国際社会の停戦に向けた努力も虚しく、イスラエル軍の攻撃による死者数が8日までに2万8,000人近くに及んでしまったガザ紛争。周辺国の親イラン武装勢力による米軍拠点への攻撃やそれに対するアメリカの報復も重なり、戦火は中東全体に広がる兆しをも見せています。今回のメルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』では元国連紛争調停官の島田さんが、「最悪の事態」を含むガザ紛争の行方を考察。さらにアメリカ政府に非公式にコンタクトを取ってきたというプーチン大統領が打診した「内容」を明かしています。
イスラエルの「核使用」はあるのか。混乱極まるガザ紛争の行き着く先
Dead-End(行き止まり)。複数の紛争案件を同時進行で扱う関係者たちが、今、口々に嘆く表現です。
「私たちの努力が一瞬にして吹き飛びそうな事態が起きてしまった」とカタールのムハンマド首相兼外相が嘆いた1月28日の出来事(ヨルダン北東部で起きた米軍拠点に対するドローン攻撃によって、3名の死者と40名を超える負傷者が出た)は、予告通りアメリカによる親イラン派組織への大規模な反撃を呼び、それがアメリカとイランの間の緊張をかなり危険な水位まで高めています。
これまでのところ、アメリカ政府とイラン政府は互いに牽制し、それぞれの“行い”を激しく非難していますが、同時に直接的な交戦に繋がりかねない事態を必死に避けようとするという非常にデリケートなバランスを模索しています。
イランにとっては、ロシアや中国、トルコといった後ろ盾は得ていますが、長年続く経済制裁は確実にイラン経済の首を絞め、今、アメリカとその仲間たちによる攻撃に対峙するためのリソースは確保できないという現状があります。
しかし「これ以上、アメリカや英国の思うようにされるのは許せない。アメリカとの戦争もやむを得ない」という超強硬派が一定の力を持っていることも事実で、ライシ大統領は、アメリカに強い態度を示しつつも、事態が過熱してエスカレートしないように細心の注意を払っています。
米国サイドとしては、イランに対する軍事行動は、イラン革命防衛隊によるイスラエルへの攻撃のトリガーを弾くことを意味し、これまで76年間にわたってひたすらに支えてきたイスラエルを安全保障上の危機に晒すことを意味します。
軍事力ではイスラエルがイランを上回るとされ、イスラエルについては公表しないものの核兵器を持つことは明らかですので、イランがイスラエルを攻撃するような事態になった場合、現在の極右政党が力を持つイスラエル政府はかなり極端な報復を行う方向に進むと考えられます。
万が一、核の使用が現実になった場合、アラブ諸国の強烈な反攻と反発を引き起こし、トランプ政権下で進められたアブラハム合意は意味をなさなくなり、再度、イスラエルに対してアラブ諸国が牙をむくというシナリオがかなり有力になります。
そのような場合、アメリカは、同じ中東地域ではありますが、大きな動乱に少なくとも2正面で対応する必要が出てきますが、国内では激しい大統領選挙と共和党・民主党のせめぎ合いが進行する中、そのキャパシティーがあるかどうかは不明です。
これまで極度に大盤振る舞いの対ウクライナ支援を通じて、国内の武器弾薬のストックをかなり減らしており、イスラエルに展開しているアイロンドームも早期に追加できる状況にないため、効果的な対応は不可能ではないかと言われています。
破壊的な結果を招くアラブ諸国を巻き込んだ地域戦争の再燃
今回のアメリカによる親イラン勢力への報復攻撃は、「アメリカ人の生命を危険に曝すものは容赦しない」というメッセージを送ることは出来ましたが、同時にイラン政府に対して「アメリカとしては、イランとの直接的な交戦は希望しない」というぎりぎりのメッセージを送るものであったと考えています。
それを受け、イラン政府側も1月31日にはカダイブ・ヒズボラやフーシー派に対して攻撃の停止を“要請”して、反米組織に自制を促していますが、問題はカダイブ・ヒズボラやフーシー派のようにイランの影響力が十分に機能する組織とは違い、イランと徒党は組むが、イランの支援も指図も受けない反米・反イスラエル組織が暴発し、イランの知らない間にアメリカ・イスラエルへの攻撃に踏み切ったら、恐らくそこから後は拡大戦争に向けたslippery slopeを一気に下るしか選択肢がなくなる可能性が高まってしまいます。
その際、イランを攻撃するのは誰でしょうか?アメリカでしょうか?それともイスラエルでしょうか?
