2023年が始まりました。今年をどんな年にしようか、何を達成しようかと考えている方も多いかもしれません。そんな中、メルマガ『Weekly R-style Magazine ~読む・書く・考えるの探求~』著者で、Evernote活用術等の著書を多く持つ文筆家の倉下忠憲さんは、ご自身の例をもとに「今年の指針」を考えるためのヒントを紹介しています。(この記事は音声でもお聞きいただけます。)
この記事の著者・倉下忠憲さんのメルマガ
今年をいかに過ごすか、何を達成しようと目論むか。2023年の指針
今回は2023年の指針について書いてみます。今年をいかに過ごすか、何を達成しようと目論むか。そういう話です。
ただし、その話に入る前にこの「指針」という言葉について少し考えておきましょう。
■4つの粒度
倉下が考えるに、”私たちの行動を扱う概念”は以下の四つの粒度に分けられます。
・タスク
・予定
・計画
・指針
「タスク」は具体的な行動です。私たちの実存に一番近い概念でしょう。その名前を見れば、具体的に何をするのかが即座にイメージできるような粒度です。
さらに「タスク」は、具体的なだけでなく固定的です。それは一度記述されたら変化することがありません。あるいは変化する必要がないものをタスクと呼ぶ、と言い換えてもいいでしょう。
もちろん、状況の変化によってタスクそのものが不要になることはあります。しかし、そうした外部的な要因以外で──つまりは内部的な要因で──その内実が変化することはありません。強いて言えば、静的(static)なものがタスクです。
ここで補足しておくと、上記が「タスク」の一般的な定義というわけではありません。単に「行動を扱う概念」を分類したときの一要素として名づけられた「タスク」について言及しているだけなので、その点はご注意ください。
■予定
「予定」は、直近から少し先までの行動を扱う概念です。たとえば「明日はメルマガの原稿を仕上げよう」とか「今日は午前中から原稿を書いて、午後からはポッドキャストの収録だ」といったことは予定と言えます。
「予定」は、流動的です。該当の日付が現在から遠くなればなるほどその流動性が高まります。この点で「タスク」とは違っています。タスクが静的だったのに対して、こちらは動的(dynamic)なのです。そして、これ以降の残りの概念もすべて動的なものとなります。
最初に提示した四つの概念(タスク、予定、計画、指針)を見たとき、きっと妙な感じを受けた方がいらっしゃるでしょう。後の三つが漢字の熟語なんだからタスクもそれに合わせろよ、という違和感です。
しかしその違和感は意図的なものです。この四つのうち、タスクだけ性質が異なるのです。これだけはある種「ブロック」のようなもので固定的です。残りの三つは基本的にそこまでの固定性を持ちません。だから、あえて表現を分けました。
細かいこだわりですが、その点を留意して先に進みましょう。
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■計画
「計画」は、中期~長期的なスパンの行動を扱います。具体的な行動ではなく、複数の予定を配置することで検討される概念です。
「計画」では、流動性がさらに高まります。というか、流動的であるという認識がないとまったく役立たずなものになります。三ヶ月先まですべての日付の予定を計画しておく、というのはさすがに無理ゲーでしょう。
ある程度ラフな計画を引き、あとは実行しながら残りを調整していくという作業が必要になります。
よって、「予定」よりも、この「計画」では”何を為したいのか”という目標に重きが置かれます。そうしないと適切な調整が為せないからです。達成したいことに合わせて、行動の重みづけを変える。そのような動的な変更が「計画」には欠かせません。
■指針
「指針」は、長期よりも長いスパンの行動を扱う概念です。この粒度になると具体的な行動を見定めるのはほぼ不可能です。富士山の山頂から、平野を歩く人を見つけるくらい不可能です。
「指針」においては、具体性は意味を持ちません。具体性は状況に応じていつでも書き変わってしまいます。流動的を究極につきつめた結果、そこには何も書かれていない、みたいな状況になります。その意味で「流動的」ですらありません。白紙なのです。
「指針」レベルでは、達成したいことだけをイメージします。具体的な行動はまた別の粒度で考えればよく、「指針」を考えるときは基本的に無視してOKです。というか、それをごっちゃにしてしまうと後で混乱します。
もちろん「指針」を考えているときに具体的な行動を思いつくことはあるでしょう。しかしそれは、100%流動的なものだ、と認識しておくことです。言い換えればそれを「タスク」と認識しないことです。「タスク」について考えるときはまた別の機会として、そのとき思いついたものは「タスクに関するアイデア」だと思っておくのがよいでしょう。
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■考えを切り分ける
