解決までにあまりに長い時間を要する、教育現場でのいじめを巡る問題。一体何がその解明を困難なものにしているのでしょうか。今回のメルマガ『伝説の探偵』では、現役探偵で「いじめSOS 特定非営利活動法人ユース・ガーディアン」の代表も務める阿部泰尚(あべ・ひろたか)さんが、いじめ発生から県の調査委員会が報告書を公開するまで11年もかかった神奈川の私立高校の事例を上げつつ、いじめ事案の解決にこれほど時間がかかる背景を解説。その上で、いじめ対策においては我が国が未だ途上国である現状を紹介しています。
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/原題:日本はいじめ対策途上国である
堂々と行われる隠蔽工作。日本は「いじめ対策途上国」という事実
神奈川県の私立高校で2014年、当時高校1年生の女子生徒が自殺を図り、重篤な意識障害が残ったといういじめ事件で、2025年3月3日に、県の調査会が報告書を公開した。
いわゆる再調査委員会が出した結論は、いじめはいじめ防止対策推進法の重大事態いじめに当たると認定し、いじめと自殺未遂となった件については「程度は不明だが、影響を及ぼした」とした。
報道によると、2014年5月に無視などのいじめ被害を受け、被害者は自殺を図った。高校は当初警察の捜査で原因が判明しなかったとしていたが、文部科学省から神奈川県を通じ、連絡を受けて、2016年に第三者委員会を設置した。2020年に神奈川県に提出した調査報告書では、いじめとの因果関係を否定したが、被害保護者が第三者委員会の調査には不備があるとして神奈川県に意見書を送り、2021年に調査会が発足した。
あまりに時間がかかりすぎた対応
さて、この事件、いじめ発生を2014年と考えると、いじめの認定やそれ自体の対応の問題などが正しく指摘されるまでに、実に11年間も経っていることがわかる。
さらに、第三者委員会が設置されるまでに2年かかり、不備のある大いに問題な結果が出るまでに発生から6年、再調査の調査会発足までに発生から7年もかかり、およそ11年掛かって結果を得ているが、あまりに時間が掛かり過ぎている。
この長期にわたって時間を要することが半ば常態化していることが私は大いに問題であると考えるのだ。
例えば、神戸市では18年間いじめ隠ぺい事件があった。湖西市でもいじめ隠ぺい事件があり、2023年に検証委員会を作ると市長が明言していながらさっさと退任し、2025年3月現在、未だに検証委員会の人選すらできていない。
高知県南国市では、岡林優空くんの水難事案についてのいじめ第三者委員会がおよそ5年放置し、2025年となってやっと再設置として始まったというのは本紙でも報告したばかりだが、重篤な事案が数年間放置されたり、その間に時間経過に伴う記憶の薄れや認定が難しくなることを狙うなど、極めて陰湿かつ姑息で卑怯な手段でのある種の隠ぺい工作が堂々と行われているとも言えるだろう。
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いじめ発生から3年程度の空白の時間を作る不正も容易に可能
冒頭の神奈川県の調査会は、調査報告書でこのように述べている。
とりわけ、私学の場合には、都道府県等が直接に命令や指導を行うことができないことから、一つ一つの手続きをゆっくりと進める、提出を求められた資料の提供等に当たり、使用目的等に関する質問を繰り返したり、質問に対する回答の内容の検討に時間をかけたり、使用に当たって条件付けを行ったりする等の行為だけでも、数ヶ月から1年以上遅らせることは可能である。また、第三者委員会の構成を学校中心のものとするなどし、委員会の開催間隔を空けることで、やはり数ヶ月から1年以上遅らせることは可能である。さらに、本事案のように、実質的な調査を終えていながら公表までに数年間の空白期間を持たせるならば、合計で3年間以上遅らせることなど、容易にできてしまう。
つまり、小学校4年生以上の事案であるなら、関係児童生徒が全て卒業した後、また関係職員の多くも異動した後に報告書を公表することにより、再調査が認められたとしても関係者に直接に聞き取りを行うことは困難な状況を作りだすことができる。そうした恣意的な運用が行われないためにも、学校関係者はもとより、行政関係者や保護者等も含めて、法に対する理解を深め、恣意的な遅延を監視できるようになることが求められる。また、確たる理由のない遅延に対する罰則等も求められよう。
