あらゆる紛争の早期解決を掲げるも、現在のところ大きな成果を挙げられていないと言っても過言ではないトランプ大統領。明らかに成果を焦っているように見受けられるトランプ氏と紛争当事国は、今後どのような動きを見せるのでしょうか。今回のメルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』では元国連紛争調停官の島田さんが、ウクライナとガザの停戦調停の現在地と関係各国の思惑を解説。その上で、自らが身を置く国際的な調停グループがアメリカの責任で陥っている「懸念すべき状況」を記しています。
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/メルマガ原題:功を急ぐ焦りのトランプ外交がもたらす戦争の拡大の足音
第3次世界大戦という最悪の結果も。功を急ぐトランプ外交がもたらすもの
「これではだめだ。うまくいくはずがない」
「アメリカ政府とウクライナ政府の高官がサウジアラビア王国の南部ジッダに集い、8時間を超える協議の末、30日間の停戦に向けた提案に合意した」という情報が入ってきた際、一瞬、希望を持ちかけましたが、この協議の場にロシアが“まだ”入っておらず、そしてロシア軍の優勢が各地で鮮明になっている“ロシア有利”の状況で、ロシアがまじめに乗ってくるインセンティブが欠如していると感じて発した言葉です。
そして、イスラエルとハマスの間の停戦合意の実施の第1段階がまだ完遂されず、恒久的な停戦を巡る交渉のための基盤整理も全く進展していない中、トランプ大統領がSNSを通じてハマスに一方的な最後通牒を突き付け、イスラエルにガザ再攻撃への青信号を出したと解されたため、あまり報じられていませんが、イスラエル軍は即時攻撃態勢に入り、ハマスもどこからともなく再び各地に現れて、
いつ戦争が再発するか予断を許さない状況が表出しています。
その報と分析を受け、同じく「これはだめだ。うまくいくはずがない」とつぶやいてしまいました。
一体何が起きているのでしょうか?
ロシア・ウクライナ間の停戦協議。イスラエルとハマスの停戦合意の継続と恒久的な停戦に向けた折衝。イスラエルとレバノンとの間で結ばれた“停戦合意”。
そのすべてに共通するのが【アメリカが提案した停戦合意である】という点です。
まずウクライナ戦争についての停戦合意の“提案”ですが、これはトランプ大統領が就任前から公言していた【ロシア・ウクライナ戦争の終結】に向けたアメリカ政府(トランプ政権)のイニシアティブとも言い換えることができるでしょう。
2月のミュンヘン安全保障会議の機会に、まず米ロの外交関係者が協議を行い、米ロ2国間で話し合いが進められていくベースが作られました。その場に当事者であるウクライナが呼ばれなかったのは、あらかじめ予想はしていたものの、その後、サウジアラビア王国の仲介で米ロ間の話し合いがスタートし、ウクライナを置き去りにしたことは、さすがに驚きました。
米ロ間での継続協議、そして近日中に米ロ首脳会談を行う旨、発表されましたが、その協議から出てきた“合意”内容はかなりロシア寄りの提案であり、ウクライナのNATOへの加盟の凍結や、明言こそしないものの、すでにロシアが一方的に編入を宣言したウクライナ東南部4州とクリミア半島の“ロシアによる”領有をアメリカが認めるかのような要素が並べられていました(ロシア政府の担当者によると、この米ロ間の“合意内容”がプーチン大統領に上げられ、ロシア政府が検討している内容とのこと)。
トランプがウクライナの弱みに付け込み受け入れさせたディール
その後、アメリカ政府とウクライナ政府の協議が始まりましたが、その中身と協議の形態から受けた印象では、【アメリカ政府がロシア政府と話し合った内容をウクライナに受け入れさせる】というように見え、どこかウクライナを見下したようなニュアンスが込められているように感じます。
ホワイトハウスでのトランプ大統領とゼレンスキー大統領との首脳会談時の茶番劇の顛末もそうですし、一方的にウクライナのレアアースの権益の半分をアメリカに譲渡し、これまでアメリカ政府がウクライナに支援してきた“もの”を取り戻すという、ハチャメチャなディールを、ウクライナの弱みに付け込んで受け入れさせ、表面的に【迅速な戦闘終結を成し遂げた】という張りぼての成果を急いだ感が透けて見えます。
それをゼレンスキー大統領が拒否すると、強硬姿勢に出て、ウクライナへの武器供与を一時停止し、ウクライナ軍への情報提供も停止して圧力をかけ、そして今週、【30日間の包括的停戦に向けた提案】を、ウクライナ側が再三求めてきた“安全保障の確約”を提供することなく、ウクライナ政府に合意させるという荒業に出ました。おまけに“あの”レアアースの権益をアメリカに譲るという協議を再開するという言質までウクライナ側から取りました。
