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Belgrade, Serbia - January 17, 2019 : Vladimir Putin, the President of Russian Federation in press conference at the Palace of Serbia after a working visit - Image

側近さえも理解不能。プーチン大統領の頭に「終戦」の二文字はあるのか?

8月24日で開戦から1年半となってしまうウクライナ戦争。停戦に向けた要請が世界的に高まっていますが、その実現はまったく見えないのが現状です。一体何がそれを阻んでいるのでしょうか。今回のメルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』では元国連紛争調停官の島田さんが、自身の経験を交えつつ停戦協議がいかに困難なものであるかを解説。さらにウクライナ戦争を泥沼化させている原因を推測しています。

ウクライナ戦争はいつ終結するのか。困難極める「停戦」の本当の姿

2023年8月15日、日本は78回目の終戦記念日を迎えました。第2次世界大戦・太平洋戦争において生命を賭して国のために戦った御霊への祈りと、二度と戦争を起こすまいという誓いと覚悟を示す一日です。

しかし、「実は日本にとっての第2次世界大戦・太平洋戦争は1945年8月15日には終わっていなかった」と申し上げたら、皆さんはどうお感じになるでしょうか?

昭和天皇陛下が玉音放送にて“終戦”を国民に告げた日として、1945年8月15日は伝えられていますが、実際にこれは停戦命令でも降伏の命令でもなかったそうです。

アジア一帯に散らばっていた各部隊に停戦命令が出されたのは、8月16日以降に、数次に亘って行われたものであり、大本営の意識は「降伏が正式に連合軍に受け入れられるまでは、各部隊は臨戦態勢を取れ」というものであり、そのように現場の部隊には命令が伝えられていたという記録が残っています。

「新たな攻撃は慎むべきだが、自衛のためには攻撃やむなし」「中国(China)方面の戦線については、別途指示する」というように、大本営からは命令が出されており、8月終盤までは、実際に海外に展開されていた軍は武装解除も行っていなければ、停戦も行っていないというようにも解釈できます。

これを指して、ロシアの軍事戦略家は「日本軍は8月15日以降も降伏しておらず、武装解除も行っていなかったのだから、ソ連軍によるクリル4島(北方四島)への攻撃と占拠は、戦時状況に行われた正当な行為であった」と、ロシア政府が北方四島の領有・占拠を正当化する理由に挙げていると指摘しています。

「どの時点を以て、日本は降伏したのか」についてはいろいろと解釈が分かれるところのようですが、そこの検証は歴史家の先生方にお任せするとして、私は戦略上、降伏・停戦・終戦が成り立つまでにどのようなことが実際に行われるのかについてお話しします。

軍事戦略家の皆さんと、紛争調停官の仲間たちと話し合った際、「降伏・停戦・終戦を実行に移す時、実は戦闘相手に降伏・終戦・停戦の事実を認めさせ、合意するよりも、自軍の中の強硬派を納得させ、実際に武器を置かせることの方が、実ははるかに難しい」という結論に至りました。

私自身、紛争調停も行いますし、戦後体制の調整のための交渉も担いますが、その際にもめることが多い要素の一つが「DDR(Disarmament, Demobilization, and Reintegration 武装解除・動員解除・社会復帰)についての合意と合意内容の具体的な進め方について」です。

DDRは国家の復興や平和構築促進を目的とされた国連主体の国際平和活動で、 紛争地で行われ、特に紛争後の復興を目的とされており、平和構築に不可欠なプロセスともされていますが、これまでcombatに携わってきたものにとって、自らが所有する武器は自らの生命を守るものとも捉えられているため、なかなかそれを手放すことは出来ず、動員を解除することは、実質的に最終的な敗北を受け入れ、場合によって従属さえ受け入れることを意味するため、なかなか受け入れがたいものとなります。

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DDRの場で戦闘員や司令官が揃って吐露する心理

私が携わった紛争においても、戦闘員・部隊からの抵抗が強く、非常に苦労した経験がたくさんあります。

実際に合意通りに武装解除が行われ、機関銃やライフルなどが山高く積み上げられている風景を見て「Disarmamentが進んだ」と喜ぶのは、実は時期尚早であることが多く、これまで手掛けてきた紛争とDDRの現場では、所持している土に埋めたり、家屋の屋根裏に隠したりして、“いざというとき”のためにキープされていることがあります。

