高すぎても低すぎても、健康に害を及ぼす血糖値。そんな血糖値を調節してくれるのがインスリンですが、このホルモンの功罪すべてを把握している方は決して多くないと思われます。今回のメルマガ『糖尿病・ダイエットに!ドクター江部の糖質オフ!健康ライフ』では糖質制限の提唱者としても知られる医師の江部康二先生が、そんなインスリンの働きや負の側面等を詳細に解説。その上で、インスリンの分泌を必要最小限に抑える生活の実践を推奨しています。
インスリンの功罪
今回は復習も兼ねて、インスリンの功罪について考察してみます。
- 基礎分泌インスリンは、ヒトの生命維持に必要不可欠です
- スーパー糖質制限食でも、基礎分泌の2~3倍レベルの追加インスリンは分泌されます。つまり追加分泌インスリンも必要不可欠です
- インスリン注射で、1型糖尿病患者の命が助かるようになり、近年、寿命が延びてきました
- 過剰なインスリンは、酸化ストレスとなり、がん、老化、動脈硬化、糖尿病合併症、アルツハイマー病などのリスクとなります
インスリンには、24時間継続して少量出続けている基礎分泌と、糖質を摂取して血糖値が上昇したときに出る追加分泌の2種類があります。
タンパク質摂取でも少量のインスリンが追加分泌されますが、脂質摂取では、インスリンは追加分泌されません。
これでまず解るのは、食物を摂取していないときでも、人体の代謝には、少量のインスリンが必須ということですね。
このインスリンの基礎分泌がなくなったら、人体の代謝全体が崩壊していきます。
つまり、基礎分泌のインスリンがないと、全身の高度な代謝失調が生じ、生命の危険があります。
例えば「運動をしたらインスリン非依存的に血糖値がさがる」といっても、インスリン基礎分泌が確保されているのが前提のお話です。
もし、基礎インスリンが不足している状態で運動すれば、運動で血糖値はかえって上昇します。
また、肝臓で行っている糖新生も、基礎インスリンが分泌されていなければ制御不能となり、空腹時血糖値が300mg/dl~400mg/dl、或いはこれ以上にもなります。
また、糖質を食べて血糖値が上昇したとき、追加分泌のインスリンがでなければ、高血糖が持続します。
高血糖の持続は糖毒といわれ、膵臓のβ細胞を傷害し、インスリン抵抗性を悪化させます。
さてブドウ糖が、細胞膜を通過するためには、特別な膜輸送タンパク質が必要です。
それが糖輸送体(GLUT)であり、現在GLUT1~GLUT14まで確認されています。
GLUT1は赤血球・脳・網膜などの糖輸送体で常に細胞の表面にあり、血流さえあれば即血糖を取り込めます。
これに対して筋肉細胞と脂肪細胞に特異的なのがGLUT4で、基礎分泌のインスリンレベルだと、通常は細胞内部に沈んでいます。
GLUT1~GLUT14の中で、インスリンに依存しているのはGLUT4だけで特殊です。
筋肉細胞と脂肪細胞にあるGLUT-4は、インスリン追加分泌がないと細胞内に沈んでいるのでブドウ糖を取り込めません。
インスリンが追加分泌されるとGLUT-4は細胞表面に移動して血糖を取り込むのです。
このようにインスリンは、生命の維持に必須の重要なホルモンであることが確認できました。
また近年、1型糖尿病患者の寿命は延びています。
以下、糖尿病ネットワークから一部抜粋。
● 糖尿病患者は何歳まで生きられる? 糖尿病と寿命に関する調査結果
1975年に米国で行われた調査では1型糖尿病患者の寿命は、健康人に比べて27年短いとされていました。
スコットランドのダンディー大学が2万4,691人の1型糖尿病患者を対象に行った調査では、20代前半の糖尿病患者の予想される平均余命は、健康な人に比べ男性で11.1年、女性で12.9年短いという結果になりました(2015年1月報告)。
このようにインスリンの使用法や種類が改善されたことで、1型糖尿病患者の寿命はかなり改善されてきています。
インスリン注射が、おおいに役に立っているわけです。
一方で過剰なインスリンの害にはエビデンスがあります。
たとえ基準値内でも、インスリンの血中濃度が高いほど、アルツハイマー病、がん、肥満、高血圧などのリスクとなります。
また、高インスリン血症は、活性酸素を発生させて酸化ストレスを増加させます。
酸化ストレスは、老化・癌・動脈硬化・その他多くの疾患の元凶とされていて、パーキンソン病、狭心症、心筋梗塞、アルツハイマー病などにも酸化ストレスの関与の可能性があります。
ロッテルダム研究によれば、インスリン使用中の糖尿人ではアルツハイマー病の相対危険度は4.3倍です。
Rotterdam研究(Neurology1999:53:1937-1942)
高齢者糖尿病における、脳血管性痴呆(VD)の相対危険度は2.0倍。アルツハイマー型痴呆(AD)の相対危険度は1.9倍。インスリン使用者の相対危険度は4.3倍。
インスリン注射をしている糖尿人は、メトグルコで治療している糖尿人に比べてガンのリスクが1.9倍というカナダの研究もあります。
2005年の第65回米国糖尿病学会、カナダのSamantha博士等が、10,309名の糖尿病患者の研究成果を報告、その後論文化。コホート研究。
メトフォルミン(インスリン分泌を促進させない薬)を使用しているグループに比べて、インスリンを注射しているグループは、癌死亡率が1.9倍高まる。SU剤(インスリン分泌促進剤)を内服しているグループは癌死亡率が1.3倍高まる。
Diabetes Care February 2006 vol. 29 no. 2 254-258
このようにインスリンの弊害を見てみると、インスリンは血糖コントロールができている限り少なければ少ないほど、身体には好ましいことがわかります。
別の言い方をすれば、農耕開始後、精製炭水化物開始後、特に第二次大戦後に世界の食糧事情が良くなってからの糖質の頻回・過剰摂取が、インスリンの頻回・過剰分泌を招き、様々な生活習慣病の元凶となった構造が見えてきます。
スーパー糖質制限食を実践すれば、インスリンの分泌は必要最小限で済むようになり、様々な生活習慣病の予防が期待できます。
皆さんも、スーパー糖質制限食実践で、必要最低限のインスリンで血糖コントロールを維持して、健康ライフを送ってくださいね。
インスリンは糖質代謝の調整が主作用ですが、それ以外にも下記のごとくいろいろな働きがあります。
インスリンの作用
インスリンは、グリコーゲン合成・タンパク質合成・脂肪合成など、栄養素の同化を促進し、筋肉、脂肪組織、肝臓に取り込む。
インスリンが作用するのは、主として、筋肉(骨格筋、心筋)、脂肪組織、肝臓である。
A)糖質代謝
- ブドウ糖の筋肉細胞・脂肪細胞内への取り込みを促進させる
- グリコーゲン合成を促進させる
- グリコーゲン分解を抑制する
- 肝臓の糖新生を抑制し、ブドウ糖の血中放出を抑制する
B)タンパク質代謝
- 骨格筋に作用してタンパク質合成を促進させる
- 骨格筋に作用してタンパク質の異化を抑制する
C)脂質代謝
- 脂肪の合成を促進する
- 脂肪の分解を抑制する
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