クラン・コラ:アイルランド音楽の森

  • ¥0

    無料

アイリッシュ・ミュージック、ケルティック・ミュージックを中心としたヨーロッパのルーツ音楽についての情報、記事、読物、レヴューをお届けします。

著者サイト
 

メールマガジンを登録(無料)

もしくは

※ 各サービスのリンクをクリックすると認証画面に移動します。
※ 各サービスで登録しているメールアドレス宛に届きます。

メールマガジンを解除

もしくは

※ 各サービスのリンクをクリックすると認証画面に移動します。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
 
 
 
メルマガ名
クラン・コラ:アイルランド音楽の森
発行周期
ほぼ月2回刊
最終発行日
2017年09月20日
 
発行部数
279部
メルマガID
0000063978
形式
PC・携帯向け/テキスト形式
カテゴリ
エンターテイメント > 音楽 > 洋楽

まぐまぐ!メールマガジンの用語集です。
下記の用語以外の不明な点はこちらをご覧ください。

 
発行周期
週1回、月1回などの発行頻度です。
部数
メルマガの配信数を記しています。
カテゴリ
まぐまぐ!に登録されているカテゴリです。
形式
メルマガには以下の配信形式があります。下部「メルマガ形式」をご参照下さい。
 
最終発行日
最後にメルマガが配信された日付です。
メルマガID
メルマガを特定するIDです。
RSSフィード
RSSを登録すると、更新情報を受け取ることができます。

― メルマガ形式 ―

  • PC向け
    パソコンでの閲覧に最適化したメルマガ
  • 携帯向け
    スマートフォンやフィーチャーフォンでの
  • PC・携帯向け
    PC・携帯どちらでも快適にご購読いただけます。
  • テキスト形式
    文書だけで構成された、一般的なメールです。
  • HTML形式
    ホームページのように文字や画像が装飾されたメールです。
  • テキスト・HTML形式
    号によって形式が変更する場合があります。

閉じる

メールマガジン最新号

==========================================================================

    クラン・コラ Cran Coille:アイルランド音楽の森

     アイリッシュ・ミュージック・メールマガジン

__________________________________________________________________________
Editor : 竹澤友理          September 2017   Issue No.255
==========================================================================
こんばんは!残暑もほぼ無い9月ですね。いかがお過ごしでしょうか?
今月のEditor’s Choiceは、栃木県など中心に活躍されている、ハープやギター
など多才な安生さんに寄稿していただきました!ご自身と影響を受けたプレイ
ヤーなどについて、ケルト音楽の入り口を振り返っていただきました。
先月はおやすみとなっていたおおしまさん、上岡さんの原稿の連載が再開し
ているのと、引き続きhataoさんから欧州紀行の濃ゆい旅路を語っていただ
いております。どうぞお楽しみください~!(たけざわ)

CONTENTS
足踏み?・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・field洲崎一彦
Colleen Raney――アメリカで伝統をうたう試み・その3・おおしま ゆたか
★Editor’s Choice★ケルト音楽との出会い・・・安生正人さん(harp, guitar, etc)
ざっくり学ぶケルトの国の歴史(5)英語ってフランス語?・・・・上岡 淳平
連載:欧州伝統音楽の旅 第二章 アイルランドで感じたアイリッシュ・セッ
ションの本質・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ケルトの笛 hatao
編集後記・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・竹澤 友理


■━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

■ 足踏み?

■            field 洲崎一彦
■──────────────────────────────────

 ある日のアイリッシュセッションでのこと。やっぱり足踏みは邪魔になるな
あと思ったというお話です。
 アイリッシュダンスチューンを演奏する際は足踏みがつきものですよね。
YouTubeなどで例えばマーティンヘイズの演奏動画などを見ると彼の足踏み音
はそのままパーカッションの役割すら果たしていてすごくカッコイイ。だから、
とりあえず、足踏みはするもんなんだと固く信じて皆さん足踏みをしますよね。
 
 10何年前はまだYouTubeも今ほど一般的でなはくて、私たちがアイルラン
ド人の演奏している姿を実際に見る機会は本当に少なかったと思います。私の
記憶では、当店のセッションに初めてお越しになったフィドラーのパットオコ
ナー氏の強烈な足踏みに接してすごくびっくりしたのを覚えています。それま
でも、何人かの来日アイルランド人ミュージシャンのコンサートなどは観てい
ましたが、また、何人かのアイルランド人ミュージシャンが当セッションにお
越しになりましたが、まずはそのサウンドに心奪われて彼らの足踏みには気が
つかなかったのだと思います。
 パットさんが初めてお越しになったセッションはそれほど大人数でもなくす
ごくリラックスした雰囲気で行われていたのを記憶しています。それで、彼の
足踏みが非常に目立ったと、まあそういうことだったのではないかと思います。
 