なかなかDDの検証をするのは困難で、戦後復興の本丸と言えるR(社会復帰)段階まで持って行くには、かなりの時間と労力を必要とします。

DDRに従事した際にいろいろな戦闘員や司令官と話す機会を得ましたが、口をそろえて言うのは「これまで命を懸けて戦ってきた相手を信用するのは非常に困難であり、こちらが武装解除・動員解除を行った途端、皆殺しにあうのではないかとの不安感と恐怖が存在する。そのような中で恐怖心に駆られた心理を和らげ、武装解除を実行することは非常に難しいだろう」という心理です。

日本にとっての1945年8月の状況は、大本営は海軍・陸軍それぞれの強硬派とまず戦わなくてはならず、政府・軍として降伏を決断したにもかかわらず、現場の戦争部隊がその命令に従わず、戦闘を継続することがないように、時間をかけて説得必要があったようです。8月22日ぐらいまではアジア一帯でまだ散発的な戦闘が繰り広げられ、政治・外交的には戦闘は終わっていたにも拘らず、15日からの1週間で命を落とした兵士が多々いるという記録も残っています。

軍部内の強硬派に対する説得は、その後の統治を考えると重要だったとはいえ、そもそも戦争を執行した大本営が責任を取れず、また内部からの反発と報復を恐れるあまり、対応が遅れて無駄に兵士の生命が失われたことに対しては、怒りを覚えます。

しかし、同様の状況は、1991年の湾岸戦争、2011年のアフガニスタン侵攻(Global War on Terror)の幕引き、イラク戦争などでも見られ、戦争の勝ち負けの別なく、戦争の執行を決定するリーダー層の足掻きと優柔不断の結果、無駄に罪なき生命が奪われるというケースが相次いでいます。

ここまで書いてみて思い出すのは、私が紛争調停官として初めて関わったコソボのケースであり、並行してお手伝いしたボスニアヘルツェゴビナにおけるDDRのケースです。

相互不信が極限まで高まり、猜疑心で溢れた社会において、なかなか社会復帰(re-integration)は進まず、先日まで殺しあった相手と共に未来を築くことを拒絶する人たちに直面しました。

それは最近、携わったエチオピア情勢(ティグレイ紛争)でも顕著にみられ、かつてティグレイ族の下で国が統治されていた時代の恨みを、今、繁栄党(Prosperity Party)の旗の下に集った多民族の勢力が果たそうとするあまり、“ティグレイ族憎し”の空気が広まり、ティグレイ族に対する集団リンチが横行した結果、目を覆うような凄惨な状況が作り出されました。

アメリカ、ロシア、中国、アフリカ連合諸国などが関わって停戦の協議と、その後のDDRの交渉・仲介を行いましたが、結果は芳しくないと言わざるを得ません。

融和と停戦には程遠く、このケースでも降伏と終戦の見込みは立ちません。

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ウクライナ戦争を泥沼化させるバックテーブルのジレンマ

同様のことは、現在進行形のロシア・ウクライナ戦争でも言えるように思います。

“停戦”という文言は、実は2022年2月24日以降、何度も聞かれ、特にロシアによるウクライナ侵攻直後はよく話題になりました。トルコによる仲介努力もその頃に起こり、実際にロシア・ウクライナ双方が顔を合わせて停戦協議を行ったこともありましたが、双方の主張と要求が平行線をたどる中、戦線の拡大と戦況の激化が起こり、これまでのところ、言葉としては出てくるものの、停戦に向けた協議は開かれておりません。

国際会議の場や別の機会に非公式な形でロシアとウクライナ当局の接触と直接対話を実現させてはいますが、双方とも、自国内でまとまらない方針に惑わされ、足を引っ張られて、前向きな提案を出来ずにいます。

私は交渉やコミュニケーション、調停のトレーニングを担当する際、そのようなジレンマを“バックテーブルによる妨害”と呼んでいますが、現在のロシア・ウクライナ戦争の泥沼化は、実際にこの“バックテーブルのジレンマ”が一因になっているように思います。

どのような理由であったとしても、武力を用いて他国に侵攻するというのは許されませんし、ロシア政府にもその旨、何度も繰り返し強調していますが、ロシアによる侵攻後、ウクライナ東南部に居住するロシア系住民に対するウクライナ政府による迫害の激化を正当化することもできません。

今回の戦争も、最近の紛争と同じく、民間人を巻き込み、時には意図的にターゲットにするような性格が強くなってきているように思いますが、このような行動を“反転攻勢”の名の下に実行するナショナリスト勢力はウクライナにおける対ロシア反転攻勢の意義と大義を濁らせ、そして挙国一致での抵抗を阻害しているように見受けられます。

