黒田裕樹の歴史講座・メルマガ編

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メルマガ名
黒田裕樹の歴史講座・メルマガ編
発行周期
ほぼ 週刊
最終発行日
2017年12月06日
 
発行部数
316部
メルマガID
0001672748
形式
PC・携帯向け/テキスト・HTML形式
カテゴリ
教育・研究 > 高校生向け > 歴史

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    黒田裕樹の歴史講座・メルマガ編
      Vol.087  H29.12.06

        http://rocky96.blog10.fc2.com/

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こんにちは!黒田裕樹です。
通史でたどる歴史講座の「昭和・戦前編」、今回は「行きづまる日米交
渉(その1)」です。国際的にも合法だった我が国による南部仏印進駐
が、アメリカによる「戦争行為そのものの経済封鎖」たる「石油を含む
主要物資の対日輸出全面禁止」をもたらしてしまいました。

(※文章中の「◎」は、教科書において太字などで強調された重要語句
です。文末にもまとめて掲載しています)

「行きづまる日米交渉(その1)」
http://rocky96.blog10.fc2.com/blog-category-550.html

日華事変(=日中戦争)の泥沼化や日独伊三国同盟の締結、さらには北
部仏印進駐にABCDラインの形成など、様々な戦闘行為や外交状況が
重なるなかで、我が国とアメリカとの関係はますます悪化していきまし
た。こうした事態を打開するため、第二次近衛文麿(このえふみまろ)
内閣は、昭和16(1941)年に日米交渉を本格化させました。

日米交渉における我が国側の窓口となったのは、駐米大使の野村吉三郎
(のむらきちさぶろう)でした。野村はフランクリン=ルーズベルト大
統領とは旧知の間柄であり、少しでも交渉に有利になるようにという願
いが込められていました。

交渉は野村大使とアメリカのハル国務長官との間で続けられましたが、
松岡洋右(まつおかようすけ)外務大臣が日ソ中立条約を結ぶなど事態
が複雑化し、交渉は容易にまとまりそうもありませんでした。このため
、近衛首相は日米交渉の障害になると思われた松岡外相を除くために一
旦内閣を総辞職し、昭和16(1941)年7月に第三次内閣を組織し
ました。

なお、松岡外相は確かに対米強硬派でしたが、同時に熱心な「北進」論
者でもあり、自ら結んだ日ソ中立条約を破棄してでも日独伊三国同盟を
優先し、ドイツと一緒に東西からソ連を挟撃(きょうげき)すべきだと
主張していた人物でした。

松岡が外務大臣を辞めさせられたという事実は、我が国が北進論を取り
やめ、英米との対決も辞さない南進論へと国論が大きく傾いたことを意
味していたのです。

アメリカによって昭和15(1940)年に日米通商航海条約を廃棄さ
せられた我が国は、物資や石油などの重要な資源の不足に悩まされたこ
とで、蘭印(らんいん、オランダ領東インド、現在のインドネシア)に
対して戦略物資の輸入交渉を続けましたが、ABCDラインでアメリカ
やイギリスとつながっていたオランダによって、交渉は暗礁(あんしょ
う)に乗り上げました。

このため、我が国はフランスに対し、植民地である仏印(ふついん、フ
ランス領インドシナ、現在のベトナム・ラオス・カンボジアに相当)の
南部に日本軍を進駐させるよう交渉を続けました。南部仏印はタイやイ
ギリスの植民地、あるいは蘭印と接近する要地であり、英米よりも先に
進駐することで、我が国が南部で資源を獲得する望みをつなごうと考え
られていたからです。

当時のフランスはドイツの激しい攻撃によって北半分が占領され、南半
分にはドイツに協力的なヴィシー政権が成立していました。我が国はヴ
ィシー政権をフランスの正式な窓口として交渉を続け、最終的に合意し
たことで、第三次近衛文麿内閣が誕生した直後(つまり、北進論者の松
岡洋右が外務大臣を追われてすぐ)の昭和16(1941)年7月28
日に、日本軍は◎南部仏印進駐を開始しました。