 そこで、私は思わず彼に質問したのでした。それは、あなたは足踏みに合わ
せてフィドルを弾いてるのか?、フィドルに合わせて足踏みをしているのか?
と。彼は、うーんと1分ほど考え込んで、両方だ!と答えてくれました。この
「両方だ」という彼の台詞は、その後の私にとって非常に大きなキーワードと
なって現在に至っています。これは非常に意味深い言葉です。

 以前、アイリッシュダンスチューンの練習会みたいな事をやってた時におも
しろい事を試したのです。前期のクランコラにも書いた記憶がありますが、若
い皆さんにも是非広く試してほしい思いもあってまたしつこく書きます。
 セッションで、知ってるチューンならだいたい皆と一緒に合わせて弾けるぐ
らいの奏者2人に並んでイスに座ってもらいます。それぞれの楽器を持って。
そして、その2人でまずは足踏みをしてもらってぴったり合わせてもらう。も
ちろん隣の人の足を見ながらでもOKです。これは、しばらくすると割とぴた
っと合って来ます。
 2人の足踏みが合って来たところで、カウントを出して同じチューンをそれ
ぞれの楽器で同時に演奏してもらいます。すると、一気に足踏みが乱れてしま
うのです。足踏みだけならピタッと合ってたのが、それぞれが楽器を弾き出す
と狂ってしまう。これはいったい何が起こったのでしょうか。

 これは、2人が、自分が奏でる楽器のメロディに合わせて足を踏んでしまう
ということを表していますよね。でも、本人達の意識では足踏みに合わせて楽
器を弾いているのだと思っているわけです。というか、そうしているつもりな
のです。この事実はなかなかすごい事を示唆しています。
 セッションなどの複数人で同じメロディを奏でる時に、それぞれが自分の音
に合わせて足踏みをしているとしたらどうなるか。そうですね。まず足踏みの
音がバラバラになって来てそれそのものが一種の騒音になりますね。そして、
結局はリズムが合っていない合奏が繰り広げられるという結果になりますね。
 音楽経験の豊富な人は訓練を積んでいますから拍を合わせることは容易に出
来ますが、これだけではあの躍動感は生まれません。それは、ただ流れて行く
だけのサウンドになります。これは、ある意味よく見られるセッションサウン
ドです。あの聞き慣れたセッションサウンドはこういう風に出来ています。

 ここで、パットさんの言う「両方だ」の深さを思い出すのです。「足踏みに合
わせて楽器を弾く。自分の演奏に合わせて足を踏む。」これですね。上記の2
人はこれをしているつもりで「足踏みに合わせて楽器を弾く」、これが出来てい
なかったのです。だから、どちらも出来るようにならなくてはいけないわけで
すね。
 つまり、この両方が出来て初めて、セッションのような場で、A)自分の足踏
み、B)自分の音、C)まわりの音、D)まわりの足踏み、とした時に。。。。

 まず、どこから初めてもいいのですが、A)自分の足踏みから始めるとします。
すると、これに合わせて自分が楽器を弾くBに躍動エネルギーが移動するとい
うようなイメージがいいかなと思います。すると今度は自分が楽器を弾くその
音に合わせて自分が足を踏むという逆方向にエネルギーが流れます。ソロ演奏
の場合はこの行ったり来たり運動を瞬時に繰り返す中でその演奏者固有の躍動
感が研ぎ澄まされて行くというようなイメージでとらえるのが判りやすいかな
と思います。

 合奏やセッションの場ではここに他者の存在が割り込んで来ます。例えばセ
ッションではすぐに隣の人の弾く楽器の音Cが耳に飛びこんで来ますね。する
とそこからまた自分の足踏みにエネルギーが流れます。これがまたBを経由し
てAに戻ります。同じように隣の人の足踏みDが始まるとこれもまったく無視
できるはずもなく自分の足踏みにエネルギーがやって来ます。これもまた同じ
ようにBを経由してAに戻ります。
 つまり、A)自分の足踏みから始めるとした時に、自分の弾く楽器の音を含め
たすべての環境音からエネルギーが自分の足踏みに流れ込んでしまうのですね。
以上のような躍動のエネルギーの循環は上記の「足踏みに合わせて楽器を弾く。
自分の演奏に合わせて足を踏む」の両方があって初めてぐるぐるめぐり続ける
わけで、この片方しか出来ない場合はこの循環がどこかで止まってしまいます。

