戦争や紛争のニュースを目にしても、そこで暮らす一人ひとりの声まで想像することは容易ではありません。そんな現実を、ひとりの少女が助けを求め続けた「声」から描いた映画が「ヒンド・ラジャブの声」です。今回のメルマガ『ジャーナリスティックなやさしい未来』ではジャーナリストの引地達也さんが、映画が描くヒンド・ラジャブさんの出来事と、その声が世界に投げかけるものについて考えます。
そばにいて─希望と絶望が入れ替わる声の響き
映画「ヒンド・ラジャブの声」は驚がくの内容だ。
事実をもとにし、実際の音声から描かれた2024年1月29日の出来事。
その短い物語に、そこで展開される会話、少女が発するひとことは、心に突き刺さる。
それは、そのまま傷となる。
決して癒えない傷だ。
パレスチナが傷ついているのが、癒えないように、私も映画を見た後からは、この傷が疼き続ける。
「この映画は、私たちが生きる世界で、存在し、抵抗し、語り続けるだろう」。
チラシに記載された言葉は、映画を見れば、この言葉たちが立ち上がってくるはず。
公式サイトの説明では「人道支援組織「赤新月社」のスタッフは緊急電話を受けた。 パレスチナ・ガザ地区で6歳の少女が助けを求めている。 スタッフたちは少女との通話を繋ぎ止めながら、救出するためにあらゆる手を尽くす… …。少女の名前はヒンド・ラジャブ。」から始まるが、この映画は見るしかない。
現状、イスラエルのパレスチナ・ガザ地区への攻撃は度を越している。
ハマス主導の2023年10月7日の攻撃以降、圧倒的な軍事力を発揮して、ガザ地区の街並みはがれき化した。
非対象化された関係性の中で、市民への殺戮は明らかであり、国際刑事裁判所(ICC)は戦争犯罪の容疑でネタニヤフ首相に逮捕状を出している。
不公正さゆえの犯罪行為を厳しく責めているが、同首相は応じるわけはなく、国内選挙を前にして、その成果を内外にふりまいている。
先日の国連演説では「我々は勝つ。他に選択肢はない」と強気のまま。
非難する国々の代表が退席する中でも「道徳的に弱腰の臆病者がまだ会議場に残っているなら、今すぐ出て行ってください」と勇ましい。
映画はその姿勢とその政治によって翻弄される家族、そして少女を描いているが、ヒンド・ラジャブの声は、空疎な為政者の声をかき消す力を持っている。
この映画は第82回ヴェネチア映画祭で銀獅子賞を含む8冠に輝いた。
史上最長とされる23分のスタンディングオベーションで迎えられた。
その華やかさは、現実世界でいまだに攻撃にさらされている市民を際立たせる。
監督はアカデミー賞に3度ノミネートされた実績を持つカウテール・ベン・ハニア。
フィクションとドキュメンタリーを行き交い新たな表現世界を展開するハニア監督は、ニュースやSNSで世界中に拡散されていた「ヒンドの声」を聞き、自ら映画化を決意したという。
保管されていた実際の音声記録や現地の映像を組み合わせて、極限までリアリティーを追求した映像で物語を構築した。
「その日、一人の少女の“叫び”に懸命に向き合っていた人たちの奮闘や苦悩を、圧倒的な緊迫感で描き出し観る者の心を掴んで離さない、魂が震える衝撃作が誕生した。」(公式サイト)
国連では、ネタニヤフ首相の演説前に、録音メッセージでパレスチナ自治政府のアッバス議長が「パレスチナ人の故郷において、その生命と存在そのものを脅かしている」と述べ、ネタニヤフ首相は「(自分を批判する者たちは)イスラエルを、ごくごく小さいイスラエルを、植民地主義だと非難している。我々を非難するのは、いったい誰か? その中にはイギリスやフランスの人々も含まれる。なんていうことだ。そもそも植民地主義という表現を作り出したのは、彼らなのに」と反論する。
再度、ハニア監督の言葉に心を傾けたい。
「映画は、彼女の声を記録し、国境を越えて響かせることができます。なぜなら、彼女の物語は、彼女一人のものではないからです。それはジェノサイドに耐え続ける人々全体の物語であり、罪に問われることのない犯罪的な政権によって引き起こされた悲劇です。そして、今回、この物語は『記憶』ではなく、『緊急性』を伴っています」(第82回ヴェネチア映画祭の授賞式)。
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