クリミア大橋破壊の報復として、ウクライナ本土にミサイルの雨を降らせるロシア軍。しかしその標的は、これまでとは大きく変化しているといいます。そこにはどのようなメッセージが隠されているのでしょうか。今回のメルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』では元国連紛争調停官の島田さんが、ロシアが民間施設からインフラに狙いを変えた意味を推測。さらにクレムリン関係者が明かした「ロシア政府が恐れていること」と、自身がウクライナ戦争終結のために依頼された重要なミッションを紹介しています。
この記事の著者・島田久仁彦さんのメルマガ
クリミア大橋の爆破で、ウクライナ戦争は別次元に入った
プーチン大統領にとってはレガシーとも言えるクリミア大橋が爆破されたことは、ロシアによるウクライナ侵攻を別次元に入れることになったかもしれません。
連日、ウクライナ全土に降り注ぐロシアのミサイル攻撃は、プーチン大統領も公言する通り、ウクライナ大橋の爆破への報復攻撃と言われています。
突如、発令された予備役の招集はロシア国民にとって、ウクライナでの戦争が自分事になり、プーチン大統領と政府が“隣の国”で行ってきた軍事作戦が急に一般国民の生命が賭される“戦争”に変わりました。
対象になりそうなロシア人が国際空港にあふれたり、車で隣国に脱出を試みたりする映像は、世界に【ロシア国内の分断の証】を示しました。
「ロシア国民のプーチン大統領離れ」
「政権内部からも批判が出だした」
「軍の総司令官の交替」
「政権・軍内の過激派からは、ショイグ国防相の逮捕の声が上がった」
いろいろな情報が錯綜しましたが、確実に言えることは、予備役の招集はロシア国民を動揺させ、初めてこの戦争を自分のこととして捉えるきっかけになったと言えます。
このまま、分断が進むのかと思われた矢先に行ったのが、クリミア大橋の爆破です。
ほぼ確実にウクライナによる仕業と言われていますし、大統領府顧問も攻撃を示唆するような発言を繰り返していますが、この事件はまたロシア国民の対ウクライナ戦争への感情と、プーチン大統領への支持を反転させることになったようです。
ロシアのミサイルによる報復攻撃は、老若男女問わず、広く支持を集めており、中にはウクライナへの攻撃レベルを引き上げることを支持するような意見も出だしました。
このレベルアップが、即時に核兵器による攻撃への支持と受け取るのは短絡的かと思いますが、これまでにも“世論の変化”を巧みに利用し、権力基盤を固めてきたのがプーチン大統領ですから、どのような判断をするかは彼にしかわからないと思われます。もしかしたら自身も分かっていないかもしれません。
ただ、自らのレガシーとも言えるクリミア大橋に手を出したウクライナに対し、今後、プーチン大統領とその仲間たちがどのような報復を仕掛けるかは非常に心配です。
ちなみに、皆さんもすでにお気づきかと思いますが、ここで報復という表現を使っているのは、完全にロシア側からの勝手な視点がベースになっています。
2014年のクリミアの一方的な編入と併合は、ロシア人比率が多かったことと、ロシアに対する負の影響があまり出ないうちに完遂したこともあり、ロシア国民の支持を集め、プーチン大統領と政権への支持拡大につながりましたが、実際には、ロシアによる一方的な蛮行ですが、ロシア国民にとってはすでに自国の一部という意識が広がり、今回の大橋の爆破は、ロシアへの挑戦と受け取られているようです。
情報操作の怖さが分かるでしょうか?
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ただ、今回のクリミア大橋の爆破事件とロシアのミサイルによるウクライナ全土への報復攻撃ですが、ちょっとできすぎてはいないでしょうか?