上記のように粒度を切り分けておくと、考えが混乱せずに済むようになります。
ちなみにこれはGTDにおける「高度」の概念に非常に似ていますが、二つ違う点があります。一つは、「タスク」とそれ以外を名称の点で切り分けたこと。実際その二種(一つと三つ)は明らかに違うものです。テキストとしてリストに書けばどちらも同じように見えますが、現実の私たちにとってタスクとそれ以外は明らかに異なる存在です。それを意識するためにも名称レベルでの差異を設けました。
もう一つは、種類の数です。GTDの高度は1000刻みで高度0から高度5000までの6段階があります。正直に言って、この区切りは細かすぎます。人間の認知の限界(いわゆるマジカル・ナンバー)にきわめて近い数です。
たとえば、ここで何も資料を見ないで、GTDの6つの高度の名称を答えてみてください。よほどのGTD通でないと難しいでしょう。
ちなみに倉下は『7つの習慣』を何度も読んでいますし、自分で読書メモも作りましたが習慣7つを暗唱することはできません(最後の「刃を研ぐ」だけはいつも思い出せるのですが)。
区分が細かければ細かいほど正確性は高まるのでしょうが、細かすぎる概念は人間が通常の認知で扱える範囲を超えてしまいます。そして、行動に関する概念はまさに人が日常的に扱うものです。
よって多少不鮮明な部分が残るにしてもここでは4つまでに限定して区切りを作りました。
・タスク
・予定
・計画
・指針
頭文字をとって「タ予計指」と呼びましょう。めっちゃ覚えにくいですね。この覚えにくさも問題となります。よって、Task、Schedule、Plan、Guidline、と英語に変換してから「TSPG」としておきましょう。ティーエスピージーとそのまま読みます。
なんとなくですが、新しいタスク管理のフレームができそうな予感があります。
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■倉下の2023年の指針
というわけで、今年の倉下の「指針」を確認します。もしかしたら”確認”という言葉は変かもしれませんが、”宣言”というのもちょっと違う気がするので、ここでは”確認”にしておきましょう。
まず、通年というか倉下の全般的な目標が「今年一年を生き延びる」です。年々切実さが増しているテーマですが、なんだかんだいって生物が一年間生命を維持するのって結構大変です。安全が内在化された都市に住んでいるとそのことが見えにくくなるので、しっかり気に留めたいところです。
ちなみに上記の目標の派生として「物書き業を続けられるようにする」もあります。別段物書き業でなくても生命活動を維持する仕事はありますが、それでもこの仕事を続けたいと思っていますし、そのためにやれる努力は続けていきたいと思います。
では、その仕事についてですが、「少なくとも一冊の本を書き上げる」が目標になるでしょう。さすがに365日ありますし、すでに途中まで原稿は書けているので、達成不可能というわけではないはずです。
もちろん状況によっては作業時間がぜんぜん取れなくて……ということもありえるので、そこまで過信はしませんが、ある程度は楽観的に達成可能性を見込めるのではないかと思います。
■新しいノウハウ本の形
執筆についてもう少し野心的な話をしておくと、新しい形のノウハウ本が書けないだろうかと考えています。たとえば「知的生産の技術」について書くとして、「50のテクニック」的な断片的なものではなく、かといってステップを一つひとつあがっていく体系的なものでもない、別のタイプの著述ができないかと考えを巡らせています。
やろうと思えば、体系的なまとめは可能ですし、その方がわかりやすくはあるでしょう。見通しもつけやすいかもしれません。それでも、何かしらの無理がそこにあるような気がしています。取りこぼしているものが大きいような感覚がするのです。
『知的生産の技術』も『思考の整理学』も、断片的でもなくしかし体系的でもないという絶妙なバランスの上で成り立っています。ある部分ではエッセイ的であり、ある部分では文学的であるとも言えます。そういうあり方を目指したいのです。
もちろん、最終的に出てくる形は別様になるにしても、そういう方向性・指向性を持った本が作れたらなと模索中です。そのためのプロトタイプ作りを今年は進めていくことになりそうです。
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■+α
新しい本作りだけでなく、「連載」を維持していくことも一つの目標です。とは言え、シゴタノ!の連載が2022年で終了したので、目下キープしたい連載はメルマガとブックカタリストだけとなり、負荷はかなり小さくなりました。
その分、新しい「連載」をはじめたいと考えています。「知的生産」的なものに関する連載です。
このあたりから話が込み入ってきます。
まず、その連載を載せるための新しいWebサイトを作る予定です。この「Webサイト」という表現に注意してください。それは「ブログ」ではありません。ブログとは違った形の「Webサイト」を作る予定です。