ガザでの軍事作戦を続けるイスラエルに、今、イランを相手にする余力があるかどうかは定かではないですが、アメリカが出て来ずに、イスラエルとイランの恐ろしい交戦になった場合、アラブ諸国を巻き込んだ地域戦争が再燃し、恐らく破壊的な結果を招きます。
しかし、その破壊的な影響は、様々な角度からの分析を加えると、アラビア半島の外には出ないか、広がっても東地中海周辺で“留まる”と考えられます。
それがもし、議会共和党の議員たちが主張するように、アメリカがイラン本土を攻撃し、アメリカを直接的に巻き込む交戦になった場合は、上記の破壊的な結果に加え、かつて私たちが見たような全世界に広がるテロ攻撃の連鎖に発展し、現在進行形で同時に起きている諸々の地域紛争がシンクロナイズし、一気に戦火が広がることも予想されます。
アメリカ国内で珍しく超党派での支持が得られている革命防衛隊のコッズ部隊幹部の暗殺や親イラン派への攻撃は、ハンドリングを間違えると世界戦争に一気に発展しかねない導火線となります。
その可能性のレベルを左右するのが、イスラエルとハマスとの終わりなき戦いが「いかにして、いつ頃」終わるのかというポイントです。
カタールとエジプトを中心としたtirelessな仲介努力は、アメリカも巻き込んで、いろいろな外交交渉に発展し、様々な落としどころを探る態勢になっていますが、イスラエルに圧力をかけきれないアメリカ・バイデン政権の曖昧さと、一度振り上げた拳を下せないネタニエフ政権とハマス、そして自身の権力維持を最優先にするネタニエフ首相個人の利害などが、複雑に絡み合って、なかなか進展が見られない状況です。
今週に入ってやっと【65日間の停戦と人質の全員解放】というパッケージが形成され、イスラエルとハマス双方に提案されましたが、結果的に物別れに終わり、また機会が失われるという事態になってしまいました。
双方とも“停戦と人質解放”の必要性は認めるものの根本的な要求が平行線を辿っています。
ハマス側は、完全かつ永続的な停戦(恒久的な停戦)がなされることを条件に人質の解放に応じるとしています。
個人的には10月7日の事件を引き起こしたのはハマスですので、停戦を求めるということに少し矛盾を感じているのですが、ハマスの政治部門の幹部によると「このまま攻撃されてハマスが壊滅するか、ガザにおける被害の拡大を受けて、ハマスがパレスチナ国民からの支持を失うかという状況を避けることが大事であり、態勢の立て直しには、できるだけ早く戦闘状態から脱しなくてはならない」のだとか。
重大な「戦後のガザの扱い」についての意見の不一致
イスラエル側はこの“完全かつ永続的な停戦”という条件は、政権内の極右政党の影響力に鑑みても、到底受け入れ出来ない内容で、かつネタニエフ首相の「ハマスおよびその仲間たちを根絶するまで戦闘を続ける」という“完全勝利”というゴールが不変であること、そして戦闘の継続は、イスラエル世論でも評価されていることなどが要因にあります。
それを受けて、仲介を受けつつ、ガラント国防相が言うように「最後に残されたハマスの拠点であるガザ最南部のラファ(エジプト国境の町で、人道支援の出入り口、そしてガザ市民100万人以上が避難している町)にもすぐにたどり着く」と、ガザに対する徹底的な攻撃を加えることが方向性として示されています。
これから分かることは、イスラエル政府はICJ(国際司法裁判所)から突き付けられた判決も無視し、我が道を行くことで、今後、ジェノサイドとの非難は避けられず、国際社会からの孤立を深めることに繋がることも意に介さないという意思表示かと思われます。
そしてさらに重大なのが、まだ戦争自体がいつ終わるのか分かりませんが、「戦後のガザの扱い」についての意見の不一致です。
ネタニエフ政権は、アメリカから非難されているにもかかわらず、「ガザ地区は今後、イスラエルの統治下におく必要がある」という認識を明らかにしており、これは「ガザ地区の今後は、イスラエル・パレスチナのみならず、周辺国も交えた態勢で行うべき」とするアラブ諸国の意見と真っ向から対峙するものとなりますし、「二国家共存をゴールの一つとし、かつ“ガザの縮小は受け入れない”」とするアメリカ政府の意向にも逆らうことになります。
そしてさらに気になるのは、政権内の極右勢力が公然と「ガザ地区へのユダヤ人の入植の促進」を主張し、パレスチナ人をガザから追放することを求めていることです。
