「選択と集中」の名目で増額されたのが「科学研究費補助金(科研費)」などの「競争的資金」であり、またその状況に乗じて安倍政権の下で15年に創設されたのが防衛装備庁の「安全保障技術研究推進制度」という軍事技術研究助成金である。この後者に対して日本学術会議が17年3月、強い懸念を表明する声明を発したことが、菅首相や自民党の同会議への“敵意”を増大させ、今回のことを招く一因となった。

このように、大学と科学研究の現場を「瀕死の状態」と言われるところにまで追い込んで世界の中での日本の地位を年々下落させておきながら、そこへ軍事技術研究助成金という餌を投げ込むという卑劣極まりないことを行なっているのが安倍≒菅政権である。

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人文・社会科学分野も例外にあらず

上記の軍事技術研究助成金などはもちろん理工系の研究者が対象となるが、政府は人文・社会科学系への関与も強めようとしている。余り注目されていないが、安倍政権下で去る6月、1995年の「科学技術基本法」を25年ぶりに抜本改正した「科学技術・イノベーション基本法」が国会で成立している(来年4月施行)。

私は、こんな風に日本国の法律名にカタカナ語を入れること自体に反対で、それは山手線の新駅に「高輪ゲートウェイ」と名付けることや、小池百合子=東京都知事が「(アラビア語ではなくて)英語が得意」であることをアピールしようとしているのか、例えば(10月16日の会見だけでも)「グリーンボンド」とか「都立大学プレミアム・カレッジ」とか「ビジネスコンシェルジュ東京」とか「東京マイ・タイムライン」とか、私には直ちに理解できないカタカナ語を連発していることへの反感とも通底している。

イノベーションは普通に辞書を引けば「技術革新」で、そうすると「科学技術・技術革新基本法」となってしまうのでカタカナにしたのだろうが、醜い法律名である。

それはともかく、その最大の眼目は、旧法が「科学技術」の範囲に入れていなかった人文・社会科学を積極的に位置づけたことにある。それに伴って今回導入された「イノベーション創出」の概念においても、新たな商品やサービスの開発だけでなく、「社会課題解決に向けた活動も含め、多様な主体による創造的活動から生まれる成果を通じ、経済や社会の大きな変化を創出する」ことをも含むこととした。社会課題解決とは、例えば、地球規模の大規模な気候変動、人工知能やゲノム編集技術、少子・高齢化などが急速に進む中で、社会が解決を求める様々な課題に学術が貢献するには、人間と社会の在り方を考察する人文・社会科学と自然科学とが緊密に連携すべきだというにある。

このこと自体は当たり前と言うか、まことに望ましいことで、日本学術会議も肯定的に評価している。が、今回任命されなかった6人の内の1人である加藤陽子=東京大学教授は、「名簿から除外された6人全員が人文・社会科学を専門とする。安倍晋三政権下で成立した新法は、旧法が科学技術振興の対象から外していた人文・社会科学を対象に含めたのだ」と述べている(17日付毎日新聞のコラム)。除外をめぐっては「世の役に立たない学問分野から先に切られた」との冷笑もSNS上に散見されたが「実際に起きていたのは全く逆の事態なのだ。……政府側がこの〔人文・社会科学という〕領域に改めて強い関心を抱く動機づけを得たことが、事の核心にあろう」と。

新法下では、内閣府に司令塔として「科学技術・イノベーション推進事務局」が新設され、「自然科学のみならず人文・社会科学も『資金を得る引き換えに背負う政策的な介入』を受ける事態が憂慮されるのだ」(加藤)。つまり、安保法制に反対するような人文・社会学者には「競争的研究資金」は供給されないということで、そうだとすると今回の人事介入は、新法がまだ施行されない内から早々にその趣旨を人文・社会科学者たちに思い知らせるためのショック療法だったのかということになる。余計に酷い総理大臣による違法行為である。

菅政権が長く続かないようにしないと、今が「瀕死の状態」の日本のアカデミズムは本当に死んでしまう危険がある。

(メルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』2020年10月19日号より一部抜粋)

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早稲田大学文学部卒。通信社、広告会社勤務の後、1975年からフリー・ジャーナリストに。現在は半農半ジャーナリストとしてとして活動中。メルマガを読めば日本の置かれている立場が一目瞭然、今なすべきことが見えてくる。

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