 このように、躍動のエネルギーが瞬間的に循環し、これが、セッションの奏
者のひとりひとり全員に起こると、そのサウンドはいったいどんな事になって
行くのか!なのです。演奏者各人の躍動エネルギーが相互に影響し合ってその
躍動はどんどん研ぎ澄まされて行くことになります。
 これこそが、アイリッシュセッションが生み出すあの魅力的な躍動の秘密な
のではないでしょうか。

 つまり、この両方を心得て足踏していない人の足踏みは多くの場合邪魔にな
るのです。まわりの人の音と足踏みは、前述の循環の中で大きな影響を振りま
きます。そういう人の隣に座ったりすると下手したら自分の楽器が弾けなくな
るまでの強力な影響力があります。

 ただ、前述の練習会の中で観察したことなのですが、その人の音楽経験の種
類によって、そもそも、音楽に合わせてちゃんと足踏みができないという人も
いますし、自分の弾く楽器に合わせて足踏みができないという人もいます。こ
の、いわゆる拍感覚(躍動のエネルギー)とでも言う感覚は、細かく観察する
と人によって千差万別です。だから、やはり、アイリッシュチューンのような
躍動が重要な音楽を演奏するには足踏みの練習というものを独立してやった方
がいいのかもしれませんね。

 そうです。あくまで、「両方」を目指してですよ。


 ちなみに、私は足踏みをしません。それは、この両方が出来ない事を自覚し
ているからです。躍動エネルギーを足を踏む運動に変換する時にどうしても誤
差が生まれてしまうことに気づいてからはこの誤差がどうしても気持ち悪いの
です。そうですね。練習しなければいけませんね。(す)

■━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

■ Colleen Raney――アメリカで伝統をうたう試み・その3

■           おおしま ゆたか
■──────────────────────────────────2011-01, LARK

 CDは売切れでデジタル・ファイルを購入したので、クレジットがまったく
わからない。おそらくはファーストとほぼ同じ布陣だろうとサウンドから判断
する。ただし、チェロがいる。ハンツ・アラキがヴォーカルと笛類で全面的に
バックアップしているのも同じ。

01. Patrick Street 03:37 Ireland
02. Queen of Argyll 03:16 Andy M. Stewart
03. Dark Eyed Sailor 05:05 Ireland
04. Broom of the Cowdenknowes 02:55 Scotland
05. Lark in the Clear Air 03:09 Ireland
06. I Live Not Where I Love 03:59 England
07. Down By The Sea 03:55 Ashley Davis
08. Otterburn 04:11 Scotland
09. Gallant Murray 03:13 Andy M. Stewart
10. I Know My Love 02:09 Ireland
11. Lizzy Lindsay 03:52 Scotland

 [02]、[07]、[09] を除き、トラディショナル。

 [02]、[09]の作者で先年亡くなったアンディ・M・スチュワートはスコットラ
ンドの1970年代を代表するバンドの一つ Silly Wizard のメンバー、後に
Manus Lunny とのデュオやソロとして活躍した名シンガーで、バンジョーも
よくした。加えて伝統に則したソングライターとして、名曲を数多く残してい
る。[02]はシリー・ウィザード の《KISS THE TEARS AWAY》 (1983) が初
出。《LIVE WIZARDRY》(1988) にも収録。[09]は最後の録音となった
《DONEGAL RAIN》(1997) 収録。

 [07]はやはりアメリカでアイリッシュ系のうたをうたうアシュリィ・デイヴ
ィス(女性)の作で、曲と同名のアルバム (2010) 所収。この人にはジョン・
ドイルとの共作でクリスマス・ソングをうたった録音もある。


01. Patrick Street 03:37 Ireland
 アンディ・アーヴァインが言い出しっぺの「スーパーグループ」パトリック・
ストリートのデビュー・アルバム (1987) 冒頭を飾った名曲。あちらでは間奏
で、このうたのユーモラスな側面を打出している。コリーンの演唱ではアラキ
のフルートがその役割だが、コリーンの歌唱が真面目過ぎる。彼女としてもユ
ーモラスにうたおうとしているが、抑制の方が大きすぎた。


