アメリカの仲介による停戦合意がなされたものの、依然として武力の応酬が続くインドとパキスタンの衝突。核保有国同士の諍いはわずかなきっかけで人類滅亡の危機を招きかねませんが、国際社会は有効な手立てを打てないままでいるのが現状です。今回のメルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』では元国連紛争調停官の島田さんが、印パ衝突を始めとする各地の紛争の解決を阻んでいる要因を解説。その上で、対立の当事者と市民を無視する欧米諸国の姿勢を強く批判しています。
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/メルマガ原題:終わらない戦争たち─エゴと歴史的対立が阻む恒久的平和への希望
なぜ世界の紛争は終わらないのか─エゴと歴史的対立が阻む恒久的平和への希望
「アメリカ合衆国に見捨てられたら生きてはいけない」
これはちょっと前までの国際情勢においては、暗黙のルールでした。ただこれはもう現実とは言えないのが現在の状況です。
ロシアによるウクライナ侵攻が行われた2022年2月24日以降、アメリカのバイデン政権が呼びかけた対ロ経済制裁に端を発したロシア包囲網は、欧州各国や日本、カナダ、豪州などの“同盟国”を巻き込むことは出来ましたが、世界第1位か2位の経済規模を誇る中国も成長著しく、すでに国際経済網の中で無視できない存在になっていたインドも、グローバルサウスにカウントされる多くの途上国も、そして中東の国々も、その対ロ包囲網の輪には加わらず、ロシアに対する経済制裁は穴だらけになり、それが戦時下でも国内経済は比較的順調なまま、戦争を継続できるロシアという状況を作り出しました。その背後には、アメリカのご機嫌取りに苦慮する国々の姿は見られませんでした。
4月に入ってトランプ関税が一斉に発動された際、世界中の株式市場と為替市場はパニック状態に陥りましたが、それでアメリカ・トランプ大統領にしっぽを振って言われるがまま従った国は、イスラエルなどの一部の例外を除いて存在せず、どの国もそれぞれの方法でアメリカの横暴に挑戦する姿が目立ちました。
アメリカ政府によって発動された関税に報復関税を被せて対抗し、英国などの一部の同盟国を除いては、まだアメリカとの交渉が続いています(特にアメリカの言いなりになりそうだとの前評判に晒された日本は、今のところ、がっぷり四つで交渉に臨んでいます)。
価値観を共有しているはずの“同盟国”に対しても関税措置を発動し、同盟国との間に溝を生じさせたことは、アメリカの強さを際立たせたのではなく、逆にアメリカがもう世界を牛耳る絶対的な存在でないことを明確にしたと言えます。
それはまたコロナ以降深刻化してきた世界の分断と多極化を加速させ、中ロを軸にした陣営を拡大し、独自の路線を模索する欧州を生み、アメリカなき太平洋の連携を強める結果になりましたし、アメリカの世界離れにより、その穴を中国とロシアに埋めさせるという事態を招きました。
先日、パネリストとして参加したある国際会議で目立った意見として「世界はもうアメリカを必要としない」というものが相次ぎましたが、100%賛同はしないものの、明らかなアメリカの影響力の低下と衰退を感じましたし、各国が抱く自国への自信と、“欧米と対等に渡り合える”という確信がみなぎっていることが分かりました。
とはいえ、まだアメリカの持つ影響力は、その軍事力はもちろん、圧倒的な経済力とその浸透力によって、世界中において強力なものであることは変わらないと考えますが、絶対的な影響力ではなくなっているというのも現実だと感じます。
しかし、ここにもやはり例外は存在します。
それはアメリカの支援とバックアップがないと国の存続が危ういウクライナとイスラエルです。
この記事の著者・島田久仁彦さんのメルマガ
トランプが「実質的な対パキスタン抑止力」を持たない裏事情
国もそうですが、そのリーダーであるゼレンスキー大統領とネタニエフ首相は、今、アメリカ合衆国、そしてトランプ大統領の後ろ盾がない、または保証されていない状況に陥ったらすぐに、周辺で手ぐすねを引いている捕食者(ロシアとアラブ諸国など)に食われてしまう恐れがあります。
