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借金地獄から三つ星シェフ御用達へ。九州の老舗は何に救われたのか?

「賢者は考えを変えるが、愚者は変えない」という諺があります。伝統が行き詰まったとき、そこで終わるのか、次のステージへと進むのかは、経営者の考え方に大きく左右されるのではないでしょうか。今回の無料メルマガ『戦略経営の「よもやま話」』では、先日掲載の記事「一見、普通の『土鍋』が異例の大ヒット。その驚きの理由は?」でも取り上げられた伊賀焼の窯元・長谷園と、有田焼の窯元・カマチ陶舗が、絶体絶命の窮地で起こした奇跡的な「革新」が紹介されています。

陶磁器の革新(イノベーション)

陶磁器と一概に言うのですが、その違いを知ることはありませんでした。その違いは、原料となる粘土の違いと焼く温度にあるそうです。陶器は石質を含まない粘土を低温で焼くのに対して、磁器は長石を主成分とした粘土を高温で焼き使うのが特徴だそうです。二つの器の主な違いはガラスになる成分と量の違いにあり、陶器は釉をかけない状態では吸水性があるのに対して磁気は水を全く通しません。

少し説明させていただいたのですが「陶磁器」とひとくくりでよぶのですが、それぞれが持つ物理的な特性は異なり、従ってそれらに期待される効用(消費者が、自己の消費する財から受ける満足の度合い)も当然異なります

ところで陶磁器の「効用」は何ですか問われたらどう答えられますか。「モノを盛る器(うつわ)だ」とだけ答えるのであれば、その発想だけでは発展性はなくビジネス・チャンスを見つけることは全くできません

「商品」は顧客が購入してはじめて「商品」になります。購入してもらうための要件は一つで、それは顧客の求める効用が他のものに比べてより良くあるかどうかにつきます。「製品」が「商品」になるか「ガラクタ」であるかは、作り手がどのような思いを持っているのかまた努力をしたかには直接にはかかわりなく「使い手の都合に委ねられてしまっています。

「マーケティング」とは「使い手の都合に合わせて考えることを言います。「イノベーション(革新)」とは「競合関係」のなか、また「変化」のなかで、より良くまた新たにマーケティングを実現させることを言います。

今日のように企業がグローバルな「競合関係」のなかにあり、また激しい変化のなかにあるのであれば「イノベーション(革新)」は、企業(組織)にとってはもはや特別な活動ではあり得ません。いつも「組織の体質革新そのものでなければなりません

ただ、現れてはじめて分かる顧客の欲求が対象であるので、リスクを常態として持てる経営資源を結集させて、チャレンジし続けるしか術がありません。もしくは、スマートフォンのように最高と考える価値に標準を定めて「効用」をつくり込むことが求められます。ここでもしなければならないのは、持てる経営資源を結集させて不可能効用に形付けるまでチャレンジし続けることです。

陶磁器の「効用」を確認しながら二つの窯元のイノベーション(革新)から、どん底から逃れるのだという必死な思い」と、「考え方の転換で得られる成果」を見て行きたいと思います。2社の出発点は、いずれも多額の累積赤字つまり借入金をどう返済するかに迫られての「危機感のなかでのイノベーション革新)」です。その意味では「イノベーション(革新)」の覚悟は、それほどの瀬戸際の困難のなかで知恵と決断がなければできないシロモノであります。

伊賀焼の窯元 長谷園

伊賀焼は陶器」です。古琵琶湖の湖底の有機物を含む粘土を焼くことで多く気泡をもつ吸水性が特徴の焼き物です。

長谷園は老舗でその創業は江戸末期に遡り、現在は商品開発が得意な7代目と経営センスのある8代目の親子の両翼で経営を行っています。伊賀焼の歴史は小さな集積地であったので、江戸時代からずっと周辺の焼き物の産地信楽焼などの下請けの仕事をしていました。下請けでは将来の発展が見込めないので、6代目が建材タイルに目をつけて進出したことで業容を一気に伸ばしました。

ところが好事魔多しで、1995年に発生した阪神淡路大震災で建材タイルの剥がれた建物の光景がテレビで映し出されると注文がバッタリ止まってしまいました。ここで通常であれば建材タイルに見切りをつけるのですが、発明好きな7代目は従業員を解雇せずになおもつくり続けました。その結果、16億円の借金をつくってしまうことになります。

そんな時に、会社の窮状を見かねて8代目が、務めていた会社を辞めて経営に参加しました。すぐにしたことが、建材タイルからの撤退でした。そして、次に目指したのは新たな主力商品の模索でした。財産を取り崩しながら、探し求めたときにふと目についたのは発明家の7代目の土鍋釜のアイディア・スケッチでした。保温性抜群の土鍋でつくった「ごはん」がおいしいのは経験済みのことで、3年の年月と1,000個の試作品の結果生まれたのがかまどさん』です。

