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菅首相のシナリオ通り?学術会議問題の裏で蠢く自民派閥の顔役の名

大揺れに揺れている日本学術会議の任命拒否問題ですが、その裏には極めて政治的な動きが存在しているようです。当問題を「自民党内の政治力学という観点で見ていった方が分かりやすい」とするのは、米国在住作家の冷泉彰彦さん。冷泉さんはメルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』で今回、自民各派閥と菅首相の動きや思惑を紹介しつつ、その複雑極まりない「政治力学」を解説しています。

【関連】菅総理はハメられた?6人任命拒否と杉田水脈「女は嘘をつく」発言の関係

学術会議問題から自民党内の暗闘構図を推測する

日本中が大騒ぎになっている学術会議問題ですが、当初は杉田マターとか下村マターという見方をしていたのですが、何が何だかわからなくなって来ました。特に、総理が6名の名簿を見ていなかった説がでてきたり、いや見ていたという説が出てきたりということでは、チンプンカンプンという感じです。

重要なのは、1つには中道的で優秀な研究者をこの種の政争に巻き込むことでは、誰も得をしないということです。例えば加藤陽子氏とか、宇野重規氏のことを全く知らなかったネトウヨ層が、加藤氏は大衆の戦争責任追及をやる極左反日だとか、宇野氏の民主主義論はネトウヨをバカにしているとか言って騒ぐようになれば、あるいはそこまで「高級な」理屈ではなく「難しい本を書いている東大教授」というだけで叩かれるようになれば、世相的には真っ暗になります。

もう1つは、科学の基礎研究に関する軍事利用は「善」だという勘違いがドンドン加速して日本という国家の首を締めて行く可能性です(こちらについては、下のQAコーナーを併せてご覧いただければと思います)。

ということなのですが、そうした本質的な危惧とともに、「一体誰が何をやっているのか?」という政治的な動きの評価をしておくことも重要と思います。

現時点での私の見立てはこうです。

まず、話の順序としては

1.甘利明ブログに、学術会議と中国に関する一方的な記事登場
2.女性蔑視発言に対して、下村総務会長が杉田議員を注意
3.学術会議委員氏名拒否問題勃発
4.菅総理は決定を擁護
5.総理は6名の名簿は見ていないという報道
6.いや、やはり総理は知っていた報道という順序で来ています。

これとは別に

7.山口3区で公認問題勃発、二階派の現職河村建夫に対して、岸田派の林芳正参院議員が殴り込みか?

という事件も起きています。一見すると全く関係のない事件ですが、河村建夫(二階派)という政治家は文科相を努めた文教族で、どちらかと言えば日韓連携などを模索している穏健派です。一方の下村博文(細田=安倍派)も文教族ですが、立ち位置はかなり右です。

そこで、ここまでの登場人物を整理してみると、

ということで、見事に派閥が分散します。さて、この4派ですが、菅政権の与党で主流派というのは表面的な、しかも短期的な現象としてそうなのであって、実際のところでは水面下の暗闘が展開されていると考えられます。

麻生派は総理総裁候補として河野太郎を擁立しつつあります。河野太郎は、仮に今回の行革、つまり縦割り行政打破とハンコ追放に成功すれば、世論がかなり担いでくるので有力。但し、そんなに改革が進まなければポイということもありそうです。総理はそうした計算で河野を試していると思われます。麻生太郎も、別の意味合いから河野を試しているのでしょう。

一方で、河村と林のケンカですが、これは非常に面倒な背景があります。元々、この選挙区は中選挙区の旧山口1区でした。ここは定数4でしたが、保守王国だったので、3議席は自民で、安倍晋太郎(のち晋三、清和会)、林義郎(宏池会)、田中龍夫(のち河村建夫、清和会)で分け合っていたのでした。

やがて小選挙区になって後は現山口3区と現山口4区に分けられると、3区は河村、4区は安倍父子の無風区となりました。一方で、林義郎が比例(中国ブロック)に転出し、息子の林芳正は参院山口全県区から参院に連続当選しました。林芳正がどうして参院かと言うと、父親の義郎がまだ衆院で頑張っていたからです。

そんなけで、現在は、3区=河村、4区=安倍、参院=林という体制で安定していたのです。ですが、どうしても参院から衆院の小選挙区に鞍替えしたい林が、(まだ出馬宣言はしていませんが)3区に出る構えで、既に全面戦争に近い状況になっているのです。