実は同じことは“捕食者”と私が例えたロシア、そしてアラブ諸国にとっても言えるのかもしれません。アメリカ合衆国の、トランプ大統領の何らかの“支持と支援”が無ければ、困ったことになる可能性があります。
例外が存在するとしたら今、非常にfragileな停戦合意と停戦状況が、何とか国と人口が密集する地域における核戦争を破滅一歩手前で踏みとどまるインドとパキスタンくらいでしょう。
先週末にアメリカ政府の仲介で(かつてパウエル国務長官が行ったように)インドとパキスタンが相互に対する攻撃を停止することに合意しましたが、この停戦合意の落ち度は、アメリカによる後ろ盾や支援を全く頼りにしないものであること、安全の保障をアメリカが行うものではないことであり、アメリカ政府の意図がいかなるものであったとしても、戦争はインドとパキスタンという当事国の一存でいかようにもなり、それをアメリカは今、止める力も時間も、糸口も存在しないことだと考えます。
実際に停戦合意・一時的な戦闘停止が合意された後も、カシミール地方における停戦ラインを挟んで両国の攻撃が継続しているだけでなく、パキスタンがインドによる合意違反を指摘して、300~400機の無人ドローンによってインド国内の軍事施設約40か所を攻撃し、それなりの成果が出ています。
その背後には中国による対パキスタン軍事支援があり、中国製のJ10C戦闘機やPL15長距離空対空ミサイル、VT4戦車やMBT2000戦車などの実戦投入により、これまでインド優位とされてきた軍事力の差を一気に埋め、今回も戦果を収めているようです。
インドも決して黙ってはおらず、ついにモディ首相が核戦力の統制チームを即時対応可能なOn Alert状態に置くことを決め、ここにきて、インドとパキスタンという隣接する核保有国が一触即発の緊張状況に置かれています。
しかし、ここにアメリカの影響力、言い換えると抑止力は働いていないと思われ、有事の際にはアメリカが介入することはできないのが現状です。
今回、中国製のJ10C戦闘機はPL15長距離空対空ミサイルを用いて、インド空軍が実戦投入するフランス製のラファール戦闘機を撃墜していますし、トルコ製の無人ドローンはインドがロシアと共同開発した超高速弾道ミサイルであるブラモスの保管庫や、ロシア製のS400ミサイルを破壊したと言われ、パキスタンの背後には様々な国が関わり、この地域での緊張を高めることに一役買っています。
そしてあまり報じられませんが、アメリカ政府がウクライナに供与している15ミリ榴弾砲はパキスタン軍から提供されており、アメリカ国内での不足を補っているという観点から、今、アメリカ政府も、軍事産業の収益を維持しなくてはならない手前、パキスタンに対して強く出ることができない状況にあるため、実質的な対パキスタン抑止力もありません。
インドには、ウクライナ侵攻後の欧米による経済制裁逃れの道を作ったことも作用して、しっかりとロシアが付いており、ロシアがウクライナ戦線で投入しない兵器弾薬がインドに提供されているという情報もあるため、もしかしたらロシア・ウクライナ戦線よりもより危なっかしい安全保障状況が存在すると言ってもいいかもしれません。
印パ間の緊張の高まりについては、他の紛争に比べて、中心格の大国の不在ゆえに大きな懸念を抱いていますが、現時点では両国の我慢比べに託すしかないと言えるほど、効果的な解決策は見当たりません。
ウクライナ戦争の前線にやってくることはないアメリカ軍
“アメリカによる安全保障の確約の不在”は、紛争の解決をより難しいものにしています。
例えば、ロシアとウクライナの戦争については、これまでアメリカ政府が突出したレベルでウクライナに軍事支援を行うものの、あくまでも自衛的な目的に限るという但し書きが付き、アメリカの供与した武器弾薬がロシアの領土を襲うことが無いようにという大きな制約が国内からも課せられていることもあって、何らウクライナの安全保障と自決権の保証には貢献していないと見ています。
バイデン政権は徹底したプーチン大統領非難を行いましたが、トランプ大統領は手のひらを返したかのようにプーチン大統領を礼賛する姿勢を取りつつも、あくまでも口先の介入に留まり、一方的に停戦のための協議の実現を求めるだけで、プーチン大統領が動かざるを得ない事態を作り出せていないことが、戦争をより長引かせ、ロシアによる対ウクライナ侵攻をより深刻なものにしていると思われます。
