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プーチンの凋落。中国とトルコに打ち砕かれた大ロシア帝国構想の夢

かつて超大国として米国と対峙していたソビエト連邦ですが、1991年の崩壊以降、プーチン大統領の強権を以ってしてもその輝きを取り戻すことができずにいます。中国やトルコなどの躍進が著しい中、今後のパワーバランスはどのように変化してゆくのでしょうか。今回のメルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』では著者で元国連紛争調停官の島田久仁彦さんが、現時点で各地で起きている紛争やトラブル、各国の思惑等を改めて分析・紹介しつつ、世界の行く末の予測を試みています。

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凋落するプーチンの帝国ロシアと地政学リスクの変遷

9月27日に突如始まり、ロシア・フランス・米国の3度の仲介による停戦合意も反故にされてきたナゴルノカラバフ地域の帰属を巡るアゼルバイジャンとアルメニアの間で戦われた紛争。今月に入り、4度目の正直とばかりに、ついにロシア・プーチン大統領が直接仲介に乗り出し、停戦合意が成立しました。

武力に勝るアゼルバイジャンが“自国領”であるナゴルノカラバフを取り戻し、領土保全という当初の目的を達成する結果になりました。

一方、1991年以降、自国民が移住し、ナゴルノカラバフ地域を実効支配し、【民族自決権】を主張してきたアルメニアは、“プーチン・和平合意”に基づき、アルメニア軍とアルメニア系住民をナゴルノカラバフから撤退させました。

和平合意の確実な実施を行うため、ロシアはロシア軍を平和維持部隊として派遣し、アゼルバイジャンとアルメニア両国の緩衝材となることで事態は収まったかのように見えます。

「さすがプーチン大統領!」
「これでドミノのように戦火が広がる危険性があった紛争も終わった」

そのような評価も多く聞かれますが、実際のところはどうなのでしょうか?

紛争が“終わった”こと自体は素晴らしいことだと考えますが、今回の合意後すぐにアルメニアでは大規模なデモが起きており、親ロシアの現政権の命運は風前の灯火です。恐らくそう長くないうちに、現政権は倒され、その後の統治の主が誰になるのかは分かりません。

そして今回、アゼルバイジャン側の“勝利”をロシアがサポートしたという形になることで、当該地域(中央アジア・コーカサス)における力のバランスが変化しようとしています。言い切ってしまうと、現在、シリアをはじめ複次的に対峙しているトルコに、ナゴルノカラバフという対ロシアカードを与えてしまいました。

それはどういうことでしょうか?

何度もお話ししている通り、アゼルバイジャンの軍事力を大幅に近代化し増強したのは誰でもないトルコです。同じイスラム教徒でかつ隣国の好もあり、今回のナゴルノカラバフ地域での紛争でもトルコはアゼルバイジャンの後ろ盾となり、今回の勝利を支えました。その結果をロシアが公的に認めサポートすることになり(実際には背負うことになり)、トルコとしては大きなカードを得たことになります。

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ロシアの命運握るトルコ

その要素の一つが、アゼルバイジャンとアルメニア間の紛争を止め、治安を維持するために派遣したロシア軍の存在です。平和維持部隊の派遣そのものは評価したいのですが、先ほどお話しした通り、すでにアルメニア側では今回の和平合意内容に大きな不満のマグマが溜まっており、アルメニア国内で爆発してしまうと、恐らくそのままナゴルノカラバフ地域に引火します。その際、ロシアとしては物理的に軍隊をそこに置いているため、何らかの対応を迫られることになりますが、もしアルメニア側に対して反撃してしまうと、ロシアは以後、アルメニアという“同盟国”を失うことになりかねません。かといって何もしなければ、恐らくアゼルバイジャン政府は「ロシアは中立ではなく、また無力だ」と非難し、何らかの行動に出ることを考えます。その際、ナゴルノカラバフ地域およびアゼルバイジャン・アルメニアを巻き込んだ戦争の再発に至るか否かの大きなカードを握るのがトルコになるわけです。

もしトルコがアゼルバイジャンをけしかけてアルメニアに対する攻撃を加えたとしたら、ロシアとしては反撃をするか、アルメニアのサポートに回るか、それとも即時にアゼルバイジャンとアルメニアに対して停戦を呼び掛けるかの3択になります。

その際、ほぼ100%、停戦の条件としてトルコを当事者として協議に参加させるという、これまで必死に避けてきたチョイスが現実化してしまい、トルコによる地域への影響力拡大を許すことになります。

現在、ロシアはかつての旧ソ連の共和国が挙って親欧米政権に覆っていくという悪夢に苛まれていますが、そこにこれまでさほど対抗軸として存在しなかったエルドアン大統領のトルコが加わることで、コーカサスにおけるかつての裏庭と目してきた国々との結びつき、言い換えるとロシアが優越感を持って接してき国々が“ロシア陣営”から次々と離れていくことに繋がりかねません。

欧米側にひっくり返るのか?