02. Queen of Argyll 03:16 Scotland
 アンディ・M・スチュアートは名シンガーの多いスコットランドでも屈指の
シンガーで、シリー・ウィザードのとりわけライヴ版は決定版と言いたいとこ
ろだ。とはいえ、やはり惜しくも亡くなった名シンガー、Davy Steel が
Ceolbeg の《NOT THE BUNNYHOP》(1990) で作曲者とは一転、スロー
テンポでじっくり聴かせるのもすばらしい。同じくスコットランドの John
Wright はスローからミドルにアップし、イントネーションを強調して、これ
またなかなかに聴かせる。この人はうたい手としては前二人よりは落ちるが、
この版は入魂の名唱。John Wright Band《OTHER ROADS》(1997)。もう一
組ハーパー&シンガーの Gillian Fleetwood と Fraya Thomsen のユニット
The Duplets による《TREE OF STRINGS》(2008) の演唱もいい。ヴォーカ
ルはやや弱いが、アレンジが秀逸で、本来男性の視点からのうたであるこのう
たを女性がうたうことのリアリティがある。

 アメリカでは Morning Star が《GRA》(1999) でとりあげているが、これ
はいかにもアメリカ流のあっけらかんとした歌唱。スコットランド勢の歌唱に
共通する恋に落ちた者の切迫感はかけらも無い。

 コリーンの版はミドル・テンポで、同じミドルでもアクセントはアメリカ的
だが、歌唱はスコットランドのシンガーたちに近い。モーニング・スターがジ
ェンダーを無視してうたっているのに対し、コリーンはあえて男性の立場に一
度立ち、そこからうたっていると思える。アラキ以外ではマンドリンのバック
がシャープだ。


03. Dark Eyed Sailor 05:05 Ireland
 スティーライ・スパンのファースト (1970) でのゲィ・ウッズの歌唱以来す
っかり有名になって、とりあげる人も多い。スティーライ自身、30年後、ゲィ・
ウッズが復帰した際のライヴ THE JOURNEY (1999) でほぼ同じアレンジで
再演している。テンポが少し上がっているのは時代の反映だろう。この版はコ
ンサティーナをフィーチュアしている点でも珍しい。

 THE VOICE OF PEOPLE 第2集 (1998) 収録の Fred Jordan の歌唱は、
最も伝統的なものという以上にじっくりとていねいにうたって惹きこまれる。
無伴奏またはそれに近い歌唱としてはイングランド出身の Louis Killen《A
SEAMAN'S GARLAND: Sailors, Ships & Chanteys, Vol. 2》(1997) や Tony
Rose《BARE BONES》(1999)、アイルランドの Nick Caffrey《LONG
LOOKED FOR COME AT LAST》(1998) 、ウェールズの Calennig の《
A GOWER GARLAND》(2000) など、どれも味わい深い。カフリィのものは
メロディが異なる。

 ルイス・キレン、トニィ・ローズ、カレニグはいずれもコンサティーナのみ
を伴奏としているのも面白い。

 よりモダンな解釈としては、ケイト・ラスビーが Kathryn Roberts との録
音 (1995) でピアノとクラリネットをバックにうたっている。この頃はまだ無
心にうたっているところがいい。もっとも若手ではイングランドの Ruth
Notman が2007年のファースト《THREADS》で、やはりアコーディオン
だけを伴奏にうたっているものが抜群の説得力を備える。

 さてコリーンはややゆっくりのテンポで、ていねいにうたう。ブリテン、ア
イルランドのシンガーたちよりも肩の力を抜いた歌唱。このうたとギター、ベ
ース、それにブラシのドラムスのバックとの組合せからは、どこかジャズのス
タンダードの雰囲気がたちのぼる。そう思って聴くと、かすかにスイングする
感じもある。アラキがロウホィッスルでソロをとる裏で、コリーンは軽くスキ
ャットもする。アルバム中ベスト・トラック。

04. Broom of the Cowdenknowes 02:55 Scotland
 スコットランド起源のバラッドでチャイルドの217番。タイトルの Broom
はエニシダのことで、黄色い花がスコットランドのいたるところで見られる。
カウデンノゥズはスコットランド南東のイングランドとの国境地帯の地名。バ
ラッドの最初の出版は17世紀半ば。メロディは本来はダンス・チューンで、
ジョン・プレイフォードの The English Dancing Master にも収録されている
が、このメロディは聴けばスコットランド産とすぐわかる。スコットランド、
イングランド双方で人気がある。手許にある最も古い録音は The Watersons
の1964年のものだが、かれらはイングランドでも北の方の出身だから、この
うたは身の周りにあったのだろう。

