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メルマガ名
バートランド・ラッセルに関するメルマガ
発行周期
週刊
最終発行日
2018年12月15日
 
発行部数
147部
メルマガID
0000220241
形式
PC・携帯向け/テキスト形式
カテゴリ
教育・研究 > 科学・研究 > その他

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 (週刊)バートランド・ラッセル(1872.5.18-1970.2.2)に関するメール・マガジン
  no.0614_2018/12/15 (2006/12/21 創刊/毎週土曜 or 日曜日 発行)

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     ■ 目 次 ■
          
(1)ラッセルの著書及び発言等からの引用
(2)ラッセルに関する記述や発言等
編集後記

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
(1) ラッセルの著書や発言等から
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■「(ほぼ日刊)ラッセルの言葉366」
n.1525~n.1529 を発行しました。

  以下,1つだけ再録します。 n.1527 (2018年12月12日 水曜日)
https://archives.mag2.com/0001626338/20181212082436000.html

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 ラッセル『宗教と科学』第6章 決定論 n.16
 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 もちろん,「自発的(自由意志による)」行為と「非自発的(自由意志のない)」
行為の区別を否定することは不合理であろう。(たとえば)心臓の鼓動には全く自由
意志がない(不随意的なものである)(注:荒地出版社刊の津田訳では「the beating
of the heart」を「胸の動悸」と和訳/違う意味にとられる恐れあり(笑))。呼吸,
欠伸,クシャミなどは非自発的(不随意的)なものであるが,ある程度まで(一定の
範囲内で),自発的な(自由意志による)行為によって制御できる(注:たとえば,
欠伸を押し殺すことなど)。(また)歩くことや話すことのような身体運動は,全く
自発的(自由意志による)行為である。(松下注:蛇足かも知れませんが,夢遊病患
者は「自発的に歩いてはいないじゃないか」と反論される人がいるかも知れません。
しかし夢遊病患者はゾンビではありません。夢のなかで歩こうと思って歩いています
。) 自発的な行為に関係する筋肉(注:随意筋)は,心臓の鼓動のようなものを制
御する筋肉(注:不随意筋)とは異なったものである。自発的行為(自由意志のある
行為)は(も)「心的(精神的)」な先行者(注:先立って起こる出来事)によって
引き起こされることはありうる(ことである)。しかし,そのような「心的(精神的)」
先行者を -少なくとも私にはそう思われるが- 「意欲(volition)」がそうであ
ると考えられているように,特殊な出来事の集まったものだとみなすすべき理由はま
ったくない。

 自由意志の理論は,「罪」を定義するためにも,罰(処罰),特に天罰(を下すこ
と)を正当化するためにも,道徳との関連で重要であると(これまで)考えられてき
た。自由意志の問題に関するこの側面については,後の章で,科学の倫理に対する関
係について論ずる時に,論ずることにしよう。

 本章において,私は,あたかも最初に決定論に反対し次に自由意志に反対するとい
う,首尾一貫性のなさに責任があるように思われるかも知れない。しかし,実際は,
両者とも,科学的に確かめることができる(ascetainable)範囲を超えた全くの形而
上学的な理論である。因果律を探求することは -すでに見たように(触れたように)
- 科学の本質であり,従って,純粋に実際的な意味において,科学者は常に,決定
論を作業仮説として仮定しなければならない。しかし,科学者は,実際に因果律を発
見した場合以外,因果律が存在すると主張しなければならないということはない。も
しそう主張するとしたら賢明ではない。だが,因果律が適用されない領域を自分は知
っていると肯定的に主張するとしたら,なおいっそう賢明ではない。そういう主張に
は,理論上及び実際上の両面で,愚かさ(unwisdsm 知恵のなさ)を含んでいる。理論
上においては,我々(人間)の知識はそのような主張をすることを正当だと保障する
ほど充分では決してありえないからである。また,実際上においては,一定の領域に
は因果律が存在しないという信念は探究心をそぎ(挫き),法則の発見を妨げるから
である。このような二重の愚かさが,原子内における変化は必ずしも決定論的ではな
いと主張する人々にも(注:not completely deterministic 90%くらいは決定論的/
ほぼ決定論的),自由意志を独断的に主張する人々にも存在するように私には思われ
る。そのような相対立する独断に直面して,科学は純粋に経験的領域に止まるべきで
あり,実際の証拠が正当だと保障する点(地点)を越えて,主張したり否定したりす
べきではない。

