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ウクライナ泥沼化の入り口か。紛争長期化を望む米国が繰り出す手

ロシアのウクライナ侵攻の有力な「仲裁役」として期待される中国。しかし同国の王毅外相は仲裁を求めるウクライナ外相に対して明確な返事を避けるなど、慎重な態度を取り続けています。その裏にはどのような事情があるのでしょうか。今回のメルマガ『富坂聰の「目からうろこの中国解説」』では、著者で多くの中国関連書籍を執筆している拓殖大学教授の富坂聰さんが、ウクライナ紛争を中国がどのように分析しているかを解説。さらに現状を見ればその「見立て」は正解であり、仲裁に立たないという選択は誤りではなかったという中国国内にあふれている論調を紹介しています。

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ウクライナ紛争はいよいよ米ロの代理戦争という実情を隠せなくなったと中国が考える理由

ロシア軍の侵攻によって始まったロシアとウクライナの戦争は、8年間続いていた戦いの激化でしかない──。

中国で時々聞かれる解説である。実際、2014年当時から世界や日本がどう反応し、またどんな議論をしていたのかを振り返ってみれば、いま起きていることと近似していることがよく解る。

衝突が起きた背景の説明は当然として、ロシアに対し各国がどんな制裁をすべきかという点でもほとんど同じ軌跡をたどっている。逆に大きく変わったのは、制裁の規模と中身が強まったこと。そして制裁に参加する国の数が広がったことだろう。

過去との比較で興味深いのは、中国の反応だ。以前の記事でも触れたように、中国は8年前も、当初はあいまいな態度だったが、オバマ大統領から強い調子で同調を求められて態度を変えている。

当時と現在を比べれば米中はまだはるかに親密であった。にもかかわらず中国は渋々ながらポロシェンコ大統領と会見した李克強総理が、「ウクライナの領土主権を……」と述べ、アメリカと歩調を合わせた。中国は「実質的にロシアを捨てた」瞬間で、中国国内でも話題となった。

ただ、それでも中国の根底には、アメリカの「中ロ敵視政策」への反発はまだくすぶっていた。そのことはメディアの報道からもはっきり見て取れる。例えば2014年10月14日付『人民網日本語版』の記事、〈米国は新たな敵を作るな〉である。

執筆したのは、国際問題の専門家、華益文氏だ。華氏は文末で、著名な政治学者でブッシュ(父)政権下で外交ブレーンを務めたズビグニュー ブレジンスキーの言葉を引用し、中国の反発とウクライナ問題への理解をこう表現した。

かつてブレジンスキー氏は「もしわれわれが中国を敵と見なせば、彼らは敵に変わる」と米国人を戒めた。この言葉はロシアに対しても当てはまる──。

繰り返すまでもなく、現在のウクライナ紛争に対する中国の見方そのものだ。

ロ烏戦争は「米ロの代理戦争だ」という見方を紹介すると、たいていは大国間の覇権争いだと片づけられてしまうのだが、本質はもう少し複雑だ。

両者が鎬を削ることがベースはあるにしても、アメリカの狙いはそれだけではない。というのもアメリカは中ロとの対立を演出するだけで、メリットを享受できるからだ。対立自体にメリットがあるといえば不思議に感じるかもしれないが、実例は少なくない。本稿のテーマであるウクライナ問題こそが、まさにそうだからだ。

そもそもウクライナの背後で進行していた米ロ対立の激化はバイデン政権にとっての追い風──戦争の発動は現職の支持率アップにつながる──だった。一般的にも、外部にわかりやすい敵をつくれば内政のハンドルは容易になるが、アメリカの場合、紛争によって兵器の輸出が増えるという軍産複合体にとっての直接的な利益にもつながる。

ただ、ここで話題にしたいのは対立そのものがもたらす利益だ。可視化できないメリットと言い換えても良い。

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ロシアのウクライナへの侵攻は、その動機がどうであれ中小規模の国の恐怖心に火を着ける役割を果たした。これは多くの国がアメリカへの依頼心を高める効果をもたらす。

