ディズニー映画「美女と野獣」をテーマにした新エリアを28日にオープンした東京ディズニーランド。ファン待望の新エリアとして、多くの注目を集めています。その一方、運営するオリエンタルランドは、正社員と嘱託社員、約4000人の冬のボーナスを7割削減することを発表。加えて、ダンサーなどの契約社員には配置転換や退職を促すといいます。財務基盤は極めて強固と言われているオリエンタルランドですが、なぜ今回このような厳しい決断をしたのでしょうか。株式アナリストとして個別銘柄・市況の分析を行う馬渕磨理子さんが詳しく解説していきます。
プロフィール:馬渕 磨理子(まぶち・まりこ)
京都大学公共政策大学院、修士過程を修了。フィスコ企業リサーチレポーターとして、個別銘柄の分析を行う。認定テクニカルアナリスト(CMTA®)。全国各地で登壇、日経CNBC出演、プレジデント、SPA!など多数メディア掲載の実績を持つ。また、ベンチャー企業でマーケティング・未上場企業のアナリスト業務を担当するパラレルキャリア。大学時代は国際政治学を専攻し、ミス同志社を受賞。
Twitter https://twitter.com/marikomabuchi
財務基盤が強固なはずなのになぜ?オリエンタルランドが人件費圧縮を発表
今回は東京ディズニーリゾートを運営するオリエンタルランドを見ていきましょう。足元では業績悪化で賞与7割減やダンサーなどの配置転換といった悪いニュースが続いていますが、株価はそこまで悪くありません。むしろ、8月7日の底値から反発しています。さらに、ダブルボトムを形成するような、底堅い値動きとなっています。
株価は先行きを見通したデータだと言えますが、オリエンタルランドの未来について投資家はどのように判断しているのでしょうか?検証していきます。
業績悪化に対応して冬の賞与を7割削減
オリエンタルランドは、新型コロナウイルスの影響で業績が悪化していることから、人件費の大幅な削減を打ち出し、およそ4000人いる正社員と嘱託社員を対象に、今年の冬のボーナスを7割削減することを決めています。
さらに、新型コロナウイルス下でイベントが軒並み中止となり、契約社員のダンサーや出演者は業務が激減しています。こうした従業員に対して、窓口業務に移るか、手当を受け取り退職するか、または契約期間を満了するかを選択するようにと伝えられたようです。対象は1000人程度とみられています。
オリエンタルランドの財務は強いはずなのに?
オリエンタルランドはたとえ売上が1年間0円だとして、お金が余る財務基盤です。
オリエンタルランドの「対コロナ持久力」を見定めるうえで重要なのが、短期的な債務の支払い能力。コロナ禍においては、毎月の固定費である家賃や人件費などを払えずに苦しむ企業が多くあります。そんな状況下でも、オリエンタルランドはお金を支払う余裕がかなりある優良企業です。
企業が1年以内に現金化できる流動資産がどの程度確保されているかを示す指標として、流動比率(流動資産/流動負債×100)というものがあります。同社の流動比率は、2019年3月末時点で285%あり、一般的に理想とされる200%を大きく上回っています。
つまり、同社はコロナ以前の状況では、かなりの支払い能力を持っているのです。
特に、オリエンタルランドの財務で注目すべき点は、キャッシュの分厚さ。2019年3月末時点の現金及び預金残高は3775億円となっています。
コロナ影響前の費用を見てみると、売上原価と販売費および一般管理費の合計から、減価償却費を除いた金額は約3580億円となっています。つまり、オリエンタルランドは、一年間に出ていくお金が約3580億円に対して、現金及び預金として3670億円を持っています。ということは、1年間売り上げが0円でもお金がなくならないということになります。
この財務状況からおわかりのように、ディズニーリゾートはコロナ禍で長期の休園を行っても十分に耐えることができると投資家から判断され、評価が高いのです。
それでも、賞与を7割削減しなければならない事情
オリエンタルランドの足元の業績は厳しい状況が続いています。休園が響き、20年4~6月期の連結最終損益は248億円の赤字でした。7月1日に再開していますが、入場制限は続いており、21年3月までに予定していた大規模なイベントは、ほぼすべて中止することが公表されています。
こうした事情を受け、仕事がなくなったダンサーらに配置転換や退職を求めるのは、同社としても苦しい決断でしょう。しかし、こうせざるを得なかった理由は、キャッシュの減少を見れば一目瞭然です。
なぜなら、現金及び預金残高が19年3月に比べて、急激に減少しているからです。