Chapter 6 Determinism, n.16

It would, of course, be absurd to deny the distinction between "voluntary"
and "involuntary" acts. The beating of the heart is wholly involuntary ;
breathing, yawning, sneezing, and so on, are involuntary, but can (within
limits) be controlled by voluntary actions ; such bodily movements as
walking and talking are wholly voluntary. The muscles concerned in
voluntary actions are of a different kind from those that control such
matters as the beating of the heart. Voluntary actions can be caused by
"mental" antecedents. But there is no reason - or so, at least, it seems to
me - to regard these "mental" antecedents as a peculiar class of occurrences
such as "volitions" are supposed to be.

The doctrine of free will has been thought important in connection with
morals, both for the definition of "sin" and for the justification of
punishment, especially Divine punishment. This aspect of the question will
be discussed in a later chapter, when we come to deal with the bearing of
science on ethics.

It may seem as though, in the present chapter, I had been guilty of an
inconsistency in arguing first against determinism and then against free
will. But in fact both are absolute metaphysical doctrines, which go beyond
what is scientifically ascertainable. The search for causal laws, as we saw,
is the essence of science, and therefore, in a purely practical sense, the
man of science must always assume determinism as a working hypothesis. But
he is not bound to assert that there are causal laws except where he has
actually found them ; indeed he is unwise if he does so. But he is still
more unwise if he asserts positively that he knows of a region where causal
laws do not operate. This assertion has an unwisdom at once theoretical
and practical : theoretical, because our knowledge can never be sufficient
to warrant such an assertion ; and practical, because the belief that there
are no causal laws in a certain province discourages investigation, and may
prevent laws from being discovered. This double unwisdom seems to me to
belong both to those who assert that changes in atoms are not completely
deterministic, and to those who dogmatically assert free will. Faced with
such opposite dogmatisms, science should remain purely empirical, carrying
neither assertion nor denial beyond the point warranted by actual evidence.
 出典:Religion and Science, 1935, chapt. 6:
 情報源:https://russell-j.com/beginner/RS1935_06-160.HTM

■「(ほぼ日刊)ラッセルの英語」
n.1481~1485 を発行しました

  以下,1つだけ再録します。n.1482/3650(2018年12月11日 火曜日)
https://archives.mag2.com/0001623960/20181211060000000.html

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 R英単語熟語 ripe (adj.)【(果物などが)熟した;円熟した】 
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★ ripe (adj.)【(果物などが)熟した;円熟した;機が熟した】

* ripen (v):熟する;円熟する
   https://russell-j.com/beginner/reitan-r102.htm

<用例1>
Happiness is not, except in very rare cases, something that drops into the
mouth, like a ripe fruit, by the mere operation of fortunate circumstances.
[幸福とは,非常に稀な場合を除いて,熟した果実のように,単なる幸運な事情(状況)
の働きだけで,口の中に落ちてくるようなものではない。]
 出典:ラッセル『幸福論』第16章「努力と諦め」
     https://russell-j.com/beginner/HA27-010.HTM

<用例2>
The boy who fills the master's desk with frogs, puts mice in the way of the
maids, steals the apples in the orchard before they are ripe and absents
himself from class when there is a circus is a 'bad' boy and is likely to be
frequently punished. .'
[教師の机を蛙で一杯にしたり、お手伝いさん(メイド)の通るところにネズミをお
いたり、まだ熟していない果樹園のリンゴを盗んだり、サーカスが町に来ると学校を
さぼるような少年は「悪い」子としてよく罰を与えられる。]
 出典:ラッセル『アメリカン・エッセイ集』の中の「優等生について」
     https://russell-j.com/BEING-G.HTM