アメリカ政府は「無責任かつ無謀で煽動的」と激しく非難していますし、アラブ諸国はまだ静観を保っているものの「イスラエルが一線を越えないことを強く求めるが、仮に超えてしまった場合には、イスラエルはアラブを再度敵に回すことを覚悟しなくてはならない」と牽制しています。
現時点での意見対立を見る限り、イスラエルが態度を軟化させない限り、中東情勢の著しい不安定化を招くことが予想されます。
そして、先ほど触れた対イランへの米・イスラエルによる威嚇がエスカレートしてしまった場合には、イランを直接的にイスラエルとの戦争に巻き込むことになり、それはアメリカをアラビア半島に引きずり出すことにも繋がりますが、イランの背後にはロシア、中国、トルコ、そして最近、ロシアとの接近を通じて“核の枢軸国”の地位を得ようとする北朝鮮がいるため、確実に紛争が他地域に飛び火し、とても手が付けられないような事態になりかねません。
この記事の著者・島田久仁彦さんのメルマガ
プーチンがアメリカ政府に対して打診してきた内容
そしてその状況をさらに悪化させそうなのが【ウクライナがロシアに敗北する危機】の存在です。
その背景には、あまり報じられないロシアとウクライナの圧倒的な弾薬ストックの違いが存在します。
ウクライナがNATO諸国からの軍事支援を受けて対ロ反転攻勢を始めたころは、日に平均8,000発ほどの弾薬を使っていましたが、昨年12月ごろにはそれが多い日でも2,000発程度に減っており、最近では1,000発にも届かない日もあるとのことで、ウクライナ軍の弾薬の枯渇状況が懸念されます。
一応、今年1月にはNATOがウクライナ政府との間で【ウクライナに対して数十万個単位の155ミリ砲弾を生産・配備するための11億ユーロ(約1,760億円)相当の契約】を締結しましたが、その砲弾が実戦配備されるのは早くとも2027年春とされており(ストルテンベルグ事務局長)、そうなると「ウクライナは果たしてそれまで持ちこたえられるのか」という大きな懸念が生じます。
2月1日には、ハンガリーのオルバン首相もOKする形で、EUによる対ウクライナ追加支援(500億ユーロ、2027年まで)が合意されましたが、これも報道ではもてはやされたものの、どこまでウクライナの糧になるかは不明です。
この500億ユーロ(約8兆円)の内訳は330億ユーロが融資扱いであるため、いずれ返済が必要となり、ウクライナ政府が難色を示していると言われていますし、残りの170億ユーロはロシアの在外凍結資産を原資とし、かつEU加盟のための準備資金に使途を限るという条件が付いているため、「ロシアとの戦闘に回すことはできない」というように解釈できます。
そして330億ユーロは、EUの担当官によると「これで武器弾薬を購入してね」という性格のため、ウクライナが購入先を探し、契約する必要があるようですが、現在、それに応じてくれるのはアメリカの軍需産業とトルコの国営軍需産業くらいで、EUにはその余力はないようです。
この支援、見た目ほどありがたいものではないというのが認識です。
このような状況に陥る元凶は、アメリカ・バイデン大統領がゼレンスキー大統領に口約束した610億ドル(約9兆円)の追加支援が、議会における政争の具にされ、まったく成立する見込みがないことと、アメリカがウクライナに供与できる武器弾薬も枯渇している現状でしょう。
アメリカ政府の軍事支援担当幹部によると「米議会が追加支援を即時に承認しなければ、あと数週間ほどでウクライナ軍の交戦能力は底をつく」とのことです。
個人的には予算獲得のための誇張に感じるのですが、ウクライナの弾薬のストックがかなり危険な水準にまで落ち込んでいることは明らかです。
そのような状況を読み取っているのか、非公式なコンタクトではあったようですが、ロシアのプーチン大統領からアメリカ政府に対して「ウクライナ戦争の終わりに向けた話し合いをする用意があるか」と打診してきたという情報が入ってきました――(メルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』2024年2月9 日号より一部抜粋。続きはご登録の上お楽しみください。初月無料です)
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