その名前を聞くたびに、現実の出来事とは思えないニュース映像が脳裏によみがえる1995年発生の「地下鉄サリン事件」。あの事件からまもなく23年という月日が経とうとしています。メルマガ『デキる男は尻がイイ-河合薫の『社会の窓』』の著者で健康社会学者の河合薫さんは、自身がコメンテーターとして出演しているラジオ番組で麻原彰晃こと松本智津夫死刑囚の三女・松本麗華さんと対面し、感じたことを記しています。
※本記事は有料メルマガ『デキる男は尻がイイ-河合薫の『社会の窓』』2018年2月28日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会にバックナンバー含め今月分すべて無料のお試し購読をどうぞ。
プロフィール:河合薫(かわい・かおる)
健康社会学者(Ph.D.,保健学)、気象予報士。東京大学大学院医学系研究科博士課程修了(Ph.D)。ANA国際線CAを経たのち、気象予報士として「ニュースステーション」などに出演。2007年に博士号(Ph.D)取得後は、産業ストレスを専門に調査研究を進めている。主な著書に、同メルマガの連載を元にした『他人をバカにしたがる男たち』(日経プレミアムシリーズ)など多数。
松本麗華さんが語る父、そして今
ラジオでは2ヶ月に一回、「スペシャルウィーク」というものがあります。
正式名は「聴取率調査週間」。テレビでは毎日視聴率が出ますが、ラジオはカーラジオや携帯型ラジオなどで聴取する人が多いので、個々人に聴取時間帯と局をアンケート調査して聴取率を算出するのです。
スペシャルというくらいですから、各局、各番組、こぞってリスナープレゼントを奮発したり、時の人や滅多にマスコミに出ない著名人をゲストに迎えたり……。
アレやコレやと聴取率アップに精を出します。
とはいえ基礎となるリスナーさんは日々のオンエア次第なので、スペシャルウィークはいわば“新規顧客”や“出戻り顧客”をゲットするチャンス。
そこでスタッフは知恵を絞り、下ごしらえをするのです。
今週の月曜日2月26日は今年一発目のスペシャルウィーク初日(文化放送「斉藤一美 ニュースワイドSAKIDORI!」)。
ゲストは元オウム真理教、麻原彰晃こと松本智津夫死刑囚(62歳)の三女で、かつては“アーチャリー”と呼ばれていた松本麗華(りか)さんでした。
地下鉄サリン事件が起きた1995年3月20日。その2ヶ月前に起きた阪神淡路大震災。
どちらも、私がニュースステーション(テレ朝)でお天気キャスターデビューして間もない頃に起こった“事件”で、得体の知れない恐怖に心が揺さぶられたのを記憶しています。
スタッフは日々、南青山の東京総本部前に張り込み、1995年4月23日に、幹部だった村井秀夫が刺されたこともただただ恐かった。
でも、私がその時報道の現場で“事実”だと思っていたことが、一面的なものだったと知ったのは、森達也さんの「A3」を読んでからです。
そこには、麻原彰晃の法廷での異常な言動が演技とは思えないくらい異常さを究めている状況が一部始終記されていました。
弁護団の依頼を受けて面会した5人の精神科医は全員訴訟能力を疑問視し、治療を求めたが、高裁は一貫して裁判継続の姿勢で「結論ありきの鑑定」だったこと。
「半年間治療すれば正常に戻れる」と医師は訴えたが、それも認められなかったこと。
茨城県旭村の自宅近くで森さんが“アーチャリー”にカメラを向けていたときに、近くの派出所から出てきた2人の警官に、
彼女が「こんにちは」
と言うと、警官も
「こんにちは」と返し、森さんが「彼女は危険ですか?」と警官にカメラを向けると、
「危険じゃないよ」(警官)
「でも、今世間では彼らは最も危険な集団で、彼女はその中心にいるとおもわれてますよね?」(森氏)
「何だかねぇ。そんなことはないと思うんだけどね」(警官)
「ならばどうして、危険だとのイメージが広がるんでしょうか?」(森氏)
「メディアが悪いんじゃないの」(警官)
「いや、警察でしょ」(もうひとりの警官)
「いや、メディアだろ」(警官)
「……どっちもなんじゃない」(もうひとりの警官)
というやり取りがあったこと。
そして、“アーチャリー”がとにかく学校に行きたくて、行きたくて、色々なところに打診するけど「保護者から反対された」「地域の人たちが反対している」「うちでは難しい」と断られ続けていたことを知りました。
なので、今回。麗華さんに会うことが感慨深かった。
そして、私が番組の告知をかねてSNSでその気持ちを書いたところ、麗華さん本人から「河合さん、よろしくお願いします。緊張してしまって。頭が真っ白です」と、メッセージが届き、正直ちょっとだけ驚いたのと共に、余計に「ちゃんと会って、彼女の言葉を聞きたい」と思いました。
番組では、麗華さんがオウム事件について、さらにはオウム関連の裁判がすべて終わったことをどう受け止めているのか?
今、どういった仕事をしているのか?
「アレフ」や「ひかり」とのつながりは?(一切ないと断言しています)
5歳で“アーチャリー”というホーリーネームをつけられ、その後生きてきたオウム真理教の世界はどういうものだったのか?
その教祖である父親は、どういう父親で、何を思うか?
こういった質問に加え、一連の事件に関する厳しい質問も相次ぎました。
そのひとつひとつに、丁寧に、自分の言葉で、彼女は必死で答えていました。
彼女はどこにでもいる普通の30代の若い女性で。時折、浮かべる人なつこい笑顔。
でも、彼女が発する言葉は、そのすべてが普通の若い女性であれば、決して口にすることも、考えることもない言葉ばかりでした。
裁判では結局、なぜ、普通の青年たちが凶悪犯になってしまったのか?
なぜ、オウム真理教が史上まれに見る凶悪集団に変質していったのか?
いくつもの事件は麻原彰晃の指示のもと行なわれたか?
それとも一部の幹部たちによって実行されたのか?
そのすべてが、明らかになっていません。なにひとつ明らかになっていない。
ただひとつ私にとっての「事実」は、世間から危険視された“アーチャリー”が、私の目の前にいて、彼女と会話をしているという事実です。
情報は世間にありふれています。その情報を読むと、いろいろなことを知ることができます。
でも、それは知ったつもりになってるだけ。
面と向きあって会わないとわからないことが山ほどある。
実際に会うことの大切さを改めて痛感しました。
そして、私なりにひとつだけ明らかになったオウム事件の“事実”があります。
でも、それはここには書きません。
なぜなら、それはこれを読んでいるみなさんひとりひとりに考えてもらいたいからです。
※本記事は有料メルマガ『デキる男は尻がイイ-河合薫の『社会の窓』』2018年2月28日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会にバックナンバー含め今月分すべて無料のお試し購読をどうぞ。
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『デキる男は尻がイイ-河合薫の『社会の窓』』(2018年2月28日号)より一部抜粋