黒田裕樹の歴史講座・メルマガ編

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メルマガ名
黒田裕樹の歴史講座・メルマガ編
発行周期
ほぼ 週刊
最終発行日
2017年10月18日
 
発行部数
315部
メルマガID
0001672748
形式
PC・携帯向け/テキスト・HTML形式
カテゴリ
教育・研究 > 高校生向け > 歴史

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こんにちは!黒田裕樹です。
通史でたどる歴史講座の「昭和・戦前編」、今回は「経済統制の強化と
新体制運動(後編)」です。昭和10年代に深刻な物資不足や食糧難が
生じた理由は、運動や戦争という「手段」のみならず、その「目的」に
ついてもじっくりと検証する必要がありそうです。

(※文章中の「◎」は、教科書において太字などで強調された重要語句
です。文末にもまとめて掲載しています)

「経済統制の強化と新体制運動(後編)」
http://rocky96.blog10.fc2.com/blog-category-546.html

昭和14(1939)年に内閣総辞職した後に枢密院(すうみついん)
議長を務めていた近衛文麿(このえふみまろ)は、翌昭和15(194
0)年6月にその職を辞し、◎新体制運動を推進することを声明しまし
た。

近衛による一連の行動の背景には、国民に基礎を置く強力な新党をつく
って近衛自身が新たに内閣を組織し、既成の政党政治を打破しようとい
う思惑がありました。また、前年に勃発(ぼっぱつ)した第二次世界大
戦に対処するための総力戦体制を構築しようという思想も運動を後押し
しました。

近衛は昭和15(1940)年7月に第二次内閣を組織した後、同年1
0月に新たに成立した◎大政翼賛会(たいせいよくさんかい)の総裁に
就任すると、立憲政友会や立憲民政党、あるいは無産政党の社会大衆党
など多くの諸政党が次々と解散して合流しました。ただし、ドイツやイ
タリアのような一党独裁とは異なり、大政翼賛会が誕生しても、我が国
の国会(=帝国議会)は制約こそ加えられたものの、戦時中も停止され
ることはありませんでした。

大政翼賛会はその下部組織として産業報国会や大日本婦人会、町内会や
部落会、あるいは隣組を指導下に置いたため、国民生活全体を統制する
組織として機能しました。また、昭和16(1941)年には小学校が
◎国民学校と改称され、日本国民としての自覚や実践といった基礎的錬
成(れんせい)に基づく教育が行われました。

なお、現代でもよく使用される「バスに乗り遅れるな」というスローガ
ンは、新体制運動の際に広く使用されるようになったという説がありま
す。

昭和10年代(1930年代後半~1940年代前半)の我が国では、
厳しい経済統制によって生産力が低下し、アメリカを中心とする対外貿
易も制限されたこともあって、深刻な物資不足や食糧難にあえぐように
なりましたが、なぜこのような事態となってしまったのでしょうか。

その理由として「企画院の設立や国家総動員法の制定が主な原因だ」と
も考えられそうですが、これらはどちらかと言えば「手段」であり、む
しろこれらの政策が行われた「目的」を探る必要があるでしょう。

当時の我が国は、日華事変(=日中戦争)が泥沼化するなど軍事的な疲
弊(ひへい)が続いていましたが、近衛文麿を中心とする当時の内閣は
、これを止めるどころか「国民政府を対手(あいて)とせず」と言い放
った第一次近衛声明のように、むしろ戦線を拡大しようとしました。

このような「政治的判断」に、当時の我が国が悩まされた数々の困難を
読み解くヒントがあるのではないかと私は考えております。

インターネットが発達した現代とは異なり、昭和10年代当時の世界の
情報網(じょうほうもう)は充実しているとは言い難(がた)い面があ
りましたが、これは同時にスパイ的な活動による情報操作が比較的容易
であったということを意味していました。

繰り返しますが、当時の政府の中枢部(ちゅうすうぶ)には、尾崎秀実
(おざきほつみ)などソ連(=コミンテルン)のスパイが堂々と存在し
ており、彼らの諜報(ちょうほう)活動が我が国の正常な判断力を失わ
せ、結果として軍事面などあらゆる国力を低下させるように仕向けたと
いう見方が考えられないでしょうか。

世界の動きは、いつも正義や綺麗事ばかりとは限りません。かつて日露
戦争が行われた際にも、我が国は明石元二郎(あかしもとじろう)らに
ロシアで諜報活動を行わせ、革命運動を起こして政情を不安定にさせる
という成果を挙げていますが、これと逆のパターンが、当時の我が国で
起きていたとしても決して不思議ではありません。

また、我が国の国力が疲弊することは、対日戦略を展開していたアメリ
カにとっても「喜ばしい」ことでした。この後昭和16(1941)年
12月に日米開戦となりますが、その間アメリカはひたすら国力を温存
し、資本主義的な生産を発展させたことで、戦力的に優位に立つことが
できたという流れもあったのです。

ところで、我が国の国力が次第に疲弊していったのを、当時の日本国民
はどう思っていたのでしょうか。

当時の我が国では、国家総動員法の制定などによって厳しい経済統制が
続いていましたが、同時に「ぜいたくは敵だ」「欲しがりません勝つま
では」といったスローガンが掲(かか)げられるなど、思想的な統制も
行われており、情報網が不足していた国民の多くは、スローガンどおり
の行動を自然と取るようになっていました。

国民の中には政府の施策(しさく)に疑問を持っている人も決して少な
くなかったはずですが、昭和16(1941)年に行われた治安維持法
の改正によって、自由主義的な思想までもが取り締まりの対象となった
ために、言論の自由が大きく制限されてしまったという背景も見過ごせ
ません。

ちなみに、現代においても我が国が20年以上も経済成長が止まったま
まの一方で、アメリカや中国、あるいは韓国が、第二次安倍政権が誕生
するまで著しい経済成長を遂げてきたという現実があります。諜報活動
を制限することや言論の自由を守ることは、国家の命運や国民の生命や
財産などの死守に大きくかかわると考えた方が良いのかもしれません。

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  今回の重要語句(教科書において太字などで強調されたもの)

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◎新体制運動
◎大政翼賛会
◎国民学校

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  最後までお読みいただき、有難うございました。
  次回(Vol.081)は10月25日に発行します。
  「ソ連軍の侵攻とノモンハン事件」

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黒田裕樹の歴史講座・メルマガ編

◎発行責任者:黒田裕樹(大阪府内の公立高校非常勤講師)

◎公式サイト:黒田裕樹の歴史講座
http://rocky96.blog10.fc2.com/
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