大橋の爆破については、ウクライナによる仕業という見方が強く、自ら“やった”と大統領府のポドリヤック顧問が自慢げに語ることからも、恐らくそうだと思われますが、ロシアサイドの“冷静な対応”に若干の違和感を抱きます。
もちろんプーチン大統領は怒り狂っていると、多方面から聞きますが、次の日には鉄道の運行を再開できるほどのレベルだったことと、「完全修復の見込みが立たない」としつつも、修復を急ぎ、プーチン大統領のレガシーを取り戻せという動きにはなっていません。
逆に、一度は下降線をたどり、いろいろな憶測が飛んだプーチン大統領の支持率は、この大橋の爆破事件後、迅速にミサイルでの報復攻撃を実施したことで回復しています。
アメリカでも時折使われる手法だと言われますが、「支持率を急回復したい場合は、国家安全保障を強調し、戦争を行うことだ」という政治的なロジックが機能させるための“行い”とみることもできるかもしれません。恐らくこれは、的外れだと思うのですが。
そして次に申し上げる違和感は、恐らく大きなご批判を受けるものかと思いますが、「どうしてこれまでミサイルによる全土攻撃」というオプションをもっと早く使ってこなかったのかという点です。
2月24日にロシア軍が国境を超え、多重にウクライナ全土への侵攻を始めた際、そして後にミサイルによる攻撃は確かにあったのですが、どちらかというと、ウクライナに手を貸すNATO各国への警告といった性格が強く、組織的な攻撃ではなかったように見受けられます。
その後も、明らかに失態を演じ、時には圧倒的な軍事力を発揮してウクライナ東南部を制圧したと思ったら、ウクライナからの反転攻勢に対して容易に明け渡すという行動が繰り返される中、ミサイルによる集中的な攻撃というオプションは使われてこなかったように思います。
確かに今の全土へのミサイル攻撃は、若干的外れなイメージを抱くものもありますが、再びウクライナの国民に得も言えない恐怖を植え付け、向上していた抗戦モードに水を差す効果は出ているように思います。
それはどのようなことか。これまで決して褒めることはできませんし、支持することもあり得ませんが、ミサイル攻撃および地上戦のターゲットとなってきたのは、軍隊と民間人でした。
病院、学校、一般のアパートメント、ショッピングモール…多くの民間施設が“無差別に”攻撃されました。
しかし、6月以来となる集中的なミサイル攻撃のターゲットは、戦略的にはステージアップされ、インフラとそれを動かすエネルギーになっています。
これはつまり「国の根幹をなすウクライナの人々の日常生活がターゲットになってきており、これから本格的な冬を迎えるウクライナ人の生存を、直接的に武器によってではなく、日々の生活に必要な物資とサービスを遮断していくことで締め上げていく」という戦略にミサイルが使われたとみることが出来ます。
これはロシアによるウクライナ攻撃が新しい段階に移ったとみることもできます。
同時にウクライナ軍による反転攻勢が進む中、対ウクライナ支援の正当性を各国内のステークホルダーに訴えかけたいNATO諸国に対して、冷や水を浴びせる効果も見られるように思います。
アメリカは来月に中間選挙を控えていますが、対ウクライナ支援に多額の予算を割いていることに対して“説明”を求められる事態に追いやられるかもしれません。
とはいえ、十分にこれまでに国内の軍需産業を潤す効果は出ていますので、ロシアが仕掛ける心理戦の効果のほどは微妙かもしれませんが、最近広がりつつあった“見通し良し”という状況は変わったように思われます。
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ドイツについては、これまで支援が少ないとNATO各国からもウクライナからも非難され、数度にわたって支援を実施するという後出しのレッテルを貼られていますが、今回、ウクライナが求める防空システムの供与については、すでにウクライナに到着済みのようですが、その是非については大きな国内議論を呼び起こすかもしれません。
今回供与された防空システムは、実際にはまだドイツ軍に本格的に配備されていないもので、まずは国家安全保障のためにドイツ軍に配備するべきとの意見が強い中、ウクライナに配備するというロジックが通るかは微妙なところです。