実際に欧米諸国の支援を得ないまま行われたロシア領クルスク州への奇襲越境攻撃は、プーチン大統領に戦争継続と、ウクライナを壊滅させるための口実を与え、その攻撃の黒幕として欧米諸国が存在するという格好の言い訳をさせ、ロシア国内におけるプーチン支配を強めることに貢献してしまいました。
その後、実際にクルスク州奪還を旗印に戦いが激しさを待ち、そのmother land防衛と奪還のための戦いの裏で、ウクライナ東南部4州の完全な支配を目指す侵攻が強化され、結果的にロシアの軍事的優位がより明確なものになるという皮肉を生み出しました。
欧州各国のリーダーは、アメリカに広域欧州の覇権を奪われてたまるかと言わんばかりに景気のいい話をゼレンスキー大統領に提供し、時にはキーウに集合して、stand with Ukraineを演出してみるものの、実際にロシアと戦うための支援は届いておらず、何ら役に立っていません。
効果が期待されていることと言えば、アメリカの重い腰を挙げさせることと、トランプ大統領のあからさまなプーチン大統領への傾倒に釘をさすことぐらいでしょうが、口だけの介入はトランプ大統領に何らプレッシャーを与えていません。
そこで致し方なくアメリカが求める地下資源の権益を巡るディールを受け入れて、何とかアメリカ政府による軍事支援を繋ぎとめようとしていますが、アメリカ軍が前線にやってくることはなく、また有事の際にウクライナのためにアメリカがロシアを攻撃することは考えづらいという状況は、プーチン大統領に思い切った対ウクライナ攻勢を継続・強化させるチャンスを作り出しているように見えます。
ウクライナと、存在感がほぼない欧州各国の首脳は、一方的にロシアに対して12日から30日間の無条件での停戦を呼び掛け、プーチン大統領に受け入れるように求めたものの、戦況から見てプーチン大統領にそれを受け入れるインセンティブは存在しないばかりか、国民性として誰かに言われて「はいそうですか」ということを忌み嫌うロシアを逆に刺激することになりました。
その返しとして、突如、プーチン大統領が一方的に「15日にイスタンブールにおいて、ロシアとウクライナの直接協議を行う」と発表し、話し合いに応じる姿勢を明確にしつつ、しっかりと条件は明確に突きつけるという、ロシア流(旧ソ連流)交渉術を駆使して、ウクライナにプレッシャーをかけています。
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「目立ってなんぼ」のアメリカ政府が繰り返しかねない失敗
これに対してゼレンスキー大統領はプーチン大統領との直接協議を呼び掛けておりますが、開戦直後にゼレンスキー大統領は「プーチン大統領を交渉相手とはしない」という大統領令を通しており、焦りからか、それともただのパフォーマンスかは別にして、ここにきて大いなる自己矛盾を露呈し、見事にプーチン大統領にはスルーされるという情けない状況に陥っています。
プーチン大統領は一言も自らがイスタンブール入りするとは言っていませんし、ましてやゼレンスキー大統領がウクライナを代表するのは法的に正当性がないという議論を展開していることから、ゼレンスキー大統領との首脳会談が実現することは、ロシア優位の戦況が継続する限りはあり得ないと言わざるを得ないでしょう。
実際にロシアは呼びかけを無視し、メディンスキー大統領補佐官をヘッドに据え、そこに元駐日大使で現在外務次官の一人として旧ソ連諸国の対応の責任者を務めるガルージン氏が加わった布陣を取ることで、ウクライナをロシアと対等の位置に置かず、あくまでも属国的な扱いしかしていないことを匂わせているように感じます。
「交渉を行って合意を元に初めて停戦が行われる」という姿勢を崩さないロシアと、「まずは停戦して、その上で交渉すべき」とするウクライナと欧州各国の立場は根本的にずれており、恐らくイスタンブールでの直接協議は不発に終わるものと考えます。
そこにさらに水を差しそうなのが、“直接協議”と呼ばれているにもかかわらず、参加を表明して憚らないアメリカの姿勢です。
実際にイスタンブール入りするのは、アンタルヤでのNATO外相会議に出席するルビオ国務長官ですが、プーチン大統領が15日の直接協議を提案した際には、トランプ大統領自身の「求められれば参加する」と、まるで当事者であるかのように振舞い、見事にロシア側にスルーされるという扱いを受けています。
