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なぜ「バカの壁」養老孟司は今になって死を説くようになったか

ヒトなんて古くさいアナログ機械はいらない──。そう語るのはベストセラー『バカの壁』でもお馴染みの解剖学者、養老孟司氏。今回の無料メルマガ『クリエイターへ【日刊デジタルクリエイターズ】』で編集長の柴田忠男さんが紹介しているのは、養老氏が綴った「ひとつの真理」についての著作です。

半分生きて、半分死んでいる

養老孟司・著 PHP研究所

養老孟司『半分生きて、半分死んでいる』を読んだ。東京農業大学の昆虫学研究室に行ったら、学生が寄ってきて「養老さんじゃないですか、もう死んだと思ってました」と言うではないか。少し言い過ぎかと思ったらしく「もう歴史上の人物ですから」と付け加えてくれた、というが……。

学校の先生方の集まりがあって、講演を依頼された。控え室でひとり待機していたら、若い先生が来て「先生、間もなくお迎えが参ります」と言われた。間もなく80歳だから、お迎えが来るのは分かっている。その意味でのお迎えは困らないが、あなた方がお困りになるのでは? (急死したわたしの)講演時間をどう消化するのか。

そう思ったが年の功でむろんむきつけにそうは言わない。素直に謝辞を述べる。若い先生はなにも気づかない。ともあれ、この「お迎え」とはいい言葉だ。鷹揚な養老先生でも、疲れて機嫌が悪くなると文句をいいたくなる。「発展をお祈りします」って、いったい誰に祈るのか神頼みは無責任ではないか。あんたは具体的に何をしてくれるんだ。でも、このいい加減さが日本文化の良さだ。

先生が大好きな虫の分類という古い世界にも、コンピュータが与えた影響が大である。膨大に溜まったデータを処理をしているうちに、肝心の虫のことを考える暇もなくなってくる。そこで手段と目的という古い問題が浮上する。コンピュータは人の手段だったはずだが、どうもだんだん目的化してきている。

「ヒトなんて、古くさいアナログ機械は要らない。ヒトをコンピュータで置換すればいいじゃないか。その問題自体をコンピュータに任せようというので、シンギュラリティーなんて言葉すらできた。コンピュータが自分の能力以上のコンピュータを自分で開発するようになる。その時点でヒトは不要になる

という解釈をして、「はて人生とは何なのだ。そういうことをあらためて考える時代になりましたなあ」と述懐される先生であった。「死とは何か、親しい人の死、専門的にいうところの二人称の死に決まっている。人が死を感じ、死が人を動かすのは、その場合だけである」とキッパリ。清々しいなあ。

先生の住む鎌倉でいちばん普通に見られる蝶は、アカボシゴマダラとツマグロヒョウモン、アゲハならナガサキアゲハ。わたしの高校時代生物部の頃には見られなかった、南方の蝶である。五月蠅いをウルサイと実感する人はもういない。ハエが減った、虫が減ったからだ。この自然の変化の真の意味に人類が気づくのは、ずっと先にことであろうという。なんだか深いことを言っている。

この本とは無関係だが、毎日正午前に必ず聞こえてくる妙な言葉遣いが気に障る。NHKの天気予報だ。なんとなく前原誠司っぽいアナが、「雨降るでしょう」「(低気圧が)発達をし……」と言う。必ず言う。「が」抜き「を」付けの人である。天下のNHKがこんなアホな日本語使いをずっと放置している。

編集長 柴田忠男

image by: Shutterstock.com

 

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