<用例3>
They accordingly said : "We, the party that has made the revolution, will
retain political power until such time as the country is ripe for democracy;
and meanwhile we will educate the country in our principles."
[そこで彼ら革命政党員たちは次のように言った。「我々(即ち)革命を成就した我
が党は,祖国が民主主義を受けいれる機が熟するまで,政治権力を保持しよう。その
間,我々は祖国(の人々)を我々(共産党)の原理原則によって教育しよう。」。]
 出典:ラッセル『権力-新しい社会分析』第12章「権力と道徳律」
     https://russell-j.com/beginner/POWER12_150.HTM

<用例4>
Our friendship ripened quickly, and soon we could no longer bear to be
parted by the Atlantic. She settled in London, and, as I lived at Richmond,
we met frequently.
[私たちの仲は急速に深まり,すぐに,もはや大西洋を隔てて別れていることに堪えら
れなくなった。彼女はロンドンに移り住んだ。そうして,私は(ロンドン郊外の)リ
ッチモンドに住んでいたので,私たちはしばしば会った。]
 出典:ラッセル『自伝』第3巻第2章「国の内外で」
     https://russell-j.com/beginner/AB32-010.HTM

<参考例1>
The figs in the garden have fully ripened.
[庭のイチジク(figs)がすっかり熟した。]
 出典:『究極の英単語<SVL> Vol.3 上級の3000語』p.25

<参考例2>
These apples aren't ripe.
 出典:Longman Dictionary of Contemporary English, new ed.

<参考例3>
When crops ripen or when the sun ripens them, they become ripe.
 出典:Collins COBUILD English Dictionary for Advanced Learners, new ed.


★「ラッセルの言葉(Word Press 版)v.2」 n.1225~1229

1)n.1225:第二十章 人間の価値の中の性の位置 n.9
     https://russell-j.com/wp/?p=4248

2)n.1226: R『結婚論』第二十章 人間の価値の中の性の位置 n.10
     https://russell-j.com/NEWINDX.HTM
 
3)n.1227:R『結婚論』第二十章 人間の価値の中の性の位置 N.11:
       偉大な人びとを動かすもの
     https://russell-j.com/wp/?p=4258

 これまで言ってきたことが正しいなら,芸術家以外の最も偉大な人びとの大
部分は,性と関連のない動機によって重要な活動をしてきた(のである)。も
しも,このような活動を持続させるべきと思うならば(したければ),また,
もっとつつましい形で一般的なものになるべきだとするならば(したければ)
,性が,人間の(性以外の)他の情緒的及び情熱的な性質に影を投げかけさせ
ないようにすることが必要である。

 世界を理解しようという欲求や世界を改革しようという欲求は,進歩の(た
めの)二大原動力であり,これがなければ,人間社会は停滞するか,後退する
しかないだろう。あまりに完全すぎる幸福は,あるいは,知識と改革への衝動
を衰えさせる原因になるかもしれない。コブデン(Richard Cobden,1804-
1865:イギリスの政治家,実業家)が,ジョン・ブライト(John Bright,1811
-1889)に,自由貿易運動への協力を求めようとしたとき,ブライトが直近に妻
を亡くして悲しみに沈んでいるのにつけ込んで(based upon 頼りにして),
個人的に訴えたのだった。この悲しみがなければ,ブライトは,他人の悲しみ
にあれほど同情しなかったかもしれない。また,現実世界に絶望して,抽象的
な研究(pursuits 仕事/物事の追求)におもむいた人も多かった(多かったで
あろう)。精力がたっぷりある人には,苦痛も貴重な刺激になるかもしれない
。もしも,我々が皆,完全に幸福であるなら,もっと幸福になろうと努力する
ことはないだろうということを,私は否定しない。

 しかし,もしかするとよい成果を生むかもしれないということで(on the
off-chance that),他人に苦痛を与えることが人間の義務の一部であるなど
ということは,認めることはできない。苦痛は,九分九厘,人を押しつぶすの
みである。あとの一厘は,肉体が受け継ぐ自然の衝撃にまかせる(trust to
委ねる)ほうがよい。死があるかぎり,悲しみがあるだろうし,悲しみがある
かぎり,その量を増やすことが人間の義務の一部になるはずはない。たとえ,
少数の稀な人間が,悲しみを高度のものに変える方法を知っている,という事
実があるにしてもである。