簡単に要約すれば、公の手続きなどを含め、いじめ防止対策推進法では私学は学校法人などの学校の設置者が第三者委員会を形成するから、そうした期間を含めれば、いじめ発生から容易に3年間程度の空白の時間を作ることができるという不正が出来てしまう。
こうした期間は、再調査をするにあたって、極めて調査困難な環境をつくることに繋がってしまう。論理的必然性がない遅滞を監視する制度を設け、確たる理由がない遅滞には法改正をして罰則を設ける必要がある。
神奈川県のホームページに、この調査会の報告書は公表版が掲載されているが、それを読めば、私立校を担当する県の部署が、被害側に「第三者委員会の間はマスコミとかそういうところには全く出ないでくださいよ」と言われた。「それがわかったらもうこれはやめます、やりません」と発言したと被害側がから報告があったとし、「無視ぐらいで」などと不適切な発言を被害側に浴びせたとあり、当の担当者は記憶にないと言ったと記載されているが、県設置の調査会が報告書に記載するというのは、その実、「あー、こいつ言ったな─」という心証が形成されたことを意味する。
また、報告書には、「文部科学省のいじめの重大事態の調査ガイドライン」をよく読むことや「いじめ防止対策推進法」をきちんと理解することが複数回書かれていることから、学校も学校法人も、さらにはそこを統括する県の担当部署も、理解が足りないことも指摘されていると言えよう。そして、最終的に、「罰則なども求められよう」と示したことは、罰則を設けないと、調査会をしようが裁判をしようが、この教育機関全体は、まともに対策をしようともしないし、法律すら守ろうとはしないという強く抗議ではないかとも受け取ることができる。
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努力義務しか課されない極めて甘いいじめ防止対策推進法
少し話は変わるが、私の本業は探偵である。この探偵は「探偵の業務の適正化に関する法律」という法令がある。各業にある業法の1つで、消費者被害が未だに多い探偵業を規制し監督庁が業務や業者の実態を把握するための規制法であり、罰則も業務停止などの処分もある厳しい法で、「探偵業法」と呼ばれている。私は、この議員立法である探偵業法を作った面々から、どういう経緯で作ったのか?など詳しい話を直接聞いているが、とても印象に残ったのは、最大の業界団体理事らと彼らが面談したときの話だ。
団体理事らは業法ができることで、業種としての方の裏付けが欲しかったと同時に資格試験を作って、天下りを引き受けて自分たちはなり上がる心づもりがあったそうだ。一方で、立法側と警察サイドは、業法がない段階では業者の数も不明瞭で、年間1,000件以上の消費者被害が起きて、やりたい放題になっている現状打破のために、業界団体としてどう対策をしようと思っているのかなど問題解決のために面談を設けた。
しかし、探偵業の団体理事らは、警察幹部らとの面談の際に、コーヒーカップとソーサーの間にお札を挟んで出してきたという。
議員立法の中心ともなった現在国会議員、当時は確か警察官僚だった方は、その体験を私にこう語った。
「こいつらダメだ。根っこから腐ってやがる。と思ったね」
実際、平成19年から始まった探偵業法によって、それ以前は5万社あると言われていた探偵業者は、5,000事業所程度であるとわかり、暴力団関係者なども複数いたことがわかっている。まあ、私はそうした事業者に監禁されたりしたから、よくわかっているし、当時の団体の偉い人たちが、私が業界改善のために必死で駆け回っていた時、慰安旅行にコンパニオンを何人呼ぶかで喧嘩をしていたことも知っているから、生き証人としてだいたい起きていたことは知っている。
さて、これは探偵業界の一例だ。
何が言いたいのかいえば、民間事業における業法ならば、懲役刑付きの罰則や事業廃止などの処分と言った厳しい規制がありきであって、努力義務しかないいじめ防止対策推進法はそうした面では、極めて甘いということだ。
さすがに、教育関係の人らが、馬鹿丸出しで、コーヒーカップとソーサーの間にお札を入れてくるとは思えないが、政治に関しては一種の票田となっていたり、出身の立法側の議員も多く、世間ではよく知られていない任意の団体が多数存在し、資金源ともなっているような環境がすでにできていることから、立法側、官庁側に働きかけることは、テクニカルにできるだろう。が、やっていることは馬鹿丸出しの、コーヒーカップとソーサーの間にお札を挟むと同じである。