それともトルコとの関係を強め、地域におけるトルコの影響力拡大に繋がり、トルコをロシアと欧州各国との間に挟むkey playerに押し上げるのか?

もしくは、プーチン大統領のマジックが威力を発揮し、エリツィン大統領からロシアを引き継いでから20年以上、描き続けた旧ソビエト連邦の威光の復活と大ロシア帝国の再興へとつながる秘策があるのか?

そのカギを握るのがトルコとのパワーバランスと、ナゴルノカラバフ地域の状況です。

以前からお話ししているように、ナゴルノカラバフ地域には石油と天然ガスのパイプラインが並行して走っており、アゼルバイジャンにとっては欧州各国にエネルギー資源を輸出することで外貨を稼ぐ大事な収入源となっています。

その建設と維持にこれまではロシアがサポートを提供してきましたが、今後、その地位を狙っているトルコという存在がどのように機能するか非常に注目です。

少し話はそれてしまいますが、ここ数年、トルコ・エルドアン政権のエネルギー安全保障への執着はすごく、東地中海での天然ガス田採掘権を対EUそして対イスラエルで地域の帰属権争いと絡めて複雑化することで、採掘権を確保しにかかっています。またこれはキプロスの帰属を巡る直接的なEUとの係争とつなげ、そこにEU各国が頭を悩ませるシリア難民の問題を絡めて、すさまじい交渉を行っています。

ここで出てくるシリアでも、実はロシアとトルコは今、対峙しています。シリアのアサド政権の後ろ盾としてしばらくロシア・トルコは肩を並べていましたが、シリア北部のイドリブ県でのシリア政府軍とトルコ政府軍との武力衝突を巡りロシアとトルコが直接的な対峙に至るようになりました。

ナゴルノカラバフ地域での紛争が継続していた際にも、シリアとナゴルノカラバフ地域での“主導権”争いの一環として、イドリブ県でのロシア軍による対トルコ空爆もあれば、トルコ軍機によるロシア軍機(シリア軍機)撃墜事件もあり、大きな緊張関係が続いています。

それはリビアの“内戦”にも影響しており、不安定要因を多くの地域に広げながら影響力の対峙が起きているのが現状です。

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鮮明になるロシアの国際的影響力の低下

その影響もあるのでしょうか。

ロシアによる旧ソ連共和国へのグリップが弱まっているように見受けられます。一番最近の例では、モルドバ共和国の大統領選で、現職の親ロシア大統領が、親米路線を打ち出す候補に敗れ、欧米対ロシアのオセロゲームのコマが一つひっくり返りました。

またこれまでにバルト三国はEUの加盟を果たし、ロシアとは袂を分かちましたし、2017年にはウクライナとの交戦状態に入ったことで、ロシアはウクライナを失いました。ロシアとウクライナは、旧ソ連時代から最も強い絆で結び付けられており、旧ソ連崩壊後も国際的な舞台では共同歩調を取る半ば拡大ロシアのイメージが定着していましたが、この蜜月も終わりを迎え、今やウクライナはより新欧米政権となり、協力を求めるその視界の先にあるのはもはやモスクワではなく、ワシントンDCであり、パリであり、ベルリンであり、そしてロンドンです。隣国でありながら、最近では国際会議の場でもロシアの意見に対して反対するようにもなってきました(ちょっと戸惑っています)。

今、ロシアにとって、ウクライナと同じような運命をたどりそうなのが、もう一つの盟友であり運命共同体として存在してきたベラルーシです。26年にわたって独裁者の立場に居座り続けるルカシェンコ大統領が“統治”する国ですが、今年、民主化運動の指導者たちからの要請を受けて開催された大統領選挙も、明らかな不正が行われた末、ルカシェンコ大統領の圧勝が演出されました。

その後の混乱はあえて説明するまでもないことですが、ロシアは恐らく本件でもハンドリングを間違えました。実際には分析と選択したチョイスは正しかったとしても。

本件でよく誤解されるのは、モルドバやウクライナ、バルト三国、そしてジョージアのケースとは違い、ルカシェンコ大統領へ反旗を翻し、退陣を迫ってデモを行っている民主化運動家とその支持者たちは、別に親欧米というわけではありません。

あくまでもルカシェンコ大統領の独裁と不正に対する抗議ですので、ベラルーシ国内での混乱が起きた際、モスクワとしては特に対処せず、静観を決め込んでいました。欧米との影響力拡大のためのオセロゲームだったら早期に介入したでしょうが、ロシア・プーチン大統領が“嫌う”民主化運動の波であったことから、チェチェン共和国や東オセチア共和国などでの反モスクワの民主化運動を勢いづけることを極力避けるとの戦略的チョイスから静観する方針を選んだのだと考えます。

