中国が5月28日に採択した「香港国家安全法」制定の方針を巡り、欧米諸国から非難の声が上がっています。なぜ習近平政権は、世界から批判されることが明白であるのにも関わらず法案制定を急ぐのでしょうか。今回の無料メルマガ『ロシア政治経済ジャーナル』では国際関係ジャーナリストの北野幸伯さんが、中国と欧米諸国のそれぞれの「本音」をわかりやすく解説するとともに、日本が自覚すべきこと、果たすべき義務を考察しています。
香港国家安全法の裏事情
中国で5月28日、「香港国家安全法の制定方針」が採択されました。アメリカ、イギリス、オーストラリア、カナダは、共同でこれを非難しています。何が起こっているのでしょうか?
中国、「国家安全法制定方針」を採択
BBC NEWS JAPAN 5月29日から。
中国は28日、反体制活動を禁じる「香港国家安全法」の制定方針を全国人民代表大会(全人代=国会に相当)で採択した。
香港国家安全法は、「反体制活動を禁じる」そうです。もう少し詳しく。
■国家安全法とは
国家安全法とは反逆や扇動、破壊行為などを禁止することを目的としたもので、中国が独自の治安機関を香港に設置できるとの規定も盛り込まれている。具体的にどのような行為が禁止されるのかは明らかになってはいない。詳細は数週間内に策定され、9月までに成立する見通し。次の4つが犯罪行為とみなされるとみられる。
- 分離独立行為─ 中国からの離脱
- 反政府行為─ 中央政府の権力あるいは権威の弱体化
- テロ行為─ 人への暴力や脅迫
- 香港に干渉する国外勢力による活動
(同上)
- 分離独立行為
これは、香港独立運動ですね。
- 反政府行為
たとえば去年大々的に起きたデモは、どう見ても「反政府行為」でしょう。
ということは、デモは禁止になる????
- テロ行為
これがダメなのは、当然ですね。
- 香港に干渉する国外勢力による活動
日本人にはなかなか理解しずらいところ。しかし、習近平は、去年の超大規模デモは、「自発的に起こった」と考えていません。「アメリカが組織した」と考えている。これ、「トンデモ陰謀論」ではありません。証拠1。2019年8月1日付CNN。
香港のデモは「米国の作品」、中国が指弾
CNN.co.jp 8/1(木)19:15配信
香港(CNN) 中国の華春瑩報道局長は8月1日までに、「逃亡犯条例」改正案の撤回を求めるデモなどが過去2カ月間続く香港情勢に触れ、「誰もが知っているように、米国の作品である」との見解を示した。
証拠2。FNN 2019年9月26日。
【独自】習主席「一部外国勢力が混乱引き起こしている」 香港デモで“アメリカ批判”
FNN 9/26(木)11:43配信
香港の抗議デモについて、中国の習近平国家主席が、安倍首相との会談で、アメリカを念頭に、「一部の外国勢力が混乱を引き起こしている」と批判していたことがFNNの取材でわかった。
というわけで、習近平や中国政府は、香港で去年起こった大規模デモについて。
- アメリカ → 香港民主勢力 → 超大規模デモ
という流れで見ている。それで、アメリカと香港民主勢力のつながりを断てば、反政府活動は抑えられると考えている。BBC NEWS JAPAN 5月29日に戻ります。
専門家は、中国大陸で起きているように、中国政府を批判した人が罰せられることになるのではないかと懸念しているという。
これも大きいですね。香港で、習近平の悪口をいったら逮捕される。日本で、「安倍総理を批判したら逮捕された」という状況を想像してみてください。
香港国家安全法に反対する米英豪加
■共同声明の内容
アメリカ、イギリス、オーストラリア、カナダは、国家安全法を香港の司法制度を介さずに中国政府が直接導入することで「香港人の自由を狭め」、「香港の自治や、香港をこれほどまでに繁栄させた仕組みを劇的に損なう」ことになると主張している。
(同上)
なぜ、アメリカ、イギリス、オーストラリア、カナダは、「香港国家安全法」に反対するのでしょうか?
香港はかつて、150年以上にわたってイギリスの植民地だった。
イギリスと中国は1984年に、「一国二制度」の下に香港が1997年に中国に返還されることで合意した。香港は中国の一部になるものの、返還から50年は「外交と国防問題以外では高い自治を維持する」ことになった。
国家安全法の導入は、この時に両国が署名した中英連合声明で定められた中国の国際的義務に抵触するほか、「一国二制度」の原則を損ない、「香港で政治犯罪で起訴される可能性を高める」ことになると、4カ国は声明に書いた。
さらに、中国大陸との関係をめぐり抗議デモや衝突が繰り返し発生している香港で、国家安全法によって分断がさらに深まることを「深く懸念している」としている。
「香港の人々が約束された権利と自由を享受できるようにし、香港社会全体からの信頼を回復することが、昨年1年間にわたって続いた緊張や社会不安を改善する唯一の方法だろう」
4カ国は中国に対し、香港政府と香港の人々と連携して「お互いが受け入れられる和解点」をみつけるよう求めている。
「国際的義務に抵触する」
「一国二制度の原則を損ない」
「分断がさらに深まることを深く懸念している」
など、美しい言葉が並んでいます。しかし、本音をいえば、「香港国家安全法」によって、米英が、「香港の反中国勢力を支援するのが難しくなるから反対」ということでしょう。
「香港戦争」の位置づけ
RPE読者の皆さんは、2015年3月のAIIB事件から「米中覇権戦争」の前哨戦がはじまったことを知っています。そして、2018年7月から、「米中覇権戦争」がはじまったことも知っています。ですが、米中共に「核超大国」。それで、大規模な戦闘は起こりにくい。戦争は、「別の形態」で進行中です。
- 情報戦 = 敵国を悪魔化する
中国は、ウイグル人100万人を強制収容している。中国は、パンチェン・ラマを解放しろ!中国のせいで、新型コロナウイルスのパンデミックが起こった。
- 外交戦 = 敵国を国際的に孤立させる
- 経済戦 = 敵国経済を潰す
米中関税引き上げ戦争。ファーウェイバッシング。
- 代理戦争
アメリカは、台湾への武器売却を激増させている。そして、アメリカにとって香港問題は、「代理戦争」なのです。米ソ冷戦の時代、
- 朝鮮戦争
- キューバ危機
- ベトナム戦争
- アフガン戦争
などは、すべて米ソ対立の延長でした。今起こっている様々なできごとは、ほとんどすべて「米中覇権戦争の結果として」起こっているのです。私たちは、「戦争が起こっていること」をはっきり自覚しておく必要があります。そうでないと、「戦争中なのに、我が国(アメリカ)の同盟国日本は、敵国のトップ習近平を国賓として招き、我が国(アメリカ)を裏切った!」となります。
日本は、アメリカの同盟国としての義務を果たさなければなりません。少なくとも【 裏切り者 】にはならないように。これ、道義的な問題だけではありません。敗北必至の中国につけば、日本も【また敗戦国】になるということです。
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