そこにウクライナ国内に根強く存在する親ロシア派勢力が対峙して、ナショナリスト勢力と内紛を繰り返す状況も繰り返されており、そのどちらにも属さないマジョリティーのウクライナ国民を犠牲にしています。

このように国内で反目する勢力が拮抗する状況が強まってくるにつれ、ゼレンスキー大統領をはじめとするウクライナ政府が使うことが出来る【停戦のためのカード(選択肢)】は日ごと少なくなってきていて、残されているのは、“徹底抗戦”しかない状況と思われます。

ではロシア側はどうでしょうか?

ロシア国内、そして軍の中にも、もちろん勢力の対抗状況は存在しますが、ウクライナのゼレンスキー体制に比べ、20年超の統治をおこなうプーチン体制の影響力の国内や軍に対する浸透は思いのほか高いレベルのまま推移していますが、プーチン大統領の影響力が強すぎて、現場にクリエイティブな解決策を探る権限は与えられておらず、仮に停戦協議を開催することが出来ても、交渉チームの手足は縛られている状態で、前向きな議論を期待することは非常に難しい状況です。

そして何よりも、プーチン大統領の側近と言われる人たちも含め、プーチン大統領が実際に何を考えており、何を求めているのかを理解できていない様子で、プーチン大統領が停戦に向けて提示する諸条件がどこまで堅いものなのか(言い換えると交渉不可能なものなのか)分からないように見えます。

そのようなこともあり、国際会議の裏側やマージンで非公式・非公開で開催する協議においても、ロシア側は同じ内容をおうむ返しに繰り返すだけで、進展はなく、ウクライナ側も大統領が示した停戦協議開始のための条件、つまりロシアによる侵攻前の状況に戻すことのみならず、2014年のクリミア併合以前の状況に戻すことを求める以外、発言が許されていないようで、非公式な形式を取っても、話し合いは平行線をたどっています。

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戦争のエスカレーションを懸念するNATO各国

しかし、このような外交交渉“ゲーム”に明け暮れているのと同じ時に、ウクライナ国内の前線では人々の生命が日増しに奪われており、それが実際にはロシア軍サイドの最前線も、ウクライナ軍サイドの最前線においても、戦闘員の戦意喪失を加速させています。

これまでの攻防とは違い、両勢力とも、物理的なコンタクトは可能な限り避け、無人ドローンや精密誘導型ミサイルなどの“飛び道具”を用いた戦いに移行していますが、それは戦略的なアップグレードというよりは、形式的に、そして機械的に戦争を遂行しているに過ぎない状況と形容できるようになってきています。

そのような中、精密誘導兵器を用いているにもかかわらず、民間人の被害者の数は激増しており、戦争が軍事的なものから相互破壊・壊滅を目指す消耗戦に性格を変えてきているように思われます。

今週、ロシア軍はウクライナ・ポーランド国境に近いリビウ周辺をイスカンデルミサイルで集中攻撃し、市民インフラを徹底的に破壊すると同時に、NATOサイドから提供される物資の輸送経路の破壊を再開しています。

ウクライナ側は、最近まで控えていたロシア領内への攻撃、そしてモスクワへの攻撃を一気に増やしており、それらの攻撃はロシアの一般市民を巻き込んだ凄惨な攻撃になってきています。

ちなみにNATO各国はこの紛争のエスカレーション状況を非常に懸念しており、ロシア国内でプーチン大統領が抑えて宥めている超過激派・強硬派の勢力の「核兵器の使用やむなし」という声が高まり、以前、改正したロシアの核使用ドクトリンの適用の要請が高まってくる際、この戦争は一気に性格を変え、NATO各国を半強制的にロシアとの全面戦争に引きずり込みかねないことを、これまで以上に懸念し始めています。

今週、ストルテンベルグ事務総長の側近が「停戦を実現するためには、ウクライナは領土を放棄するしかない」と述べ、ウクライナからの集中砲火を浴びたという報道がありますが、NATO内では、実際に、ロシアとの直接的な対峙と戦闘を回避することを至上命題に掲げ、ウクライナをNATO加盟国の盾に用いようという意見が強まっているという声を複数聞いています。