ウクライナ交渉団の“成果”または“踏ん張り”としては「ロシア側の受け入れを以て、この提案の実施が開始される」という文言を入れたことかと思いますが、ロシアがこれを受け入れる可能性は極めて低いと考えます。
その理由の一つは、先述の通り、ロシア側が考慮しているのは、米ロ間で行われた協議の中身であり、ロシア抜きで築き上げられた今回の“停戦案”ではないことが挙げられます。
ロシア政府のペスコフ大統領報道官は「提案の内容は精査したうえで、どのように扱うかを決める」と言っていますが、実際には、先日米ロ間で話し合った内容を精査している段階で、ロシアが提案内容に関与しない新しい“もの”が突き付けられ、ロシアとしてはまともに扱う気がないというように理解することができると考えます。
またアメリカ側から返答期限を突き付けられていないこともあり、個人的には返答をしないか、引き延ばして、時間稼ぎを行うものと見ています。
実際にこの“提案”が発表された後も、ロシアによるウクライナに対する攻撃は激化し、先にミサイルで攻撃したところを再度爆撃するという、念には念を入れた破壊を繰り返して、軍事的な優勢を固定化する動きを加速させています。
そして2つ目の理由は、この動きにも繋がりますが、今回の提案の受け入れは、一旦停戦してその間に戦力の再調整を行うための時間稼ぎができるという利点があるように見えますが、提案を受け入れた場合、プーチン大統領が重視する【ウクライナに一時奪われたロシア・クルスク州の全面的な奪還】を困難にするという欠点があるため、早期の提案の受け入れはしないと考えられることです。
提案を受け入れるか、受け入れるそぶりを見せる代わりに、ロシアは一気に攻勢を強め、クルスク州の奪還を図り、同時にミサイルなどを用いてウクライナにさらなる悲劇をもたらし、内からゼレンスキー政権を転覆させ、ウクライナ側から戦争を止めさせるように圧力をかけることを画策しているように見えます。
この記事の著者・島田久仁彦さんのメルマガ
トランプの「脅し」を深刻にとらえていないプーチン
そして3つ目の理由は、トランプ大統領が受け入れを迫る際に用いる関税措置やさらなる経済制裁の実施という“脅し”をロシアが深刻にとらえていないことが挙げられます。
欧米諸国による経済制裁は、全く機能していないとまではいいませんが、抜け穴は多く、中国やインド、グローバルサウスの国々などがロシアとの貿易を続けていることと、中国・インドがロシアから原油・天然ガスを大量に買い付けていることと、実利主義の典型ともいえるトルコがロシアとの交易を実施しているため、実はロシア国民はあまり不自由を感じていないというデータもあるため、今回の脅しもまともには捉えられていないと思われます。
さらに関税措置絡みでは、ロシアによるウクライナ侵攻以降、米ロ間の直接貿易は規模としては減っているものの、ロシアがアメリカ産のものを必要としない半面、アメリカの産業が必要とするものをロシアが相変わらず握っているという実情から、無計画な関税措置の乱発は、逆にアメリカの産業の首を絞めるのではないかという分析があるため、これもまた脅しが通用しないことが分かります。
メディアでは“30日間の停戦に向けた提案”をウクライナが受け入れ、ボールはロシア側にあるという状況を歓迎し、EUのフォンデアライデン委員長も「大きな前進」と評価していますが、ロシアには合意を急ぐ理由が乏しく、恐らくお得意の時間稼ぎが行われ、のらりくらりと圧力をかわしつつ、北朝鮮やイランからの武器供与を受け、国内でも軍備の再増強を行って、ウクライナに対する攻撃を強めることで、違った意味でボールを投げ返し、ウクライナに対してというよりは、アメリカに対して「停戦が欲しければ、ロシアの条件を受け入れよ」という圧力をかけ、停戦合意という成果を急ぐトランプ大統領の足元を見るような行動に出るものと思われます。
協議と並行して、アメリカ不参加の中、NATO諸国がウクライナ戦後復興のための会議をパリで行っていますが、果たしてそこで決められた内容を実施できる日が来るかどうかは不透明と言わざるを得ません。
今後の進展が期待できない状況に陥っているガザの停戦
次にガザ地区およびレバノン情勢を巡る駆け引きを見てましょう。
トランプ大統領の信頼が厚いウィトコフ氏が中東問題特使として和平を模索していますが、こちらもまた状況は芳しくありません。
トランプ大統領の再登場は、確かにイスラエルと中東諸国に“停戦”を促す初期効果を生み出しましたが、極端なイスラエル寄りの姿勢を保ちつつ、停戦に向けた提案を書き上げるという矛盾を押し通す姿勢は、中東地域、特にガザ地区とレバノンに安定をもたらすよりは、不透明性が生み出すさらなる緊張と、新しい戦争の火種を作っているように見えます。
