有期雇用が10年を超えた場合、無期雇用への転換を求めることが可能になるというルールを避けるため、大学や研究機関が多数の研究者を「雇い止め」している実態が明らかになっています。この事実を極めて深刻に受け止めているのは、健康社会学者の河合薫さん。河合さんはメルマガ『デキる男は尻がイイ-河合薫の『社会の窓』』で今回、「研究者の雇い止め問題」の本質に迫るとともに、この問題が日本に悪循環を招く理由を解説しています。
プロフィール:河合薫(かわい・かおる)
健康社会学者(Ph.D.,保健学)、気象予報士。東京大学大学院医学系研究科博士課程修了(Ph.D)。ANA国際線CAを経たのち、気象予報士として「ニュースステーション」などに出演。2007年に博士号(Ph.D)取得後は、産業ストレスを専門に調査研究を進めている。主な著書に、同メルマガの連載を元にした『他人をバカにしたがる男たち』(日経プレミアムシリーズ)など多数。
象牙の塔か、白い巨塔か?10年で雇い止めされる研究者たち
有期雇用が10年を超えるという理由で、「雇い止め」される研究者が相次いでいます。
文科省の調査によれば、非正規の研究者等で3月末に通算雇用期間が10年を迎えた人は1万2,137人で、このうち無期転換をしたか、無期転換できた人は5,894人。残りの約6,000人は年度末で、雇い止めになった可能性が高いことが明らかになりました。文科省は、「無期転換申込権が発生する前に雇い止めや契約期間中の解雇等を行うことは、労働契約法の趣旨に照らして望ましいものではない」とする通知を発出していますが、その効果…ほとんどありません。というか、あるはずないのです。
大学や研究機関の終身雇用の常勤ポストが減少し、非正規の任期付きポストが増加したのは、大学が法人化された2004年以降です。
国立大学法人における任期なしの正規雇用ポストに就く39歳以下の若手教員比率は、2007年度に23.4%でしたが、16年度には15.1%にまでに低下。予算が限られている中で、若手を正規で雇うためには、高齢の研究者を減らすしかない。しかし、そこに手をつける大学は滅多にありません。
そもそもの問題は、国立大学が「象牙の塔」であることを国が許さず、まるで企業のように「最低のコストで最大の利益をあげる」ように求めていること。せめて大学くらいは「何の役立つかわからないけど、きっと人の役にたつ研究」をさせてほしいのですが、目先のことしか見ない人たちにはそれが通じません。
昨年、成立した「国際卓越研究大学法」も選択と集中の象徴です。つまり、稼げる大学には大枚をはたくが、それ以外はどうでもいいのです。げせないのは、そういった“上”の思考のツケを払わされているのが、現場の弱い立場にいる研究者というリアルです。
では、10年という任期は妥当なのか?という問題になるのですが、これは研究者の中でも意見がわかれるところです。
多くの研究プロジェクトは5年間ですが、研究内容によっては5年では結果の手がかりが掴めるだけで、せめて7~8年はほしいところです。しかも研究を論文にまとめ国際ジャーナルに投稿し受理されるまでの時間を鑑みれば、10年あればなんとか腰をすえて取り組むことは可能でしょう。
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ただし、ここでも問題になるのが、カネです。なんやかんやいっても大学は、一般企業以上にクローズドな世界です。
私自身、大学院で「ここは白い巨塔か!」という場面に幾度となく遭遇しました。大学で偉くなるには、政治力が不可欠。そういう力のある教授がいる研究室にはカネが集まるし、カネがあるところには人も集まります。
かたや、研究者としての業績を積み上げても政治力がなければ、教授の席すら手に入りません。そういった研究室の研究者は就職先を見つけるのも難しいというのが実態です。
こんな状況で、“科学技術立国”の復活などなせるわけがないし、人間の能力は、ニンジン=カネをぶら下げて走らせさえすれば、引き出されるほど単純でもありません。
なぜ、これまでノーベル賞を受賞した研究者たちが、日本は自由に研究ができない、研究する環境が整っていない、このままでは日本は沈没する、といった苦言を呈してきたのか?
はやりのものをやるための投資より、やりたいものができる投資にこそ未来があることを、世界が認める研究者たちは知っているからです。
今回取り上げた「研究者の雇い止め問題」は、個人の問題でもなければ、大学や研究機関の問題だけでもない。
国の学問に対する考え方の問題であり、国の凋落ぶりを示している。そして、結果的に博士課程に進学する学生の減少につながり、「低学歴国ニッポン」の汚名を与えて、日本の研究地盤を揺るがすという悪循環に陥っているのです。
みなさんのご意見お聞かせください。
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