特にNATO加盟国内におけるウクライナ支援疲れと反発は政府に大きなプレッシャーとしてのしかかり、そのプレッシャーがウクライナのゼレンスキー大統領に向けられるという傾向が強まっていますが、当のゼレンスキー大統領はロシアからの侵略に徹底的に抗戦し、自らが大統領就任時に約束したように、クリミア問題を含み、ロシア問題を解決することにこだわるしか選択肢がなくなっており、国内にいるナショナリスト勢力の伸長を押さえるためにも、強気の姿勢を崩すことが許されない状況のため、ウクライナ・NATOサイドでも、具体的な出口を見つけることが出来ない状況にあります。

そのような中、来年秋に大統領選挙を控えるアメリカでは、ニューヨークタイムズやワシントンポスト、そしてCNNの世論調査でも示されたように、国内で高まるウクライナ支援停止に向けた声を意識せざるを得ず、バイデン政権にとって、「ウクライナ・カードを米国内で根強い反ロシア勢力のboostにいかに使うか」、それとも「どこかの段階でウクライナを切り捨てるのか」という選択をせざるを得ないタイムリミットが迫っているようです。

アメリカはウクライナに年内の“一時停戦”を求めていますし、フランス・ドイツも軍事支援は続けているものの、ロシアをあまりプッシュしすぎないことと、ウクライナが、自国が提供した兵器・装備でロシア国内を攻撃し、自国が対ロ戦争に直接的に巻き込まれることを嫌い、ロシアとウクライナ双方とのコミュニケーションチャンネルを作り、何とか停戦に持ち込み、停戦後のウクライナ作りにおいて主導権を取るべく、働きかけを行っています。

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国際交渉人が言葉を失った駐英ロシア大使の発言

英国も自国が提供したストームシャドーがロシアの攻撃力を削ぐことに誇りを持つ半面、それがロシア領内に打ち込まれている現実に対して、危機感を強めています(先日、BBCで画面越しに話した駐英ロシア大使がその点を繰り返し言及しており、その際、「自分は分からないが」と前置きしたうえで、「自衛のためにロシアが核兵器を使わざるを得なくなる状況を英国やNATO諸国が作り出している。NATO諸国がロシアを核兵器の使用へ追い詰めているのだ」と言っていたことには、私も言葉を失いました)。

ロシア側についていると思われたアフリカ諸国も、中東諸国も、ロシアに停戦を求めるようになってきていますし、ウクライナ側についているNATO諸国も、ウクライナの反転攻勢を支えると同時に、一刻も早い停戦協議の再開を強く求めだしました。

“外交的努力”が多方面から求められる状況が鮮明になってきていますが、ロシア・ウクライナともに高く掲げた拳を下すことが出来なくなっており、結果、ミサイル・ドローンの撃ち合いという形の戦闘を続け、例えが悪ですが、無味乾燥な殺戮を継続しています。

停戦に向けた要請は高まっていますが、その意思は戦闘の最前線には伝えられず、最前線にいる兵士たちは戦いを続けるほかなく、その結果、無駄に一般市民の生命と生活が奪われ続ける状況が続いています。

政治的なイニシアティブとリーダーシップで停戦合意ができるようなチャンスが訪れるかもしれませんし、私も含めた調停グループはそのバックアップを精一杯するのですが、そこで“合意”された内容が実際に前線に命令という形で伝達され、現場の指揮官を納得させたうえで、やっと停戦、武装解除、動員解除のプロセスが進められるまでには、まだまだ長い年月がかかるような気がします。

ロシア・ウクライナ双方に終戦記念日は訪れるのか?停戦が実行され、戦闘の最前線でDDRが執行される日は来るのか?来るとしたら、それはいつ頃、どのような形式になり、誰がその執行を見守り、確実な実行を保証するのか?

いろいろな問いが噴出してきますが、私たちがこのような問いを出し、答えを探している間にも、戦闘現場では殺戮は続けられ、一般市民の生命が奪われている現実に、何とも言えない感情を抱いています。

国際情勢の裏側でした。

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image by: Sasa Dzambic Photography / Shutterstock.com

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世界各地の紛争地で調停官として数々の紛争を収め、いつしか「最後の調停官」と呼ばれるようになった島田久仁彦が、相手の心をつかみ、納得へと導く交渉・コミュニケーション術を伝授。今日からすぐに使える技の解説をはじめ、現在起こっている国際情勢・時事問題の”本当の話”(裏側)についても、ぎりぎりのところまで語ります。もちろん、読者の方々が抱くコミュニケーション上の悩みや問題などについてのご質問にもお答えします。

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