これは、実は(絶対ご本人はそうは言わないと思いますが)菅総理には望ましい状況です。というのは、山口3区で全面戦争、つまり公認と保守系無所属の戦いが起きるようだと、岸田派も二階派も傷つくからです。また、総理に仲裁を求めてくれば、総理の権威は更に強化されます。そして、ライバルであり「次」を狙っている岸田のパワーは確実に削がれます。というのは、地盤的には林有利と言われているからです。

一方で、岸田の地盤沈下という局面で、ポスト菅を狙っているのが下村です。細田派は、今回は安倍総理が病気辞任ということで総裁候補を出しませんでしたが、長い間の総裁派閥として大きな勢力を保っています。その勢力をベースに、総裁候補の座を狙う人物としては、萩生田、西村、稲田、下村の4人だと言われています。この中では、年齢的にも上の下村は勝負に出てきている感じです。

今回の騒動の中心は、やはりこの下村で、ここを正面突破することで細田派内の覇権を確保するのが狙いでしょう。ですから、同じ細田派の中でネトウヨのアイドルである杉田を「注意する」などという、ヘタをするとネトウヨを敵に回す行動をさせられたのはハンデに感じていたと思われます。

また、行革の問題で河野がポイントを稼ぐのも面白くないはずです。例えば学術会議のリストラに成功すれば、行革という文脈でも自分の存在感が出せる、そう考えていてもおかしくありません。

菅総理はその辺も全部見通した上で、6人の名簿を見たとか、見ていないなどという情報を繰り出しつつ、世論の風と匂いを確認しながら、下村の動向を試しているのだと思います。総理が下村を警戒しているというのは、文科相の萩生田を続投させたあたりに出ています。

一般の世論からすれば、下村も萩生田も保守系の文教族で、困った面々ということでは似たようなものですが、下村が進めた入試改革を萩生田がぶっ潰したように、この2人はライバル関係にあるわけです。ですから、総理はこの2人が組まないように、萩生田を続投させたと見るのがいいと思います。下村としては萩生田が文科相として、自分の政策を潰しているのは不愉快であるはずで、だからこそ前のめりになって学術会議の問題を突っついているとも見えます。

以上の考察は100%当たっているという自信はありません。ですが、恐らくは菅総理は現在の局面を乗り切って、年末か年明けにコロナと経済の状況好転を待って解散総選挙の勝負に出てくるはずです。そして、その先へと続投するためには、主要派閥同士が争っていたほうがいいし、最大派閥の細田派(清和会)の4人がいつまでも喧嘩していてくれたほうが良いわけです。

ですから、この学術会議の問題は、保守対リベラルの争いというよりも、自民党内の政治力学という観点で見ていった方が分かりやすいのではないかと思います。

ところで、今回の考察にあたって改めて強く感じさせられたのは、現在の自民党の派閥というものが「全く政策や政治思想とは無関係」の「個人間の好き嫌いや距離によって」集合離散が繰り返されているという点です。

例えば、清和会(福田、安倍、細田派)は親米保守で台湾ロビーの末裔で、ネトウヨも抱き込んで右傾化しているかと言うと、例えば稲田朋美がLGBT、夫婦別姓などで軟化したり、下村と萩生田が喧嘩したり、グズグズになっているわけです。

二階派などは、ルーツは中曽根派(渡辺ミッチー派)で、そこから村上正邦など超保守のブループで立ち上げたものの、現在は親中穏健寝技派みたいになっています。

岸田派は名門といっても、宏池会とは名ばかりで地方はかなり泥臭いことになっていますし、首都圏では妙に中道だったり、ここもズブズブです。

麻生派などは完全に人脈だけで出来ている感じで、思想とか政策とかは一貫性はなさそうです。

ということで、菅総理が無派閥という立場を活かして、各派の抗争を誘導しながら、最善手の政策を選択し続けることで政権の長期化を狙うというのは、理にかなっていると思います。ですが、そこに民意のオーソライズがあるのかというと、かなり怪しいわけです。

やはり「マトモな予備選」で候補を選び、「厳格な総裁選」で総理候補を選ぶという抜本的な改革をしないと、自民党という組織はやがて崩壊するのではないかと思います。その際には、維新どころではない極右政党が伸長するかもしれません。そうしないためにも、自民党がもっと透明性のある、積極力のある政党組織に脱皮してもらわないと困ると思うのです。(文中敬称略)

image by: 首相官邸

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東京都生まれ。東京大学文学部卒業、コロンビア大学大学院卒。1993年より米国在住。メールマガジンJMM(村上龍編集長)に「FROM911、USAレポート」を寄稿。米国と日本を行き来する冷泉さんだからこその鋭い記事が人気のメルマガは第1~第4火曜日配信。

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