レフティやすおの楽しい読書

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元「本屋の兄ちゃん」といっしょに読書嫌い・古典苦手を克服し、「読書は楽しい!」を実感する「プチ教養人」に変身しよう!(若い頃、本好き読書好きで、司馬遼太郎先生のエッセイ「駅前の書店」(『司馬遼太郎が考えたこと 15』新潮文庫)に登場する東大阪市の栗林書房、その今はなき八戸ノ里支店で5年8カ月働く。)月の半ばは初心者のための読書法を、月末は古今東西の古典の名著・名作を隔月交互に一点ずつ紹介します。読書とは他人(ひと)様の人生や思惟を追体験すること。「楽しい読書」で素敵なひと時、豊かな人生を!

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メルマガ名
レフティやすおの楽しい読書
発行周期
月二回
最終発行日
2017年10月15日
 
発行部数
62部
メルマガID
0000257388
形式
PC・携帯向け/テキスト形式
カテゴリ
アート・文芸 > 文芸 > 古典

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◇◆◇◆ 古典から始める レフティやすおの楽しい読書 ◆◇◆◇
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2017(平成29)年10月15日号(No.209)-171015-
「私の読書論97-長田弘『読書からはじまる』前編」
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私の読書論97-長田弘『読書からはじまる』前編
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 「私をつくった本・かえた本」を書いてきましたが、
 今回は、書きたいことから先に書くということで、
 長田弘さんのエッセイ『読書からはじまる』を読んで
 感じたこと・考えたことを書いておきます。

 長くなりましたので、次回と2回に分けました。
 今回はその前編です。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

◆ 読まない本と忘れる力 ◆

   長田弘『読書からはじまる 人は読書する生き物である。』

日本放送出版協会 NHKライブラリー 2006/10

http://www.amazon.co.jp/dp/4140842113/ref=nosim/?tag=hidarikikidei-22

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 ●人をして人たらしめる行為、それが読書

  《人は読書する生き物です。人をして人たらしめてきたのは、
   そう言い切ってかまわなければ、つねに読書でした。》

    (同書 p.216)


これは、「あとがき」の冒頭の一文です。

これは、私のような本好き、読書好きの人間には、
当然のように感じる言葉です。


しかし、読書に価値を見いださない人もいらっしゃるでしょう。
それはそれでいいと思うのです。

実生活の中から何かを学びとる人もいるでしょうから。

そちらのほうが重要だと考える人もいるでしょう。

生きる力というものは、
実践のなかからしか得られないものだからです。


しかし常に、人から直接教えてもらえるとは限らないのです。

その場合、今の時代ならネットから学ぶという人も多いでしょう。

今では「YouTubeで勉強した」というケースも多い、
と聞いています。

実際に、実技に関しては動画で見せてくれると分かりやすい、
という場合も多々あります。

実際の絵(画面)とそこで語られる言葉によって補われて、
ひとつの知識が伝授されます。

これは、
学校で実際に先生から学ぶ方法に限りなく近いものがあります。


それでもなお、
本からの情報が役に立つことに変わりはありません。

まだ動画などなかった時代から、
多くの先生が書き記してくれたものが残っています。

本によれば、
今ではもう接することが不可能な先生方からも
学ぶことができます。

これは本という媒体の力です。

言葉というものの力でもあります。



 ●図書館のこと

さて今回は、
この本のなかで、印象に残ったことを書いて行こう、
という回です。


まず、図書館のことを書いておきます。


  《... 大学が誇るすばらしいよい図書館とは、ほとんどだれ
   も読まない本がたくさんある図書館のことです。実際に読
   むかもしれない一〇〇冊ぐらいしか本がない図書館は、図
   書館とはよばれません。... 》p.51-25


本というものは、非常に不思議なものだ、と著者は言います。

使わない道具や機械がたくさん並んでいても役に立たない、
でも、本というのは違う、と。


「実際には読まないかもしれない本が
 どれだけ並んでいるかどうか」

という事実が価値になるのです。


図書館というのは、

「読まれないかもしれない本を大事に保存しておく」

というちょっと不思議な施設なのです。


しかし、この読まれない本を保存するということが、
社会における一つの文化なのです。



 ●本というハードウェア

実践的な実技、技能というものを
今でこそ、動画と語りで保存することができます。

しかし、かつては
本で図示するとともに叙述するしかなかったわけです。

そして、それらを保存するのが文化でした。


  《今目の前にある本は、たまたま目の前にある本というのに
   すぎないのが本の世界であり、それだけに大事なのは、自
   分で本と出会うということであり、自分で本を探すという
   ことであり、そうして自分で読むということです。バイ・
   ユアセルフ、バイ・マイセルフが唯一のルールです。》p.54