Chapter XX: The Place of Sex among Human Values, n.11

If we are right in what we have been saying, most of the greatest men,
other than artists, have been actuated in their important activities
by motives unconnected with sex. If such activities are to persist,
and are, in their humbler forms, to become common, it is necessary
that sex should not overshadow the remainder of a man's emotional and
passionate nature. The desire to understand the world and the desire
to reform it are the two great engines of progress, without which
human society would stand still or retrogress. It may be that too
complete a happiness would cause the impulses to knowledge and reform
to fade. When Cobden wished to enlist John Bright in the free trade
campaign, he based a personal appeal upon the sorrow that Bright was
experiencing owing to his wife's recent death. It may be that without
this sorrow Bright would have had less sympathy with the sorrows of
others. And many a man has been driven to abstract pursuits by
despair of the actual world. To a man of sufficient energy, pain may
be a valuable stimulus, and I do not deny that if we were all
perfectly happy we should not exert ourselves to become happier.
But I cannot admit that it is any part of the duty of human beings
to provide others with pain on the off-chance that it may prove
fruitful. In ninety-nine cases out of a hundred pain proves merely
crushing. In the hundredth case it is better to trust to the natural
shocks that flesh is heir to. So long as there is death there will
be sorrow, and so long as there is sorrow it can be no part of the
duty of human beings to increase its amount, in spite of the fact
that a few rare spirits know how to transmute it.
 出典: Marriage and Morals, 1929.
 詳細情報:https://russell-j.com/beginner/MM20-110.HTM

4)n.1228: R『結婚論』第二十一章 結論 n.1
    https://russell-j.com/wp/?p=4261

4)n.1229: R『結婚論』第二十一章 結論 n.2
    https://russell-j.com/wp/?p=4265


★「ラッセルの言葉_画像版」

 日本語 version : n.0769j-0775j を投稿
 英 語 version : n.0769e-0775e を投稿

  一つだけ再録します。 n.0771j (Dec. 10,2018)
    https://russell-j.com/smart_r366/r366g_j0771.html

 「人類の進歩の要件」

 ここでも(注:劣等民族の増大の危険性を強調する西欧の狂信的愛国主義などでも)
また,以前の二つの場合と同様に,国際的な無政府状態が続いている間に科学が進歩
していくなら,我々は,人類の前途にある危険に直面する。科学は我々(人類)のい
ろいろな目的の達成を可能とするが,我々の目的が邪悪なものであれば,結果は災い
となる。もしも,世界が依然として悪意と憎悪に満ちているなら,世界が科学的にな
ればなるほどますます恐ろしいものになる。それゆえ,こういう感情の毒々しさを減
らすことが,人類の進歩の要件である。

Here again, as on two former occasions, we are confronted by the dangers
facing mankind if science advances while international anarchy continues.
Science enables us to realize our purposes, and if our purposes are evil,
the result is disaster. If the world remains filled with malevolence and
hate, the more scientific it becomes the more horrible it will be.
To diminish the virulence of these passions is, therefore, an essential
of human progress
 情報源: Bertrand Russell :Marriage and Morals, 1929
 詳細情報:https://russell-j.com/beginner/MM18-110.HTM

 <寸言>
 仕事は何でもよいものだという誤解がある。良い結果よりも悪い結果のほうが多
い仕事は、たとえ魅力的な結果がでるものでもやめたほうがよい。

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(2) ラッセルに関する記述や発言等
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 おやすみ

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 編集後記 『ホモ・デウス - テクノロジとサビエンスの未来』読了 
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 今話題のユヴァル・ノア・ハラリ(著)『ホモ・デウス-テクノロジーとサビエン
スの未来』(上・下)を読了しました。訳も読みやすく、ほとんどひっかかりなく読
むことができました。今後活用?していきたいと思いますが、とりあえず目に止ま
ったところを5箇所だけ引用しておきます。

