営業職の中には、具体的な「販売戦略」が与えられず、先に目標値だけが提示される場合があるようですが、「それも一種の戦略の場合がある」とするのは、無料メルマガ『がんばれスポーツショップ。業績向上、100のツボ!』著者の梅本泰則さん。梅本さんは今回、敢えて販売戦略を持たない地方の問屋が、どんな手順で土地勘やパイプのない東京への進出に成功したのかを詳しく紹介しています。
戦略がなくて、どうやって販売するのか
ある地方の問屋さんが、東京に営業所を出しました。市場拡大のためです。ベテランの営業所長と若手営業マン3名が選抜されました。皆、やる気まんまんです。営業所開設のための準備をしなければなりません。準備期間は3か月。
わくわくしながら真新しい事務所に赴任します。「さあ、やるぞ!」。20代後半で、一番若い営業マンが気合を入れました。そして30歳になったばかりの営業マンが新任の営業所長に尋ねます。「今後の販売戦略を説明してください」。
すると「販売戦略?そんなものはないよ」と返事が返ってきました。その営業マンはビックリです。販売戦略がないってどういうことなの?
今までの上司は、曲りなりにも販売戦略を授けてくれました。しかし今度の上司は戦略が無いというのです。東京進出に当たっては、本社の幹部と販売戦略を打ち合わせてきたとばかり思っていました。
しかもこの営業所長は、それまで2か所の新しい営業所を開設してきた方です。部下からの信頼も厚いと聞いています。その所長が「販売戦略はない」というのは、どういうことでしょう。
販売戦略がない
実は、今回の東京営業所長が開設してきた2つの営業所でも販売戦略というほどのものはありませんでした。
そのエリアには、本社で取引をしていた小売店さんすでに数十社ありました。販売戦略がなくても、とりあえずはその数十社の取引高が新しい営業所の売上に組み込まれます。そこで最初にやることは、その数十社の取引を深めることでした。その間に、営業マンはメーカーさんがくれる情報をもとに取引の無かった小売店さんに顔を出します。そうやって、少しずつ売上を増やしていったのです。つまり、しっかりとした販売戦略がなくても市場が開拓出来てしまいました。
それが、新しい東京営業所の所長にとっての成功体験です。ですから戦略を考えることはしませんでした。おそらく、本社も実績のあるベテラン所長に任せたのでしょう。
しかし東京エリアは、それまでの状況とは違います。本社が取引をしている小売店は、一件もありません。全くゼロからのスタートです。30歳の営業マンが所長に聞きました。
「今期の販売目標はいくらでしょうか」
「1億円だよ」
販売目標だけは本社から指示をされていたようです。
「どの商品を中心に販売していくのですか、どの小売店さんを攻略していくのでしょうか、どんな販売促進策を考えておられるのでしょうか」
所長は落ち着いて「それを今から考えるのだよ」との答です。それでは遅すぎます。仕方なく、開設準備の期間、取引のある在京のメーカーさんに足を運び、東京市場の小売店さんや競合問屋さんの情報を集めて所長に報告する毎日です。
ところが、3か月たっても一向に販売戦略が固まりません。それはそうです。このベテラン所長は、販売戦略書を作った経験がないことが分かりました。それでは、いつまで待っても出来ないはずです。もちろん若い営業マンにしても、どうやって作ったらいいのか分かりません。とうとう営業所開設の日が来てしまいました。
やるしかない
こうなればもう、手当たり次第に向かっていくしかありません。まずは年商の大きな小売店さんや、有名な小売店さんを攻めていきます。もちろん、そんな簡単に扉は開きません。
そして頼りとするメーカーさんを3社に絞りました。古くから付き合いのある大手メーカーさんと、最近取引が始まった大手メーカーさんと、新興の中小メーカーさんです。これはささやかな戦略と言えるかもしれません。
しかし大手メーカーさんは「拡販に協力する」とは言ってくれますが、動きは鈍いです。一方、新興のメーカーさんは積極的に動いてくれます。大手の小売店さんを紹介してくれるのです。彼らは、その細いツテを頼りに積極的に飛び込んでいきました。すると運が良かったのでしょう、1つまた1つと取引が出来ていったのです。
決して取引価格を安くしたわけではありません。理論好きの営業マンだったことが功を奏したようです。東京のビジネスは、価格で攻めるより理論で攻めた方が攻略できることが分かりました。
さて1年後、この営業所の成績はどうなったでしょう。苦労の甲斐があって初年度1億円の目標は達成することができました。問題は2年目です。販売戦略が無かったのですから、そのまま進んでいけるのでしょうか。
大丈夫です。この1年間で販売戦略の立て方が分かりました。東京営業所の戦略は、主力取り扱い商品を3つに絞り込む、競合問屋の取引が弱い大手小売店の上層部を攻める、決して価格では攻めず、「売れる理由」を説明する、というものです。
そして、初年度の商品別小売店別販売実績をもとに、2年度の数値計画を立てます。営業マンの人数が少ないので、徹底的に大手の小売店さんを攻めることも決めました。実は、あの新興メーカーさんが後で驚いてこう言われたのです。
「大手の小売店さんを紹介しましたが、本当に取引が出来るとは思いませんでした」
若さの勝利かもしれません。そして、販売戦略が無かったのは、営業マンを育てるための作戦だったかもしれません。
■今日のツボ■
- 販売戦略が立てられる責任者ばかりではない
- 戦略がなくても、やるしかない
- その過程で戦略の作り方を学べることもある
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