以上のように、南部仏印進駐は先に行われた北部仏印進駐と同様に、当
時のフランス政府との間で決められた合法的なものであったのですが、
このことがヴィシー政権を認めていなかったアメリカによる、我が国に
対するさらなる報復措置(そち)を生んでしまったのです。

先述したように、当時のアメリカとイギリスは、日本をアメリカと戦争
させ、なおかつ第一撃を日本に撃たせるよう、すなわち先制攻撃を我が
国にさせるべく画策していました。そのために石油などの重要な資源を
輸出しない、すなわち「売らない」ことで我が国を追いつめようとして
いたのです。

一方、南部仏印を含む南洋ルートは、ゴムや錫(すず)などの天然資源
が豊富であり、コメの生産も盛んでした。北進論を断念した我が国にと
って、南部仏印が英米に占領される前に自国の軍隊を進駐させ、ゴムや
コメの供給地を確保するという手段は、当時の国際通念上に照らしても
当然の自衛行為であり、またフランス政府との交渉の末に実現した合法
的なものでした。

にもかかわらず、日本軍の進駐で自国の植民地支配に危機が生じると判
断したアメリカは、イギリスに亡命していたド=ゴール政権こそがフラ
ンスの正当なる政府であると主張して、我が国の南部仏印進駐を非難し
、直後の昭和16(1941)年8月1日に、在米日本人の資産凍結や
石油を含む主要物資の対日輸出全面禁止などという措置をとりました。

言うまでもないことですが、20世紀の国家が石油なくして存在できる
はずがありません。それなのに石油を我が国に一滴たりとも「売らない
」というアメリカの行為は、我が国に「死ね」と言っているに等しい暴
挙でした。

なお、1928(昭和3)年にパリ不戦条約が結ばれた際、条約批准(
ひじゅん)の是非をめぐってアメリカ上院議会で討議が行われた際に、
当時のケロッグ国務長官が「経済封鎖は戦争行為そのものである」と断
言しています。彼の言葉を借りれば、アメリカによる石油禁輸こそが、
我が国に対する先制攻撃だとは言えないでしょうか。

アメリカが我が国への石油禁輸を決めた直後の1941(昭和16)年
8月9日、フランクリン=ルーズベルト大統領はイギリスのチャーチル
首相と大西洋上で極秘に会談を行い、同月14日に両国は大西洋憲章を
結びました。

憲章において、米英両国は大戦終結後の世界秩序の構想を決定したとさ
れていますが、憲章を結んだ段階でアメリカはまだ第二次世界大戦に参
戦していないことから、実質的には両国首脳が対日戦争に関する協議を
行ったといえました。

一方、石油禁輸で追いつめられた我が国は、同年9月6日に昭和天皇ご
臨席のもとで御前会議を開いて◎帝国国策遂行要領(ていこくこくさく
すいこうようりょう)を決定し、対米交渉がまとまらなかった場合には
、10月下旬を目安として、アジアに植民地を持つアメリカやイギリス
・オランダに対する開戦方針が定められました。

なお、この会議において、戦争ではなくあくまで外交的な解決を望まれ
た昭和天皇は、明治天皇がお詠みになった御製(ぎょせい)をご披露(
ひろう)されておられます。

「四方(よも)の海 みなはらからと 思う世に など波風の 立ち騒
ぐらむ」
(※はらから=兄弟姉妹のこと)

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  今回の重要語句(教科書において太字などで強調されたもの)

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◎南部仏印進駐
◎帝国国策遂行要領

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  最後までお読みいただき、有難うございました。
  次回(Vol.088)は12月13日に発行します。
  「行きづまる日米交渉(その2)」

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黒田裕樹の歴史講座・メルマガ編

◎発行責任者:黒田裕樹(大阪府内の公立高校非常勤講師)

◎公式サイト:黒田裕樹の歴史講座
http://rocky96.blog10.fc2.com/
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