(上巻p.218) ではあるものが現実のものかどうかはどうすればわかるだろうか?
とても単純だ。「それが苦しむことがありうるか?」と自問しさえすればいい。
人々がゼウスの神殿を焼き払ってもゼウスは苦しまない。ユーロは価値が下がっ
ても苦しまない。銀行は倒産しても苦しまない。国家は戦争に敗れても本当に苦
しむことはない。苦しむと言ったとしてもそれは比喩でしかない。それに対して
,兵士は戦場で負傷したら本当に苦しむ。飢えた農民は食べ物が何もなければ苦
しむ。雌牛は産んだばかりの子牛から引き離されれば苦しむ。それこそが現実だ。

(下巻p.82) 好きな場所に住める自由があっても、家賃を払えないなら何の役に
立つというのか? 興味があることを学ぶ自由があっても学費を払う余裕がない
なら何の役に立つというのか? 好きな所に出かける自由があっても、自動車を
買えないなら何の役に立つというのか? 自由主義のもとでは誰もが死ぬ自由が
あるという有名な当てこすりがある。自由主義は人々に自分を孤立した個人と見
るように促し、同じ階級の成員から彼らを切り離し、彼らを迫害する体制に対し
て団結して反抗するのを妨げるのだからなお悪い。こうして自由主義は不平等を
永続させ、一般大衆を貧困へ、エリート層を疎外へと追いやる。

(下巻p.125)・・・ところが彼は、誰かを本当に殺したら、自分の空想に必死に
しがみつく。自分の悲惨な悪行に意味を与えられるのはその空想だけだからだ。
矛盾するようだが、私たちは空想の物語のために犠牲を払えば払うほど執拗にそ
の物語にしがみつく。その犠牲と自分が引き起こした苦しみにぜがひでも意味を
与えたいからだ。
 これは政治の世界では「我が国の若者たちは犬死にはしなかった」症候群とし
て知られている。・・・(下巻p.127)政治家たちはまたしても、戦い続けるのが
最善だと判断した。「我が国の若者たちは犬死にはしなかった」からだ。もっと
も政治家だけを責めることはできない。一般大衆も戦争を支持し続けた。
 
(下巻p.220)神のようなテクノロジーと誇大妄想的な政治という取り合わせは、
災難の処方箋となる。多くの新自由主義の経済学者や政治学者は、重要な決定は
すべて自由市場の手に委ねるのが最善だと主張する。それによって政治家は、無
為や無知であることの完壁な口実が得られ、無為と無知は深遠な知恵として再解
釈される。政治家にとっては、理解する必要がないからこの世界を理解しないの
だと思うのが好都合なのだ。

(下巻p.232)データ至上主義者は、経験は共有されなければ無価値で、私たちは
自分の中に意味を見出す必要はない、いや、じつは見出せないと信じている。私
たちはただ、自らの経験を記録し大量のデータフローにつなげさえすればいい。
そうすればアルゴリズムがその意味を見出して、私たちにどうするべきかを教え
てくれる。二〇年前、日本人旅行者は万人の笑い種になっていた。いつもカメラ
を携えて目にしたものをすべて写真に撮っていたからだ。だが、今では誰もが同
じことをしている。インドに行ってゾウを目にしたら、ゾウを眺めて、「私は何
を感じているか?」と自問したりしない。スマートフォンを出してゾウの写真を
撮り、フェイスブックに投稿し、その後は自分のアカウントを二分おきにチェッ
クして「いいね」をどれだけ獲得したかを見るのに忙しいからだ。・・・
                              (松下彰良)

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<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/B012IYHZRG/ref=as_li_tf_tl?ie=UTF8&camp=247&creative=1211&creativeASIN=B012IYHZRG&linkCode=as2&tag=russellj-22">松下彰良(訳・編)『ラッセルの言葉366』</a><img src="http://ir-jp.amazon-adsystem.com/e/ir?t=russellj-22&l=as2&o=9&a=B012IYHZRG" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" />

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■編集・発行:(松下彰良/まつした・あきよし)
■ご意見・ご感想・お問合せはお気軽に : matusitaster@gmail.com

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