ロシアによるミサイル攻撃にはNATO諸国と欧米諸国(重複あり)は一様に怒っており、ウクライナへの支援拡大を表明していますが、具体的に何をするのかについては、あまりconcerted actionが取れているとは思えません。
対ロシア強硬論を選択する米英独と、プーチン大統領を刺激しすぎることを懸念して即時対応を控えるフランス、事態が自国の安全保障への懸念に変わってきたロシアと国境を接する中東欧諸国とスカンジナビア半島の諸国、そしてバルト三国は、ロシアを非難するものの、行動のフォーカスはウクライナ支援から自国防衛の強化に移ってきているように見えます。
ただこのミサイルによる攻撃の実施時期が、少し早まったとみることもできるかもしれません。
今行っている攻撃は、恐らく随分前から入念に準備されていたものだと考えますが、本来はもっと冬の寒さが本格化してきてから実施されるものだったのではないかと考えます。嫌な言い方になりますが、そのほうが物理的にも心理的にも、ウクライナの人々と戦意に与える影響は大きくなりますから。
ただクリミア大橋の爆破により、その実施が前倒しになったとみることが出来、そこにNATO諸国が約束した防空システムが冬までに導入されることが可能になったら、ロシアによる本格的な攻撃の効果を一気に弱めることが期待できます。
それはつまり、ミサイルおよび航空機を利用した戦術核兵器をはじめとする大量破壊兵器をロシアが使用するような異常な状況になった場合にも、防衛力を発揮することになると考えられます。
ただし、各国が本当にon timeでそのようなシステムを提供し、配備できるのであれば。
そのためには武器を供与し、さらなる支援をウクライナに供与するNATO諸国において、国内の支持を拡大しておく必要があります。
例えば、一応、他国向けのメッセージではありますが、グリーンフィールド米国連大使は、ロシアによって一方的に併合された4州の名前を順に挙げ、それぞれがウクライナの一部であるとシンプルに訴えかけると同時に、ロシアが行おうとしていることがいかに非道かをアピールしようとしています。
これは実際には人権擁護などの原理原則を重んじるバイデン政権と民主党の方針に沿った方向性で、これは11月の中間選挙に向けたテコ入れと、政権が進めるウクライナ支援拡大の正当化につながるとみることも可能です。
英国のトラス政権は、新内閣発足後、改善の兆しが見えない英国経済と物価高のネガティブイメージを覆い隠すかのように、ロシアの蛮行をクローズアップし、このような状況を生み出した元凶としてプーチン大統領とロシアを責める情報戦略を国内向けに選択したようです。
これは、旧ユーゴスラビアの内戦において、クロアチアの罪を覆い隠し、セルビアを悪魔に仕立て上げたagencyによるキャンペーンと聞いています。
「だから一刻も早くプーチンを止めるのだ」「プーチンがウクライナを諦めるように仕向ける。そのためには英国からの支援拡大が必要だ」というように。
ただここでも注意深く計算されており、何とかプーチン大統領を極限まで追い詰めないように配慮されているようです。詳しくはまた分析を試みたいと思いますが。
ドイツについては、先の地方選で与党が勝利したことで、一種のゴーサインと判断して防空システムの供与を行ったようですが、その是非はまた今後問われることになるでしょう。
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このようにウクライナ支援拡大と防空システムの供与を後押しすべく情報戦略が取られていますが、これが実はウクライナ国内で懸念すべき状況を生み出しつつあります。
それは、ロシアからのレベルアップされたミサイルによる攻撃に対抗するための防空システムの供与を急ぐゼレンスキー大統領と、ウクライナ東南部戦線でロシアから集落を奪還する反転攻勢を行っている最前線との思惑のずれです。
最前線としては、今、勢いに乗っており、ロシア軍を押し返すために欲しいのは、例えばアメリカのハイマースであり、より高性能かつ高威力の重火器と思われますが、ロシアによるミサイル攻撃によって優先度が都市防空システムの供与に移ることで、前線の士気および戦力にネガティブな影響がでるのではないかとの懸念です。