そのサイトは、まだ具体的な形はわかりませんが、何かしらの形で「課金」制度を設けようと考えています。つまり単に連載記事を書くだけでなく、それを「仕事」としてやろうとしている、ということです。
その連載は、先ほど述べた「新しい形のノウハウ本」を実験する場所にもなるでしょう。加えて、「知的生産」系以外の話もそこに入れ込んでいく予定です。
さらにさらに、「課金」制度がある程度うまく回るならば、他の人に原稿を依頼して原稿料を支払う、ということにもチャレンジしてみたいです。『ライフハックの道具箱』でも多少似た仕組みがありますが、それをもっと常態的にできればと計画中です。
■過去資産の活用
もう一つ、これまで書いてきた原稿をまとめて本にするという計画も進めていきたいところです。たとえばこのメルマガ、たとえばシゴタノ!、たとえばR-styleと、私が書いてきた原稿は山ほどあり、しかしそれは断片的に散らばった状態です。
それを何らかの形でまとめたいと長年思っていたのですが、うまくは進みませんでした。具体的に何をどうすればいいのかが見えていなかったからでしょう。
新しいWebサイト作りにおいて、それをうまく組み合わせることができるのではないか、と考えています。
結局これも具体的なイメージはまだないのですが、「過去原稿をまとめて本を作る」という行為は、どうしてもプロジェクトとしては「浮いて」しまうので、それをどこかに位置づけることができたら、もう少し進めやすくなるのではないかと愚考しているのです。
つまり、「新しいWebサイト作り」の一環として(≒下位項目として)、「過去原稿をまとめて本を作る」をやっていこう、という野心があるわけです。
このような感じで、さまざな目標が「Webサイト作り」へと結びついている状態です。
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■去年のキャッチコピー
さてここで、去年のキャッチコピーを思い出してみましょう。この原稿を書いている時点で、もうすっかり忘却の風に晒されていますが、幸いScrapboxの目立つ場所にページをpin留めしてあります。
「ライティングフローを確立する一年」というテーマでしたが、前回も書いたようにこれは大失敗に終わりました。ただし〈成果が得られた失敗〉です。執筆活動において何をしてはいけないのかが明確になりました。
去年のトピックスとして以下の項目を挙げましたが、
・執筆の順番
・並行して進める作業
・連載を進めて、終了後に原稿をまとめる
・ブログの執筆および公開の流れ
・エッセイ集をどうやってつくるか
・本を読んだ後の処理について
・自分の大きな執筆に向けて
この中の「並行して進める作業」がボトルネックであることが確認できたわけです。だったらその失敗を織り込んでライティングフローを改めればいいだけです。
もう一つ、2022年にシゴタノ!で連載していた「知的生産の技術書100選」は自分の中でもかなりしっくりきた連載で、これなら本にまとめようという気持ちが高まりました。
つまり、連載ならなんでもよいわけではなく、充実した内容になり、自分でもその内容をまとめたいと思える連載にすればモチベーションは維持できるわけです。
であれば、連載の企画を雑に決めるのではなく(これまではかなり雑に決めていました)、もう少し方向性を踏まえて決定することが必要でしょう。
そのあたりも踏まえて、このメルマガと新しいWebサイトを使い、「連載」をうまく展開していけたら良さそうです。
だとすれば、今年のキャッチコピーはどうなるでしょうか。
「Hubとなるサイトを構築する一年」
がよさそうです。さまざまなもののhubになっているのがそのWebサイトなので、まず橋頭堡を築くつもりで取り組んでいきます。
ここまで書いてきたことをざっとまとめれば、以下の三つの指針が見出せるでしょう。
・なんとか一年を生き延びる
・最低一冊の本は書き上げる
・新しいWebサイトを形にする
でもって今年のキャッチコピーは「Hubとなるサイトを構築する一年」です。
実際に進める細かいプロジェクトはわからないにせよ、大きな方針としてはこの方向性になりそうです。
それと並行して「自分はこれからどんな本を書いていくのか」という別の指針も考えたいのですが、これまた回を改めて書くとしましょう。
■さいごに
というわけで、2023年の倉下の指針を確認しました。これくらい大雑把な感じで「指針」は大丈夫だと思います。より具体的な話はまた別のタイミングで検討すればOKです。別々に考えるのです。
すべてをトップダウンで展開し接合させるのではなく──間にクラッチを挟むように──間接的に「つなげる」くらいの感覚がちょうどよいかと思います。
ぜひ皆様も今年の「指針」を3つ(3つまでに留めておくのが吉です。でないと覚えておけないので)確認してみてください。さらにそこから今年のキャッチコピーも考えてみてください。
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