販売の当初はまったく反応がありませんでした。ところが、料理研究家が雑誌で紹介したところ「おいしさ」と「手ごろさ」が折り紙付であり瞬く間に口コミで評判を生み、75万個の大ヒット商品」になってしましました。

ちなみに本格的な「かまど風の炊飯器」が10万円以上のものがあるなかで、風味においてそれを凌駕しているのに価格は5分の1以下であれば、そんな人気を呼び起こしたのも頷けることです。その後も、燻製鍋「いぶしぎん」など200種類の多様な機能の陶器鍋を製作し続けています

7代目は「作り手は真の使い手であれ!」と「顧客目線」の新商品づくりを核心に据え、娘さんの辛辣なアドバイスを真摯に参考にしています。「『伝統だから』と同じものを続けても誰も相手にしてくれない。求められるものでなければ民具にならない」と今の気持ちを述懐しています。

有田焼の窯元 カマチ陶舗

有田焼は佐賀県有田町を中心に焼かれる磁器」で江戸時代には伊万里焼や肥前焼とも呼ばれていました。17世紀初頭豊臣秀吉の朝鮮出兵の際に、肥前の領主鍋島直茂に同行してきた朝鮮人陶工李参平が有田町の泉山で磁器の原料となる陶石を発見されたことが始まりです。

1650年代には、オランダの東インド会社により東南アジアやヨーロッパに輸出され、当時のヨーロッパの王侯貴族の間でIMARI」と呼ばれステータスシンボルとして珍重され、現在でも高く評価されています。

カマチ陶舗は、明治の初めに有田泉山で起こした小さな窯「照右ェ門窯」に始まります。昭和28年に会社として創立し、1990年代後半頃までは日本料理店をはじめとする顧客のオーダーメイドで「和食器」をつくっていました。しかし、バブル崩壊時になるとライフスタイルの変化や高級食器の需要の低下で売り上げは大きく落ち込んでしまいました

そんな中で、先代社長の死去により代替わりするのですが、そこにあったのは数億円の借金であり、いきなりの窮地に立たされることになります。目をつけたのは「フレンチ」や「イタリアン」の「洋食器」です。周りからは、伝統を壊すのかと大反対のなかでの発想転換です。しかし、事はそんなに都合よくはすすむはずはありませんでした。飛び込みで高級レストランやホテルに売り込みをかけるものの、全く相手にされず成果の上げようもありませんでした。

目線を変えて取り組んだのは「本場フランスへのダイレクトな提案」でした。その経緯は面白く、本場フランスで名を馳せるシェフ、ドミニク・ブシェ氏にブランド・コラボレートしたいと持ちかけたのですが、全く取り合ってもらえず、そこで実物である皿を見せたところ大いに気に入れられて道が開けて行くことになりました。

その皿というのも、どんな無理な注文でもこなすことのできる兄が失敗作として世に送り出してしまった「ふちの折れ下がった斬新なデザイン」のものであったというオマケまでついています。この思わぬ怪我の功名の創作物が、2000年初頭にドミニク・ブシェ氏によって採用され離陸に成功しました。

経営者である蒲池勝氏の経歴がまたユニーク。調理師免許を持っており、料理人の視点で食器を見ることができました。またプロデューサー的素養があったのか「プロ中のプロ」のシェフの感性に合わせて、その要望にきめ細かく応じて、一枚からでも注文にこたえています。それらの要望のイメージを、陶工である兄が巧みに形にして行きます。

「カマチ陶舗」は、有田焼の造る伝統を大切にしつつスタイリッシュモダン追求し、業務用として映える品質・強度、さらに求めやすい価格帯も相まって、「プロ中のプロのシェフのこだわりに応じ評判をかち得ました

カマチ陶舗は、たしかな技術・技法を基盤としながら「使い手の目線であらたな有田焼の魅力を引き出しています。そんななかで経営者は「伝統は革新しなければならないものであって、守らなければならないものは精神であり「伝統はスピリッツの継承だ」としています。

「君子は豹変す」ということわざがあります。今は少し悪い意味で使われることもあるのですが、もとの意は「徳の高い立派な人物は過ちに気づけば即座にそれを改め正しい道に戻るもの」だとするもので、同様の意味で英語のことわざに「賢者は考えを変えるが、愚者は変えない」というものがあります。

image by: Shutterstock.com

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戦略経営のためには、各業務部門のシステム化が必要です。またその各部門のシステムを、ミッションの実現のために有機的に結合させていかなければなりません。それと同時に正しい戦略経営の知識と知恵を身につけなければなりません。ここでは、よもやま話として基本的なマネジメントの話も併せて紹介します。

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【著者】 浅井良一 【発行周期】 ほぼ週刊

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