 アイルランドではメアリ・ブラックの兄妹《THE BLACK FAMILY》(1987)
や Meg Davis《THE CLADDAGH WALK》(1990)、Frankie Gavin《THE FULL
SCORE》(2007)、Liadan (2006) などで聴ける。名曲なので、どれも愛らしい
が、中ではリアダンが、折り目正しい歌唱と、アコーディオンのベースを利か
せ、だんだん楽器が増えてゆくアレンジで抜きんでている。

 アメリカ勢ではチェリッシュ・ザ・レディースが《THE GIRLS WON'T
LEAVE THE BOYS ALONE》(2001) でとりあげている。コーラスでは思いき
りハーモニーを利かせ、バンジョーも入れて、カントリー風味だ。

 とはいえ、このうたはメロディも歌詞もとことんスコットランド産なので、
やはりスコットランドのシンガーたちの味わいは格別だ。シリー・ウィザード
の《CALEDONIA'S HARDY SONS》(1978) でのアンディ・M・スチュワー
トを中心にした演唱、オーストラリア在住の Ed Miller《AT HOME WITH
THE EXILES》(1989)、Kenny Spears 《BORDERSONG》(1999) などがあ
るが、筆者にとっての決定版はスコットランドを代表するシンガーの一人
Archie Fisher 畢生の名盤《WILL YE GANG, LOVE》(1976) での滋味あふ
れるうただ。

 異色のものでは、スコットランドのハーパー Savourna Stevenson がイング
ランドのシンガー June Tabor と、ベーシスト Danny Thompson と組んだ
《SINGING THE STORM》(1996) がある。スティーヴンソンの大胆なハープ、
格調高いテイバーの歌唱、ツボを押えたトンプソンのベースで織りなされる世
界は、ローカル性を超えてゆく魅力がある。

 コリーンはバゥロンとマンドリンをバックに、ややアップテンポで闊達にう
たう。途中からギターとフルートも加わる。間奏はフルートが主メロ、マンド
リンがカウンター。しっとりとうたわれることが多いので、こういうテンポに
は意表を突かれるが、レイニィの歌は決して浮わつかない。メロディはもとも
とダンス・チューンということからすれば、むしろこちらが本来なのかもしれ
ない。[03]と並ぶベスト・トラック。


05. Lark in the Clear Air 03:09 Ireland
 Samuel Ferguson (1810-86) の作とされる。ファーガソンは本業はダブリン
の弁護士だったが、詩人、作家としても活動した。イェイツの先駆という評価
もある。

 伝統歌というよりは聖歌の扱いで、《IRELAND'S VOICES FOR PEACE》
(1998) や Boys Air Choir (1999) のような録音もある。再編ペンタングルによ
る《THINK OF TOMORROW》(1991) での演唱は何といってもジャッキ・マ
クシーで、悪かろうはずもない。とはいえ、今のところベストといえるのは
Cara Dillon のソロ・ファースト (2002) のもの。一聴幼ない声と成熟した歌
唱の不思議なバランスが絶妙。これが Michelle Lally《IF THIS BE LOVE》
(2006) になると、コケティッシュな声にバランスが傾いてしまう。03もうた
っていたルス・ノトマンの2009年のセカンド《THE LIFE OF LILLY》での
歌唱は、ピアノとチェロ、フィドルをバックにして感傷を排している。岡崎正
泰のギターと丸谷晶子のヴォーカルのデュオ、おとくゆるの《やわらかな風に
吹かれて》(2009) も素直にスピリチュアルな精神をうたう。

 コリーンのバックはギターと低く沈潜するフルート、途中から弦楽四重奏が
加わる。もともと突っ走る曲ではないが、03同様、これもゆっくりとていねい
にうたう。発音の弱い音の保持が、途切れず、粘らず、うまく力を抜いている。
適度にドライということでは一番で、カラ・ディロンと双璧の歌唱。

 というところで、紙数オーヴァー。


■━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

■ ケルト音楽との出会い

■             安生 正人
■──────────────────────────────────
はじめまして、アイリッシュハープやアイリッシュフルートを演奏しています
安生正人です。
わたしは栃木県宇都宮市に住んでいます

