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軍事アナリストが期待を寄せる「日中トラック2」という安全装置

9月19日、軍事アナリストの小川和久さんが「中国人民解放軍佐官級訪日団歓迎レセプション」に出席したことを報告すると、日中の軍関係者の間に交流があることへの驚きの声があがったそうです。そこで今回、主宰するメルマガ『NEWSを疑え!』で、実は2001年から始まっていて、小川さん自身も関わった交流事業の成り立ちや、中止の経緯を解説。昨年交流が再開されたことで、『トラック2』と呼ばれる強い意思疎通のパイプが大きく育ち、世界平和に寄与することを願っています。

日中トラック2という安全装置

9月19日夜、「2019年度中国人民解放軍佐官級訪日団歓迎レセプション」に顔を出してきました。中国側は、団長の宋延超陸軍少将(中国共産党中央軍事委員会国際軍事合作弁公室副主任)以下、上級大佐2人、大佐6人、中佐11人、事務局4人の総勢24人が出席しました。

そのときの画像をFacebookに上げたところ、「そんなものがあったのか」と驚きの声が寄せられましたので、最初からの関係者として簡単に紹介しておきたいと思います。

専門家でも一部しか知らないことですが、実は中国人民解放軍と防衛省・自衛隊の間には『トラック2』と呼ばれる強い意思疎通のパイプがあり、両国軍人が本音で話すことができる信頼関係が構築されています。このパイプを通じた日中の共通認識は、『日本と中国は隣同士で引っ越しできない仲なのだから、両国の軍同士の衝突は何としても避けよう』というものです。

現在おこなわれている日中のトラック2は、日本財団(笹川陽平会長)のシンクタンク笹川平和財団が年間1800万円(過去は3000万円)を負担して実施されています。基本的には年2回、春先に日本側が中国を、秋に中国側が日本を、それぞれ20人くらいのグループで1週間ほど訪問します。日中両国とも陸が中心で、日本側は制服組エリートをはじめ防衛官僚や国防族の国会議員が参加するときもあります。石破茂・元防衛大臣も何度か参加しています。

日中のトラック2が始まったのは2001年です。まず1998年夏に人民解放軍から、日中交流に尽くしてきた笹川陽平さんに、好きなところを見ていただきたいと招待がありました。笹川平和財団の窪田新一さんから『人民解放軍についてレクチャーをしてほしい』という話があって、通り一遍の話なら私でもできるけれども、せっかくの機会だから中国の軍事についての専門家の方がよいだろうと、現職の防衛庁情報本部長だった国見昌宏陸将を紹介しました。防大9期の国見さんは中国の防衛駐在官を務めた中国専門家です。

笹川さんの訪中を受けて翌1999年、人民解放軍のシンクタンク国際戦略学会の秘書長(日本でいう事務局長)だった苗樹春・陸軍少将が来日し、最初の夕食は私と窪田さんが相手しました。苗少将は、情報部門を統括していた熊光楷・副総参謀長の部下にあたる人物です。

そこで出たのが、日中間で軍人の交流を始めたいという話、つまりトラック2です。公式の協議や交渉だけでは、言いたいことも我慢することが多く、『もの言わぬは腹ふくるる技なり』、つまり疑心暗鬼を生じやすい。これは軍事組織にとって最悪の状態だ。誤解が生じないようにして、戦争を回避したい、ということでした。むろん、こちらとしても異存などあるわけがありあません。

トラック2を始めるにあたって、以下のルールを決めました。1)どんなに激論を交わしても決して喧嘩にはしない、2)どんなことがあっても中止しない、3)台湾問題のようなデリケートな問題をあつかうときほど、おいしいものを食べながら議論しよう、という3点です。3)は、いかにも中国らしい提案だと思いました(笑)。

もちろん最初は、互いに相手に関する知識が不足しており、認識もちぐはぐで、議論がかみ合わないことが少なくありませんでした。しかし、何度か交流を重ねるうちに問題点や論点が整理されていきます。たとえば台湾問題は、互いの主張が一致することはないにせよ、このあたりまでは歩みよることができる、という落としどころがわかってきます。中国側は自衛隊の訓練を見て練度の高さに驚きますが、同時に『自衛隊は右翼集団』という思い込みも捨てることになるわけです。

トラック2は、最初から試練を迎えました。2001年4月、中国側が来日しているのと同じ時、台湾の総統を退任した直後の李登輝氏が心臓手術のために来日し、倉敷の病院に入院したことがあります。このとき中国側は激怒し、日本を訪れていたビジネス関係やスポーツ関係の使節団をすべて帰国させました。しかし、人民解放軍のグループだけは当初の予定通りに行動し、最初に呼び戻されてしかるべき軍人たちだっただけに、中国側の抗議が国内のナショナリズムを意識した政治的ポーズなのだとわかりました。

そんな日中トラック2も、中断したことがあります。1回目は、2010年9月の尖閣諸島中国漁船衝突事件のあと、中国側が10月の来日予定をちょっと延期したいと連絡してきたからです。これには笹川さんも烈火の如く怒り、『どんなことがあっても中止しないという約束ではないか。尖閣衝突事件ごときで延期したいとは何事か!』と、中止を宣言したのです。その後2011年7月、来日した馬暁天・副総参謀長が笹川さんに謝罪し、再開されることになりました。しかし、2012年9月に民主党の野田佳彦政権が尖閣諸島を国有化し、中国側からの「時期が悪いので延期したい」との申し入れに、笹川会長は廃止を宣言するに至ったのです。

むろん、日中双方ともトラック2の重要性を踏まえ、様々なチャンネルから再開を模索してきました。笹川平和財団日中交流基金のホームページは次のように記しています。

「2012年まで11年間継続し、政治関係の悪化により中止となった日中防衛関係者の交流を再開しました。自衛隊と中国人民解放軍の佐官級幹部が毎年1回、相手国を訪問します。陸海空部隊の視察、国防政策の講習、防衛関係者や民間人との意見交換、企業や農村の視察、歴史・社会・文化研修などを行い、相互理解と親善に努めます」

今年は、上記の中国側の来日に先駆けて防衛省・自衛隊の代表団(団長・栗田高明1等空佐)が4月16日から25日まで中国を訪問し、中国人民解放軍の基地などを視察し意見を交換しました。この日中トラック2を、世界平和になくてはならない大きな幹に育てたいと願っています。(小川和久)

image by: Shutterstock.com

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地方新聞記者、週刊誌記者などを経て、日本初の軍事アナリストとして独立。国家安全保障に関する官邸機能強化会議議員、、内閣官房危機管理研究会主査などを歴任。一流ビジネスマンとして世界を相手に勝とうとすれば、メルマガが扱っている分野は外せない。

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【著者】 小川和久 【月額】 初月無料!月額999円(税込) 【発行周期】 毎週 月・木曜日発行予定

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