世間一般は知らないだろうとタカをくくっているかもしれないが、世間一般は馬鹿ではない。オールドメディアが衰退し、多くの発信の機会がある現代においては、想像より早くメッキがはがれているのだ。
そうした中で、いじめ問題の被害当事者になったり、被害者となった、その支援をしたことがあるなど良識ある経験者は皆前述の立法議員と同様の感想もっている。
神奈川県の再調査をやった調査会も同様だろう。
「こいつらダメだ。根っこから腐ってやがる」
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どの面から考えても「いじめ対策途上国」でしかない日本
法改正を速やかに行い、隠ぺいをした学校は酷い場合は閉校処分、私学は補助金助成金の減額や停止と事実公表、恣意的に対応期間を延ばすなどの工作があったときは、懲役刑を含め少なからず前科となる罰金刑が妥当だろう。いじめ加害者は、更生施設や更生プログラムを受けるほか、強制転校処分なども良いだろう。
これらは、諸外国では、すでに運用されていることばかりだ。教育関係者や御用いじめ問題の専門家の面々は日本のいじめ対策がよくやっているとか日本は先進国だと思っているようだが、実際、日本はどう考えても、どの面から考察しても、いじめ対策途上国である。
いじめの認知数を減らすために、定義を改悪しようと動いている専門家が実は多くいることも、もう気が付いている人が増え始めている。さらにそれが誰かまで情報が出始めている。その中には長いものには巻かれろ、こっちについた方が目先の利益があると尻尾を振った乞食根性丸出しの者もいようが、冷静に考えてみて欲しい。世の流れは強き者、争いに勝った者が作るという見せかけの流れから、真がある方へ変化してきている。彼らが何となく不安がるのは、普遍的無意識がその世の流れの変化を察知しているからに他ならない。
まずは現状を、よく受け止め、いじめ対策先進国を目指さないとならないだろう。
見本は既に世界中にあるのだ。
膨れ上がる「重大事態いじめ」に歯止めがきかない要因
私の父は「仏の阿部ちゃん」と呼ばれていて、義理人情に厚い結構好い加減な人でした。すでに亡くなりましたが、よく覚えているのは、バレンタインチョコを大量にもらってきていたことで、お返しを買うのに付き合っていたことです。ハイカラで手ごろなお返しをしたかったみたいです。
おっさんになってもモテモテというか、慕われていました。
そのオヤジが、私によくこんなふうに言っていました。
「ひろ、いいか、みんな誰かの大事な娘さん息子さんであり、大事なお母ちゃんでありお父ちゃん、誰かの家族であり、欠かせない人なんだな、そう思うと、すごく大事な人に思えてくるだろ。独り身だって、人間は赤ちゃんだと一人では生きていけない、だから、誰かの世話になって、その世話っていうのはな、普通じゃできない、大変なことなんだぞ。なのに、お前は…」
この言葉の当時、ナイフのように尖っていた私への苦言が続きますが、人との対応の基本中の基本を親父なりの言葉で教えてくれていたのだと思います。
冒頭で取り上げた神奈川県の私学の問題でも、当事者は記憶にないとしていますが、「無視くらいで」とか「マスコミには…」などの不適切発言は、きっと、必死になっている被害保護者を何か面倒くさい人みたいに思っての言葉でしょう。似た事例は腐るほど聞いていますし、対応事案では同席もすることも多いので私自身も体験しています。
ご遺族に説明の時間が長いとわざわざメールで文句を言ってくる元高級官僚もいるくらいです。
だからこそ、各ガイドラインには冒頭文や下線などを入れて、「寄り添い」が大事だと書いてあるのです。確かに、被害を訴える被害保護者は、いじめの被害当事者ではありませんが、自分の大事な家族が不当な被害を受け、それで酷く苦しむ姿を見ています。魂では、同様に傷つき苦しんでいるのです。
もしも、担当者自身が、同じ立場であったらどうでしょう。何よりも大事な人が苦しんでいたら、どう思うでしょう。事務的に、機械のように対応することが正しいのでしょうか?必死になる姿を滑稽だと同僚と盛り上がり、家族の問題と決めつけたら安心できるのでしょうか。
私はそういう人でなしの対応と結果が、未だに続くいじめ発生件数の最大化や膨れ上がる重大事態いじめに歯止めがきかない大きな要因になっていると思います。
まずは、人となれ。話はそこからかもしれません。
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