ケルトという言葉に出会ったのは妖精学、井村君枝先生の本からでした。
そこから興味を持つようになり図書館でCDを借りアイルランドの音楽にハマ
っていきました
CDの数も多くは置いてないのですが、ルナサやアルタン、ブルターニュのコ
ルノグ等 大好きでよく借りました

音楽を始めたのは10年前、当時はギターを弾いていてそんな時同じく栃木在
住のギタリストの小川倫生さんに出会いました。
オリジナルとトラッドのカバーを多く演奏する方で小川さんのCDからオキャ
ロランの曲を知りハープに惹かれて、その頃に金属弦ハープ奏者の坂上真清さ
んにも栃木でお会いしアイリッシュハープを弾くようになりました。 自作曲
をハープで作りそれを中心に弾いています。

ティンホイッスルやアイリッシュフルートはhataoさんを知ってから笛って素
晴らしいと感動して自分でも吹くようになりました


栃木ではジャズやクラシックの方は多いのですがヨーロッパの伝統音楽や楽器
を演奏する方にお会いすることがほとんど無く、もっと演奏する方が出てきた
ら嬉しいなあと思っています

そういった音楽のイベントや場所を栃木で少しずつ作っていけたらと色々動い
ていきたいです。


■━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

■ざっくり学ぶケルトの国の歴史(5)英語ってフランス語?

■            上岡 淳平
■──────────────────────────────────
北欧の野郎どもの侵攻を食い止めた英国で一番カッコイイ王様が亡くな
ったあとも、しばらく平和は続いた。でも歴史は繰り返す。

今度は、「無策王」の異名をとったバカ殿の失態によりデーン人 from
デンマーク)が、またもや攻めてきた。
そしてついにはバカ殿を追っ払って、北欧人がイギリスの王様になって
しまった。

さらにその息子は、イギリス王と全スカンディナヴィア帝国のリーダー
になった。(ヴィンランド・サガって漫画はおそらくこの時代のお話)

その後、衰退したり、持ち直したりを繰り返していた頃、北部で国内待
機組のヴァイキングが暴れてるとの報告を受け、現場に急いだ王様。
ほぼ同時期に南から、いつぞやノルマンディーに住み着いたノルマン人
(fromフランス)が侵攻してきたとの報せを受け、矢継ぎ早に北の用
事を済ませたその足で、南へ駆け付けた。
でも疲れてたのかな、王様とその軍隊はあっけなく敗北してしまった。

もう、すっかりお家芸のようになってしまった(失礼)国民による一斉
大パニック!
ノルマン人からしたら、「気合入れて、侵略するぞ!」って意気込みだ
ったのに、みんなワーキャーいって逃げ回ってるだけなので、あっとゆ
ー間に征服完了。(夏の甲子園、出場校2校…みたいな?)

かくして今度はノルマン人(fromフランス)の王様が王位に就いてし
まったもんだから、一夜にしてブリトン人はフランス人になりましたと
さ。(なんてこった)そして有名な「封建制度」を開始。

かつてのブリテン島の番長アングロ・サクソン人は、見る影もなく、土
地も作物も、何なら娘たちまでもすべて失い、すっかり農奴となってし
まった。

もちろん奪った土地は、直属の家臣に与えられ、それらをノルマン人に
”また貸し”する、というノルマン人にしかお金の入らない無限ループ。
法律もない時代なので、お金がものを言う状況だったんだ。

その後、それ以前にブリテン島に住んでいたブリトン人、ケルト人、ア
ングロ・サクソン人は、すっかりフランス化されてしまい、なんならフ
ランス語もそれなりにしゃべれるようになったりして、元々の英語の形
からすごく変わった結果、現在の「イングリッシュ〜フレンチソースと
季節のお野菜添え(仮)」に近づいたんだとか。(フランス人いわく英
語はフランスのコトバ!)
ノルマン人の王様が亡くなり、その息子2人がイングランドとノルマン
ディーを分け合った。

でも、すぐにイングランドを引き継いだ王様が亡くなり、その弟のヘン
リー(1世)が王位を継いだ。この「ヘンリー」という名前、聞いたこ
とある人は多いんじゃないかな?(シェイクスピアの戯曲でも有名)

ちなみに彼がお隣アイルランドに上陸(侵攻)した初のイングランド王
(けっ!)であり、それが発端となり、アイルランドはイングランドの
支配下に入れられることになった。

