ジャニーズ問題で「忖度」という言葉が大手メディア批判に使われている昨今ですが、 芸能界からも辛辣な声が聞こえてきています。その一人、女優の小泉今日子による「悪い膿が出始めている」発言も話題となっていますが、芸能記者歴30年のベテランジャーナリスト・芋澤貞雄さんは、今から18年前に起きた小泉の「事件」を思い出したと語ります。それが、キョンキョン「当て逃げ」事件と「亀梨和也と同棲報道」でした。
小泉今日子「悪い膿」発言で蘇る、目黒川周辺の“景色”
『FRIDAY』が『TOKYO M.A.A.D SPIN』での小泉今日子の発言を紹介しています。
「ジャニーズ問題でも言われ始めているけど、メディアが出る側に忖度してくっついちゃって報道してこなかったこともあって、今一番悪い膿みたいなのが出始めちゃってる」
私がキョンキョンの名前を聞いてすぐに思い出すのは2005年の「当て逃げ事故」です。
当時キョンキョンは目黒区内の低層マンションに住んでいましたが、自ら運転した英国製乗用車が近くの目黒川沿いで新聞配達員のバイクと接触、配達員が転倒したものの置き去りにしてしまった事故です。
当時の“THE 芸能界”はよっぽどの悪質でなければ、人気者のこの程度の事故は隠蔽されるのが常識でした。
警視庁から発表はされたものの、小泉今日子という名前と当時所属していた芸能プロダクションの力によって、関連取材は“御法度”…どこも後追い取材をすることはありませんでした。
しかし別の取材で偶然事故現場近くにいた私は、芸能記者の血が見て見ぬふりを許せませんでした。
このブログでも以前書いたことがありますが、この少し前に『FRIDAY』がキョンキョンと『KAT-TUN』亀梨和也の同棲をスクープしていたのです。
この“なんてったってアイドル”キョンキョンとジャニーズ事務所所属の人気アイドルの20歳差の交際発覚に、それを知った瞬間、当時の私は鳥肌が立ったことをあたかも昨日の事のように記憶しています。
2人の所属事務所が並べば、芸能マスコミからすると“最強のNG組み合わせ”になるからです。
撮ったツーショットを無断で載せたり、勝手に直撃取材をしたりした時は、芸能記者としての廃業を覚悟しなければならないのが当時の“THE芸能界”だったのです。
でも私はちっぽけな正義感からだったのか、取材したらどうなるかを十分に知っていたにもかかわらず~魔が差したとしか考えられないのですが~気付いた時にはキョンキョンの部屋のインターフォンを押していました。
私はキョンキョンとは1985年の『NHK紅白歌合戦』での囲み取材で言葉を交わしたことがありました。
ただこの時もNHKの幹部から、当時キョンキョンと交際していたアーティストの事には触れてくれるなという、極太の釘が刺されていたものでした。
インターフォン越しのキョンキョンは、新聞配達員が軽傷だったことを知った後だったのか、妙に声が明るかったことが強く印象に残っています。
「心配をおかけしました…」と改まった声で答えたキョンキョンに私は「その時亀梨君は一緒にいたんですか?」とついつい禁断の質問をしてしまいました。
すると彼女の声は一瞬でテンションが上がり、最初に自己紹介していた私に「もう1度、どちらの社ですか? お名前は?」ととげとげしく聞き返してきたのです。
その裏には“どんなに頑張ったって、絶対に記事にはならないのョ! 知っているでしょ!”という言葉が隠されているのです。
“THE芸能界”全盛の頃に、大手芸能プロダクション所属の人気タレントたちが共通して示していた高圧的な態度がこれでした。
結局キョンキョンと亀梨は、この事故からしばらくして自然消滅したと言われています。
私が思うに、結婚を強く望んでいた亀梨を、事務所が無理矢理引き離したというのが真相のようでした。
ラジオでの“一番悪い膿みたいなの”が、“悪いかさぶた”になって傷を覆い、公になってこなかった数々の奔放な恋愛を、本人は特に隠すことなく生きてきたように思えるキョンキョン。
“THE芸能界”における恩恵、忖度…こんな言葉が頭の中をグルグルと回り始めた私に、歩き回った目黒川周辺の遊歩道の景色が色鮮やかに蘇ってきました。
プロフィール:芋澤貞雄
1956年、北海道生まれ。米国でテレビ・映画のコーディネーター業を経て、女性週刊誌などで30年以上、芸能を中心に取材。代表的スクープは「直撃! 松田聖子、ニューヨークの恋人」「眞子妃、エジンバラで初めてのクリスマス」。現在も幅広く取材を続ける。https://twitter.com/ImozawaSadao