近年、「歩くこと」の健康効果にあらためて注目が集まっています。特別な運動やハードなトレーニングではなく、日常の中で無理なく取り入れられる「歩行」が、身体機能や認知機能、さらには寿命にも影響を与える可能性が、さまざまな研究から示されているからです。今回のメルマガ『デキる男は尻がイイ-河合薫の『社会の窓』』では、著者の河合薫さんが、ではなぜ、歩くことはこれほどまでに人間の健康に影響を与えるのかという疑問について語っています。
人類の祖先が「立ち上がった」から?
今回は「歩く効果」について、取り上げます。
明治安田厚生事業団 体力医学研究所が、60歳以上の中高年を対象にした調査研究で、驚くべき結果が得られました。
なんと、たった20分、毎朝オンラインで軽い体操を行うだけで、歩行能力が7歳も若返ったというのです。
本研究では、81名を無作為に「体操教室グループ(41名)」と「通常生活グループ(40名)」の2群に分け、その効果を比較しました。
体操教室グループは、貸与されたタブレットとWi-Fi環境を用い、12週間平日の毎朝20分間、オンライン会議アプリを介して自宅から「スローエアロビック」(音楽に合わせた軽体操)に参加。一方、通常生活グループは普段通りの生活を継続しました。
12週間後のデータを分析した結果、体操教室グループは通常生活グループに比べ、最大歩行速度が0.10m/秒有意に向上していたのです。
これは同年代の平均データに照らし合わせると、加齢による約7年分の歩行能力の低下を取り戻したことに相当する画期的な成果です。
筋肉量や身体活動量そのものに劇的な変化は見られなかったものの、座位時間が減少し、低強度の身体活動が増加するというポジティブな行動変容の傾向も確認されたそうです。
これって結構、すごいことなのですよね。歩行速度の改善は、病気予防につながる極めて重要な因子です。
2010年、海外で発表された研究論文「Physical activity at midlife in relation to successful survival in women at age 70 years or older」では、30~55歳の対象者(女性1万3535人)の調査開始時と9年後の歩行速度と、疾病の有無を比較。
その結果、歩行速度が時速3.2km未満のゆっくり歩く人に比べ、時速3.2~4.8kmの普通のスピードで歩く人は「1.9」倍、時速4.8km以上のやや早歩きで歩くことができる人に至っては「2.68」倍、“サクセスフルエイジング達成率”が高くなっていました。
サクセスフルエイジング達成率とは、がんや糖尿病、心臓疾患や脳疾患などの大きな病気にかからずに、認知障害もなく健康な状態でいられる率のこと。
つまり、速く歩くことができる人=健康寿命が長いことが示唆されたのです。
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また、歩くことは有酸素運動なので脳の海馬前部のサイズが増加し、空間記憶の改善を促すとの研究結果もあります。
一方で、歩かないことは、心臓疾患や糖尿病のリスクを増大させます。
特に、50歳以上は関節が硬くなり、慢性的な膝痛や腰痛などを引き起こしやすくなったり、転倒のリスクが高まることもわかっています。
こうした「歩くこと」が健康の根幹を成すのは、私たち人類の進化の歴史に深く根ざしていると言われています。
約700万年前、人類の祖先が直立二足歩行という道を選んだ瞬間、私たちの身体は「歩くこと」を前提とした独自のシステムへと書き換えられました。
重力に抗って血液を循環させるふくらはぎのポンプ機能や、不安定な二足歩行を制御するために発達した脳のネットワークは、動くことで初めて正常に駆動するように設計されています。それだけではありません。
晴れた朝のウォーキングは、メンタルヘルスにおいて「最強のセルフケア」です。
太陽の光が網膜に入ると、脳内で「セロトニン」、別名「幸せホルモン」が分泌されます。
つまり、現代の私たちが意識して「歩く」ことは、単なるエクササイズではなく、人類が本来持っている生命維持システムを再起動させる、最も本質的な行為と言えるのかもしれません。
まもなく桜も開花します! 晴れた日は積極的に歩きましょう。
みなさんのご意見、お聞かせください。
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