紀元1100年ごろつ気分はすっかりおフランスなケルトのお話。


■━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

■ 欧州伝統音楽の旅
■ 第二章 アイルランドで感じたアイリッシュ・セッションの本質
■   hatao
■──────────────────────────────────

 パイントグラスに注がれる琥珀色の泡が底に沈む様子を、僕はカウンター
越しに「おあずけ」 をされている犬のように待っていた。

 「ここのパブのギネスはアイルランドでも一番うまいんだ」と友人でフル
ート奏者のキアラン・サマーズ(Ciaran Somers)がためらいもなくお国自
慢を披露した。

 アイルランドではどんな小さな町にもパブと墓場だけはあると自虐的に言う
くらい、アイルランド人の生活に密着したパブ。この皮肉は、教会ではなく墓
場であるところがアイルランド人らしい。確かに、なんの特色もないこの街で、
アイルランドで一番美味しいギネスが飲めるというのはなかなかの宣伝文句に
なるかもしれないな、と思いながら、アイルランドで最初の一杯を飲んだ。

 エールやスタウトはUKやアイルランドには何百種類もあるが、ギネスは世界
中に輸出して大成功しているだけあって、実にうまい。この旅では、この後
各国のビールやエールを飲んだが、ギネスはやはり特別だった。複雑な苦味や
喉を通る泡の柔らかさが癖になる。

 これまで度々アイルランドに通った自分でもカウンティ・カーロウ
(Co.Carlow)は、聞いたこともないような場所だった。ブルターニュからフェ
リーに乗って入国したアイルランドの旅の出発地点がカーロウだ。それから数
日して、僕たちは西を目指して車を走らせた。

 カウンティー・クレア(Co.Clare)の小さな村ミルタウン・マルベイ
(Miltown Malbey)では毎年7月にアイルランド最大のサマースクールウィ
リー・クランシー・サマースクール(WIllie Clancy Summer School)が開催
されており、国内はもちろん世界中から人を集めている。 キアランはここで、
何年か前からフルートの講師を担当しており、僕を誘ってくれたのだ。

 サマースクールの期間中はメインストリートの何軒ものパブでセッションが
開催されている。レッスンを申し込まなかった僕はセッションに参加すること
だけが楽しみだったのだけれど、その期待はあっさり失望に変わってしまった。
 どこのパブもとくかく人が隙間ないほどに詰め込まれていて、通りにも人を
吐き出していたのだ。フルートを構えるスペースすらなく、立って聴いている
のが精一杯で、結局参加できたセッションはいくつかしかなかった。

 田舎のパブは店と居住空間が一体化した店舗兼住宅の形が多いのだが、この
期間中はセッションに人が集まりすぎて、メインのパブのほか、裏庭や納屋や
母屋のダイニングなど至る場所で同時発生している。そういう「秘密の」セッ
ションは人数も観客も少なめでよい音楽が聴けることがある。

 昼下がりの明るい時間にダイニングで開かれたセッションでのことだった。
そこには、講師でもあるベテランのフルート奏者やフィドル奏者、そして若い
コンサーティーナ奏者など何人かの若い参加者がいた。ダンス曲を演奏しては、
たっぷり話をして、また曲を演奏して……、を繰り返しながらゆっくりと時間
が過ぎていった。

 見慣れたセッションと違ったのは、そこに色々な要素があったことだ。曲の
合間に観客の誰かが歌いだしたり、参加者が合唱したり、子供が習いたての曲
を笛で吹いたり、音楽に合わせて熟練のダンサーが踊りだしたり、 そして
ジョークやストーリーを語ったり、スペイン語圏からの観客がスペイン語の歌
を披露したりした。

 セッションに決まった形はないが、このセッションはその流れが一つの物語
性やよく考えられたエンターテインメントであるかのように完璧で居心地が良
かった。そこで感じたのは、良いセッションとは参加者の誰もが敬意を持って
存在を受け入れられ、そして参加者の楽器や歌やダンスや語りの才能や知識を
参加者全員と共有し楽しむ場所なのだということだった。

 ラジオや自動車がなかった時代、音楽やダンスはとても地域的なもので、コ
ミュニティの住人が集まって楽しむものだったという。セッションは20世紀以
降の近代的な現象だが、それでもなお、コミュニティの運営を円滑にするため
の、コミュニケーションの装置であることに変わりはない。セッションにおい
て「曲を演奏すること」はその一要素でしかないのだ。