- 2019年3月3775億円
- 2020年3月2611億円(1160億円・30%減少)
- 2020年6月1780億円(831億円・32%減少)
1年3か月で約47%減(1995億円減少)しています。
特に、直近の20年3~6月の3か月は緊急事態宣言下による閉園も余儀なくされていたため831億円減少していますが、緊急事態宣言が解除された今も、50%以下の入場者数での運営を行うなど、通常通り運営ができているわけではありません。
キャッシュの減少が直近3か月の減少831億円の70%掛けで減少したと試算すると、
- 831億円+(581億円×3四半期)=2576億円(減少)
この先、何もしなければ年間2576億円のキャッシュが減少していくことになります。(※3~6月と全く同じ金額が減少し続ける場合は3324億円の減少となる)
このままではキャッシュが底をついてしまいます。
そこで、後ほど述べる銀行融資や社債の発行などの資金調達を行っているわけですが、これらはいつか返さないといけない「借金」。自社の努力でコストを減らす努力も必要に迫られているというわけなのです。
オリエンタルランドの人件費
オリエンタルランドの人件費は2020年3月期の有価証券報告書によると、
- 142億円(給与・手当)+業務委託費(91億円)=約233億円
となっています。このうち、仮に700人の退職・契約期間を満了とした場合、年間約39億円の人件費が削減できる試算になります。(※対象1000人のうちの7割が対象・契約期間満了とした場合)
こうして見ていけば、今回の人件費削減という決断をしなければならない、オリエンタルランドが差し迫った状況であることが伺えるでしょう。
しかし、投資家はオリエンタルランドに期待を持って見ています。
計画的に資金調達を行う企業努力
オリエンタルランドは、常に最悪のシナリオを想定している企業ではないかと筆者は考えます。
オリエンタルランドは9月10日に総額1000億円の社債の発行条件を決めました。同社としては1998年以来、22年ぶりの大型発行です。調達資金は24年3月期に完成予定のパーク拡張工事などの投資に充てる予定だそうです。
また、銀行からの融資も確保しています。銀行があらかじめ設定した金額の上限内でいつでもお金を借りられる融資枠(コミットメントライン)の契約を結んでいるのです。
オリエンタルランドは投資資金を営業キャッシュフローでまかなう計画でしたが、入園者数の制限で収入が減少したことから、コロナの影響の長期化も見据えて、5月には銀行との間で2000億円の融資枠を設けました。
今なお混乱が続く状況ですが、計画的に資金調達を行っていることが分かります。
GoTo “東京解禁”で観光・旅行業界の景色は変わる!
菅政権下で、コロナを制し経済を回す方針であることに変わりはありません。そんな中、10月よりGoToに東京発着の旅行が加わります。
東京は感染者の人数が多いことから観光の選択肢としては敬遠されてきていましたが、東京解禁は大きな意味を持ちます。東京ディズニーランドと東京ディズニーシーは千葉県に位置しますが、GoToに東京都が解禁となれば全国的に人の移動が急増するのは間違いないでしょう。
そして、東京への人の流入増加の一部は近郊都市への波及効果もあると見られています。オリエンタルランドもその恩恵を受けるひとつだと見られています。
「美女と野獣」をテーマとした大型アトラクションなどがオープン
9月28日には「美女と野獣」、「ベイマックス」などの新アトラクションがオープンしました。もともと4月に開業予定でしたが、新型コロナウイルスの影響で延期となっていたエリアだけに、ファンからの注目度はとても高いようです。イベントやパレードを引き続き自粛する中で、人気を集めることは確実でしょう。
この先、21年度には「トイストーリー」シリーズをテーマとするホテルや、23年度には「アナと雪の女王」を含めた3つのエリアやホテルのオープンを計画しています。コロナの影響を大きく受けながらも、中長期的にも集客力をより高める努力を続けています。
SNSを見ると、「東京ディズニーリゾートが営業しているというだけで元気をもらえる」というようなツイートを多く目にします。このようなご時世ではありますが、オリエンタルランドの存在そのものがたくさんの人に勇気と元気を与えているのです。同社には夢の国を守っていかなければならないという使命のようなものがあるかもしれません。
今回の人員削減の判断は確かに厳しいものではあります。しかし、夢の国を愛しているからこそ、みんなで受け入れていく必要があるといえるでしょう。
image by : 著者提供