今回、協議においてアメリカが参加することをロシアが受け入れるかどうかという点も不透明ですが、“直接協議”においてアメリカが何らかの口出しをし、かつロシアを非難するようなことがあれば一気に仲介者としてのステータスを失い、“停戦”の糸口ときっかけを完全に失う危険性があります。
「目立ってなんぼのアメリカ政府」ですから、恐らくその失敗の轍を踏むのではないかと感じています。
(中略)
調停グループ内の専門家のみならず、いろいろと意見交換する戦略担当の皆さんも、もし今後、核戦争が起きる場合には、それはイスラエルを巻き込んだ中東発か、インドとパキスタンという核保有国同士の戦争になり、それが終わりなき第3次世界大戦に発展するというシナリオが現実になるのではないかと主張するケースが増えてきています。
この最悪の事態に対する懸念が高まり、確度が高まっていると感じる背景にあるのは、戦争の解決や緊張の緩和というglobal causeよりも自身のレガシーと政治基盤の死守を優先するリーダーたちのエゴと無策という現実です。
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消滅の危機に瀕する全世界の人口の半分と7割の経済を抱く地域
景気のいいことを繰り返す欧州のリーダーたちは、すでに国内での支持を失い、次の選挙では消えかねない状況で、他力本願で起死回生の一発を狙い、支持率の回復を願っています。マクロン大統領は、国内経済の不調と極右の躍進を受けて、すでに国内での影響力は失っています。
イギリスのスターマー政権も保守党政権を下野させた後、何ら目新しい策を講じてはおらず、ウクライナに対しても、中東和平に対しても、何ら役に立てていません。
欧州のリーダーを自認するドイツは、徐々にその影響力と、欧州に対する関心を失い、新しく誕生した大連立の政権も内向きの印象が強く、外交面で何らかのクリエイティブな解決を主導できるイメージは抱けませんし、すでにドイツの有権者の多くの声は、ウクライナから手を退くべきというものであるがゆえに、too muchな対ウクライナコミットメントは支持を減らし、おまけにいずれ訪れる“戦後”において、ロシアからのエネルギー共有に代表される“特別な関係の回復”を阻害するものと考えられるため、実質的に何か効果的な対策が取れるとは考えづらいのが実情です。
トランプ大統領はすでに国内での支持率が低下の一途を辿っており、焦りもあって外交的な成果を多方面で得ようと躍起になっていますが、プーチン大統領には手玉に取られ、習近平国家主席やネタニエフ首相には利用され、搾り取られるだけ絞られて、結果的に何も残せないという可能性が高まっています。
来秋の中間選挙で圧勝して、自らに対する訴追を免れるため“だけ”に動いていますが、そのために大きな妥協を安易にしかねず、それが混乱極まる国際情勢に大きな損失を与えかねないと懸念せざるを得ない状況が見えてきています。
当事者と市民を完全に無視したBig powersのエゴと歴史的な対立によって、解決できたはずの問題は状況が悪化し、さらなる悲劇を作り出すだけでなく、下手をすると、人類の破滅をまねく取り返しのつかない状況になる危険性も出てきました。
ウクライナとその人々は見捨てられ、中東では存亡を賭けた戦いが繰り広げられ、土地と故郷という人々の帰属意識を利用した歴史的戦いがカシミール地方発で起こって、それがアジア全域に拡大し、もし中国を直接的に巻き込むような事態が出てきたら、全世界の半分の人口と7割に達する経済を抱く地域が消滅することも、ただの絵空事ではなくなります。
この手の終末論に与する気はないのですが、いろいろな案件に携わり、多方面から同様の懸念が挙がってくることが多くなってくると、ちょっと気弱になりそうな今日この頃です。
以上、今週の国際情勢の裏側のコラムでした。
(メルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』2025年5月16日号より一部抜粋。全文をお読みになりたい方は初月無料のお試し購読をご登録下さい)
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