しかし、ルカシェンコ大統領の手法が非民主的であることや、国民の政治的選択の自由権を脅かすという“欧米的な人権政策”がクローズアップされ、ベラルーシ問題が影さえなかったはずの「欧米的な価値観か?ロシア的な考え方か?」という二択にすり替えられつつあったがために、プーチン大統領としても介入せざるを得ない状況になりました。

ただ、その介入も「ルカシェンコ大統領を庇いつつも、国民の声を聴き妥協策を探るべき」という中途半端な対策に止まってしまったため、その隙に欧米諸国に国際問題化されてしまいました。

ただし、プーチン大統領にとっては、ロシアとの平和的統合を20数年前に提案した際に、ルカシェンコ大統領に無視されたという記憶もあり、地政学的なバランスの維持という大目標さえ達成できれば、ルカシェンコ大統領切りは厭わないだろうと考えます。問題は、ロシアが“仲間”とみなす後継者が不在なことで、ここでもモスクワの影響力の低下が窺えます。

そして【ロシアの国際的影響力の低下】を最も鮮明にしたのが、中国の台頭による中ロ関係のバランスの変化です。

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プーチンが思い知らされた大ロシア帝国構想の限界

今や世界第2位で、恐らくもうすぐ第1位に躍り出る中国経済ですが、一帯一路政策をベースにアジア、コーカサス、アフリカ、中東欧への浸透していくチャイナパワーは、同じく増強される軍事力と並行して伸び続け、アメリカと肩を並べようとしています。

ご存じの通り、ここ3年以上、米中対立は激化の一途を辿っていますが、そこにロシアの影響力が働く余地がないという状況になっています。

かつてアメリカと対峙するのは旧ソ連で、その後継者であるロシアとなるはずだったのですが、旧ソ連崩壊後の状況から回復を試みる間に中国が一気に影響力を増し、今や旧ソ連時代の裏庭にも中国の影が濃くなってきました。

以前、中ロ協力のシンボルであり、自由資本主義体制への対抗軸としての国家資本主義体制の基軸となるとお話しした共同エネルギープロジェクトである【シベリアの力】についても、交渉における目的を達成したのは、「エネルギーの安定的な調達」を確保した中国であり、ロシアとしてはただ天然ガスと原油の売り先を確保した程度に止まりました。

またその後、ジョージアなどに伸びてくる中国の陰に対しても、危機感は感じつつも抵抗できないという状況を思い知らされ、プーチン大統領は屈辱を味わい、ロシアの影響力の低下を思い知り、そして自身が描き続ける大ロシア帝国構想の限界を知ることになったようです。

旧ソ連崩壊から来年末で30年になりますが、崩壊後の混乱から立ち直るために要した20数年の間に、欧米諸国に衛星国を次々と攻略され、ずっと友好国でありつつ下に見ていた中国にもあっさりと追い抜かされてしまいました。プーチン大統領のリーダーシップの下、随分と力を取り戻してきたと思われますが、かつての見る影はありません。

しかし、まだアメリカと並ぶ世界最大の核保有国であり、また軍事力もトップレベルですし、プーチン大統領の食指もアフリカや中東、ラテンアメリカ諸国にまで再度伸びてきており、中国と対峙・協力しつつ、国家資本主義の拡大に勤しんでいます。

そして、実戦経験があり、配備後すぐに使えるロシア製の武器は、今、途上国や中東諸国を中心に拡大していっています。

今年、世界を襲ったコロナウイルスの感染拡大が国際協調の枠組みを崩し、世界がブロック化してきている今、ロシアも確実にかつてほどの威力はなくとも、自らの勢力圏としてのロシアブロックを再拡大させているように思われます。また、憲法改正を経て、大統領をもう数期務めることが出来るようになることから、ロシアのために、プーチン大統領は死ぬまで大統領を辞めることが出来なくなり、死ぬまで大ロシア帝国構想の実現のために、あれやこれやと手を尽くすのでしょう。

しかし、その力も、国内での人気の陰りと国際社会での影響力の低下を受け、衰えを隠せません。アフターコロナの世界において、ロシアはどのような役割を果たし、そしてどのような影響力を持つのか。

そしてアメリカの新しい大統領が決まり、就任するとき、そのアメリカはプーチンのロシアとどう付き合うのか?

その内容によっては、国際情勢は大きく変わるため、これからの数年間、ロシアから目が離せません。

皆さんはどうお感じになるでしょうか?またご意見、ぜひお聞かせください。

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image by: ID1974 / Shutterstock.com

島田久仁彦(国際交渉人)この著者の記事一覧

世界各地の紛争地で調停官として数々の紛争を収め、いつしか「最後の調停官」と呼ばれるようになった島田久仁彦が、相手の心をつかみ、納得へと導く交渉・コミュニケーション術を伝授。今日からすぐに使える技の解説をはじめ、現在起こっている国際情勢・時事問題の”本当の話”(裏側)についても、ぎりぎりのところまで語ります。もちろん、読者の方々が抱くコミュニケーション上の悩みや問題などについてのご質問にもお答えします。

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