顕著であったのはNATO(北大西洋条約機構)の地位が急上昇したことである。昨年まではフランスのマクロン大統領に「脳死した」とまで酷評され、その存在意義に疑問符が投げかけられていたNATOだ。しかしウクライナ紛争が起きると、その不要論は一気に吹き飛び、逆にNATOに対する期待の声が高まったのである。

同じようにアジアでは、台湾の蔡英文政権がアメリカ重視の姿勢を強めた。直近ではバイデン政権が台湾にパトリオット迎撃ミサイルシステムを売却することを決め──これはバイデン政権で3度目の大規模な兵器売却となる──「蔡英文総統が謝意を伝えた」という報道が駆け巡った。

米台のケースでは互いの政権が内政のために利用し合っている構造も見受けられるが、日本は台湾以上に純粋な反応をしている。アメリカの思惑を忖度して台湾海峡の問題に積極的に絡んで中国を敵視し続けている。

大国間の摩擦が激しくなった時には、それに巻き込まれたり利用されたりしないために注意することが鉄則だが、逆に自ら問題を激化させているのだから驚きである。

少し話が逸れてしまったが、こうして各地で吹く風がどれほど大きなメリットをアメリカにもたらすのか、改めて記すまでもないだろう。繰り返しになるが、その最大の追い風は欧州で吹いている。

ゆえにアメリカはウクライナの紛争が続いてくれることを願っている、というのが中国の見立てであり、このメルマガでもそう書いてきた。そして興味深いのは、いまの展開がまさに中国の絵解き通りに進み始めたということだ。

すでに報じられているようにアメリカ・NATOはここにきてウクライナに攻撃的な武器の提供を行うのだ。

ロシア軍の侵攻を受けて被害が拡大しているウクライナを助けるためなのだから当然だと考える読者は少なくないだろう。だが、問題はこのタイミングだ。なぜ、最初の段階からそうしなかったのか、である。

また一番大切な視点として、もし世界がいま、一刻も早い事態の鎮静化をはかりたいのであれば、ウクライナ軍への中途半端な支援はかえって危険だということだ。ウクライナ側が反撃に期待を持てば、停戦合意は遠のいてしまい、戦争という悲劇は出口を失ってしまうからだ。

事実、ロシアのラブロフ外相は4月7日、ウクライナ側が3月29日の協議で提出した文書より「重要な規定で(表現の)後退がある」と不満を述べた。

これがウクライナの泥沼化の入り口であれば戦闘の激化も避けられない。今後プーチン大統領が突然大きく譲歩する可能性は考えにくい。そうなれば、ロシア軍の攻撃レベルは一段と高まることが予想される。ウクライナにはいまより大きな悲劇が降り注ぐことになりはしないだろうか。

2月24日の侵攻直後から、中国メディアに登場する国際問題の専門家たちは、アメリカの狙いを「戦争の長期化」だと口をそろえて警告した。ロシアを長期間この問題に縛り付けて弱体化させる目的だ、と。

だからこそ国際社会で停戦に向けた仲裁が話題となり、中国にその役割が期待されたときには、「アメリカが合意間近で梯子を外す」危険性を考慮し、中国は慎重になったのだ。

つまり中国の見方は一貫していて「停戦合意がまとまりかけたタイミングでアメリカが必ず邪魔をする」と見ていたのだ。

いま中国のウクライナ関連の報道には「やっぱりな」、「それ見たことか」という論調があふれかえっている。

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image by: Drop of Light / Shutterstock.com

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1964年、愛知県生まれ。拓殖大学海外事情研究所教授。ジャーナリスト。北京大学中文系中退。『週刊ポスト』、『週刊文春』記者を経て独立。1994年、第一回21世紀国際ノンフィクション大賞(現在の小学館ノンフィクション大賞)優秀作を「龍の『伝人』たち」で受賞。著書には「中国の地下経済」「中国人民解放軍の内幕」(ともに文春新書)、「中国マネーの正体」(PHPビジネス新書)、「習近平と中国の終焉」(角川SSC新書)、「間違いだらけの対中国戦略」(新人物往来社)、「中国という大難」(新潮文庫)、「中国の論点」(角川Oneテーマ21)、「トランプVS習近平」(角川書店)、「中国がいつまでたっても崩壊しない7つの理由」や「反中亡国論」(ビジネス社)がある。

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