 それに対して、私たち日本人を含む外国人の伝統音楽やセッションに対する
態度や考え方を見ると気づくことがある。アイルランド音楽の伝統が存在しな
い私たち外国人の多くは商業的な録音物によってトップ・プレイヤーから間接
的に音楽を学び、演奏技術や曲の習得に対してアイルランド人以上に真剣な態
度で取り組む。

 伝統音楽ではどのようにその曲が自分に「手渡された」か、そして曲の背景
への知識が重要視されるが、外国人は人から学ぶ機会が少ないので、すべての
曲がメロディとしてのみ記憶される。演奏することや楽器の技術を上達させる
ことが目的となるため、会話のコミュニケーションは少なくなりがちだ。

 しかしそれが間違っているというつもりはない。アイルランド人が時々言う
socializeという単語がある。社交する、という意味だが、アイルランド人は
人付き合いを重視する。また、気さくな会話における話題や流れやオチといっ
たものを日本の話芸のように楽しんでいるところがあると感じる。アイルラン
ド人がセッションで語るジョークやストーリーテリングは、英語が理解できな
いと理解ができないことはもちろん、その文化的な背景の知識がなくては楽し
むことはできない。そのため、言語的な壁がないはずのアメリカ人にさえも理
解ができないことが多いという。

 日本人はアイルランド人のように公衆の前で人のプライバシーに立ち入った
話をすることを無礼だと受け取るし、親しい人であっても距離感を保つ傾向が
ある。また、歌やダンスなどは一定のレベルを満たさないと人前で披露するこ
とは恥ずべきことだと考えてはいないだろうか。私たちはアイルランド人とは
コミュニケーション・スタイルが根本的に異なるので、アイルランドのセッシ
ョンをそのまま日本で再現すると不自然さやぎこちなさが生まれるだろう。

 本当の意味でアイリッシュ・ミュージシャンになるには、アイルランド人の
ように英語を理解し、飲み、語り、歌い、踊り、生活することが、演奏と同じ
くらい大事な要素なのだろう。それは我々外国人にはとても難しいことだ。
しかしそのように生真面目に考えるのもまた、日本人らしいのかもしれない。

 アイルランド音楽はいまや世界中に愛好者を生んでいるが、音楽だけが文化
の土壌から切り離されて親しまれており、それが可能だったからこそ、こうし
て楽しまれているのだろうと感じた。


★編集後記
今月もなかなかのボリュームとなりました、クラン・コラ読み物編9月号お
楽しみいただけたでしょうか。
かくいうわたくし編集ですが、皆様から送っていただいた原稿をワードで作
業しつつMaroon5聴いてます。おもいっきりEDMです。ズン、ズン、という
ノリが非常に心地よく、キーボード上を走る(走ってもないですが)指が軽く
感じるのは、きっと気のせいですね。さいきん同世代でジャンルを飛び越えて
アイリッシュパンクをするみたいなお話が出ているのですが、まったく畑の違
う音楽と、自分のやってきた(といってもたった数年ですが)アイリッシュの
表現がつながる瞬間って、なかなか興味深いものです。
さて、来月でクラン・コラが再発行して1年になります。部数も少しずつ増
えていって、嬉しい限りです。編集作業をもっとじぶんで効率化できたらと思
いつつ、だらだらとここまで1年を目前にして、あっという間だなぁという感
想です。。。
それでは、来月もおたのしみに!(たけざわ)

=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=
クラン・コラ:アイルランド音楽の森(月2回刊)
発行元:ケルトの笛屋さん
Editor : 竹澤友理 

*掲載された内容を許可無く転載することはご遠慮ください。
*著作権はそれぞれの記事の執筆者が有します。
*ご意見・ご質問・ご投稿は info@celtnofue.com へどうぞ。
*ウェブ・サイトは http://www.celtnofue.com/
*登録・解除手続きはこちらからどうぞ。
まぐまぐ! http://www.mag2.com/m/0000063978.htm
Melma! http://melma.com/backnumber_98839/


*バックナンバーは最新号のみ、下記URLで閲覧できます。それ以前の号をご
 希望の方は編集部までご連絡下さい。
まぐまぐ   http://www.mag2.com/m/0000063978.htm
Melma!    http://www.melma.com/backnumber_98839/
=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=
メルマガ全文を読む
 

▲ページトップへ

▲ページトップへ