ガザにおけるイスラエルとハマスの停戦については、第1段階の途中までは紆余曲折ありつつもうまく進んでいるような印象を受けましたが、その終盤には人質交換がスムーズに行われず、双方が攻撃再開のポーズを示し始めたことで、期限の3月1日までに合意内容の完遂は行われず、その後、第1段階の延長については明確な合意がないまま、惰性で延長されているように見受けられます。
その第1段階の停滞を受け、恒久的な停戦に向けての協議もストップしており、今後の進展が期待できない状況に陥っています。
ウィトコフ氏は、イスラエル、ハマスの代表、カタール政府、エジプト政府、そしてサウジアラビア王国などと繰り返し協議し、落としどころを探っていますが、その合間にトランプ大統領がとんでもないことを発言するため、まとまりかけた協議もまた空中分解するという事態に悩まされているようです。
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まともな状態での交渉が行われていないという現状
また協議の裏で進められるイスラエル政府によるヨルダン川西岸でのユダヤ人入植の拡大と、パレスチナ人との衝突が激化しており、国際社会の目がガザに向けられている間に、イスラエルはじわりじわりとパレスチナそのものの壊滅に勤しんでいるようにも見えるため、まともな状態での交渉が行われていないのも現状です。
トランプ大統領がハマスに対して一方的な最後通牒や、ガザ地区をアメリカが所有し、パレスチナ人を恒久的に周辺国に移住させるという奇妙な案は、静観を決め込んでいたアラブ諸国の目を覚まし、アラブ諸国主体の行動をとらせることにつながったものの、イスラエルは、極端にイスラエル寄りのトランプ政権のアメリカの影に隠れてまともに話し合いに加わらず、アメリカもまた、アラブ諸国との協議に真剣に臨んでいない様子が鮮明になっていて、解決の糸口が見えてこない事態に迷い込んでいるように見えます。
その影響はヒズボラの影響力低下を狙うイスラエルとレバノン政府の間で結ばれた停戦合意の実効性にも暗い影を落としています。
こちらもアメリカと旧宗主国のフランスが仲介して停戦合意を成し遂げましたが、3月1日の期限を以てイスラエル軍が撤退するという約束が反故にされたことで、レバノンとイスラエルの間に軍事的な緊張が高まっています。
問題は仲介したフランスは実質的に、停戦監視の役割をまともに果たせておらず、アメリカについては、ここでもイスラエルの代弁者であるかのように振舞い、イスラエル軍が緩衝地(レバノン南部)に駐留し続けることに対して圧力をかけず、実質的に後押ししていることで、国内でのヒズボラの復活を後押ししそうな感じです。
レバノン国会は、ヒズボラに厳しい姿勢を取る元国軍司令官のジョセフ・アウン氏を大統領に選出して、ヒズボラの影響力を削ぐ姿勢を示して、イスラエルとの停戦合意の完遂とイスラエルとの軍事的な緊張の緩和および撤廃に動こうとしていますが、その呼びかけにイスラエル側が真剣に答えていないというのが、どうもレバノン国内の反応で、その緊張の高まりが、弱体化させたヒズボラの復権を願う勢力を勢いづけ、レバノンの国内情勢もまた緊迫化し始めたという情報が入っています。
ここでも停戦合意をお膳立てしてみたものの、実質的な合意の監視は不発に終わっているアメリカの中途半端な対応が、さらなる緊張を生むという悪循環の例が見受けられるように思います。
そして中東地域での戦火の拡大を予想させる事態が、隣国シリアで深刻化し始めています。
アサド政権を打倒し、新生シリアを誕生させるプロセスが始まったかと思っていましたが、今週になって旧体制派(アサド派)がシリアの各地方で武装蜂起をはじめ、国内がまた収拾のつかない非常にfragileな状況に陥っています。
このfragileな国内情勢が、周辺国に介入の機会を与え、特にトルコとイスラエルの水面下での争いが激化してきています。
トルコにとっては、予てより、憎きクルド人勢力排除のためという名目でシリアへの攻撃を正当化していますし、イスラエルに至っては、長年の係争地であるゴラン高原にイスラエル軍を駐留させて実効支配を強め、新生シリアに対してプレッシャーをかけ続けていますが、そのような際に旧体制派の勢いが盛り返してきていることで、再度、シリアは内戦状態に陥り、その混乱に紛れて、イスラエルとトルコがシリアに対する領土欲と影響力の拡大を画策しているようです。
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緊張の拡大と新たな戦争の火種を作り出しかねないトランプ外交