「徹底的に叩いて、ウクライナへの侵攻を諦めさせるのだ」と盛り上がっている状況に水をかけて冷ましてしまうのではないかと。
しかし、その最前線での躍進は、もしかしたらロシアに絶好の言い訳を与えるかもしれません。
今秋開催された国連総会の緊急会合では、ロシアによる一方的な4州の併合を国際法違反だと非難する決議が143の国々からの支持を得て可決されましたが(反対はロシア、ニカラグア、北朝鮮、ベラルーシ、シリアで、中国やインド、ロシアと関係が深いアフリカ諸国などは棄権)、ロシアはもちろん“住民投票の結果”なるものを根拠に反対し、そして「現在、ウクライナ軍によって行われている“反転攻勢”こそが、ロシアの領土の安全を脅かすテロ行為であり、ロシアはそれに反抗する権利を有するのだ」と自分の行為は棚に上げた主張を行うことで、戦争の性格を意図的に変えようとしています。
元々は特別軍事作戦でしたが、4州の併合を一方的になした今、領土の自衛戦争に看板が挿げ替えられ、それはまたロシアの法が定める核兵器使用の要件を満たすという主張を後押しする方向に向けられています。
私はまだ実際にプーチン大統領が核兵器使用に踏み切る可能性は高くはないとみているのですが、少なくとも要件を満たすという状況にしておくことで、これまでに比べ、はるかにロシアによる核使用の可能性をアピールしやすくなり、それはプーチン大統領が恐れていると言われているNATOによるロシアへの越境攻撃を阻止するための“抑止力”として作用するという狙いが実現するというものです。
NATOが実際にロシア・ウクライナ国境を越えてロシアを攻撃するシナリオは考えていませんが、問題は【ロシアがNATOの行動をどう捉えるか】で、こじつけでも本土攻撃とプーチン大統領が定義し、認識した場合、その時の“追い詰められ度”によっては、核使用一歩手前くらいまでは進めるかもしれません。
しかし、解決に向けた策という観点からも、新たな段階に移ったかもしれないという可能性も感じています。
それは、(プーチン大統領に近い)ロシア・クレムリンの関係者の言葉を借りると「ウクライナを軍事的に侵攻することは実際にはさほど難しくない。ただ、ウクライナに手を出した以上、その後見人を自認し、ロシアの隣に最大の抵抗勢力を置き、育てようとするNATO、特にアメリカが一線を越えることを恐れている。ロシアにとって向かい合うべき相手はアメリカとNATOであり、ウクライナではない」「問題を解決するために対話を行うのであれば、相手はウクライナではなく、あくまでもアメリカとその仲間たちだ」といった主張がちらほらモスクワから聞こえてくるようになったことです。
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私もよく「話し合いによって解決することはないのか?」と尋ねられるのですが、
「現時点ではウクライナがロシアとの話し合いを拒み、ゼレンスキー大統領としても『全領土を取り戻すまで徹底的に抗戦する』と言ってしまった以上、なかなか掲げた拳を下げることが出来ない状況では、交渉による解決は見込めない」とお答えしたうえで、「ただ、ロシア側もウクライナとの話し合いを模索しているというよりは、その背後にいる欧米、特にアメリカとの話し合いを模索しているようだ。ゆえにこの話し合いが機能する場合は、もしかしたら何らかの出口を探ることが出来るかもしれません」と答えるようになってきました。
(どこか北朝鮮が弾道ミサイルを発射して、アメリカとの話し合いを模索するのと構図が似ているように思いますが…)
その“話し合いによる解決策”を巡って、「落としどころをできるだけ具体的に探ってほしい」という依頼が入り、実は来週、それを某第3国でテストするはずだったのですが、“関係者の間”での調整がつかず、延期になってしまいました。
中国の共産党大会が16日から開催されますが、習近平国家主席の第3期目が承認され、幹部クラスの面子が決まった後、台湾情勢も含め、ロシア・ウクライナ絡みでも何らかのサプライズが起きる可能性があるような気がします。
何だかまとまりのない、そして思わせぶりな書きぶりになってしまった気がしますが、以上、国際情勢の裏側でした。
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