目の前にある本だけが本ではない。

本は自分で探し、自分で読むのだと言います。



 ●本を取っておくのは…

  《... 本は、一度読んでも取っておく。なぜか。忘れるから
   です。その本がそこになくなれば、読んだことだって忘れ
   てしまいます。その忘れるちからのために、本を取ってお
   く。取っておくために、もう一度読む。このもう一度読む
   ということが本の文化にとって抜き差しならないほど大事
   なものなのだ、ということを考えるのです。》p.32


『論語』「学而」篇の冒頭の

 《学びて時に之を習う、亦(また)説(よろこ)ばしからずや》

のようですが……。

読んで忘れた本をもう一度読む、
この再読のチャンスを自分で自分に与えることで、

  《読書という経験を、自分のなかで、絶えず新しい経験にし
   てゆくことができる。》p.33

と、著者はいいます。



 ●古本祭のこと

毎年春と秋に、大阪の四天王寺という
古い歴史を持つお寺の境内で、古本祭が行われています。

私は、ここ数年これを楽しみにしています。

まわりから新刊書店・古書店ともに
ドンドン本屋さんが消えてゆく中、
ここでの出会いが私には、とても大きな楽しみになっています。


これだけの古本屋さんが一堂に会して、一時に見て歩けるのは、
そうあることではありません。

(大きな都市には古本屋街というのがあるようですが、
 私の周りにはこれといってそういう場所もありません。)


特に、何十年という読書生活を続けてきますと、
昔読んだ本を懐かしく思うものです。

経済的に多くの本を置いておくことができない身でもあり、
書棚二本押出し方式で蔵書を管理してきたので、
読後処分した本も数知れずです。

その時は、もう読まないだろうと処分したものでも、
今になってまた手元に置いておきたいという本も
結構あるものです。

そういう本を改めて買い直すことも増えています。


また、新たな出会いも結構あります。

こんないい本が出ていたのだ、
と再認識することもたびたびです。


自分で本を選べるようになれば、
しめたものです。

それでこそ、読書の力が向上したと言えるのです。

自分の必要な本を“自力”で探せるかどうか、
それがポイントです。



 ●余談―出版業界

悲しいかな、今の本屋さん(出版・流通業界そのもの)は、
非常に多くの、そして大きな問題を抱えています。


余談になりますが、
私はやはり再販制度自体がもう限界に来ている
と考えています。

これからは、責任販売制にして、
書店は、注文して仕入れた本は責任を持って販売する。

出版社も、よりよい本を、本当に価値ある必要な本を出す、
という出版の原点に戻る。

取次も、求められる本を必要とする書店に、という原点に戻る。

全員が責任を持って己の仕事に徹して欲しいと思います。


そう、作家・著述家の先生方にも言えることです。

生きるためのお金のために書くというのも
ある程度は仕方ないかもしれませんが、
本当に価値のある本になっているか、
をもう一度考え直してほしいものです。

出してもらえるというから出す、とか
忘れられないためにとりあえず出す、とか
ではなく、
本当に書くに値するものだから、
読んでもらうに値するものだから、
といった正当な理由のあるものなのかどうかを、
もう一度考え直していただきたいのです。


引き延ばして一冊にする意味があるのか、
雑誌の一記事、一論文、一短編ではダメなのか、とか。

本ではなく、他の形ではダメなのか、とか。

 ・・・

余談で長くなってしまいました。

今回はこの辺で。


次回は、本と読書について――

「分ける」文化としての情報と
「育てる」文化としての読書について

長田さんのお話をお聞きしてみましょう。


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※「別冊 編集後記」~『レフティやすおの作文工房』~
2017.10.15 私の読書論97-長田弘『読書からはじまる』前編
 ―第209号「古典から始める
レフティやすおの楽しい読書」別冊 編集後記
http://ameblo.jp/lefty-yasuo/entry-12319220020.html
*ココログ『レフティやすおのお茶でっせ』にも転載しています。
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