ここで注目すべきは、この懸念すべき事態に対して、アメリカがほぼ無反応である点です。
これまで中東地域に“も”停戦と和平をもたらすことを宣言してきたトランプ大統領ですが、どうも経済的な圧力と軍事力の見せつけ、そしてイスラエルを利用することで、安易にそれが達成できるかのように思い込んでいるようで、合意の中身についてはあまり関心がないように思われます。
合意が長続きするかどうかにあまり関心がなく、あくまでも合意ができればいいというのが、トランプ大統領の望む姿なのであれば、彼が叫ぶ“停戦の実現”は建前だけの全く実を伴わない中身のないものであり、それは長期的な和平につながるどころか、逆に混乱を拡大し、紛争の火種を再度起こすか新たに作り出すかという、非常にネガティブな結果を導き出すようにしか思えません。
今、はっきりと見えているのは、トランプ大統領と政権が成果を急ぎすぎ、焦って中身を精査しないまま突き進む無茶な姿ですが、各国はそれを重々承知で、紛争の当事国は、ウクライナという例外を除き、合意を急がず、のらりくらりとアメリカからの圧力をかわしつつ、自国・自陣にとってできるだけ有利な状況を作り出させようと動いているように見えます。
今週に入って、内戦のみならず、隣国ルワンダからの軍事的な圧力に苛まれているコンゴ民主共和国が、アメリカ政府に対して軍事支援の要請の見返りに、豊富なレアアース(特にコバルト)の提供を申し出ているというニュースが明らかになりましたが(恐らく、ウクライナに関わるディールから学んだのでしょうか)、明らかにアメリカをアフリカに引き込み、自国にとって有利な状況を作り出そうという企てが目に見え、それがまたさらなる混乱と緊張を生み出すという悪循環が加速するように見えてきます(ちなみに、ルワンダはこれに対して、中国とロシアを引き込み、ここでもまた代理戦争が勃発しそうです)。
トランプ大統領の登場で、もしかしたらかなり複雑化して解決の糸口が見えてこない複数の紛争を一気に解決できる魔法が生まれるのではないかと期待してみたのですが、外交のプロを排し、Yesマンばかりで固めて自身の考えを押し付けるスタイルで行う“外交”は、緊張の緩和ではなく、緊張の拡大と新たな戦争の火種を作り出すという恐ろしい状況を生み出しているように見えてきました。
もしかしたら就任から100日が過ぎれば少しは大人しくなるといいのですが、恐らく「うまくいかないのは、他国が悪いのだ」という責任転嫁が始まって一気にアメリカが手を退くというような状況になって、それがまた「かき回すだけかき回して、後片付けは他国に押し付ける」アメリカお得意の大失敗を繰り返すことにつながるような気がしてなりません。
このような非常に複雑に絡み合った混乱時にこそ、国際的な調停グループが能力を発揮しないといけない時なのですが、アメリカ政府から協力を拒まれ、特にウクライナ案件には関わらないようにとのお達しが来ており、それに反発する欧州各国という変な争いに巻き込まれつつあり、非常に懸念すべき状況に陥っています。
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「あらゆる紛争調停に横槍を入れるアメリカ」という大きな懸念
当事国からの依頼があれば即応できる体制を整えるのが調停グループの役割であり、“当事国”からは調停努力の強化が依頼されているのですが、当事国ではないはずのアメリカが今、それらの調停に横やりを入れてきている状態です。
ウクライナ、ガザ、ヨルダン川西岸地域、レバノン、シリア、コンゴ民主主義人民共和国、ルワンダ、ミャンマー……。
いろいろな案件がそれぞれに深刻化する中、それらの解決を阻むのが軍事力・経済力共に世界一位の国であることは、今後の世界を考えるにあたり、大きな障壁・懸念材料になるとともに、トランプ大統領が自ら就任演説で述べた“第三次世界大戦を防ぐ”代わりに、自らが第三次世界大戦のきっかけを作りかねない状況を作っていることに気付き、そっと反省したうえで、自らのレガシーづくりで結構なので、他国を上手に巻き込み、協力し合って緊張緩和のための努力の中心になっていただければと、切に願います。
いろいろな思いが交錯し、とりとめのない内容になったかもしれません。
以上、今週の国際情勢の裏側のコラムでした。
(メルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』2025年3月14日号より一部抜粋。全文をお読みになりたい方は初月無料のお試し購読をご登録下さい)
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