大統領に返り咲いたトランプ氏が設置し、イーロン・マスク氏が率いる政府効率化省(DOGE)。そんなDOGEがさっそく打ち出した政府機関であるUSAID(アメリカ国際開発局)の事業見直しは、日本国内でも大きく報じられました。今回のメルマガ『富坂聰の「目からうろこの中国解説」』では著者の富坂聰さんが、USAIDの大幅な事業縮小騒動で期せずして明らかになったアメリカの対中工作の実態を詳しく紹介。その上で、米国の資金援助を受けた組織が発信する情報を垂れ流してきた日本メディアに対しては、極めて厳しい目を向けています。
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/原題:カネをもらって反中工作の研究所 トランプ2.0で価値を問われる日本メディア
アメリカが現した馬脚。「トランプ2.0」で価値を問われる日本メディア
第2次トランプ政権(トランプ2.0)に世界が振り回されている。ホワイトハウスが矢継ぎ早に繰り出す関税や対外政策の波に、関係国は木の葉のように揺れ続けている。
ウクライナを容赦なく切り捨てようとしたトランプ政権の動きに同盟・友好国は震えたが、その理屈は意外にシンプルだ。
アメリカ・ファーストの神髄は「国内重視」であり、「国内」とは即ち「経済」だ。経済重視ならば「ムダ」は敵だ。
ドナルド・トランプが勝てる見込みの薄い戦争でウクライナを支援し続けることを「ムダ」と考えていることは、ゼレンスキー大統領との口論直後、ホワイトハウスが出したアーティクルズを読めば明らかだ。
そして「ムダ」を切り落とす大鉈が向けられるのは海外ばかりではない。
アメリカ連邦政府の「ムダ」にも大胆にメスを入れようとしている。
トランプが連邦政府を目の敵にする理由として、当初は私怨という指摘が目立った。連邦捜査局(FBI)や中央情報局(CIA)が自らを追い詰め「犯罪者に仕立て上げようとした」ことを根に持っていると考えられたからだ。
だが、私怨か否かはさておき、トランプ政権はすでに「ムダの排除」を旗頭に連邦政府の予算と人員の削減に踏み出している。
政府効率化部門の陣頭指揮を執るのは実業家で大富豪のイーロン・マスクだ。そして、マスクが最初に槍玉に挙げたのがアメリカ政府の主要な対外援助機関、国際開発局(USAID)だ。
世界60カ国以上に拠点を持つUSAIDは、世界各地で人道支援事業を行うという目的で1960年代初頭に設立された。職員約1万人、その3分の2が国外で働いている。
早速、USAIDは蜂の巣をつついたような騒ぎに包まれたが、実は、アメリカ以上にパニックに陥ったのが国外だった。
悲鳴を上げたのは人道援助を断たれた紛争地や発展途上国にとどまらない。
興味深かったのは世界各地で活動するNGOやシンクタンクからも怨嗟の声が上がったことだ。
こうしたUSAIDや全米民主主義基金(NED)を通じ資金を受けていたNGOなどの組織の反応にスポットライトを当てたのは、米紙『ウォール・ストリート・ジャーナル』(WSJ)(2月27日)だった。
タイトルは、「米国の対外援助停止が中国への監視をさらに厳しくしている」だ。
記事では、アメリカ政府からの援助が途絶えれば、世界各国で中国の情報を収集している組織の活動がストップし、ひいてはトランプ政権の対中政策にも影響が及ぶと警告を発している。
これは言うまでもなくアメリカ側の視点であり、中国からすれば「アメリカが馬脚を現した」となるのだろう。
この記事の著者・富坂聰さんのメルマガ
西側世界から陰謀論のように扱われてきた中国政府の主張
中国はかねてから香港の民主化デモや新疆ウイグル自治区の強制労働疑惑がターゲットにされるたび、「裏にはアメリカの策動がある」と反論し続けてきた。アメリカの息のかかった組織が暗躍し、騒ぎを起こしたり問題をでっちあげている、と。
ただ、そうした主張はこれまで西側世界では陰謀論のように扱われ、一顧だにされてこなかった。
しかし今回、トランプ政権がいみじくも自ら対中工作の実態を白日の下にさらしてしまったのだ。
こう書くと日本人の多くは「人道援助の裏側で……」と驚くかもしれないが、援助とはそもそも安全保障の一つの手段に過ぎない。歴史的にも学問的にも、安全の確保が目的である。
今回はただ、金の切れ目が従来は隠されていた「暗黙の了解」を表に出してしまっただけのことだ。
実際、記事中で名指しされたオーストラリア戦略政策研究所(ASPI)の存在などは、中国を見てきた者には「いまさら」感が拭えない。
キャンベラを拠点とするシンクタンク、ASPIは、中国がウイグル自治区で強制同化プログラムを行っているとする問題を喧伝してきた最右翼の一つだ。
ASPIの発信をBBCなど欧米メディアが報じ、その下請けとして日本のメディアが追従するパターンで中国批判が形成される。
WSJによれば、ASPIは「アメリカ側が資金の提供を停止したことにより、『サイバーセキュリティとテクノロジー問題に焦点を当てた中国関連の研究およびデータプロジェクト(約120万ドル相当)の作業を中止することになった』と述べた」という。
アメリカから資金提供を受けながら中国に不利な情報をせっせと発信し続けてきた研究所が、資金を提供しないなら「仕事をしない」と宣言したという話だ。
定例会見でこのことを問われた中国外交部の毛寧報道官は、「背後の『金主』のため中国関連のウソを大量にでっち上げるいわゆる『研究成果』は基本的な事実根拠にも欠け、すでに何度も虚偽情報であることが証明されている」と、こき下ろした。
感情的な反応のようだが、この指摘は間違っていない。
ASPIは、米国務省から資金を得て反中世論形成を行ったとオーストラリア議会でも問題視された研究所だからだ。
しかもASPIがかつてウイグルの「秘密再教育キャンプ」と発表した施設の90%以上が、実は学校や病院であったことが明らかになっている。
中国政府が写真を付けて論破したからだが、それに対するASPIの再反論は現在に至るまで何も出ていないのだ。
そして残念なことは、日本のメディアの多くが、ASPIなどアメリカの資金援助を得ているNGOや研究所が発信する「成果」を無批判に垂れ流し続けていることだ。
悪意なのか無能なのかは分からない。しかし、こんな簡単な事実確認さえできないのであれば、そんな報道機関がいるのだろうか、存在意義が問われることになるのだろう。
(『富坂聰の「目からうろこの中国解説」』2025年3月16日号より。ご興味をお持ちの方はこの機会に初月無料のお試し購読をご登録ください)
この記事の著者・富坂聰さんのメルマガ
image by: bella1105 / Shutterstock.com